![]() Act1 再会 |
それは偶然だったのか。それとも必然だったのか。 全ての戦争が終わった時点で、ミッドガルは、民主主義体勢を取ると宣言した。
国際社会の激しい非難を受けての事だった。
民主主義を確立する前、ミッドガルは一企業による独裁的な政治が行われていた。
その企業の名は新羅カンパニー。生活用品から、軍需工業まで幅広く手がけている巨大な企業だ。
新羅は、企業であるが故に、一部の上層の人間が己の利益のみを追求する結果となり、ミッドガルは次々と侵略戦争を繰り返した。
大きい国、小さい国と様々だが、ミッドガルに侵略された国は優に15を超える。
急速なスピードで拡大していくミッドガルに、世界各国の人々は脅威を感じた。このままではいつ自分の国も侵略されるか解らない。
消え去った国々も、明日は我が身だ、と。
結果、ミッドガルを除く全ての国が結託し、これ以上の侵略を続けるならば、
世界中全ての国々による武力行使も止むを得ないと通告してきた。 これにはさすがの新羅も弱り果て、侵略戦争を止めざるを得なかった。
ここで、意地を張れば、前面衝突は免れない。
流石に全世界を敵に回してまで勝つ事ができると主張する愚かな人間は新羅のトップにはいなかった。 だが、連合が要求するのはそれだけに留まらなかった。連合の要求は、新羅という企業による独裁政治の解体。
何時間にも渡る会議が連日行われ、出た結論は、ミッドガルを全面的に民主主義にする事。
これを聞いて、連合も納得し、国民も大いに喜んだ。
国民の投票により、政治を行う人物を決めるという。国民の意思が何より尊重される理想的な政治体制ではないか、と。
だが夢はいつかは覚めるもの。
人々は数年もしないうちに気付く事になる。新羅と言う企業が存在する限り、真の民主主義などありえないのだと。
新羅は先程も述べた通り、巨大な企業だ。それ故に従業員の数も半端ではない。
それだけ居れば、余裕で国を治める代表者を決める事ができる位に莫大な人数。
そう、企業側は新羅の推薦する人間に票を入れるよう指示をするのだった。
推薦と言う名の強制。従業員も、新羅を離れては生活の糧を得る手段もなくなるため、薦められた人物に票をいれる。
たまに、己の思想に従い、違う人物に入れる変わり者もいたが、
そんなもの問題にならない位の人間が同じ人間の名を書いて、箱に入れるのだ。 これでは正常な民主主義など望めるべくもない。
理想的な民主主義が実現していると信じて居るのは、余程の夢想家、でなければ余程の馬鹿だけだった。
ただ、対外的にはそうは見えないよう新羅は取り繕ってきていた。
新羅の社長が大統領になるなどというあからさまな事はしない。
新羅の息のかかった人間を大統領の座に据え付けて、それを影で操るという方法をとっているのだ。
その巧妙な方法ゆえに、国際社会は新羅の影の独裁政治には気付いていなかった。
そんな時代の話。
「はー、つっかれたなぁ…。」
勢い良くソファに倒れ込んで、ザックスは天井を仰ぐ。面白みのない天井には、これまた面白みのない通風孔がある。
リラックスルームと名がついている以上は、お洒落なライトでもぶら下げておいて欲しいものだ。
「お疲れ様。今日は本当に良く働いてくれたな。」
ザックスの真向かいのソファにどさりと音を立てて座った茶髪に黒目の男は、ランディという。
ザックスの仕事仲間の一人で、仕事やデータを運んでくる男だった。
ザックスはソルジャーという、ミッドガルが誇る人間兵器の一人だった。
その並外れた筋力と俊敏さで、戦時中は最も残酷な兵器として恐れられ、それに答えるように様々な戦果を果たした。
だが、今のように表面上平和になりきっているこの世界情勢では、ソルジャーの仕事はまた少し変わってくる。
その能力を生かして、反乱組織の撲滅、裏切り者の始末、侵略した国の亡命者の始末など所謂裏の仕事をこなしていた。
つまらないといえば嘘になる。精神的に負担がかからないと言っても。
だが、いつしかそれさえにも慣れが来て、ただ淡々と任務をこなす様になってきていた。
人を殺して血を浴びても、水で洗い流してしまえば何も感じなくなる。そんな自分が嫌になる事さえ忘れてしまっていた。
「最近は、テロ未遂だとか、裏切り者だとかがどうにも多い。何か大きな組織が裏で動き出してるのかもしれないな。」
ランディが書類を捲りながらそんな事を言った。
無謀な事を、と思う。新羅に所属する者として、新羅に楯突く事の恐ろしさを目の当たりにしているザックスは、そう思ってしまう。
だが、その無謀な事を企んでくれる輩がいるおかげで自分達は食いっぱぐれる事はないのだから、感謝しなければならないのだろう。
ランディが、ちらりとこちらに目を向けた。
「疲れてる所悪いんだけど、今日の奴らのデーターと、明日の分のデーター。先に渡しとく。」
「あぁ…」
革張りの黒い鞄から出てきた薄い紙を受け取る。ざっと目を通して苦笑した。
今日殺して、今日断末魔を聞いた人間の顔をもう覚えていない。これから記憶照合をしなければならないのに。
記憶照合とは、頭にいくつもチューブを付けられて、頭の中の映像を覗き見られる事だ。
これによって、ターゲットを確実に仕留めた事を確認する。嘘の報告をされていたのでは堪らないからだ。
証拠品でもいいと思われるかもしれないが、証拠品などいくらでも捏造できるし、首などを持って返っていったのでは、目立ちすぎる。
実際証拠品を捏造したり、耳などを持ち帰ったくせに生きているなどという出来事もあった。
それ故、この記憶照合は実に良い証拠になる。記憶の細かな捏造などは出来る筈がないからだ。
これだけの高性能な装置であれば、スパイなどを拷問して記憶を引き出す手間が省けるかといえばそうでもなかった。
この装置には決定的な欠点があるのだ。
その欠点とは、この装置は全ての情報を覗き見る事ができる訳ではない、ということだ。
装置が映像化できるのは、自分が頭の中に思い描いている瞬間だけである。
それ故、自分が殺した人間の顔が瞬間的に記憶から飛んでいては困るのである。
写真を見ながら賢明に思い出そうとするが、如何せん、どうしても思い出せない。
がりがりと困ったように頭を掻いて、諦めた。
「悪ぃ、これ持って返ってい?ちょっと今日無理だわ。」
何時の間にやら煙草を取り出し、吹かしていたランディが苦笑した。
「また、顔覚えてないのか?」
「あぁ。」
また、といった通り、ザックスにはよくそういう事があった。
ザックスにとって人を殺すという事は記憶に留める様なものではなく、単純作業に等しいからだ。
だが、写真や特徴が書き並べられたこの書類を見ていると、ゆっくりと思い出してくる。
血の臭い、歪んだ顔、断末魔を。
「…解った。じゃぁその資料は今日貸し出す。けど失くすんじゃねーぞ。」
「解ってるって。」
この書類の大切さは身に染みて解っているつもりだ。これ一枚で戦争が勃発する危険だってある。
その位危険で、その位裏の仕事を自分はこなしている。
煙草を銜えていたランディはちらりと時計に目をやると、近くの灰皿に先を押し付けた。
「まだ早いし、一杯やってくか?」
そう言って、立ち上がった。
記憶を失くした時はいつも気遣ってくれる。顔は怖いが優しい男なのだ。
青いタイルが天井にも壁にも床にも均一に敷き詰められた通路の奥にその店はある。
決して高級な店ではない。だが、その何処か浮世離れした雰囲気が理由なのか、その店には裏の仕事をこなす人間がよく集う。
木の扉を開けると、夜らしく赤っぽい電球でライトアップされた店内が目に入る。
木製の椅子が四角く4つ並べてあり、その中央に白い石造りのテーブルが置いてあるのが一セットで、それらが10余り。
誰に案内される事もなく店の入り口の棚に置いてあるメニューを手に取ると、適当に空いている椅子に座った。
無愛想な店員が、注文票を持ってやってきた。いつも頼む酒を適当に頼み、ランディと他愛無い話をする。
殊更盛り上がる訳ではない。ランディは酒を飲んでも決してテンションは変わらない。静かに酒を飲む。そういうタイプだ。
仕事の事には一切触れず(何処で聞かれているか解らないからだ。)、本当に当たり障りのない話をしていた時。
店内がどよめきだった。
「…何だ?」
そこら辺を歩いていた店員をとっ捕まえて聞くと、迷惑そうに眉を顰めながらも口を開いた。
「何でも、商品をかけて飲み比べをやるそうです。片方は10万ギル、片方は自分の身体を賭けているとか何とか。」
このバーは裏世界の住人が多いため、必然的に騒ぎも多い。
野次馬根性で、そちらに目をやると、成程確かに二人の男が酒の飲み比べをしているようだ。
コップ一杯に満たされた酒をまるで水を飲むかのように飲み干している。
飲み比べをしている者達の飲みっぷりは同じだったが、風体はまるで逆だった。
一人は筋肉質で、頭を妙な具合に剃り上げている暑苦しい男。
そして、もう一人は。
「あれ…」
瞳の色を隠すためにかけていたサングラスを僅かに押し上げ、ザックスは思わず声を上げた。
金の髪に空色の瞳。そして、人形のように綺麗な顔をした青年。
こちらがあからさまに自分の身体を賭けている方だと解った。
「…ほう。何だあいつ、滅茶苦茶強いじゃないか。」
ランディに言われて良く見てみれば、成程。暑苦しい男の方は、首筋まで真っ赤になっているが、金髪の青年の方は涼しい顔をしている。
このままでは、暑苦しい男が潰れるのは時間の問題だろう。そう思って、見ていると、眼の端に何かが映った。
金髪の青年に酒を渡している男が、懐から小さな筒を取り出し、さらさらと酒に混入した。
ランディがこちらに顔を向ける。
「…今の、見たか?」
「…見た。あれ、『マインド』か?」
『マインド』即効性の睡眠薬にもなる麻薬の一種だ。
主に、裏の業界の人間が、人を攫って売り飛ばすときに使う。
ランディは小さく溜息をついた。
「可哀想に。あれだけ頑張ったのにあの別嬪の負けか。」
負ける、すなわち連れ去られ、好き放題され、売り飛ばされると言う事だ。自分の意思とは関係なく。強制的に。
「まあな。でもこんな所で無防備に飲むほうが悪いしな。っておいザックス?」
自然と身体が動いていた。
背後で驚いたような声がするのも気にさず、二人の元に歩み寄った。
「その勝負、俺が引き継いでかまわねぇかな?」
突然の乱入者に、暑苦しい男は物凄い形相で睨みつけてくる。
「何だお前は!!引っ込んでろ!」
どすを利かせた声で言うが、ザックスは動じない。
こう言ういい方をする男は所詮小物だ。ザックスは悠々とした動作で、手近な椅子に腰掛け、唇の端を吊り上げた。
「何、お前に損はさせねーよ。お前が勝ったら」
そう言うと徐にコートの裏ポケットから財布を取り出し、入っているだけの札を抜き出し、テーブルの上に叩き付けた。
ぱっと見ただけでもかなりの額だと推測できる。辺りから感嘆の溜息が漏れ、暑苦しい男は大きく喉を鳴らした。
「こいつも、お前にくれてやる。それから改めてこいつと勝負すりゃいい。」
返事は聞くまでもなさそうだ。男は今にも涎を垂らしそうな勢いで、札束を見ている。
ギャラリーの方も、札束の方に視線が釘付けだ。
ただ、一人、先程まで飲み比べをしていた金髪の青年を除いて。
青年だけは、札束にも目を奪われず、ただ真っ直ぐにザックスを睨みつけている。
「…あんた、何のつもりだ?」
ザックスはここで真意を言うつもりはなかった。ただ、にっと笑う。
「別に。気が向いただけだ。」
「………」
胡散臭そうに見てくる青年に、器用に片目を瞑って見せる。続いて立ち上がった。
「俺かこいつのどっちが勝つか、賭ける奴はいねぇか!?」
良く通る声で叫んでやると、ギャラリーが沸きかえった。
今まで静かに飲んでいた連中も輪に加わり、辺りは蜂の巣を突いたような騒ぎになる。
「おーー!!いいぜぇ!!ちょうど退屈してた所だ!!」
「やれやれーー!!」
「俺、若いのに1000!」
「俺はこっちのモヒカンに2000だ!」
ギャラリーに囲まれて、青年は逃げ場もない。
実を言うとそれが狙いだったのだが。こちとらが頑張っている中逃げられてしまっては溜まったものではない。
ギャラリーが白熱してる中、ザックスは男に向き直る。男の目は血走っていた。
「早くやろうぜ。俺は先に何杯も飲んでハンディがあるんだ。早くしねぇと回りすぎちまう」
突然の乱入者に薬の入っていない方のグラスを取られまいとだろう。素早く片方のグラスに手を伸ばした。
その手をやんわりと止めて。
「ちょっと待て。」
「あん?」
男が不機嫌そうに眉を顰める。
「飲む前に、ちょっとした余興でもやらないか?」
「余興、だと?」
「ああ。ちょっとしたゲーム。さっきの勝負、ちょっとした不正が行われてたみたいだからさ。」
ぐっと押し黙る男に、ザックスは意地の悪い笑みを浮かべて見せた。
「ルールは猿でもわかる位に簡単。俺が二人のグラスをどちらが自分の方が解らないようにシャッフルする。
そうしたら後はお前がどちらを飲むか選んでくれ。グラスは割り当てられたら一気に飲む事にする。
ちなみに俺はどっちに当たろうが文句は言わずに飲む。……どうだ?」
「くだらねぇ…」
「自信ないか?」
挑発的な物言いで、小馬鹿にした笑みを向けてやると、単純なその男は乗ってきた。
「…俺が勝ったら本当にその金も持って行っていいんだな?」
「あぁ、勿論だ。」
「解った。その話、乗った」
先程薬が入れられていた事に気付いた者が居るのだろう。更に歓声が大きくなった。
ザックスは後ろを向いて、適当にグラスを並び替える。その際、ちょっとした小細工をした事に皆気付かないようだった。
振り返って、机の上にグラスを並べて置くと、男は真剣な瞳でグラスを睨みつけた。
暫く迷うように視線を迷わせた後、腕を持ち上げる。
「こっち…いや、こっちだ。」
一瞬迷った後、右側にある方のグラスを指差した。
「こっちをお前が飲む、それでいいんだな?」
確認するように問うと、
「いや、やっぱりこっちだ。」
と左のグラスを指差す。ザックスはどちらを指差されても顔色一つ変えない。ただ余裕の笑みを浮かべている。
「こっちでいいんだな?」
「……あぁ。」
男は神妙な表情で頷いた。
「じゃあ、行くとするか。」
そう言ってザックスは右のグラスを手に取る。
ギャラリーからコールがかかった。
コールに合わせて二人でグラスの中身を一気に飲み干す。
ジンベースの強い酒が、喉を通る。焼け付くような熱さがたまらない。
カン、と涼しい音を立てて石製のテーブルの上にグラスを置き、待つ事3秒。
相手の男の巨体が後ろにひっくり返った。
途端上がる歓声。そして怒声。
「俺の勝ちだ!1000ギルよこせ!」
「こっちは3000だ!!」
飛び交う怒声、そして紙幣の中ザックスは唇の端を吊り上げた。
「俺の勝ち、だな。」
辺りの混乱に、戸惑った様子の青年の腕を掴んだ。
「お前ちょっと来い。」
「ちょっ!!」
青年が驚いたように顔を上げる。有無を言わさず強い力で店内から引きずり出す。
青年は必死で腕を振りほどこうと暴れたが、ソルジャーの力に敵うはずもない。 結局はずるずると引き摺って行き、人気のない路地裏に連れて行くと、ザックスはぴたりと立ち止まった。
突然の停止に、青年は勢いを殺しきれなかったらしく、ザックスに衝突して、小さく喚き声を上げる。
手を離すと、青年は勢い良く顔を上げ、思い切り睨みつけてきた。
「何なんだあんたは!!人の勝負にいきなり割り込んで来たと思ったら今度はこんな所に連れてきて!!」
威勢のいい罵声。こんな所に連れ込んでも、勢いを失わないその潔さに思わず笑った。
「礼を言われるならともかく、怒られるような事をした覚えはねぇんだけどな。」
「………」
3秒で倒れた男を思い出し、あの酒に薬を入れられていた事に気付いたのだろう。青年は口を噤んだ。
「解ったか?お前があれ飲んでたらあんな風になってたんだぞ?ガキが粋がってくだんねぇ事すんじゃねぇ。」
すっと瞳を細めて、殊更低い声を出してやると、青年はぐっと言葉に詰まる。
だが生来負けん気の強い性格故、睨みつけるような視線は変わらない。
ザックスは思わず小さく笑った。
「って、いきなり脅したけど、俺が本当に言いたかったのはそれじゃねぇんだ」
突然の変貌に青年は怪訝そうに眉根を寄せる。
ザックスは青年の頭にぽんと掌を置いて、くしゃと頭を撫でた。
「久しぶりだな、クラウド。」
人のいい笑みを浮かべてやる。青年は睨むのも忘れて、ぽかんとザックスを見上げた。
不思議な者でも見るように。
「…覚えてない?まぁ俺も随分変わったしな。」
そう言いながら、サングラスをはずすと青年の瞳が大きく見開かれた。
「……ザッ…クス…?」
信じられないとでも言うように、ザックスを見上げてくるクラウドに、ザックスはにっと笑って見せた。
それは18の時に別れて以来、実に5年ぶりの再会だった。
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