Act2 変化 |
クラウドと初めて出会ったのは、新羅のソルジャー養成学校だった。
その頃ザックスは新羅で一般兵として勤務しながら、ソルジャーになるべく学校に通っていた。
ザックスは入学してもう3年目。クラウドはその春入学したばかり。
3年目と1年目では、専攻科目は殆ど異なるし、選択科目も同じ物は少ない。
そんな二人が鉢合わせる機会と言ったら、あんまりうまくない新羅の食堂にてのみ。
その食堂で昼食時間に、一人ぽつんとご飯を食べているクラウドを見かけたのがそもそもの始まり。
初めは女の子だと思った。だからナンパした。
彼女は居たが、その当時不特定多数との交際は当たり前だったし、滅多に居ないほど可愛い顔をしていたし。
それで、水をぶっ掛けられた。
その頃ザックスは、上の連中から一目置かれるほどの成績を上げており、時機にソルジャーになる事はほぼ確定していた。
しかも、3ndを飛ばして、2stという、未だかつて実例のない程、異例の昇進。
周りはそんなザックスを尊敬の対象、あるいはコネ作りの対象として見、女性からの告白が急激に増えたのもこの時期。
皆が皆自分に媚び諂う中、クラウドは水をぶっ掛けるなどというとんでもない事をやってのけた。
昇進の話はもう学校中に広まっていて、知らない者などいなかったから、クラウドはザックスと知っていてなおやったのだ。
もし万が一聞いていなかったとしてもザックスの体格を見れば少しは引くものだろう。どう考えても体格的に自分が負けるとは思えない。
だが仕掛けてきた。
身の程知らずといえば、そう。世渡り下手といえば、そう。
でも面白い奴だな、と思った。
その頃自分に喰いついてくるような奴はいなかったし、媚諂う奴らばかりを見ていた自分にはひどく新鮮で。
興味を惹かれて、色々構ってみるうちに、見事に嵌った。
何がどう、という訳ではない。けれど、クラウドが好きだと思った。
表面上は酷く生意気。けれどそれは不器用さ故で。本当は優しくて純粋な心の持ち主である所だとか。
皆が皆適当に生きてる中、一生懸命に生きようとしている所とか。
クラウドのことをよく知らない奴は、一緒に居て疲れるだとか、苛立つだとか言ったが、自分は逆に安らいだ。
いくら冷たく振舞っても持っている暖かさは隠せない。それは自然と滲みでるものだから。
初めは親友で満足だった。人付き合いが苦手なクラウドにとっては、親友が一番目である事は解っていたから。
でも、想いが積もれば積もるほど、それでは我慢できなくなった。
クラウドは自分にとって居なくてはならない人になっていたのに、
自分が親友である以上、空いている恋人というスペースに誰が来てもおかしくはない。
いつ何時、そこが埋まるのか解らない。それに焦りを感じた。
だがクラウドは男だった。
自分はそれでも構わない。男とか女とかの性別を越えて、自分が好きなのはクラウドだったから。
でも、クラウドにしたらどうだろう。男から、しかも親友と言う立場の自分から告白されたら。
悩んで、悩んで、それこそ今までこんなに悩んだ事ないって位悩んで、仕方がないのだと思った。
悩んだからといって、どうしようもない事だったし、諦められるような生半可な感情ではなかった。
生まれて初めて覚えた本気だった。だから。
ある日、耐え切れなくなって告白した。
ひどく驚いた顔をされた。何を言われているのか解らない、というような。
その反応に、早急な結論は無理だと判断した。
もとよりこの反応は予想の範疇だったし、当たり前だとも思った。だから、自分は結論が出るまでいつまでも待つと言った。
だから真剣に考えて欲しいと。
その場はそれで別れたのだが、その日は眠れなかった。柄にもないな、と自分で思って苦笑した。 今から思えば、それは胸騒ぎの一種だったのかもしれない。 翌日学校に行くと、クラウドは休みだった。しかも無断欠席。未だかつてなかった事だった。
昨日寒い所に呼び出したのが悪かったかと思い、お見舞いに向かったが、クラウドの部屋には誰もいなかった。
文字通り蛻の殻。それどころか、生活必需品の一つも見当たらない。
慌てて新羅のデータベースを叩いたら、退職と共に、退学したらしいと解った。 担当教師に詰め寄ったら、もう随分前から決まっていた事だと言う。
寧ろ、何故お前が知らないんだ?と不思議そうな顔をされた。
随分と前から決定していた事項を、ザックスは知らされていなかった。
それどころか、何の言葉も残さずにクラウドは去ってしまった。
そう、本当に、何も残さずに。自分の目の前から。
その瞬間唐突に悟った。
これが結論なのだと。
自分は綺麗すっぱり振られてしまった、という訳だ。 それから5年。
5年目に再会したクラウドは随分と綺麗になっていた。
昔から可愛らしい顔立ちはしていたが、年を経て、色気らしき物が身についている。
改めて5年という年月を思った。
長かったような短かったような何とも言えない感覚。5年という年月は決して短くはなかった。
色々な事があり、色々なものが変わった。
物価も、時代も、人々も、そして、自分も。
何もかもが何らかの変化を遂げた。それ程長い期間だった。
…けれど。
**
肩を並べて二人で歩きながら、他愛もない話をする。
背や、顔立ちなど、昔と今の比較から始まって、取りとめもない思い出話に遷移する。
養成学校の開かずの扉の話。今では顔も覚えていない先生の話。二人で冒険のノリで遠出して、帰るのに随分と苦労した話。
一緒に過ごした時間が長い分話は尽きなかった。
ただ、5年前の別れについてはお互い何も触れなかった。
何故突然居なくなったのか、それを聞く事は必然的に、二人の間に気まずさを呼び起こす事になると思ったから。
初め何処となくクラウドは気まずそうだった。再会した喜びよりも戸惑いの方が前面に出ており、少し寂しかった。
それをここまで円滑に持ち込んだのだ。わざわざ再度思い出させて気まずい雰囲気にする事もないだろう。
その話題を避けるため、話題はいつしか今現在の状況を尋ねる事に辿り着いた。
「そいえばさ、お前、今どうしてんだ?」
突然変わった話の流れに、クラウドはちらりと視線を向ける。
「今は、カームに親戚と住んでる。こっちへはちょっと用があって来てたんだ。」
「ふーん。で、用が終わったらあんな所で馬鹿やってたって?」
多少の非難を込めて言うと、クラウドは決まり悪そうな顔をして瞳を逸らした。
「仕事終わって一杯飲んでこうと思ったら絡まれたんだよ。」
「仕事終わって一杯もいいけど、路地裏の店には入らない方がいいぜ。
お前、知らないかもしんないけど、路地裏の店ってのは結構ヤバイのが出入りしてるんだよ。もう行くな。これは忠告だ。」
「…解ってる。」
憮然として言うクラウドは本当に解っているのかどうか。苦笑しているザックスに、クラウドは思い出したように顔を上げた。
「そう言えば、あんたどうやってあいつに薬入りを選ばせたんだ?」
「…あぁ」
あの時細工した瞬間を思い出して苦笑した。
心底不思議そうにしているクラウド故、この仕掛けは余り言いたくなかったのだが。
ちらりとクラウドの方を見てみれば、期待に満ちた目をしている。
どうにもかわす事はできなさそうだ。小さく一つ溜息をついて覚悟を決める。
「あれはな、どっちを選ぶか解った訳じゃねぇんだ」
「…え?」
「あれには両方薬が入ってたんだよ。」
クラウドは目を大きく見開いた。驚きで声も出ないようだった。
それもそうだろう。あの睡眠薬の効き目を目の前で見たのだから。
「じゃぁ、なんでザックスは…」
当然の疑問をクラウドは言いかけて、気付いたように口を噤んだ。
「…そっか、ザックスはソルジャーだもんな。」
早口にそう言って、クラウドは歩むスピードを上げる。
そう、ソルジャーは、対化学兵器戦用に、毒、睡眠ガスに対する訓練を受ける。
具体的には、それらを少しずつ吸ったり、飲んだりし、徐々にその量を増やし、抵抗力をつけていくのだ。
その厳しい訓練と並々ならぬ回復力も手伝って、ザックスは多少の毒や睡眠薬には効果を示さないようになっている。
言わばソルジャーの特権のようなものだ。
さっさと前を歩くクラウドは何処か辛そうだった。
確かに、クラウドはソルジャーにはなれなかった。
ザックスに、よく瞳を輝かせてソルジャーになる夢を語っていたにも関わらず、だ。
何の理由かは知らないが、突如退学した理由は自分の意思というよりは、止むを得ない理由だったのかもしれない。
とすればクラウドは志半ばで自分の夢を放棄せざるを得なかったのだ。それは酷く辛いことだろう。
ザックスは慌ててクラウドの後を追った。追いつくと、その肩にそっと手を掛ける。
「あのさ、そいやお前これからどうすんの?」
話題を変えた事を殊更強調するように明るい声を努める。
クラウドは、眉根を寄せた。
「…どうするって?」
「もうこんな時間だから今日はミッドガルに泊まるだろ?宿とか、とってあんの?」
「…今からだけど」
「今日さ、市が開かれてるから宿ほとんどないと思うぜ?」
「でも、探せば一部屋くらいはない訳ないだろ?」
「まぁそりゃそうだけど、わざわざ数少ない部屋を足を棒にして歩くより、いいとこあるだろ?」
「…え?」
「うち来いよ。まだ思い出話とか、したいしさ。」
きょとんとしたクラウドに器用に片目を瞑って見せた。
申し訳ないからと渋るクラウドを半ば引き摺るようにして、家に連れ込んだ。
5年ぶりの再会。ここで別れてしまったら、今度何時会えるか解らない。
初めは居ずらそうにしていたクラウドも、馴染んでしまえば気にならないのか、随分と柔らかい表情を見せるようになった。
新羅に居た頃自分は随分とクラウドの部屋に入り浸っていたから、慣れているというのもあるのかもしれない。
クラウドの話によれば、今回ミッドガルに来たのは、民芸品を売るためだったという。
クラウドが一緒に住んでいる親戚は、カームの民芸品である、布屋を営んでおり、
その何処か古びた柄は、ミッドガルで最先端を追うのに飽きてしまった人々によく売れるそうだ。
それらを売りながら、今は逆にミッドガルの布を仕入れているという。
同様に、民芸品に馴染んだカームの住民はミッドガルの最先端の柄に惹かれるからだそうだ。
そのため、あと2週間は滞在するとの事。
売り上げを消費しないように、安宿でその2週間を過ごす予定だったらしいが、それならばと、ザックスは提案をした。
それならば2週間自分の家で暮らせばどうか、と。
多分に恐縮していたクラウドだったが、今更何言ってんだの一言に、肩を竦めて是の返事をした。
ザックスにも、クラウドにも仕事があり、余り一緒に居られた訳ではない。
けれど、クラウドと居る毎日は楽しくて、寂れてモノトーン調に見えていた世界も、色を取り戻していくような気がした。
クラウドは5年前のあの頃に比べれば多少擦れてはいるが、根本は変わらない。
不器用で、生意気で、優しいクラウド。自分の好きだった、そのままのクラウド。
昔に戻ったような気がした。毎日の課題と、レポートの心配だけをしていればよかったあの頃に。
けれど、いくら隣にクラウドが居ても、いくら毎日が楽しくても、決してあの頃に戻る事はできない。
自分は今練習ではなく、実際に人を殺め、血を浴びている。それは嫌と言うほど解っている。
無邪気に笑っていたあの頃の自分とは違う。
5年という年月は決して短くはなかった。
色々な事があった。
自分も随分変わった。見た目も、職業も、考え方も5年前とは随分と違ってきてしまった。
けれど、5年経った今でも、まだ変わらないものがある。
変われないものが、ある。
クラウドが家に来てから10日は経った頃だろうか。
たまたま仕事が入らず、映画を見に行ったその帰り。
街の近くの公園に寄った。ライトアップされた噴水と、いくつかのベンチしかない、小さな公園。
けれど、そこは街の人達の憩いの場として利用されている。今は時間が中途半端なためか、人は殆ど居らずほぼ貸しきり状態だった。
屋台で買ったクレープを二人でベンチでパクつく穏やかな時。
早く食べ終わってしまったクラウドは、ベンチから立ち上がり、噴水の方へ向かう。
「懐かしいなぁ」などと言いながら、噴水の縁に上り、バランスを取りながら歩いている。
昔、幼かったクラウドがよくやった行為だ。思わず笑みが漏れた。
そして同時に、押し留めてきた気持ちも。
「…なぁ、クラウド」
「んー?」 何気なく振り返ったクラウドに、微笑みかける。 「覚えてるか?」 「何を?」 「5年前、俺がこの公園で言ったこと。」 クラウドの肩がぴくんと動いた。覚えている、と言う事だろう。
そう、以前気持ちを打ち明けたのはこの公園だった。ライトアップされた噴水を背に、め一杯の緊張をしながら言った。
クラウドは決まり悪いのか、ザックスの視線から逃げるように俯いた。
ザックスは、クレープを包んであった紙を丸め、ゴミ箱に投げ入れると、立ち上がり、大きく伸びをした。
「もう、あれから5年も経ったんだな。」
変わらず俯いたままのクラウドに歩み寄りながら、感慨深げに言った。
クラウドは無言のまま。それでも、噴水の前まで歩み寄る。
「…もう、5年も経ってて、しつこいって思うかもしれないけど、さ」
前置きをして、噴水の縁に居るため、見上げる形になるクラウドを真っ直ぐに見詰めた。
「今でも、俺の気持ち変わってない。今でも、返事待ってるから。」
噴水が水を流す音だけが妙に大きく聞こえる。
「それだけ、覚えておいて。」 そう言ってクラウドの方を見ると、すっかり視線を落としてしまっている。 苦笑した。随分困らせてしまったらしい事が解った。
仕切りなおす様にパンと手を叩くと、クラウドが驚いたように顔を上げた。
「はい、じゃこの話はこれで終わり。今日の飯だけど、パスタと炒飯どっちがい?」 「…え」 「パスタか炒飯、どっち?」
「……え…あ…シチューがいい。」
「って、選択肢外かよ。お前のシチュー好きは変わんねーな。」 「あ…、悪い。」
「ホントにな。じゃ、買い出しに行かないとだな。付き合えよ。んで、もち荷物はお前持ちな。」
「わかってるよ」 いつも通りの反応にほっとするやら残念やら。 その後は、その話題には一切触れずスーパーに向かう。結局何の実りもなかった。
けれど、5年前のほんのひと時を覚えていてくれたのは、嬉しかった。 スーパーに辿り着いて真っ先にクラウドが向かったのはお菓子コーナー。 立ち並ぶお菓子箱に瞳を輝かせて見ている。
「これ、すごいな。買おうかな。」
そう言って、棚の上の方のお菓子を背伸びして取っている図などはまるきり子供だ。
思わず笑ってしまった。もう20にもなるのに、こう言うところ15の時と何ら変わっていない。
とりあえずと放置して、シチューの材料を籠に入れて戻ってくると、クラウドはまだ悩んでいた。 箱を両手に持って、真剣そのもので視線を走らせている。
幼い頃貧しかった時の癖なのだろうが、クラウドはスーパーに来てもお菓子は一つしか買わない。
そして選ぶのは必ず。
ひょいと手元を覗き込むと、双方とも甘そうなチョコレート系のお菓子。
昔からクラウドは甘い物を好む。
「またチョコレートか。」
「あぁ。…悪いか。」
「いや、悪くないけどよく食うなそんな甘いもんと思ってさ。」
「あのな、甘い物食べないだなんて、人生の半分を棒に振ってるのと同じだぞ。」
そう言って、小さく睨んでくるクラウドは何だか可愛い。思わず笑ってしまった。
「お前全然変わんねーよな。」
笑いながら言うと、クラウドの顔色がすっと曇った。お菓子の箱の表面をなぞっていた指を止める。 そのまま静止するクラウドを怪訝に思い、顔を覗きこむ。
「…クラウド?」
「変わったよ」 「…え?」 「俺は、変わったよ」 妙に暗い瞳で言われた。
直ぐにクラウドは「背だって伸びたしな」と明るく言い直した。が、それが、心に少しだけ引っ掛かった。
|