Act5 約束 |
「家宅捜索が本格的に始まったらしいぜ。」
リラックスルームのソファに腰掛け、煙草を加えながら、ランディはまるで世間話のような口調で言った。
彼の話によれば、情報の流出口を探す為の新羅のやり方は徹底的で、まず身柄を拘束されてから、
家の中を隅々まで引っ掻き回す方法をとるのだそうだ。拒否すればその場で逮捕というから、皆大人しくせざるを得ない。
裏切りが露呈する前に、逃亡しようとした者は残らず殺されたらしい。
その余りの徹底振りには、いっその事裏切り者をいっその事全て掃討しようという意図が窺えた。
「物騒なことだよな」と言いながら、ランディは短くなった煙草を灰皿に押し付け、追加の煙草を取り出しながら
お前もいるか?といった様子で煙草の箱を差し出す。
ザックスは遠慮なく一本抜き取り、
「ふーん…」
と人事のように呟いて、ライターで火を点けた。煙を肺に深く吸い込み、吐き出した。
それらの事は、実際ザックスにはまだ人事であるからだった。
疑わしいと思う者をランク分けし、レベルの高い者から家宅捜索は行われている。だが、今はまだザックスはそのランク外だった。
だが、それも時間の問題だと思っている。
クラウドが持っていた情報のうち、自分が暗殺を担当する人物の情報などを組織に公開したならば、
組織は必ずその人物の捕獲、及び保護に回る。その人物は、暗殺の対象にされるだけあり、様々な企業機密を握っているからだ。
そして、その企業機密を知れば、組織の活動も一段と楽になる。
ただ、組織が新羅の追手よりも先に、その人物を得たとなれば、ザックスへの捜査の網は逃れようもない物になる。
つまり、クラウドが資料の全てを組織に公開することはそのまま直接ザックスの命の危機に繋がるというわけだ。
ここで不思議なのは、クラウドに資料を盗まれてから早1週間が経とうとも言うのに、未だに自分に捜査の手が回ってこない事だ。
クラウドは、まだ提出していないのかもしれない。そう思った。
自分で泣いている事にさえ気付いていないように、頬に涙を滑らせながらされた告白を思い出して、そう思った。
が、それも長くはないだろうと感じる。
テロから早くも一週間。形勢は逆転しつつあり、組織は少しでも有利な情報を欲している。
自分を裏切る事を選んだクラウドならば、必ず組織に情報は渡る。それは確信だ。
怖くはなかった。ただ、少しだけ悲しい。
胸の痛みを紛らわすように、辛めの煙を深く吸い込むザックスをランディはちらりと見やった。
「お前も怪しい行動は慎めよ。今は状況が状況だ。例えソルジャーでも容赦ないぞ。」
もう遅いとは思ったが、心配してくれるランディの優しさに応えて、軽く手を上げる。
「気をつけるよ。」
肺に含んだ煙がやけに苦く感じた。
そのまま、暫く二人して黙々と煙を吐き出し続けていたが、徐にランディは立ち上がった。
「じゃあな。俺は仕事に行く。お前もそろそろ行った方がいいんじゃないか?」
そう言って、ランディはザックスに背を向けた。
今目下の仕事はテロ対策。ソルジャーの殆どがそちらに回されているため、ランディからの仕事はない。
元々情報を操るのが得意なランディは、組織のデータベースの進入対策に回され、ザックスは主にこの新羅ビルの警護に回っている。
いつ、何時このビルでテロが起こるか解らないため、ビル内は異様な緊張感に包まれている。
煙草が短くなるのを待ち、煙草を灰皿に押し付けてザックスも立ち上った。腕に嵌ったごついデジタル時計に目をやる。交代の時間だ。
不意に向けた窓の外は、目が痛くなるほどに青く、切ない気持ちを呼び起こされた。
**
新羅ビル地下4階の、機密保持室の前には、もう既に今からザックスと交代するソルジャーが待っていた。
引継ぎを済ませると、ソルジャーは少し覚束ない足取りで去っていった。無理もない。
一週間勤務であるこの任務は、その緊張感故か一睡も出来ない。
これから自分もその立場になるのだと思うと、げんなりしないでもなかったが、それよりも神経が張り詰めていくのを自覚するのが早かった。
神経を尖らせたまま、その部屋の前に立つ。背を預けた。
ただ見張るという単純な作業だが、果てしない忍耐力と精神的強さを要求される。
視覚による情報に、己の感覚を奪われないように、そっと瞳を閉じて気配を窺う。
そんな時間がどれ位過ぎた頃だろうか。数時間かもしれない。それとも数日?それさえ解らない程にザックスは集中していた。
不意に、何かが弾けるような大きな音がした。何かが弾ける音、銃声とも取れるような。この階からだ。
隣の兵士はびくっと肩を竦めたが、ザックスはそのようなマネはせず、冷静に辺りの気配を探る。
神経を研ぎ澄ませる。だが、何の気配も感じない。不意に、何者かが駆けて来る気配がした。
何者か判らぬ緊張感と、戦い前の高揚感が己の身体を支配する。
バスターソードに手をかけた。もう、直ぐそこまで来ている。
何者かがその角の向こうから今にも顔を出そうとした瞬間。
「うわぁ!!」
情けない程大きな声を上げて、廊下の向こうから駆けて来た人物が声を上げた。
それもそのはず、彼の首元には鈍く輝くバスターソードが突きつけられていたのだから。
言うまでもなく、そのバスターソードの持ち主であるザックスは、現れた人物を見て目を丸くした。
「…ランス…?」
そう。切っ先にいるのは、同じくこの地区の地下3階の警備を任されているソルジャーの一人だったからだ。
ザックスはすっと剣を引き、訝しげに眉を顰める。
「どうした、ランス。お前持ち場の方はいいのか?」
ランスの持ち場は地下3階だ。確かに妙な音は4階でしたが、
それにしてもそのたった一つ上である持ち場を離れるのは無用心ではないだろうか。
顔を覗きこむようにして聞くと、放心していたランスがはっと我を取り戻した。かと思うと、すぐに顔を真っ赤にする。
「ザックス、貴様!応援を頼んでおいて何だその言い草は!!」
「応、援?」
余りの剣幕と、予想外の言葉にザックスは眉をしかめる。
「そうだ!貴様の通信機から、緊急事態が発生しているから至急応援を要請すると送られてきたのに剣なんか突きつけやがって!!」
「…ちょっと待て、俺の通信機から…?」
「あぁ、銃声のような物が聞こえて来た時にな!」
「…俺は送ってない。」
「…は?」
「俺はお前に通信なんて、送ってない。」
ランスは一瞬驚いたような顔をしたが、次の瞬間不機嫌そうに眉を顰める。
「そんなはずないだろ!じゃぁ一体誰が送って来るっていうんだ!敵さんが通信機に送ってくる、訳…」
ランスは苛立った調子で髪を掻き揚げていたが、不意にその動きを止めた。
顔色が急激に青くなる。
それに追い討ちをかけるかのように、今度は大きな爆発音が上の階、つまり地下3階のランスの持ち場から聞こえた。 天井が激しく振動し、上から粉砕された石の欠片が降ってくる。
その石が地面に到達して乾いた音を立てる前に放心しているランスを置いて、ザックスは走り出していた。
どうやらランスは罠をかけられたらしい。
銃声のように聞こえる、恐らく火薬弾を地下4階に投げ込み、地下3階のソルジャーであるランスに通信を送る。
『青の瞳』で、探査機を撹乱するほどの魔光技術を持った相手だ。回線を乗っ取られても不思議ではない。
そうして、ソルジャーを地下4階へ誘導し、自分はソルジャーの居ない地下3階に楽々と侵入できるという訳だ。
全く持って手際の良い作戦に敵ながら感心する。
走りながら、通信機を耳に押し付ける。耳障りなノイズと共に、司令塔からの指示が聞こえる。
『新羅ビル地下3階、第3秘密保持室戸爆破。侵入者あり。至急第3保持室に向かえ』
「了解」
軍人らしい硬い声で答えると、無線機をしまう。
階段を一気に駆け上がり、地下3階に着くと、ザックスは辺りを油断なく見回した。
立ち上る煙で視界は塞がれていたが、気配は隠せない。侵入者が確かに、居る。
ただ、気配の消し方を知っているのか、薄い、薄い気配だった。 ザックスは、その気配を僅かに感じる方に鋭い視線を向ける。
瞬間後ろから追ってきた兵士たちが、ばたばたとザックスの周りを囲んで、際限なく辺りを見回し始めた。
余分な気配のせいで、相手の薄い気配が読み取りにくくなる。小さく舌打ちしながら先程気配を感じた方向に足を向ける。
その瞬間、隊を組んでいた兵士の一人がすっと銃口を持ち上げた。
「どこだ!?」
何処に敵が潜んでいるか判らない恐怖に焦れたのだろう。兵士はいきなり銃を乱射し出した。
味方の弾に当たって、膝を折る兵士たちを見て、ザックスは小さく舌打ちすると、その男の首筋に手刀を入れた。
男はうげ、と悲鳴を上げる。倒れる寸前、発射された予想できない弾の行き先を目で追って。そして。
息を呑んだ。視線の先、小さな赤い飛沫が見えた。だが、それだけじゃない。
ザックスが見たのは。見たような、気がするのは。
淡い、金の髪。
途端込み上げる焦燥感。心臓が大きく脈打ち、喉が渇く。どうしようもない、抑えきれないその感情に、ザックスは思わず走り出していた。
元々その人物が居たであろう場には、小さな赤い水溜りが出来ている。それに一瞬だけ目をやって後を追う。
血痕が、地下の階段に続いていた。相当なスピードで走っているはずだが、その人物は見当たらない。
かなりの移動能力と、身の軽さを持つ人物だ。 軽く息が上がる位走ると、血痕が途絶えるようになった。その人物も血痕が自分への道しるべになってしまっている事に気付いたのだろう。
それでも、ザックスは走った。己の信じる道をただ只管に。
地下通路を走り抜けると、分かれ道に辿り着いた。
右か左どちらに進むべきか逡巡している時、丁度応援が駆けつけた。
「ソルジャーザックス、応援に参りました。」
そう言って、敬礼するのは数にして15。
状況が状況なだけに、流石にソルジャーを持ってくる訳にはいかなかったのだろう。駆けつけたのは全て一般兵だった。
確かにこの隙に他の地区を狙われては不味い。それでも一般兵の中では上位にランクする緑服の者ばかりが応援に来たようだ。
ただ、ザックスからすれば邪魔以外の何物でもないのだが。兵達に判らぬよう小さく舌打ちをして、右と左にざっと視線を走らせた。
(どちらに行けばいい…?)
どちらに行けばその人物を逃がしてやれるのか、そればかり考えていた。
よく考えれば金髪だからと言って必ずクラウドであるという保証はない。希望から生まれた早合点という奴かもしれない。
このあらゆる人種が混ざったこのミッドガルには金髪など普通に居るのだから。
でもそれでも、もしクラウドだったらどうするのだと考えてしまう自分が居る。
本当にクラウドだったら、死なせたく、ない。
左側の通路の床を見て、不意に目に止まったのは微かな血痕。よく見なければ気付かない位置に滲んだその血液。
今まで途切れがちだったにも関わらず、ここに至って突然現れた血痕。まるで標識のように残された不自然なもの。
瞬時にしてこの血痕の主の意図を理解した。恐らく、あいつは右に逃げた。
単なる推測に過ぎないけれど、ソルジャーの血がそうであると言っているような気がする。
…それに。
すっと目を細めて右側の通路を見詰める。
気のせいだろうか。右側の通路から押し殺したような呼吸が聞こえるような気がするのは。 「ソルジャーザックス!血痕を見つけました!」 今更気付いたユウノウな部下に一瞥をくれてやる。逃亡者は左に行ったのだと信じ、微塵の不安も感じない顔。
むしろ血痕を見つけた事を大手柄のように感じて、頬を高潮させている
「ソルジャーザックス指令を!!」
自信満々な表情に何の陰りがない事を読み取ると、すぐに声を張り上げる。
「お前らは血痕を追っていけ。相手は手追だ。楽に片がつく。」 淡々と述べるその声は嘘とは決して気付かれないだろう。
「俺は他に仲間がいないか探してからいく。絶対逃がすな。いいな。」
「は!!」 言うが早いか、兵士達はバタバタと走り去って行く。兵士達いなくなった分、余計にその気配が際立った。 …やはり、居る。
大きく息を吸って、渇いた唇を湿らせた。 何を言おうか暫し逡巡し。そして。
「…クラウド?」
そっと言葉を零した瞬間、物影から人が飛び出した。目の端に映る金髪。
咄嗟にバスターソードを抜いて前に突き出すと、金属のぶつかり合う鋭い音がした。
交錯した剣の向こう、クラウドの険しい顔が見えた。険しい、けれど、何処か泣きそうな。
その瞬間確信した。ここに潜り込んだ人物がクラウドでないかと思った瞬間生じた、自惚れとも言える考察。それが真実であることを。
次々と繰り出される鋭い刃からは、けれど殺気は感じられず、ザックスは、剣を難無く弾き飛ばした。
小振りなアーミーナイフは、円を描きながら宙を舞い、鋭い音をたててアスファルトに落下する。
荒い息をつくクラウドの喉元にバスターソードを突き付ける。そのまま。
久しぶりに見るクラウドは、随分と痩せていた。
ただでさえ細い手足は、生きるのに必要な部分までこそげおとされたかのように筋が浮き出ており、目の下にはうっすらと隈さえできている。
加えて、体のあちこちに細かな傷があり、先程撃たれたであろう右腕には血の滲んだ布が巻きつけてあった。
随分と衰弱していることは明らか。当たり前と言えば当たり前。新羅という巨大組織を相手取る場合にはそれ位は覚悟しなければならない。
だが、余りに痛々しいその様子に、ザックスは言葉もなかった。
諦めたような表情のクラウドからバスターソードの切っ先を、すっと引く。途端クラウドは、睨みつけてきた。
その余りに鋭い視線に息を呑む。
「…殺せよ。」 低い、威嚇のような声。 「…クラ…」
「殺ろせったら!」
「…っやめろ!」 クラウドは今まさに引いたバスターソードの刃を素手で掴んだ。華奢な白い指から血が溢れ、流れ落ちる。 ザックスは必死でその腕を無理矢理もぎ離すと、尚も暴れるクラウドを押さえつける。
余りにも激しい抵抗に、二人してバランスを崩して倒れこんだ。背を打って一瞬息を詰まらせたクラウドの動きを封じ、組み敷いた。
それでも暫くは抵抗していたが、力で敵うはずがないと気付いたのか、クラウドは大人しくなった。
お互い荒い息を吐き、ザックスはとりあえず安堵の息を吐く。
そのままクラウドの顔を覗き込んで。そして。
はっとした。心臓を掴まれたような感じがした。
クラウドは、泣いていた。
その綺麗な顔を歪めて大きな空色の瞳から涙を零していた。
噛み締めていた唇がそっと開かれる。 「……殺せよ…あんたを裏切った人間なんて…殺せばいいだろ…」
縋るような声になっていた。余りに切なげな声音に、胸を突かれた。 好きな奴の願い事なら何だって聞いてやりたい。何だって叶えてやりたい。
でも、それでも。
それでも。それだけは。
「…できない。」 ザックスは苦渋に満ちた声を出す。
「…何で。」 「そんなの、お前だって解ってるだろ?」 クラウドは嗚咽を堪えるように、唇を噛む。続いて顔を逸らした。頬を伝っていた涙が、音もなく落ちる。 ザックスがクラウドを殺せない理由。それはクラウドがここに潜り込んだ理由と同じではないのか?
その問いに、何も答えはない。けれど無言の返事は肯定だと解っていた。
そう、クラウドは、情報の漏れた場所を曖昧にするためにここに単身乗り込んだのだ。
新羅の機密保持室に人が進入したとなれば、内部の人間が情報を流出させたという線に加えて、
実は今までも潜り込まれていたのに気付かなかったという線が生まれる。
そうなれば、ザックスから盗んだ情報を組織に完全に公開しても、ザックスには疑いがかかりにくくなるという訳だ。
新羅も、余分な人間の家宅捜索なんて言う無駄な事には時間も労力も掛けたくない。今の状況なら尚更。
それを解って居てクラウドはここに来たのだろう。ザックスを救うため、そのために危険を起した。
しかも自らの独断。己の身を犠牲にした決意。
ザックスを裏切った自分への責め苦とも言える捨て身の作戦。
ザックスは、そっとバスターソードを握って血塗れになったクラウドの手を取ると、マテリアバングルに嵌った、マテリアを発動させた。
途端溢れる黄緑色の光。回復魔法、ケアルだ。ザックスは元々魔法が得意ではなく、大した魔法力はないため威力は弱い。
でも、それでもクラウドの傷を癒してやりたくて、何度も詠唱を唱える。
好きなのに。 お互いがお互いをこんなにも好きなのに何故殺し合わなくてはならない?
回復魔法の淡い緑色の光が、掌に落ちた雪のように儚く消え、後には静寂ばかりが残った。
やりきれない。苦しい。もどかしい。切ない。数々の感情が複雑に絡み合う。
けれどその根底にあるのは、どうしようもない愛しさ。
ザックスは、唇を噛み締めて一人で嗚咽を堪えるクラウドの髪にそっと触れた。宥めるようにその髪を梳く。
何を言おうかと逡巡し、迷うように何度も唇を動かして、漸く口を開く。
「…なぁ、クラウド。こっちに来いよ。」
口を突いて出たのはそんな言葉だった。
「もう、無理なんだよ。お前だって解ってるだろ?新羅に逆らおうだなんて無謀なんだ。だから、もうやめろ…」
クラウドは無言で瞳を逸らしたが、それでも口は勝手に動く。
「俺の幼なじみだって言えば、快く受け入れて貰える。もう逃げ回る必要なんてない。
戸籍なんていくらでも偽造できるし、偽造すればいい。俺だって伊達にソルジャーやってる訳じゃない。その種の人間なんて五万と知ってる。」
頑なに瞳を逸らし続けるクラウドに、どうしようもなく切ない気持ちが掻き立てられる。
自分の口から漏れる、果てしない事務的手続きの説明に、違うと感じた。自分が本当に言いたいのはそうじゃない。
そうじゃ、ないのだ。
「お前が好きなんだよ。」 喉元で固まっていた言葉がするりと口をついて出た。
「好きで好きでたまらない。死なせたくない。お前と生きていきたいんだ。」
必死に訴えた。死んで欲しくなかった。一緒に生きていきたい。事務的な事を並べたが、それが正直な気持ちだった。
クラウドは漸く視線を向けてくれる。目を合わせたクラウドは、微笑んで、くれた。
けれど。
「無理だよ。」
そう言った。決して翻る事はないであろう意思の強さで。けれど少し悲しそうに。
「…無理だ。」 その強い意志を宿した瞳を真っ向から受け止めて、ああ、と思った。
答えは聞く前から解っていた気がする。そう、解っていたのだ。 死んで欲しくはない、ずっと一緒に生きていたい。きっと、クラウドもそう思ってくれている。 けれど、仲間を見捨てられない、意思を最後まで曲げられない、それがクラウドで。
それが、クラウドという人格で。そんな優しい彼が好きだったから。
最後の最後で、己の情を犠牲にしても、理を選んでしまう。そんな不器用だけど優しい所が好きだっから。
そうでなければきっとこんなにも好きになったりしなかった。こんなにも、焦がれる程に愛しはしなかった。 それでも、一緒に居たい。ずっとずっと一緒に生きて居たかったから。
だから、新羅側に付かないかと誘った。乗ってくれないのを心の何処かで解っていながらも。
どうにもならない矛盾。永遠の平行線。 ザックスはきつく目を瞑った。唇をきつく噛む。このままクラウドを連れ去りたいという堪らない衝動を何とかやり過ごす。 激情を無理矢理抑え込むと、後に残ったものは切ない程に愛しい気持ち。どうにもできない位切実な恋慕。
ぎゅっと瞳を閉じて、もう一度開く。目の前には焦がれて止まないその瞳。
「じゃあ、さ。」 「……うん。」 「生まれ変わったら、恋人になってよ。」 クラウドの瞳が純粋な驚きに見開かれる。その真っ青な瞳を真剣に見詰めて。 「その時は、敵同士なんかじゃなくてさ。出会って、惹かれあって、くだらない事で笑って、喧嘩もする。
そんな、当たり前の恋人同士に、なってよ」
死んだ後の事など解らない。本当に輪廻は巡るのかもしれないが、もう何もないのかも知れない。 実際ザックスは輪廻などないと思っていた。死んだらそれで終わり。その場で全てが無に帰して、その先など何もない。
でも、クラウドにもう一度会える可能性が、ほんの少しでもあるなら、それを信じてみたいと思った。
昔見た、屈託のない笑顔を、間近でずっと見ていられるのなら、ずっと一緒に生きていけるのなら。
その可能性が、少しでも。そう、ほんの一握りでも存在するのなら、信じよう、と決めた。信じたい、と思った。
「お前の事、探すから。…きっと、見つけるから。」 小さく息を吐いて、手の平に爪を立てる。
息を詰めて、クラウドの返事を待つ。果てしなく遠い、来世の約束。来世のクラウドへの、告白。その、返事を。
返事を待ちながら、この気持ちを味わうのはこれで2度目だと思った。噴水を背にして告白した日が酷く遠く感じられる。
年月としては5年でも、隔たる物は随分と多い。余計な荷物をお互い背負ってしまった。
随分長い沈黙の後、クラウドが小さく笑う声が聞こえた。馬鹿にしてる風ではない。ただ泣きそうな顔で微笑んでいる。 「ばーか。」 「クラウド。」 「そんなん、聞くまでもないだろ。」 そう言って、クラウドは腕を回してきた。力一杯抱きしめてくる。 それが返事だと解った。嬉しくて、愛しくて、強く抱き返す。
腕の中の体が、小さく震えた。
「…見つけろよ。」 「ああ」 「どんなに変わってても、見つけろよ。間違えるなんて馬鹿な真似、すんなよ」 「そんな事、するわけない。」 「俺が人間じゃなくても、ただの青虫になってても、だぞ。」 「あぁ、その時は責任持って最後まで飼うよ。」 クラウドは小さく笑った。ザックスも攣られて小さく笑い、そのまま見詰め合う。 クラウドのその笑顔が泣き顔に変わってしまう前に、唇を重ねた。
初め優しかったそれも、次第に激しく、貪りつくすような物に変わっていく。
キスをしても、抱き合っても、自分達は決して恋人同士ではない。 恋人同士には、なれない。
待っているのがどうしようもなく悲しい結末だと、避けられない別れだと知っていたから。
抱き合いながら、その身を分け合いながら、ただうわ言のように好きだと繰り返した。
今だけは、と。
来世に想いを馳せながら。
ツッコミ所満載なお話で申し訳ないです。 えーと、私説明とか物凄く下手なので、ここの部分意味が解らないんだけど!ってトコたくさんあると思います。 そう思った方、遠慮なく言ってやって下さい。 読んでくださった皆様に楽しんで頂きたいので、その場合頑張って手直しします。 それでは残り最終話のみとなりましたが、お付き合い下さると幸いですv |