Act 6来世
 
 
 
 
 
爆弾テロを成功させたとは言えども、それは所詮新羅が油断していたからと言える。
次々と重要施設を爆破され、プライドを著しく傷つけられて怒り心頭に達した新羅はとうとう本気を出してきた。
具体的な政策としては、完全なる封鎖体勢、徹底した情報操作、ソルジャーの一斉投与などだ。
反乱組織とは言えども、所詮は少人数。これだけやられれば一溜まりもない。
テロは突然の津波のようにやってきて、津波のように引いていく事となる。
そしてテロから1ヶ月も経った今では、あとは僅かな残党とリーダーを残すのみとなっていた。
ここで多少手を抜いてもいいものだが、新羅はその完全なる攻撃態勢を崩さなかった。
次々と重要施設を爆破され、プライドを著しく傷つけられたのも勿論主要な原因ではあるが、
原因はもうひとつある。そのリーダーと言うのが曲者で、過去に爆弾テロを2回も起こしている第一級犯罪人、ロード・テラスである事だった。
今回で3回目となる爆弾テロを起した男だ。何としても捕まえなければ、またいつこのような事があるとも限らない。
事実幾度も取り逃がした結果として今回の大掛かりなテロが起きてしまったのだから。
だが、どういう巧妙な手を使っているのか知らないが、この新羅の厳戒な体勢にも関わらずロード・テラスは捕まらない。
そろそろ完全なる封鎖体勢にも限界が来て、新羅が焦りだしてきた頃。
それは起こったのだった。
 
 
 
 
「ロードらしき人物を下水道の地下に見掛けたとの通報があった。
背格好、髪や瞳の色が全て一致したとあるからまず間違いないだろう。」
 
総司令官であるベスクが、ただでさえ締りの悪い口元に、にやにやと嫌な笑みを浮かべていた。
長年新羅を煩わせてきた第一級犯罪人ロード・テラスを捕獲すれば、昇格が約束されるのは間違いない。
その情報が回ってきたのであるから、まぁ口の締りが悪くなるのも当然といえば当然と言えた。
このベスクという総司令官。ザックスは個人的には好きではなかった。
ベスクは元々己の能力で上がってきた男ではない。
元々の生まれがよく、親の七光りで初めから高い地位に居た。
ただ、そこはやはり軍社会。いくら親の七光りとはいえ無条件に身分が上がっていくわけではない。
やはりそれなりの功労がなければ、下がる事こそあれど、上がる事はない。
それでも今ベスクがこの地位にいるのは、非常に汚い手段で這い上がってきたからだ。
例えば、今回も自分の部下の偶然の発見を、
己が予め下水道が怪しいと踏んで見張らせておいたからであると自分の手柄にしてしまい、
今回の作戦の総司令官に命じられたのだった。つまり、完全に手柄を横取りされた訳である。
その他にも手柄を横取りされたと泣き寝入りする部下は多数居る。勿論兵達は抗議に行くのだが、
この手柄を立てたのは自分であるという証拠はあるのかと言われてしまえば答えようがないのも事実で。
以前一度だけ証拠を揃えた上で、ベスクに訴えかけた者がいるが、その兵士は翌日不運な事故で川に浮かんでいた。
…つまりそういう奴なのだった。
だが、今回の捕獲作戦に当たって、実力不相応である事はベスクも解っているらしい。
何と言っても今回は長年新羅を煩わせてきたロード・テラスが相手だ。失敗すれば己の見の振りが危ない事は目に見えている。
そこで、今回はやり方を変えてきた。ソルジャー1stのザックスとマドルードを副官として選んだ訳である。
ソルジャーの中でも指折りの二人を選んで、指揮を全面的に譲渡するという命令を下したのである。
こうしてしまっては手柄を全面的に自分の物にする事はできない。
何と言っても相手はソルジャーだから、手柄を全面的に横取りすればどうなるかは目に見えている。
だが、ベスクは総司令官だ。作戦が成功すれば全く自分が何をしていなくとも、多少なりとも功労が認められる。
それで手を打とうという訳である。
何とも狡猾な手段ではあるが、悪いほうの知恵がある事だけは認めてやらなくてはならないだろう。
 
「ロード・テラスを見つけたら即引き金を引け。回収するのは死体で構わん!」
 
ザックスは出陣前のベスクの長い話を聞き流しながら、やっとだ、と思った。
やっとこの戦いが終わる。それは感慨深くも焦躁を与えるものでもあった。
今までテロリスト達との戦闘に向かう度、脇に積まれた、レイクルイスの人間達の死体を一人ずつ顔を確認して見た。
ただ一つの顔がないことだけを祈っていた。そして、願い通りあの金髪の美しい青年の顔を戦場で見かけたことはない。
クラウドは、生きてくれているのだろうか?
新羅のセキュリティシステムを解除し、番犬である兵士達を始末する程の腕前だ。生きていてもおかしくない。
というより、生きてるはずだ。けれど確信はない。そう信じたい。それだけだった。
何とか新羅の手から逃れて、生き残っていて欲しい。
もう二度と会えなくても構わない。それでも構わないから、逃げ延びていて欲しかった。
 
「出陣だ!場所はレスタル広場の下水道!」
 
ベスクの言葉に、ザックスは切ないほどの強い思いを込め掌を握り締めて立ち上がった。
 
 
 
 
 
 
 
 
**
 
 
 
 
 
 
酷い悪臭だった。空気も悪い。
ヘドロが沈殿しているのだろう。
汚いという言葉をそのまま色にしたような、見ているだけで吐き気がする緑色の水が大量に流れている。
時折溝鼠や、ゴキブリが驚いたように駆け回り、異色者の乱入を警戒していた。
ベスクはその不快さに、嫌な顔を隠そうともせず、露骨に顔を顰めて臭い臭いとがなりたてる。
誰もが同じ心境だが、任務中であるため極力不快さを抑えているのに。ベスクのやっている事は子供以下だ。
傍に控えていた兵士が、ロード・テラス捜索のためではなく、
ベスクの扱いに困ったようにしているのを見てザックスの堪忍袋の緒が切れた。
「…司令官。もう少し静かにしたらどうですか?」
気配もなく背後に立ち、威嚇するように、ぐっと声を落として囁いた。
ベスクは突然背後に現れた人間に相当驚いたらしく、情けない程に飛び上がって、そのまま尻餅を吐いた。
暫く、そのまま間抜け面を晒していたが、相手がザックスだと知ると、途端に眉を吊り上げた。
「き、貴様!総司令官の俺に逆らう気か!?」
下水の悪臭に不快指数を極端に上げているベスクは、いきなり怒鳴りつけてきた。何の遠慮もない甲高い声に、
この男は本当にロード・テラスを捕獲する気があるのだろうかと疑ってしまった。
捜索の時は声を張り上げないなど初歩的な事ではないか。
特に密閉空間で、ただでさえ声の響くこの下水道では。
指揮官の余りの無能ぶりに、ザックスは小さく溜息を吐いた。
「別に逆らおうなどという気はありません。ただ、司令官である以上少しは協力してもらってもいいのではと思っただけです。」
ベスクは返す言葉もないのだろう。ぐっと言葉に詰まる。
だがそれでも一応この場では身分が下の者に意見をされるのは気に喰わなかったのか
ベスクは再度何か言おうと大きく口を開いた。その瞬間。
 
「居たぞぉ!!ロード・テラスだ!!」
 
兵の一人の声が響き渡った。反射的に顔を向けると、黒っぽい影が走り抜けるのが目の端に映った。
逸った兵が、早速銃を連射するが、それを慌ててベスクは止めた。
「待て!どうせ奴は袋の鼠だ。やはり生け捕りにする!」
ザックスは正直呆れてしまった。
作戦前はあれ程死体で回収すると言っていたにも関わらず、いざこの場になって作戦変更とくれば、悪戯に兵の動揺を誘うだけだ。
マドルードも同じ事を思ったのか、軽蔑しきった瞳をベスクに向けた。
それでも形だけとは言え、指揮官の立場に居るベスクに従わない訳にもいかないのだろう。
今回の指揮の中心を担うマドルードが声を張り上げた。
「作戦変更。作戦コードはD。所定の配置に付け!」
 
 
 
作戦コードDは、あのユウノウな指揮官が突如作戦を変更した場合も想定して指示されていた作戦だ。
殺せばいいのであれば、見つけてとにかく銃を連射すれば良い。
ただ、生け捕りとなると話は別となってくる。やたら滅多ら銃を連射していたのでは確実に殺してしまうからだ。
それを防ぐためには、周りを囲んで包囲する以外に手立てはない。
そのため、入り組んだ下水道の行き止まりに追い詰める。これがコードDの趣旨だ。
『こちらポイント2、ターゲットを発見。発砲して来た為、ポイント3に移動しました。作戦通りです。』
『こちらポイント3、予定通りターゲット通過しました。追って指示をお願いします。』
『こちらポイント4、威嚇のため発砲。退路を塞ぎました。』
『こちらポイント5、予定通りそちらに向かっています。』
数々の通信を受けながら、的確な指示を出しているマドルードをぼんやりと見ながらザックスはターゲットの到着を待っていた。
本来ならザックスも指示側に回る所だが、機密保持室の扉を破壊した敵を取り逃がすという
前回の作戦ミス(故意的にではあるが)のため、今回は指揮はすべてマドルードに一任されているのだった。
それは本来不名誉な事実のはずだが、ザックスには非常にありがたいことだった。
ザックスには的確な作戦を考える余裕などない。
もしロード・テラスを守るためにクラウドが出てきたら?もしザックスの指揮でクラウドを殺す事になってしまったら?
そう考えただけで、ザックスは守りの体勢に入ってしまう。いかにロード・テラスを逃がすか。
そればかりを考えながら作戦を立ててしまう。
「…来た。」
今までずっと無線機に口を寄せて腰掛けていたマドルードが徐に立ち上がった。確かに前方から微かな水音が聞こえる。
「ザックス、俺達もポイント6に移動だ。ポイント7で袋小路にする。」
マドルードの指示に、ザックスは小さく頷いて立ち上がった。
 
 
 
思ったより小柄な男だった。
いや、小柄な男だとは聞いてはいたが、実際目の当たりにするとその余りの小ささに純粋に驚いてしまう。
顔はフードに隠れてよく見えないが、年も随分と若いのではないだろうか?
こんな小さな男がレイクルイスの残党を率いて、
…クラウドを率いて新羅に楯突いていたのかと思うと何だか拍子抜けしたというか。
妙に実感が湧かないというか。
男は、追っ手がこなくなった事を不振に思ったのだろう。肩で息をしながら後ろを振り返った。
それを見計らった、潜んでいた兵士が、同時に一発発砲する。
気を抜いた瞬間の突然の襲撃。それに反射的に走り出した男はそうとは知らず誘い込まれていた。
予め用意されていた行き止まり。作戦の最終目的地ポイント7へと。
ポイント7。この入り組んだ下水道では希少な行き止まり地点。その壁に手をついて、そのまま男は静止した。
途方に暮れたのかもしれないし、兵達の意図に気付いたのかもしれなかった。
「そこまでだ。」
マドルードの低い声がまるで合図だったかのように、男はライトに照らし出され、銃口を向けられた。
壁際に追い詰められ、一斉に銃口を向けられた男は漸く観念したのかゆっくりと振り返った。
無遠慮に向けられたライトが眩しいのか、男はフードを目深く被りなおす。
「動くな。」
マドルードの無感情な声。と、同時に聞こえたのは場違いな拍手だった。
今の今まで胡坐を掻いて作戦が終了するのを待っていたユウノウな総司令官ベスクが作戦が終了したのを見計らってやってきたのだ。
「くははははは!よくやったぞマドルード!」
満足気な笑みを浮かべて、マドルードに下がるよう手で合図をした。
これで、ロード・テラスを捕獲する命令を下すのはベスクの役目という事になる。
マドルードは今にも舌打ちしそうな顔でその場を譲った。
「残念だったな。逃げ切れたと思っただろうが新羅はそんなに甘くはない。」
B級映画の悪人でも今時言わなさそうな台詞をベスクはにやにやと笑いながら言う。
「それにしても惨めなものだな、ロード・テラス。仲間の一人もお前にはおらずたった一人で下水道を逃げ回るなど。
そこまで堕ちればもう何をするのも構わんだろう。さぁ、今ここで地に頭を付けて命乞いでもしたらどうだ?」
勝ち誇ったような声音。
全く己の力を使わず、ただ虎の威をかっていた上での台詞に、一瞬吐き気を覚えた。
ただ、そのフードの男はベスクの好き勝手な台詞に小さく肩を震わせた。
…一瞬、泣いているのかと思った。
侮辱された悔しさの余り、もしくは銃口を向けられた恐怖のためなのか。
だが、次の瞬間にはそれとは全く別の種類の震えだということを思い知らされる事になる。
「…っ…あははははは…!」
なんと、男は声を上げて笑い出したのだった。およそこの場には不釣合いな程高らかに。心底おかし事を聞いたかのように。
ベスクも、マドルードも、辺りを囲んでいた兵達も、誰一人例外なく呆気に取られた様子で男を見守る。
ザックスも思わずこいつはとうとう発狂してしまったのではないかと思った位だ。
一通り笑い終えると、男は漸く顔を上げた。
「命乞い…って…あんたもつくづく間抜けだな。」
未だ笑い覚めやらぬといった様子で紡がれた言葉に、ザックスは血の気が引くのを感じた。
いや、正確にはその声に。この、男にしては少し高めの、この声は。
聞き間違いかと思った。聞き間違いであって欲しいと思った。信じたくなどなかった。けれど。
「な…っ、何だと言うのだ!」
先程の自信たっぷりな様相とは明らかに異なるうろたえた声に、フードの男はクスリと笑いを零した。
「あんたの方こそ残念だったな。俺はハズレ、だ。」
そう言って男はフードを払いのけた。
この時ほど現実が理想を裏切る物だと言う事を実感した事はなかった。
フードの下から現れたのはまばゆい金の髪、透けるようなブルーアイズを持った美しい青年。
「…クラウド…」
思わず声が漏れた。
けれど驚きのために掠れた声は、緊迫した状況に気を張り詰めている隣の兵士の耳にも届かないようだった。
ただ、余裕の笑みを浮かべられるクラウドの耳には聞こえる程の音量だったのかもしれない。
ふと視線がこちらに向けられた。澄み渡った空と同じ、透けるように綺麗な青い瞳。
その瞳に驚きが過ぎったのはほんの一瞬。
ほんの一瞬だけ哀しそうな色が過ぎり、すぐに優しい色を帯びた。
距離にしてはほんの数メートル。けれど、超えられない壁が確かに存在する、果てしなく遠い向こう側で、クラウドはそっと微笑んだ。
苦しいほど強い感情に息が詰まる。焼け付くほどの焦燥感が身体を走り抜けた。
その微笑みは。見えない線の向こうに見える微笑は、まるで昨日の事のように感じる、つかの間の逢瀬に見せた微笑と、同じだったから。
 
「っ!貴様替え玉か!!本物は一体何処にいる!?」
 
だがその一瞬の感傷も、怒りに顔を真っ赤に染めた中年男のだみ声によって掻き消された。
クラウドも一瞬のうちに、表情を変える。切ないほどに優しい笑顔から、反乱軍の一員として相応しい様相に一瞬で変わった。
「あんた馬鹿?知ってるとしても教えるはずないだろ?」
クラウドは、ほんのちょっと首を傾げて子馬鹿にした笑みを浮かべて見せた。
「何だと!?」
怒りに打ち震え、今にも銃をぶっ放しそうなベスクを、マドルードが慌てて止める。
「司令官、落ち着いて下さい。こいつにはまだ使い道がある。」
「あんたも大変だな、こんなお荷物背負わされて。」
必死で取り押さえているマドルードに、クラウドは心底同情するように言った。
マドルードは、視線も鋭くクラウドを睨みつける。
「敵に同情されるほど落ちぶれてはいない。無駄口叩いてる暇があったら、ゴマ擦る事考えるんだな。
…そうだな。お前がロード・テラスの居場所を吐けば、命だけは助けてやる」
敵方を極限状態に追い詰めた時によく使う常套手段だ。ただ、新羅がその約束を守ったのは一度も見た事がない。
マドルードの言葉に、クラウドはその形の良い唇を笑みの形にした。
「無駄だよ。」
いっそ小気味よいほどの明るい声。
「俺は、自分のしたい事をしたいようにして生きてきた。
今更仲間を売って生にしがみ付かなきゃいけないような生き方はしてない。」
そう言ってクラウドは微笑んで見せた。その表情は誇り高く、美しい。
やるべき事を成し遂げた、自分の意志を最後まで貫いた、強く汚れのない瞳が真っ直ぐこちらを見ている。
クラウドは死を恐れてはいない。今この場に居る事に胸を張っている。
それならば。
今自分がすべき事は何もない。
本当にもう、何も無い。
「ま、そこの油狸と一緒にするなって事さ。」
クラウドがそう言って悪戯っぽく笑った瞬間、マドルードは顔を真っ青にした。
「貴様ぁ!!」
同時に、油狸の意味を察したベスクが、怒りに顔を真っ赤にして叫ぶ。
怒り心頭に来ているベスクの様子を、まるで滑稽無糖なビデオテープでも見ているように、ぼんやりと見ながら。
何も、するべきではない。そう、必死で自分に言い聞かせていた。
ベスクは取り押さえていたマドルードの手を勢いよく振り払ったかと思うと、怒りに任せて叫ぶ。
 

 
「もういい!!殺れ!!打ち方用意!!」
 
 
ベスクの言葉に反応して、隣の兵が慌てて弾を装填している。ザックスはその横で、まるででくの坊みたいに立ち尽くしていた。
クラウドは、その言葉通りに、何の抵抗もみせず、緩やかに瞼を下ろし、瞳を閉じる。
覚悟を決めている。死を、受容している。
クラウドが自分自身で決めた以上自分は何もするべきではない。
そんなの解っている。
そんな事、解っている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
…けれど
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
気付けば足が地を蹴っていた。
 
 
響き渡る銃声。
飛び散る血飛沫。
けれどその赤い液体を撒き散らしたのは。
 
 
クラウドの驚いたように瞳を見開く様が、何だかとても可愛いと思った。
鉄の塊に身体を貫かれる痛みを感じるより先に、そんな事を思ってしまう。
 
 
「…ザッ…クス…?」
 
 
クラウドの、呆然とした声が腕の中から聞こえる。何が起こったか判らないとでもいうように、こちらを見上げるクラウドに微笑みかけた。
そのまま、遅れて沸き起こった耐えようもない痛みに思わず膝を折る。
抱き込まれたクラウドも一緒に倒れこみ、盛大に尻餅をついたようだが、呆然としたクラウドは何の反応も示さない。
兵の間で動揺が走っり、辺りは混乱していた。
「ザックス!貴様!何のつもりだ!!」
ベスクのヒステリックな声になど答えてやるつもりはない。
大体にしてこの状況を見れば何のつもりかなんて馬鹿でも解るはずだった。
 
そう、ザックスは自分の身体を盾にしてクラウドを守ったのだった。それは完全なる裏切り行為。
 
深く考えた訳ではなかった。
一瞬の出来事だった。頭より先に体が動いていた。
生暖かい雫がクラウドの頬に落ちる。クラウドはそろそろ、とそこに手をやり、そのまま泣きそうな顔をした。
「何、で…あんた…っ」
余りに予想通りであった言葉に、思わず小さく笑ってしまう。
クラウドは死を恐れてはいなかった。自分の死に方に胸を張っていた。
だから自分がすべき事は何もないはずだった。
けれど。
「ばーか。」
必死に撃たれた所を押さえて止血しようとしているクラウドの手を押さえながら、瞳を覗き込んだ。
「惚れた奴が目の前で危険な目に合ってるっていうのにじっとしてられるかよ。」
そう言ってにっと笑ってやれば、クラウドは一瞬呆けた顔をした後、ぎっと眉を吊り上げた。
「馬鹿はお前だ!出て来なければ、俺の事なんか知らないふりしてれば!こんな怪我負わずに済んだのに!
これからもずっと…安定した暮らしが送れたのに…」
最後は泣き出しそうな声になっていた。
自分で勝手に飛び出したんだから、気にする事なんてないのに。
まるで自分のせいであるかのように悲しげに唇を噛み締める優しいクラウド。
愛しいと思った。どうしようもなく愛おしいと。
ザックスは、クラウドの頬に手を添えて微笑んだ。
「…いいんだよ。どうせお前がいなきゃ、この世に存在してても楽しくない。」
「…あんた…馬鹿だっ…」
確かに馬鹿なのかもしれない。この場でクラウドを守ったといってもほんの一瞬の出来事。
クラウドがこの場から逃げられない事には変わりがなく。自分はクラウドの一瞬を守っただけ。
殆ど犬死と変わらない。恐らく自分は馬鹿なのだ。でも、それでも。
「あぁ。でも、この選択は間違ってないと思う。」
それだけは、胸を張って言えるから。
今度こそ何の言葉もなく、クラウドは唇を噛んで、額をザックスの胸に押しつけた。
その華奢な肩が小さく震えている。
 
「構わん!!ザックスごと撃て!!」
「おい!待て!ザックス!戻って来い!!」
 
ベスクのヒステリックな声と、マドルードの動揺した声。
兵士達の間に広がる混乱。だがやがて、弾が装填される音が響いた。
ザックスは自分の胸に額を押し付けているクラウドの髪に、そっと触れた。
「…見つけるから、待ってろ。」
「…うん」
「浮気すんなよ」
「そんなの…」
できる訳がない。
自惚れではなく、そう言った気がした。
ザックスは小さく笑って、クラウドを抱きしめる。
クラウドもぎゅっと腕を回してきた。
クラウドの早鐘のような鼓動が、燃えているような熱さが、抱きしめたその身体から伝わってくる。
死を恐れる鼓動というよりは、抱き合った時と同じ鼓動。
熱を分かち合って、愛し合った瞬間と同じあの鼓動。
それはまるで、自分の鼓動で、自分の熱のように感じられた。
まるで同じ心臓を持った一つの生き物のように、その鼓動もその熱も何一つ異ならず感じられた。
 
 
こんなにも一つに感じられたら、きっとまた会える。
 
 
 
それは予想ではなく確信だった。
そしてきっと、今度会えたら。
ザックスは腕の中の何よりも大切な者を抱きしめながら、そっと瞳を閉じた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
今度、会えたら。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
        
 
 
 
       fin

お、終わった…。な、長かったですね…。ごめんなさい〜。
あーーー軍の話って難しいですねー!もう自分的解釈を折混ぜながら書いてしまいました。
軍に詳しくて、何これ〜って思った方、申し訳ありません!これが私の限界です(死)
 
 
そんでもって、何だか救いようがない話ですいません〜!
「どちらかと言えば暗い話」って紹介には書きましたが、相当暗いし
う…でも、何となく救いようがあるような気がしません?
多分この二人来世には会えてる気がするので。
 
来世にもう一度会って、そこからもう一度今度はありきたりで幸せな恋が始まってるんだろうな〜
なんて想像してくれたら幸いです。
 
 
それでは、ここまで読んで頂いて本当にありがとうございました!
感想等頂けると、死ぬほど喜びます。次の話書く力にもなります。


(追記)
そう、このお話の挿絵的な物を頂いちゃいました!!とってもとっても素敵なので、
是非是非見てみて下さいv