Act4   real  start
 
 
(どうしよう)
クラウドは綺麗に整理された机の前で冷や汗を掻いていた。
 
 
野外訓練から帰った翌日特別収拾がかかった。
理由はもちろん察しがついていた。
あの例の発砲事件のことだ。
連絡事項があるからと単独少尉のテントに呼び出され、暴行を受けそうになった。
自分に抱かれれば出世は約束すると少尉は言ったが、そんなことによって出世など冗談ではなかった。
努力して、実力をつけた上で評価されて出世したい。
そう言ったが少尉には聞き入れて貰えず、それどころか無理やりに暴行されそうになってつい発砲してしまった。
その場は自分をそういう対象として扱おうした少尉に腹が立つやら、自分が情けないやらといった気持ちしか沸かなかったが、
後から冷静になって考えて、とんでもないことをしてしまったことに気付いた。
自分は上司に銃口を向けたのだ。
幸い怪我はなかったが(というか、実際あてる気はなかった)上司に銃口を向けたことには変わりない。
犯されそうになったからとはいえ、完璧なる縦社会である軍ではその行為は立派な重罪だ。
厳罰は確実、下手をすれば辞めさせられるかもしれない。
こういうとき自分の喧嘩っ早さが嫌になる。
ソルジャーになって帰ってくる。ソルジャーになるまでは帰らない。
そう決めて村を出たのに。
(こんなことで辞めさせられたくない)
そんな事を考えながら、悶々とした時間を過ごしてきたが、ついにそれが打ち切られる時が来た。
 
 
小奇麗に片付けられたデスクの向こうで大佐が難しい顔をしてこちらを見ている。
「この度収拾された理由は察しているかと思うが、例の事件のことだ。
君はヒル少尉に発砲したというのは本当なのかね?」
「大佐!確認するまでもないでしょう!!発砲された本人がそう言っているのですから!」
大佐の隣に立つ少尉が声高に叫んだ。
少尉も証人としてこの場にいるのだが、先程からひしひしと敵意が伝わってきて言葉一つにも棘がある。
「君は黙っていたまえ。確認は必要だ。」
大佐は煩げに眉をしかめてそういった。
ざまぁみろと思ったが、再度大佐に目を向けられてそんな気分も吹っ飛んだ。
「再度聞こう。君が少尉に発砲したという事実は本当なのかね?」
「…はい」
萎縮しながら答えると、大佐は書類に目を通した。
「発砲した理由を言ってみたまえ。」
「それは…」
クラウドは言いよどんだ。犯されそうになったなど言いたい理由であるはずがない。
この女顔華奢な体型にコンプレックスを持っている自分である故に、それを言うのはプライドが中々許さない。
「大佐!!理由などどうでもいいはずです!!用は結果だ!!」
言いよどんだクラウドを良いことに少尉はきんきんする声で叫んだ。
「こいつは上司である私に銃を向け、あまつさえ発砲した!!
軍の規律を乱したのです!!!除隊させるに十分な理由だ!!!」
少尉は煩くがなりたてる。その後も叫んでおり大佐もいい加減に煩わしくなったのだろう。
「わかった、もういい。」
少尉を手で制すると小さく溜め息を落とした。
続いてクラウドに目を向ける。心臓が激しく脈打ち、嫌な汗が背中を伝う。
「残念だが、軍の規律を乱した者をここに置くことは…」
(そんな…)
クラウドは血の気が引くのを感じた。その瞬間。
 
 
 
「おっさん、許可証に判子押して〜」
 
 
 
張り詰めた空気を一瞬に吹き飛ばすほどの底抜けに明るい声。
思わずそちらに目を向ければ、何とそこにはソルジャーザックスがいた。
野外学習のときと変わらず、逞しい肢体にソルジャー特有の蒼い瞳。
自分の理想そのままを描いたような男があらわれて胸が痛くなった。
ソルジャーへの道が閉ざされようとしている時に見るには少々辛い人物だった。
沈黙が落ち、ソルジャーザックスも深刻な雰囲気に気付いたらしく、
「わり、なんか深刻な話?」
と首を傾げた。少尉もさすがにソルジャーの用よりも先に自分の用を優先させる度胸はないらしく大きく首を振った。
少尉の様子に「ならよかった」と笑って、クラウドの方に視線を向けた。
そういえば敬礼を忘れていたと気付いて慌てて敬礼したクラウドを見て、ザックスは嬉しそうに笑った。
「よかったここにいたのか。言いに行く手間省けたぜ」
一瞬誰に言ったのか解らず周りを見渡した。その様子にザックスは少し笑うと、体の向きを変え、
上質紙と見られる紙をデスクに置いた。続いて敬礼する。
「特別申請書類の提出期間違反深く謝罪申し上げます。」
先程の軽い声とは違って、軍の声だ。野外学習の時感じた迫力を思い出した。
 
「慎重に検討した結果、適者として陸上一般歩兵師団認識番号53クラウド・ストライフをソルジャー補佐官
として任命することに決定致しました。
 
 
一瞬その場の空気が止まった。
 
(俺…?)
 
きっと自分はその時みっともない位ぽかんとした顔をしていたに違いない。
他の二人と同じように。
けれどそんな事気にする余裕などまるでなかった。
ただザックスだけが無邪気な笑顔を浮かべている。
 
 
それが本当の始まり。