Act 6 Think about you
 
 
 
周りのソルジャー仲間が補佐官をつけているのを見ても、別段羨ましいと感じた事はない。
寧ろ、補佐官だなんて堅苦しい名称の部下をつければ、プライベートまで堅苦しく感じてしまいそうだと思っていたから、
新しく補佐官をつけようとする仲間を見るたび少々不思議な気分を味わったものだ。
だが、たまにデスクワークが減った等と聞くと、心が揺れたりなどはして、いい奴が居ればつけようかなとは思ったことがあるものの、
そのザックスのいい奴たる基準が一般のいい奴の基準とはかけ離れているがために、中々実行には移されなかった。
補佐官を選ぶなら、実力があるのは必要条件。それ以外の条件としておもしろい奴がいいなと思っていた。
四六時中一緒にいるかもしれないそいつが真面目すぎるだとか勤勉すぎるだとかそんなのは自分の性質上ありえない。
だからあいつは正に適役だと思った。
…そう、思ったんだが。


「うげ…」
自分のデスクの上を見て、ザックスは思わず呻き声を上げた。
理由は簡単。デスクの上に見事に積み上げられた書類を見たからだ。
恐る恐るといった感じにそれら書類に近づき、ぱらぱらとめくってみて、大きな溜息。
「…っとに、ヤになる位しっかりしてるぜ」
積み上げられた書類は提出期限順に並べられており、ご丁寧にも、ポストイットで期限を明示してある。
ここまでやられると、提出期限に気付かなかったという、いつもの言い訳が使えないではないか。
ザックスは、ガリガリと頭を掻いて、勢いよく椅子に腰を降ろす。突然の衝撃に椅子が大きく軋んだ。
ジャケットのポケットに手を突っ込み、煙草とジッポを取り出す。
 
「近頃は優秀な補佐官の下で仕事が大変にはかどっているようだな。」
 
手慣れた手つきで煙草の先に火を点した所で、ただでさえ憂鬱気分になのに、更に輪を掛けた憂鬱を連れてくる人物の声が聞こえて、
ザックスは煙と共に大きく溜息を吐き出した。
「…余りに優秀すぎて気分の方がはかどらねぇよ。」
振り返れば、眩いばかりの銀糸の髪を揺らした英雄が、涼しい顔をして立っていた。
「そうだな。これでは書類が提出期限違反になるはずもないからな。」
嫌味に次ぐ嫌味にザックスは「あーもう!」と唸りつつ、がりがりと頭を掻く。
「時々あんたには俺の鬱センサーでもついてるのかと疑いたくなるよ。俺が鬱になってる時見計らってるかのように現れやがって。」
「勝手な憶測で俺を汚すな。山猿のセンサーなど汚らわしい。大体お前が自分で招いた結果ではないか。」
山猿云々の件は置いておいて、全くの正論にぐうの音も出ない。悔しいながらも押し黙るしか術のないザックスだった。
そんなザックスを見てどう思ったのか、セフィロスはすいと視線を綺麗に整理された書類に視線を向ける。
「…しかし、どういう風の吹き回しだ。今の今までつけなかった補佐官を今頃になってつけるとは。
しかもかなりの真面目な性質の持ち主のようだが。」
「…まぁな。俺もちょっと改心しようかなと思ってさ。人に嫌味を言う才能を持ち合わせていらっしゃる、
スバラシイえーゆー様に似つかわしいソルジャーになるためにさ。」
皮肉をたっぷり込めて、言ってやれば、セフィロスは口の端を歪めて笑った。
「ほう。それは良い心がけだ。それでは早速渡して貰おうか。」
「…あん?」
「本日9時が締め切りの書類があったはずだが。」
「はぁっ!?」
慌てて積み上げられた書類に目をやれば、確かに一番上の書類に堂々と「本日午前9時まで」とかかれた書類がのっていた。
「……」
「貴様、俺が何をしにここまで来たと思ったのだ。」
「イエ、また嫌味を言いにいらっしゃったのかと思っておりマシタ。」
「俺はそんなに暇ではない。」
「…ハイ、そっすね。」
「それで、何故またそんな生真面目な補佐官をつける気になったのだ。」
会話がスムーズに逆流して、結局は暇なんじゃねぇかと心の中で悪態を吐きながらも声に出すのはやめた。
どうせ、うまく言い負かされるに決まっている。
暇つぶしのネタにされるのも不本意ながら慣れ初めていたから、ザックスは大人しく諦める事にした。
「いやまぁ、面白そうな奴だと思ったんだよ。初めはそう思ったんだけどなぁ、どうにも勘違いだったらしい。」
大袈裟に肩を竦めてみせるザックスにも、セフィロスは表情一つ変えない。
それどころか全くの予想通り「部下は優秀な方がいいだろう」と、バッサリ言い切った。
「まぁ、何の間違いにせよ書類が滞らないのはいい事だ。その書類は昼までに俺の所へ持ってこい。」
謎が解けて気が済んだとばかりに背を向けるセフィロスに、ザックスは小さく溜息を落とした。
元より英雄様に同調を求めて話した訳ではない。
促されたから喋っただけだが聞くだけ聞いて去って行くその姿勢はどうなのだと少し思う。
まぁそれも今更といえば今更だ。
それがセフィロスという人物であり、そんな協調性の無さ過ぎる所が面白いと思っているのだから、多少の不満は諦めるしかない。
それよりも目下の問題はセフィロス曰く自分で招いた結果、クラウド=ストライフの対処法である。
 
 
そう、今現在ザックスの補佐官であるクラウド=ストライフ。
彼は生真面目中の生真面目だった。
はっきり言わせて貰えば、それが気詰まりで仕方がない訳で、この状況を打破するためにどうするかという事がザックスの目下の問題なのだ。
というのも、クラウドはもう一緒に暮らしだして3週間も経つのに、未だに敬語。
それだけならまだしも家で顔合わせても頭を下げてくるのだった。
身体と心を休める場所である家で、頭を下げられて気分が休まるものも休まらない。何のための家なのだという気がしてくる。
まぁクラウドは毎日毎日自主練とかで帰ってくるの遅く、生活時間帯も大幅に違い、
顔を合わせる機会は殆どないからそれ程そのような機会がある訳ではないが、それでも時々顔を合わせる度にそれでは息が詰まる。
しかも何度言っても直らないとくれば、生真面目にも程があるというものだ。
その辺りの事を一度ゆっくり話し合いたいのだが、何にせよ話す時間が取れないのが問題なのだ。
ソルジャーの権限を使って呼び出せば済む事なのだが、仕事の用件ならいざ知らず、そんな個人的な理由で、呼び出す訳にもいかない。
なんと言っても、毎日それだけ遅くに帰ってくる癖に、仕事はここまでしなくてもいいって位完璧に仕上げているのだ。
呼び出す理由などあるはずもない。その辺りは、努力家という事で事でかなり評価すべき事だと思う。
…まぁ、ザックスのように些かサボり傾向のある人物には辛いものがあるのだが。
 
どうしたものかと考えつつお小言の対象となった書類を仕上げているうちに、時間は過ぎていたらしい。
バタバタと賑やかな足音が廊下を駆け抜けてきた。音もなく開く自動扉。
「よーっス!ザックス!飯行こうぜー!!」
「今日は食堂行こうぜー。」
「早くしろよー。早めに行かないと混む。」
友人達の言葉に、ちらりと時計を見やればもう昼時になっていた。
本当は少しでも書類から離れられる口実が与えられたのが嬉しくて仕方がないのだが、「昼までに」というセフィロスのお小言を思い出して、
書類から離れるのを観念した。
「あー…すまん。先行っててくれ。俺、これ済ませてから行くわ。」
そう言いながら、手元の書類をぴらぴら振ってみると、
ザックスのデスクワークへの締め切り破りの常習犯ぶりを知っている友人達は一様に苦笑すると
「おう、解った。頑張れよー。」
と呑気な声を放って、来たときと同じ騒がしさで去って行った。
 
 
 
結局仕事が終わったのは14時半頃で、駆け込んだものの、食堂のランチメニューは時間を過ぎてしまっていた。
仲間たちもとっくに昼食は終えているようで、食堂に居るのは事務の人だとか、受付の人だとか、一般兵の一部などだ。
中には知り合いも居て、一緒に食べるかとの誘いもあったが、外が綺麗に晴れ渡っていたので、
外で一人で食べる事にして、付属のコンビニで売れ残りのサンドイッチとコーヒーを買った。
のんびりとした足取りで、屋上への階段を上がる。
明かり取りの窓を見ただけでも、清清しい気分になるような空に目を眇めて。そのまま扉を開けた瞬間。
「…あれ?」
目に飛び込んできたのは眩い金髪。
「………クラウド?」
そう、屋上のフェンスに一人凭れているのは間違いなく、本日話題になったクラウド=ストライフで。
姿を目にするのさえ随分久しぶりな人物と、まさかこんな所で遭遇するとは思わなかったザックスは非常に驚いた。
だが、こちらが驚いたのと同様に向こうも驚いたようで、クラウドも目を大きく見開いたまま固まっている。
純粋な驚きに見開かれた瞳と、ぽかんと開かれた口元。
そのような顔をすると、いつもの印象とは相当変わって見えて、年相応の顔が覗いていてもう一度驚いた。
ちらりと手元に目をやれば栄養食とされるゼリー飲料が握られている。
「何、お前も休憩?」
微笑みかけてやると、クラウドははっと我に返ったように頭を下げた。
いつもと違う顔は一瞬の事で、直ぐにいつもの対応に戻ってしまう。
「いえ、もう終わりましたので。…失礼致します。」
そう硬い声で告げるや否や、クラウドはザックスの脇を通り抜けて扉の向こうに消えてしまう。
背後でパタンと扉の閉まる音が聞こえて、苦笑を落とす。
どうやら家だろうが外だろうが対応を変える気はないらしい。
だが。
(あんな顔もするんだな)
先程の顔を思い出して思わず口元を綻ばせた。
彼だって人間なのだからあの状況で驚くのは全くの当たり前なのだけれど、少し違った顔が見れたことが何となく嬉しかった。
いつもいつも取り繕った所しか見せないが、彼にだって年相応な所がある訳で、
もう少し話してみれば実はやっぱり面白い奴だったりするのかもしれない。
何と言っても上司に銃をぶっ放すなんていうとんでもない前科があるのだから。
「つってもなぁー話す時間がねぇんだよなぁ…」
買ってきたサンドイッチを頬張りつつ、ポツリと漏らす。
そう、問題なのは時間なのだ。
毎日毎日帰って来るのは深夜だし、休みの日にも何処かに出掛けているようだし。
一体何処からそんな時間を捻出出来るというのだろう。
缶コーヒーのプルトップを持ち上げつつ時計を見やる。14時45分だった。
そういえば一般兵の休憩時間は45分だから、あいつは4時から休憩だったのだろうかと考えて。
唐突に気付いた。
「そっか。昼飯、一緒に食べればいいんか。」
我ながら、何故今まで気付かなかったのかと不思議な位呆気ない事だった。
そう、ソルジャーは仕事さえ終わらせれば、後は比較的時間の自由が許されている職業だ。それを利用しない手は無い。
単に、向こうの昼時間に自分の昼時間を合わせればいいだけの話だ。
自分の思いつきに自分で満足して、空けたばかりのコーヒーを勢いよく傾けた。