Act 7 Before Lunch Time
 
 
そうと決めたら即行動、がモットーなザックスは、さっそくその日のうちにクラウドの休憩時間を調べ上げた。
ソルジャーという、近寄りがたいイメージの職についているくせに、誰にでも気さくなザックスは、
一般兵にいくらでもツテがあり、コンピューターの検索システムにかけるなどという面倒を犯さずとも、
クラウドと近い階級にいる一般兵の知り合いに尋ねる事で簡単にクラウドの休憩時間を調べ上げる事が出来た。
…ただ、それとともに、余分な情報までもが入ってくることになるとは予想だにしない事だったが。
 
「そっか、ありがとな。助かったぜ。」
 
笑顔でそう言ったが、何気ない世間話の中に突然織り交ぜられたその話題に、ジムは怪訝そうな顔を隠そうともしなかった。
まぁ、確かに、姿を見かけて軽い挨拶をこなした後の質問にしては些か突飛過ぎたのかもしれない。
 
「ごめんな、突然呼び止めたと思ったらこんな話で。」
 
「いえ、それはいいんですけど…その」
 
歯切れの悪い言い方で、言うか言わまいかの判断を量りかねているように感じた。
ザックスが、「…ん?」と首を傾げて先を促してやると、ジムは意を決したように顔を上げた。
 
「その、あいつ、ザックスさんに勤務表とか、提出してないんですか?」
 
言い渋っているから、何かと思えば。肩透かしを食らった気分だった。
そんな事かと、思うと力も抜ける。ザックスは小さく肩を竦めた。
 
「あぁ、まぁ、俺も提出しろとは言ってねぇしな。別に俺はそれを把握しとく必要ねぇからさ。」
 
あっけらかんとしたザックスの様子に、ジムは拍子抜けしたように見えた。
 
「そうなんですか。俺はてっきり…」
 
ここで、ジムは口を滑らしたとでも言うように慌てて口元を押さえた。思わず眉を顰めてしまう。
そこまで言われて、止められては気になってしまうのが人の心理というやつだろう。
今度は視線で先を促せば、ジムはおずおずと言った様子で口を開いた。
 
「いえ、その、あいつ、評判悪いんですよ。話しかけても無視するし、喧嘩っ早いし、無愛想だし。
上官の指示にも従わないって噂で。だから、ザックスさんに対してもそうなのかと思って…」
 
眉を顰めて言うジムに、ザックスは驚いてしまった。
ジムは元々悪い奴ではない。多少身体が弱いため、中々上の階級に上がる事が出来ないが、
元の実力はそこそこあるし、人柄もよく、慕われる人間の部類である。
その彼が言うのから、余程酷く広まっている噂なのだろう。
「まぁ、」とジムは歯切れ悪く続ける。
 
「俺も、階級が違うからそこまで関わりになった訳じゃないし、噂じゃないかと言われればそれまでなんですけど、
事実俺も一回話しかけられて無視されてるもんで…」
 
今度の言葉には耳を疑った。予想だにしない言葉だった。
クラウドは確かに愛想がない。欠片もない。全く無い。
だが、今まで無視された事は一度も無い。だからその程度の礼儀は弁えている奴だと思っていた。
噂というのは多かれ少なかれ尾ひれ羽ひれがつくもので、それを信じる気は毛頭ない性質のザックスだが、
信用のおける人物の言う事となると話は別だ。ジムの言葉を信用すればそれ即ち噂を肯定する事になる。
頑なまでに敬語を崩さないクラウドが、先輩にそんな真似を働くというのも信じがたいのだが…。
何処か釈然としない思いを抱えながらも、その後は話題を変え、世間話に終始して別れた。
 
 
 
 
 
 
ちらりと時計を見やる。ジムから聞いたクラウドの休憩時間である事を確かめて、デスクから立ち上がった。
ソルジャーの食堂と一般兵の食堂は異なる階に設置されている。
別段必ずソルジャーがそちらを使い、一般兵はそちらを使うなどという規則がある訳ではないのだが、
自然とそうなってしまっていた。ただ、置いてあるメニューには多少の差があるため、
ソルジャーが時々一般兵の食堂に出入りする事は多々あった。
だが、その逆は、余程型破りな勇気のある奴、もしくは異常に常識のない奴しかする事はない。
確かに食堂に入った瞬間に、一斉に蒼い魔光色の瞳で見詰められては出て行きたくもなるものだろう。
ただザックスは、上の例で言う前者の型破りの勇気を持っている人間で、
しかも一般兵の時点でソルジャーの知り合いもたくさん居たため、度々お邪魔する事はあったのだが。
ソルジャーになってからこっち、めっきり行く回数の減った一般兵の食堂がある階に足を運ぶ。
懐かしい、机配置と、薄汚れたクリーム色の壁に瞳をやりつつ、ザックスは目的の人物を探した。
もう既に休憩に入っていやしないかと、目立つ金髪頭を目印として、辺りを見回していると、騒がしい声が前方から上がった。
 
「あ、ザックスじゃねぇか!!今から飯か?」
 
 
声の方角に瞳をやれば、馬鹿馬鹿しい位にテンションの上がった、同期の仲間達が3人ほど固まって手招きをしていた。
 
「お前にしちゃ珍しく遅いなぁ。」
 
「一緒に食おうぜー!!」
 
歩み寄れば、次々と声が掛けられる。
彼らはザックスとは同期で入ったものの、特に向上心がある訳でもなく、
のらりくらりとソルジャー試験を受けたり受けなかったりで、未だ一般兵の身分を甘んじて受け入れている。
その底抜けな明るさやら、適度な適当さ加減やらが気楽で、未だに悪友と呼ぶ位置にいる連中だ。
だが、今日は誘いに乗る訳にもいかない。ここまで来たのには他に理由があるのだ。
 
「あー、すまん。今日はちょっと約束みたいなのがあってさ。」
 
軽く濁した言い方をすると、悪友どもは抗議の声を上げた。
 
「そんな事言って、どうせ女なんだろー!?」
 
「何だよお前!今度紹介しろよー!!」
 
「そうだ!そうだ!ついでにおこぼれ寄越しやがれぇ!!」
 
「おいおい、違うっての…そうじゃなくて…って、あれ?」
 
好き勝手言う友人達の言葉に苦笑しつつ、流しつつ、をしていると、不意に目の端に金髪が映った。
突き当たりのT字路を、ちょうど横切ろうとしている所だ。
 
 
「おーい!クラウド!」
 
 
咄嗟に叫ぶと、その金髪頭はおいおいそこまで驚かなくてもなくても、という位にびっくりした様子で振り返った。
同じく突然叫んだザックスに驚いている友人達に軽く挨拶をし、固まっているクラウドの元へ走り寄る。
クラウドは微動だにせずザックスを待っていた。
いや、驚きすぎて動けなかったと言う方が正しいのかもしれない。それ程に動きを失っていた。
 
(…ん?)
 
近くに寄ってみて、同じ部屋に住んでいるくせに久々に見るクラウドの顔は、何処となく青白く感じられた。
元々色の白い奴だった気がするが、前はもう少しマシな顔色をしていた気がする。
誰もが経験する入社したての気疲れというやつなのかもしれないなと少し思う。
まぁ、それはさておき。
 
「な、今、お前休憩だよな?」
 
「……あ、はい」
 
ザックスが問うと、クラウドは金縛りから今解けたように、ぼんやりとした様子で頷いた。
それを訝しくは思うものの、それが本題ではないため深く追求するのは止めにした。
そのまま本題を口にしようとして、ふとクラウドが手に握っているものに気が付く。
先日屋上で見たのと同じタイプのゼリー飲料。認識した瞬間、思わず呆れてしまった。
 
「…お前、そんなもん食事の前に飲むなよ。せっかくの飯が不味くなるだろ。」
 
諭すように言ってやれば、クラウドは、複雑な表情で手の中のゼリー飲料に目を落とした。
何だか説教ジジイのような役柄を果たした自分に気付き、軽く苦笑する。
 
「あー…ってまぁ、そんな事はどうでもいいや。それよりさ、今日飯一緒しねぇ?」
 
何気なく本題を振った瞬間、クラウドは勢いよく顔を上げた。
 
「…は?」
 
唖然と、本当にそうとしか表現のしようがない程に唖然とした表情で、クラウドはザックスを見上げてくる。
 
「いや、俺も今まで飯食いっぱぐれてるから丁度いいかと思って。
俺達さぁ、一応コンビだけど、何のかんのと言ったって、一度もゆっくり話とかした事ねーじゃん?だから。」
 
明るい口調で、笑顔を向けてみたものの、クラウドの反応は芳しくない。
何を考えているのか、何も考えていないのか、ぽかんと口を開けたまま、ただただザックスを見上げていたクラウドだったが、
徐々に元の無表情の配置におさまっていくのに、さして時間はかからなかった。
徐に腰を曲げられ、頭を深く下げられ、ぎょっとする。
 
「申し訳ございません。せっかくですが、お断りします。もう自分は昼食は済ませましたので。」
 
…そして、軍隊式の敬語が戻ってくる。一気にうんざりとした気分になった。
これを何とかしたいから今日食事を共にしようと思ったのに、今日もその機会は与えられないらしいことがわかった。
 
「あー…そか。」
 
頭を掻いてその場を取り繕う。
 
「んじゃ、またの機会にな。お前、なんか今日顔色悪いし、無理せず頑張れよ。」
 
「はい。」
 
出来るだけフレンドリーにを心掛けているのに、クラウドはまたしても敬礼という堅苦しい形で返してきた。
そのまま、すたすたと歩き去ってしまう。振り向きもしない。無愛想を絵にしたような奴だと思った。
 
(…何だか取り付く島もねえんだけど…)
 
前髪を左手で掻き揚げながら、一人こっそり溜息を落とす。
クラウドを補佐官にした事に、強い後悔を覚え始めていた。
技術的な事には問題は無い。こないだちらりと覗いた戦術シュミレーションでは高得点を叩き出していたし、
野外実習などという実戦に近い形式にも使える事は、身を持って知っている。
度胸の方だって満点をやりたい位だ。
…だが、あの硬質な態度だけは頂けない。
何とかしようと思っていても現実は厳しい。昼食の時間さえすれ違うのだから。
 
(っとに、大体あいつ、飯食うの早過ぎなんだよ。休憩だってさっき始まったばっかのはずなのに…)
 
ザックスは溜息を落としつつ、ちらりと腕時計に目をやった。
ジムは誠実な奴だから、間違った時間を適当に言ったりするような奴ではない。
という事は、クラウドの休憩時間の情報も間違っているはずはない。
つまりはクラウドは今休憩が始まって実に5分しか経っていないにも関わらず、食事を終わらせた事になるのだ。
 
(…ん?)
 
そこで、ふと覚える違和感。
 
(…開始、5分?)
 
その事実を改めて理解して、思わず振り返っていた。クラウドは金糸の髪を靡かせながら、もう大分先に行っている。
そうだ、クラウドは本当に先程休憩に入ったばかりのはずだ。
軍隊と言うだけあって、甘い組織ではない。昼に取れる休憩は一回しかない。
つまりはその休憩中に食事を取らなければ、食事を取る時間などない。
それなのにクラウドは食事を済ましたのだろうか。あの混雑した食堂で?
違和感と共に芽生える、推測。
材料は、先程の青白い顔。そして、クラウドの手に握られていた先日と同じ種類のゼリー飲料
―別名簡易栄養食。
 
 
 
「…なぁ、クラウド!」
 
 
 
 
咄嗟に叫ぶと、遠くなりかけていた背中が、緩慢な動作で振り向いた。怪訝そうな顔でこちらを見てくる。
 
「…はい。」
 
「お前、本当に飯ちゃんと食ったのか?」
 
遠めに見える眉が訳が解らないと言うように顰められた。
 
「はい、ですから…」
 
「言っとくが簡易食はちゃんと、とは言わねぇぜ?」
 
「……」
 
ザックスの言葉にクラウドは言葉を詰まらせた。
 
 
 
――的中。
 
 
悟った途端、思わず勢いよく肩を落とす。
 
「おいおい…」
 
呆れたような口調になってしまうのもしょうがない事だろう。
無茶苦茶やる奴だとは思っていたが、ここまでやる奴だとは思わなかったのに。
 
「あのなぁ、慣れない生活ときつい訓練で食欲がないのは解る。でもな、ちゃんと食わねぇともつものももたねぇぞ。」
 
説教臭い口調に、クラウドは視線を泳がせた。
 
「その、今日は、確かに食欲が、なくて…」
 
「毎日なんだろ?」
 
「……」
 
明らかに嘘だと解る言い訳に、鎌をかけてやる。そしてかけた鎌にクラウドは見事に引っ掛かった。
再度押し黙り、視線を泳がせる。清々しいまでに解りやすい反応。
推測が確信に変わる瞬間だった。
材料は、先程の青白い顔。そして、クラウドの手に握られていた先日と同じ種類のゼリー飲料、別名簡易栄養食。
そこから導き出される結論は。
(こいつ、昼食毎日簡易栄養食しか食べてないのかよ…。)
いくら栄養食とはいえ、不健康極まりない。
成程。それで、育ち盛りだというのに、これだけ青白く、今にも倒れそうな顔をしている訳なのだ。呆れて物も言えない。
クラウドは、うまく言い繕う事が出来ないのか、黙り込んだまま空になったゼリー飲料のパックを指先で弄んでいる。
これは上官として、一言言うべきだと悟った。小さく溜息を落とす。
 
 
「お前、毎日食欲がないっていうなら風邪だな。しかもかなりの重症だ。今日の訓練休め。」
 
 
「なっ…」
 
クラウドは一瞬驚いたように瞳を見開いたが、直ぐに見る見るうちに眉を吊り上げた。
真面目な奴だから、これが一番効くと思ったのだが、案の定だ。
鋭い瞳で思い切り睨みつけてくる。
 
「…お言葉ですが、俺が何食べるとか食べないとかサーにどうこう言う権利あるんですか?
俺は自分の食べたい物を食べて暮らしてるだけだ。上司だからって自分の食べる物にまで口出しされたくない。」
 
敬語が崩れかけている。それでも丁寧は丁寧だが、口調は凍りつくように冷たかった。
だが、そんな事で怖気ずくザックスでもない。
 
「そうは言うけどな、お前自覚はないだろうけどホント顔色悪いんだぜ?そんなんじゃいつぶっ倒れるか知れねぇ。
自分の自己管理も出来ねぇ奴は、兵士として失格なんだよ。覚えとけ。」
 
顔色一つ変えず、感情的にもならず、冷静に返した。
これは正論だ。
兵士として、いくら辛い時でも、食事は取れる時に取れるようになっていなければならない。
それはこれから実戦に赴くにあたって、必要とされる最低限度の能力だ。
いくら技術があった所で、栄養不足では長い戦は体力的にもたない。
クラウドは暫く押し黙って、唇を噛み締めていたが、不意に何事かをぽつりと呟いた。うまく聞き取れない。
 
「…あん?」
 
問い返すと、クラウドはまるで何かの反射のように勢いよく顔を上げた。
 
 
「食堂で買うより簡易食食べてた方が安いんですよ!!
それが何か悪いんですか!!?」
 
 
「…………………はぁ?」
 
予想だにしない発言が飛び出し、思わず間の抜けた声を上げるザックスをクラウドは鋭く睨み付けてきた。
 
「保存食は100パックで300ギル。つまり1パック3ギルで、昼食の出費はそれだけで済みますけど、
食堂だと、一番安いうどんを食べた所で3ギル50セント。それ以外のメニューだと4ギルにもなってしまうじゃないですか!」
 
「……はぁ。」
 
切々と語るクラウドに、そうだったかと食堂のメニュー表を思い出そうとするが、如何せん。
長く行っていないせいか、余り覚えていない。
 
「確かに、貴方位の身分になるとお金は余るほどあるのかもしれませんけど、
給料前の俺にはそのはした金さえ惜しんですよ!!」
 
一気に。そう、今までの冷静さが嘘のようにすごい勢いで捲くし立てると、クラウドはそのまま荒い息を吐いた。
いつもの無表情、無愛想、無抑揚。
それらが全て嘘のように感じる程の勢い。
暫くはただ呆気に取られていただけだったが、不意にとある衝動が巻き起こって、どうしようもなくなる。
それは徐々に徐々に増殖して、留めようがない程に大きくなる。
駄目だ。いけない。そう、解っているのに。
 
「ぶっ」
 
徐に、
吹き出してしまった。
 
「ははははははっ!!」
 
悪いとは解っているけれど、どうして抑えることが出来なかった。
だってあの真剣な様と言ったら。普段とのギャップが大きい分余計にだ。
あそこまでの剣幕で、あそこまで綺麗な顔で、あそこまで主婦染みた事を言われるとは。
予想だにしなくて、しかも自分が大きく勘違いをしていて、それらがおかしくて仕方がなかった。
笑いが中々途切れなくて、漸く途切れたと思って顔を上げたらまた吹き出してしまって。
それを3回ほど繰り返して、漸く落ち着いてきた頃には、クラウドは耳まで真っ赤にして俯いていた。
 
「お前…」
 
「何ですか」
 
つっけんどんな言い方もまた笑いを誘う。
 
「…やっぱ、面白いわ。」
 
「はぁ?」
 
意味が解らないという顔をされてまた吹き出してしまった。思い切りツボに嵌まってしまったようだ。
憮然とした表情のクラウドが漸く見れるようになるまで少し時間がかかった。
漸く笑いが収まり、涙を拭いながら時計を見やる。まだ休憩時間は残っていた。
膨れているさまが妙に子供染みていて、やっぱりまだ14歳なのだと改めて思う。
初めて見るその表情が、何だか無性に可愛く見えて、ザックスは思わずクラウドの頭に手を伸ばし、くしゃくしゃとかき回していた。
 
「何すっ!」
 
「飯」
 
「…え?」
 
「食いに行こうぜ。笑っちまったお詫びも兼ねて今日は奢るからさ。」
 
その瞬間のクラウドの瞳の輝きと言ったら。
またもや吹き出してしまったザックスに、クラウドは頬を染めつつ睨んできた。
 
何だか仲良くなれそうだ。
 
唐突にそう思った。