格式ばった挨拶、厳粛なる空間、張り詰める緊張感。
新米の兵士たちを迎えるために催された入社式に相応しい雰囲気。
ただ一つを除いては。
クラウドはちらりと壇上に目をやった。
一つだけある空席
あそこには一体誰が座るはずだったのだろう?
Act1 empty seat
4月、硬く閉ざされた花々の蕾を筆頭に、あらゆるものが目を覚ます希望に満ち溢れた季節。
気温は適度に暖かく、日差しも心地よい強さで地上に降り注いでいる。
「あ〜〜…春だなぁ…」
タンクの上に寝そべった男が声をあげた。
ここは世界に名を轟かす新羅ビルの屋上。と、言っても本館ではない。北館と呼ばれる建物である。
祭典を催すことの多々ある本館と違って北館はあまり目に付く場所にはないため、
外観を気にする必要もない。それゆえ屋上にはタンクなどが置かれたり、配管が露出したりしている。
つまり人一人が隠れるには好都合な程雑多な空間であるここにその男はいた。
仰向けに横たわり、手を頭の後ろで組んだその男は春の日差しに目を細める。
男は黒髪蒼目で、非常に端正な顔立ちをしており、体格もよく、服の上からでもわかるほど鍛え抜かれた体をしている。
どこからどう見てもいい男としか言いようがない。
彼の名はザックス=リスト。新羅軍が誇る戦闘のスペシャリスト、ソルジャーの一員であった。
そのような男、ザックスが何故このような場所に一人でいるのかという理由は甚だ不純な理由。
ザックスは参加義務のある入社式をさぼる為にここにいるのだった。
「もうそろそろ終わってるかな…」
ザックスは左手の時計に目をやるとゆっくり体を起こした。
続いて大きく伸びをする。
もう2時を回っている。10時から始まるはずだからそろそろ終わっているはずだ。
4時間近くもかけて行われる退屈な退屈な入社式。
それでも新羅にとっては大事な儀式なのだから、抜けてしまったことは後で口うるさく言われるに違いない。
それにはげんなりするが、どうしても抜けたかったのだから仕方がない。
小さく欠伸をするとおザックスはタンクの上から飛び降りた。
屋上からビル内へと続く扉を鼻歌混じりに開けて階段を下りる。
気分が良かった。
今日は実は入社式をサボって前々から狙っていた受付嬢と食事をしたのだった。
受付嬢は入社式には必須だが、多忙な入社式の日のこと、担当は午前の部と午後の部に分けられているので都合が良かった。
その子は午後の部担当で、一緒に食事するために入社式をさぼると笑顔で言ってやれば(実際は他の理由でさぼったのだが)
頬を染めて是の返事を返してくれた。ついでに次の約束も取り付けた所が我ながら抜け目ない。
春の日差しの余韻を感じながら廊下を歩く。
突き当たりを右の奥の部屋、それがデスクワークの場。
きっと入社式をさぼった罰として山のような書類が積まれているに違いない。
だが、今は気分がいいからその位ならやろうという気がある。
書類の山よりも気分が滅入るのは過去の入社式のトラウマを思い出さされることだから。
「さーて、どんな仕事でもどんとこーい」
明るい声でそう叫びながら扉を開ければ銀色の輝きが目に入ってきた。
「ほう、それは頼もしいことだな。」
「げ、グランパ」
思わず声を上げてしまったのは今一番会いたくない人物に鉢合わせてしまったから。
「貴様その呼び名はやめろと何度も言っているだろう」
厭きれたように言うのは新羅の英雄セフィロスだった。
銀色の光と思ったのは彼の髪であったようだ。
長身で銀髪碧瞳のこの男はまるで彫像のように整った顔をしており、
冷たそうに見えるが実はそうでもないことをザックスは知っている。
「だって白髪だしさ。なんか『英雄』なんかよりずっと親しみやすいと思うんだけど。」
ザックスはにんやりと笑った。
セフィロスの見事な銀髪を白髪と言ってのける人間も、新羅の英雄に親しみを求めるのもザックスだけだ。
「…まぁいい。私はそんなことを議論するためにここに来たのではないからな。」
「あら冷たい。」
わざとらしく両手に手のひらを当てて傷ついたふりをするが、セフィロスは冷たい目を向けるだけだった。
「はいはい、わかりました。悪ふざけはやめにしますよ。で、ご用件は何でしょうか英雄様。」
降参というつもりで両手を挙げる。本当はその用件とやらを聞くのはもう少し後にまわしたかったけれど。
「察しはついてるだろう?貴様何故式をサボった?」
「そちらこそご察しでしょうに。」
引き攣った顔で問えば英雄様はにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。
「まぁな」
こちらが言いたくないことを敢えて問うてくる。
おかげでこちらはわずかにトラウマが思い起こされて鳥肌が立った。
そうなることをを知っていて問うたのだろう。先程の復讐のつもりだろうか。
何にせよ意地の悪い男だ。
「で、何枚書類提出すればいいわけ?」
「0枚だ。」
「は?」
ポケットから煙草を取り出していたザックスは思わず間の抜けた声を出してしまう。
入社式をサボった罰が当然回ってくると思っていたザックスにはこれは驚きだ。
「何?罰とかないわけ?」
「罰がないとは言ってないだろう?」
そう言ってまた口元を意地悪く歪めるこの英雄様は、
自分ををからかうのを生きがいにしているのではないかと時々本気で思う。
「野外学習の指導ソルジャーに任命だそうだ。」
「指導ソルジャーだってぇ!!!?」
思わず声を上げたのは、それはそれは大変なお役目だからだ。
本日入社した一般兵達は2週間後野外学習に出かける。
早くから実戦に慣れさせようって魂胆だが、実際役に立っているのかは謎なイベント。
入社して間もない兵達がそう簡単に実戦などできるはずもない。
入りたての一般兵などほんの赤子のようなものだ。つまり、それを子守する奴がいなければならない。
それが指導ソルジャーだ。右も左もわからないような奴らに、根気良く構ってやらなくてはならない。
「だってあれって普通は3rdがやるもんだろ!?俺2ndだぜ!?」
「あぁ、だが2ndもいたほうが士気が上がるだろう?」
「んなの知るか!!っていうかその前に俺は2週間後はデートなんだよ!!」
「よかったな。まだ十分断りを入れる時間がある。」
「…〜!!ちくしょー!!ハイデッカーのやろう嫌がらせしやがって!」
「貴様がさぼるからいけないのだろう?ハイデッカーに先に嫌がらせをしたのはお前だ。」
淡々と言ってのけるセフィロスの台詞は筋が通っていて。
「ごもっともでございます。」
そう言うと、セフィロスは少し楽しげでやっぱりこいつはサドやろうなのだと実感した。