「なぁクラウド…」

「…ん?」

クラウドは相変わらず雑誌に目を向けたままだったが続けた。

「…しない?」

 

 

    

 

事の起こりはロッカー室だった。

「ちわーす。」

挨拶をしながらロッカー室の扉を開けると同僚のヒラギとリョウが目に入った。

今日のノルマを終えて後は帰るだけなのでこの挨拶はおかしいと言えばおかしいが、
他の挨拶を考えるのも面倒でザックスはいつもこの言葉を使用している。

「よ、ザックスお疲れ。こいつついにやったらしいぜ」

「…あん?」

ザックスはロッカーの扉を開け首から掛けていたタオルをかけると振り向いた。

元々ボリュームが少ないためワックスで無理やり膨らませている赤茶けた髪に魔光の瞳の男、リョウがにやけた顔で囁く。

「あっちのことだよ」

男が集まっていてあっちの事といえば話題は一つしかない。思わずザックスは顔が引き攣りそうになった。

「いやー長かった…」

ロッカーに凭れているまるでパンクスのような髪に同じく魔光の瞳を持つ男、ヒラギが遠い目で言った。
そういえばヒラギは最近できた彼女がなかなかやらせてくれないと嘆いていた。
ただしそれはヒラギにとっては日常茶飯事な事であった。
面倒見の良いザックスはいつもそういう段階になる前に別れてしまうこの哀れな男の泣き言を散々聞かされていたし、
請われて誘い方を伝授した事もある。
そんな男が念願を果たしたのであるから、子供が就職試験に合格したかの様な喜びを感じてもいいはずであったが、
ザックスにはとある理由があってとてもそんな気分になれなかった。

「何だよ惚気んなよ。」

ザックスは明るい調子でからかうように言ったが本音も正にそれ。お願いだからやめて欲しい。
だがそんなザックスにヒラギ気づくはずもなく惚気話を続ける。

「今までさ、ずーっと嫌がってたんだけど昨日は自分から言ってきてくれちゃってさ。

で、乗らないわけないだろ?」

ヒラギが嬉しくて仕方がないというようにザックスを見た。
茶化すような笑顔を向けていなければならない場面でザックスはついに顔が引き攣ってしまった。

「よかったなぁ、やっと幸せになれて」

言葉の出なかったザックスの代わりをリョウが果たした。

同じくヒラギの泣き言を聞かされてきた仲間であるリョウのしみじみとした言葉に、ヒラギは満面の笑みで頷いた。

「まーな、今俺以上に幸せな奴などいないだろうな」

「うわームカつくなお前!」

リョウがふざけてヒラギの首を締め上げているのを笑って見ながらザックスは心の中で思った。

―――――同感

全くもって同感である。女ったらしとして有名であるザックスがその手の猥談が嫌いなはずはなく、
いつもならもっと乗りも良い。だが、最近はめっきりその手の話はしなくなっていた。その手の話をしない理由というのは、
近頃女の子たちと遊んでいないからというのももちろんそうだ。
だが、それ以上にその手の話が苦痛でしょうがなかったからである。

何故かと問われれば理由は一つしかない。ザックスはクラウドとまだその手の関係になっていなかったからである。
付き合い始めて8ヶ月。未だ全く持ってその行為とは音沙汰なし。
手の早いことでも有名なザックスにはあるまじき記録であった。

お互い好き合っていれば触れられなくても構わない。確かにそれもいいだろう。少しなら。

空に瞬く織姫と彦星なら全く気にしないかもしれない。
だがザックスは並外れた戦闘能力を除けば健全な18歳男児である。
お腹だって空く。髪だって伸びる。性欲だって沸く極々普通の男なのである。
それで満足がいくはずがなく。

勿論何度も試みてみた。
だが人望の厚いザックスの事、間の悪いことに人が来たり、電話が鳴ったりする事多々。
そして何よりも厄介なのは、クラウド自身が許してくれないのである。
それらしい雰囲気になれば課題忘れてたとレポートの元へ向かう。
今日こそはいけるかと思えばすっと腕の中から消える。それらしい行動をすれば「何すんだ」と睨まれ手を払いのけられる。
それで引くザックスもザックスだが、そういう目で見る男たちに悔しい思いをさせられてきたクラウドを常に見てきたから
そう強くはでられないのである。
だがそれもそろそろ限界に近い。
好きな奴と毎晩同じ屋根の下。よく理性が持つものだと自分でも感心する。
案外自分は我慢強い男だったのかと自分を見直す機会が増えつつある。
だがそんな機会が欲しいはずはない。本当に欲しいのは別の機会だ。
ザックスはヒルギの話に耳を傾けながら気分が滅入っていくのを感じた。

(…こりゃ駄目だ)

ザックスはさっさと着替えを済ませると軽く手を上げた。

「すまん、今日用事あるから帰るな」

「おう悪かったな引き止めて。今度またじっくり聞いてやってくれよ。」

ザックスは苦笑した。

「あぁ、また今度な。」

それだけ言葉を残してロッカールームと自分を隔絶した。

「…おいおいマジかよ…。」

出た途端に思わずそんな言葉が口をついて出たのは暗い夜空から雹とも雨ともつかない物が降っていたからだった。
しかも今日は傘を持って来なかった。
別段雨に濡れる事が嫌いなわけではないが、身も心も冷え込みが厳しい今濡れて帰るのは少々閉口ものである。

「ついてねー日はとことんついてねーなぁ」

溜め息の白さを目で追いながら呟いた。いつもは閉めないコートの前ボタンをきちんと閉めると意を決して雹の降る夜空に繰り出した。

 

 

 

**

 

 

 

扉の前でザックスは溜め息をしないよう努力をしていた。溜め息などついてしまえばそれこそ気分が重くなる。
そうは分かっているのだが、今日の夜もあの我慢の嵐に苛まれるのかと思うと自然と溜め息をもつきたくなるものだ。

(これ開けたらあいつにおかえりって言って貰えるんだぞ)

それだけを支えにしてザックスは覚悟を決めた。

「おしっと」

一言掛け声をかけてコートのポケットから鍵を取り出すと、鍵穴に差し込んで回した。

鍵が開く手応えがして、扉を開けた。

「「あ」」

玄関先でクラウドとばったりと顔を合わせた。クラウドはひどく驚いた顔をしている。
きっと自分も似たようなものなのだろうが。

「ただいま、クラウド」

そう微笑んでやればつんつんとしたハニーブロンドの髪と見事に調和した空色の瞳がふと緩む。

「おかえり。今傘持って行ってやろうかと思ってたのに」

見ればクラウドの手には傘が2本握られている。

「うお、マジかよ待ってればよかった!余分に寒ぃことしちまった!」

「確かにすごい雪だな、あんた雪だるまみたいだ。」

雪にまみれたザックスを見てクラウドは小さく笑った。
帰り道に急に温度が下がったかと思えば雪に変わったのだった。普段あまり笑わない奴だからこういう笑顔はほんとクる。

柄にもなく胸が鳴った。そんなザックスに気づくはずもなくクラウドは背を向ける。

「今日さ、いい酒見つけたんで買っちゃったんだ。」

そう言って向かったリビングの机には確かに高そうなウイスキーが置いてある。
だがその詮は既に開いており、横には琥珀色の液体が入ったグラスが添えられていた。

「あんた待ってようかと思ったんだけどつい我慢できなくてさ」

「はは、今日寒いしな」

クラウドはキッチンに向かうとグラスを一つ持ってきてザックスに差し出す。
ザックスが受け取るとクラウドはソファに座り、勢いよく酒を注いだ。

「やっぱおいしいんだ。飲んでみろよ。」

正直迷った。クラウドの買ってきた酒は度数が結構きつくて今夜の我慢には毒かと思ったのだ。
だがそれでも期待を裏切れるはずもなくザックスは一口呷った。

アルコール独特の熱が咽喉を通り、体が温まる。ほっとした。

「くぅ、やっぱ寒い日は酒だよな!」

オヤジ臭くそう言えばクラウドは小さく笑った。

「よっぽど寒かったみたいだな顔赤いよ。」

「おう、寒いのなんのって!ゴンガガ生まれのゴンガガ育ちにはきつい……ってお前も顔赤いじゃん。」

酒の飲みすぎかと続けようとしていくら飲んでも顔色の変わらないクラウドの性質を思い出し、他の可能性を思いつく。

「あれ、お前もしかして一回外出たのか?」

今日はクラウドの講義は昼までで、何も予定はないから家でレポートを仕上げると言っていたのだ。
クラウドの集中力は凄まじいものがあったから、途中で中断するような事は滅多にない。
珍しい事もあるもんだと思って見ていると、クラウドの赤かった頬が更に赤く染まった。
手元もそわそわと落ち着かないようだ。

「い、いやちょっと酒を買いに行こうかなと思って…」

レポートが片付く前に酒を買いにいく、それこそ責任感の強いクラウドにはありえない事のように思えた。
しかしこれだけひた隠しに隠すということは余程ザックスに聞かれては都合の悪い事なのだろうか。

(いや、でもこれはそういう話ってより…)

先程からそわそわとしていて、全く目を合わせようとせず、何か他の話題を探そうとしているクラウドを見て、
新たな可能性を発見した。

(いや、でもまさかな)

そう思いながらも言ってみる

「まさか俺を一回迎えに来てくれた、とかじゃないよな?」

一回迎えに行って見つからず、酒を買って帰ってきて、その後もう一度迎えに行こうと思ってくれたのではないかと思ったのだ。

クラウドの頬が見事に赤く染まった。図星だったらしい。

「そんなわけないだろ自惚れんな馬鹿。」

ザックスの顔が緩んだのに気付いたのだろう、クラウドはそっけなく言うと、ウイスキーの入ったボトルに手をかける。ただし顔は赤いままで。

本当に本当に珍しい事にザックスは3日前発熱した。
理由としては思い当たる事が多すぎてどれが主原因かなんか想像もつかないが、とにもかくにも発熱してしまったのだ。
と言っても頑丈なザックスのことだから、38度程度のものだった。
大した事はないと言ったのだが、普段が普段だけにクラウドはものすごく心配してくれて、
優しい言葉(「あんたうざいからさっさと寝ろ」)なぞもかけてくれたりして感動したものである。
それに加えて今夜のお気遣い。滅多に受けられるものではないものを受けてザックスは胸が温かくなった。

(たまには病気もするもんだよな)

そんなことを考えているのが顔に出ていたのかクラウドは不機嫌そうに酒を呷っている。

寒さのせいなのか照れのせいなのか真っ赤な頬にザックスは手を伸ばした。

冷たさが触れた肌を通して知覚される。

「ごめんな、せっかく探してもらったのに。」

「…別に。あんま探さなかったし。」

その割には冷たい頬に愛しさが募った。頬を暖めるようにして撫でて、そのまま手を顎に移動させた。
それに釣られて目線を上げたクラウドに軽く微笑むと触れるだけのキスをする。
余韻を残して離れれば、クラウドは怒っているような、照れたような、くすぐったいようななんとも言えない顔をしている。
この顔がザックスは大好きだった。自然と口元が緩む。
顎にかけた手の親指で優しく頬を撫でてやりながら再度口付ける。
優しく舌を絡ませて、何度も何度も角度を変えてキスをする。
クラウドは初め瞳を開けていたが次第に瞳を閉じていった。
このキスも最近ようやく許してくれてきたようで、初めの頃のように突き飛ばして叩かれたりはしなくなった。
ただ慣れていない事には変わらず、時々戸惑ったように瞳を開けてこちらを見る気配が伝わってくる。
部屋には二人分の息遣いだけ。何だかそーいう雰囲気とやらになってくる。

ザックスはクラウドの背に手を回し、唇を重ねたままゆっくりと押し倒した。

ベージュのソファにクラウドの髪が広がる。一度唇を離してその至近距離で瞳を覗き込めば、
長いキスのせいで潤んではいるが敵意はない。腕を伸ばし髪を撫でると気持ち良さそうに目を閉じた

(これはいけるかもしれない)

ザックスは思わずごくりと唾を飲み込んだ。再度深く口づけながら手を下に滑らせ、裾から手を入れた、その瞬間。

「何すんだ」

いつもの台詞が発せられた。先程とは打って変わって冷たい表情。照れているとかそういう次元ではない。本当にきつい顔をしている。

「いや、何って…」

クラウドは言いごもっているザックスをおしのけて上体を起こすと服を整えた。

「寒いだろ」

それだけ言うとクラウドはするっとザックス身体の下から抜け出した。

もう一度ちゃんとソファに座り直すと手近にある雑誌を手にとってぱらぱらと捲り出す。

(またかよ…)

思わずザックスは頭を垂れた。
せっかくいい感じに持ち込めたのに何が悪かったのかと己の所行を振り返るが思い当たる節はない。
とすればクラウドがそういう気分じゃなかったということだ。

(だけど8ヶ月だぞ!?)

思わず心の中で叫んだ。女でもここまで手こずるやつはいない。
ザックスは自他共に認める女好きで、彼女がいないフリー期間はほとんどなかった。
そしてヒラギのようにコトを済ませずに終わった事はない。
ザックスの今までの記録としては最短で1時間、最長で3ヶ月。
女を口説いてそっちに持ち込む事にかけては全く持っての百戦錬磨だった。口説くということはゲームのような感覚で楽しかったし、そうすることでお互い楽しんでいたように思う。
だが生まれて初めて本気で惚れて、生まれて初めて心の底から抱きたいと思った相手ができた今、
抱くという行為はただ楽しいだけの行為ではない事に気が付いた。
身体で触れ合うことだけが全てではない。
それはもちろん解っている。
だがそれでも、身体で触れ合って気持ちを確かめたい時がある。愛しければ愛しいほどに。
そう思うのは自分だけなのだろうか?相変わらず雑誌に目を向けるクラウドを見ていると何とも言えない気持ちが広がっていく。

「なぁクラウド」

「ん?」

「俺の事好きか?」

答えの代わりにクラウドはちらりとこちらに目を向ける。
何言ってんだこの馬鹿、そう言っているのが目線だけでわかって思わず苦笑した。
クラウドが素直にそんな事を言うはずがないのはわかっていたことだ。

「なぁクラウド」

「…ん?」

クラウドは相変わらず雑誌に目を向けたままだったがザックスは続けた。

「…しない?」

何とも言えない長い沈黙。その後クラウドはやっと顔を上げた。

「何を?」

またもや沈黙が落ちる。
この状況で何をと聞くという事はよほど嫌なのかと思い絶望的な気分になったが、
クラウドの本当に不思議そうな顔を見て様子がおかしいことに気付いた。

「いや…わかるだろ?」

言い募るザックスにもクラウドは怪訝そうな顔を向けるだけ。

(まさかこいつ知らないとか?)

まさか健康な男子に限ってそんなことはないと思うが、念のためと言葉にする。

「    」

またもや沈黙が部屋を支配する。
ザックスにとっては何とも決まりが悪く永遠にも感じられる沈黙の後クラウドは再度雑誌に目を向けた。

「俺はいい、あんた一人でいけよ。」

情け容赦ないお言葉にザックスは眩暈を覚えた。

「おい、そりゃないだろ〜!」

情けなくもそう声を上げると、クラウドは不機嫌そうな顔をした。

「俺、歓楽街に興味ないから」

「―――――…は?」

聞き間違いかと思い、思わず聞き返す。

「俺歓楽街なんて行って女買う趣味ないから。」

さらに不機嫌そうにそういうクラウドにザックスは再度眩暈を覚えた。

何がどうなってそうなったのか。

「違うって!俺お前がいるのにそんな事するはずないだろ!?」

「…そうなのか?」

クラウドは意外だとでも言うように顔を上げた。

「じゃ誰と?……彼女でもいるのか?」

最後の方は少し剣呑そうに言うクラウドに今度は頭痛がした。

解っている。けれどある意味全くわかっていない。

ザックスは頭を掻くと自分に人差し指を向けた。

「俺と」

今度はクラウドに人差し指の先を向ける。

「お前」

クラウドはきょとんとして人差し指を見ている。その先をじっと見て、
それからザックスに視線を向けてを繰り返す。そして「俺とお前…」と呟いて一気に顔を赤くした。

「なっ!なななな…!」

手にした雑誌を放り投げて手を意味もなく動かすクラウドを見て、ザックスは今までの行き違いを全て理解した。
嫌がっていたのではない。解っていなかったのだ。

それは全く持って眩暈がする事実だったが、逆に謎がとけた後の清々しい開放感みたいな物が生まれた。
そしてその開放感がザックスを次なる行動に掻き立てた。

「な…?いいだろ?」

そう言いながらさりげなくクラウドとの距離を詰めるとクラウドは近づいた分だけ後ずさる。
それでも追うと、クラウドは手もたれに背が当たったらしく手を来るなとでも言うように突っぱねた。
相変わらず顔は真っ赤でただぶんぶんと首を振る。

「寄るな!来るな!近づくな!良いわけないだろ!?」

3回言った言葉が全て同じ意味であることに恐らく気付いていないクラウドは声を張り上げた。
ザックスが突っぱねられた手に手をかけて口付けると物凄い勢いで手を引く。

「何すんだ馬鹿!!」

「…何ってさっき言っただろ?」

クラウドの大袈裟な程の反応を半ばおもしろがりながら、
だが半分位の期待を込めてザックスはソファの端っこに縮まっているクラウドの方に身を乗り出した。

するとまたもや手を突っぱねられてザックスの顔の前に手の平が突き出された。

「い、いいわけないって言ってんだろ!?人の話聞けよ!」

「…何でだ?」

そこまで強情になる恋人の言い分でも聞いてやろうかと突き出された手の平の間からクラウドの顔をみると引き攣った顔をしている。

「な、何でって…俺男だろ!?」

「何だそんなこと」

それだけ言うとザックスは再度突き出された手を取った。今度は指を絡ませて握りこむ。

クラウドは慌ててはずそうとするが時は既に遅く、すっかり握りこまれた手はそう簡単にははずれない。

「そ、そんな事って大問題だろ!?」

必死で手をはずそうともがくクラウドにザックスは首を傾げた。

「何でだ?」

「だ、だっておかしいだろ!?」

「何がだ?だって現にしてる奴はいるだろ?」

ザックスの言葉にクラウドは詰まった。そういう世界が存在することをクラウド程の年齢ともなれば知らないはずはない。
それを解っていての言葉だった。
言葉に詰まったのをいいことにザックスは突っぱねられていたもう片方の手も取り、再度口付けた。
それに気付いたクラウドがまた手を引こうとするのを許さずしっかりと握りこむ。

クラウドは顔を引き攣らせて、ザックスを縋るような瞳で見てきた。

逆効果だという自覚はないのだろう。

今までは遊び半分であった気持ちが段々と余裕を無くしていくのを感じる。

「なぁクラウド、俺はお前が好きだ。」

「なっ…」

この手の話題になるとすぐ頬を赤く染めるクラウドが例に漏れず頬を赤く染めた。

「お前が好きで好きでたまらない。だからずっと我慢してた。
お前が男からセクハラまがいな事されて悔しがってたの見てきたからどうしても強く出れなかった。
お前に嫌われたくなかったし、お前を傷つけたくなかったからだ。でも本当はお前が抱きたくてしょうがなかった。
お前が欲しくて欲しくてたまらなかった。」

「な…、え……、あ…」

クラウドはしどろもどろになりながら視線を彷徨わせる。

ザックスがゆっくりと顔を近づけると視線を合わせてきた。戸惑ったように瞳が揺れる。

唇が重なった。

ただ触れるだけのキス。

ゆっくりと離れて間近で瞳を覗き込む。

「…お前が欲しいよ、クラウド」

再度言うと、耳まで一気に赤くしたクラウドの瞳をじっと見つめる。

ひどく気持ちが揺れているのがわかった。

クラウドは一瞬口を開いて何か言いかけたが、すぐに口を噤む。

そしてゆっくりと睫毛を伏せた。

「――…わかった」

消え入りそうな声でそう言うのを聴いた瞬間、心臓が激しく脈打った。

手もたれに背を預けているクラウドにもう一度ゆっくり顔を近づけ瞳を閉じようとしたその瞬間。

「だけど」

ぴたりとザックスは動きを止める。そのままの位置でクラウドの瞳を覗き込めば、何かしら強い意志が感じられた。

「俺、女役は嫌だからな。」

 

 

―――瞬間時が凍りついた。

 

 

「でも、お前ももちろん嫌だろうからここは公平にカードで…」

このままの流れでいけば男役をやらせてもらえるものだとばかり思っていたザックスは思わず顔を引き攣らせてしまった。
それに気付いたのだろう。クラウドはあからさまに不機嫌そうな顔をした。

「何だよ、まさかお前何の相談もなしに俺を女役にする気だったんじゃないだろうな。」

鈍い所にはとことん鈍いクラウドのセンサーにこの表情は引っかかってしまったようだ。

いつもは口八丁手八丁で人を丸め込めるザックスも今ばかりは図星過ぎて何も言えなかった。
途端にクラウドは冷たい視線をザックスに向ける。

「お前も俺の顔が女顔だからって理由で俺を女役にしようって思ってたわけか?」

そんなつもりは全くない。

ザックスは思い切り首を振った。

「ちげぇよ!」

「じゃ、何で?」

「何でって…」

色々理由はあるような気はするが、はっきりと突きつけられる根拠はない。

敢えて言うなら流れだろうが、果たしてクラウドはそれで納得してくれるだろうか?

あれこれ考えて言いよどんでいるうちに、するりと手が引き抜かれた。

「お、おい!?」

「よくわかった。俺はあんたが嫌いだ。」

先程の可愛い様子など微塵もない冷めた視線できつい一言を言われザックスは思わず一瞬動作が遅れてしまった。
あ、と思った時にはクラウドの部屋の扉が閉まる音がする。続いて鍵のかかる音。

「…マジかよ…」

呟いてみて己の声の情けなさに苦笑する。

付き合い始めて8ヶ月間、その間は全くそれについて考えてくれなかった上に今度は役の指定ときたものだ。
この調子では一体いつクラウドと清くないお付き合いができるのか全く見当がつかない。

(半年前のヒラギ、お前と酒でも飲みたい気分だ…)

心の中でそう呟いて、ザックスは遠い彼方に目をやった。

 

 

 

 

 

         fin