雪のはなびら
 「何で、俺がそんなものに顔を出さなければならないんだ」
セフィロスは、長い足を組みソファーから投げ出している。
向かい側にいる男は、困ったように眉をひそめる。
 「ツォン、それじゃあ仕方ない」
 「そうですね」
ルーファウスは、紅茶を一口すすり意味有り気な笑みを浮かべる。
 「基本的に、このパーティには1stソルジャー全員参加なのですが」
 「ふん、何を好き好んで見え張り大会に出なくてはならんのだ」
 「君は、我が「神羅」の看板なんだよ。警備と言う名目もあるじゃないか」
セフィロスが、副社長に呼ばれたのは神羅が主催する「クリスマスパーティ」にセフィロスを筆頭に1stソルジャー全員そのパーティに参加する事だった。
 「まぁ、仕方ありません」
 「では、私側からの出席はツォンと私と私の友人と言う事になるな」
セフィロスの耳がぴくりと動く。





 「お帰りなさい」
今日は、クラウドは執務室に行く事はなく学校が終わると自宅へと戻ってきていた。
エレベーターの扉が開きリビングに入ってくるとクラウドは、そこには居らずキッチンの方から顔を覗かす。開いたままの本に栞をセフィロスははさみそっとテーブルに置く。
 「まったく、帰ってくる気配すら読むようになったな」
 「だって、そんなに不機嫌な気配を出していたら誰だって気づくよ」
くすくす笑うクラウド。
 「もうすぐ、冬季休暇か」
 「うん、だから学校も午前中でおしまい」
セフィロスは、差し出された珈琲を受け取りながら、ふと考える。
 「クラウド、実家に帰らなくていいのか?」
 「……うん、帰らない」
クラウドは、言っていた。

 「ソルジャーになるまで、帰らない」と――

意志の強い瞳がセフィロスを見る。
 「だが、母親を一人置いてでは、心配ではないのか?」
 「帰るの、大変なんだよ」
まぁ、クラウドの半端無い乗り物酔いでは途中で何が起きるか判ったもんじゃない。ただでさえ、セフィロスやザックスは一人で此処ミッドガルまで来れたのかが不思議なくらいだったのだ。
 「あの時、あんな変な奴らに連れ去られたのだってジュノンまで乗ってきた船で酔って朦朧としている時で、その後車のトランクに詰め込まれたんだ」
 「……大変だったな」
それは、初耳だった。
 「夕飯まで、まだあるからシャワー浴びてきちゃえば?」
 「そうするか」
セフィロスは、そのまま部屋へと消える。
コートをかけ、シャツのボタンを緩めながらクラウドにどう話そうか悩んでいた。どうせ、クラウドの事は知れ渡っているだろう。クラウドを見世物にする気はない。それに、そいつらの目に晒せて出世の道具になぞさせるものかとセフィロスは思う。俺が出席しても、あいつは自分の友人として出させるぐらいやるだろう。だが、クラウドに自分の正体ばれてもいのか?着替えを持ちシャワーブースに消える。
 「なんか、機嫌悪かったなぁ。そんなに副社長の事嫌いなのかなぁ」
 「ルーファウスさんなら、きっと知っているよね。今度聞いてみよう」
ザックス辺りが聞いていたら、多分固まっているだろう。いまだクラウドは、ルーファウスの正体に気づいていない。今日の献立は、寒かったからシチューにして前にセフィロスがおいしかったといってくれた胡桃パンを作り卵サラダを作っている。ゆでた卵をほぐし器に盛り付けている。
 「今日は、シチューか」
 「うん、外寒かったから」
土のないミッドガルでは、温度を吸収しない。その為か、底冷えがして急激に冷え込むのだ。
 「お腹すいたな」
クラウドが、くすくす笑う。以前のセフィロスは絶対こんなこと言わなかった。
 「でも、これ以上寒くなったら雪降るかなぁ」
 「此処では、極たまにしかふらないぞ?」
 「ふぅん、そうなんだ」
セフィロスは、夕食を食べながらまだ時間はある。と、考えていた。



 「なんだか、ザックス落ち着きないね」
 「何時もの事だろうが」
セフィロスは、黙々とキーボードを叩いている。机の上に山の様に置かれた書類が一向に減る気配はない。クラウドは、何時もなら嫌がりながらでも午前中のうちに片付けてしまうはずなのに何に気を取られているんだろうと、珍しいセフィロスを首を傾げてみる。
 「でもさ、何だか知らないけれど街中凄い飾り付けしてたね」
セフィロスは、モニターから顔を上げてクラウドを見つめる。

 クラウド、クリスマスを知らないのか?

 「何?」
 「いっ、いや、なんでもない」
セフィロスは、モニターに視線を移す。クラウドは、首を傾げしばらくセフィロスを見つめていたが書類の整理に戻る。ザックスが、落ち着きなく執務室を出て行ってしまったおかげで物凄く静かだ。キーボードを打つ手を止め椅子ごと振り返り窓の外の風景を見つめる。まだ、PM4:25だと言うのに既に宵闇だ。街の灯りが輝いている。
 「クラウド」
 「はい」
セフィロスは、パソコンの電源を落とし「帰るぞ」と一言。慌ててクラウドは帰り支度をはじめる。書類を纏めて明日判るようにしている。
 「どうしたんだ?」
 「いや、ただ仕事する気が失せた」
クラウドが、眉間に皺を寄せている。その眉間を指で弾いて、コートを取り執務室を出る。その後ろを慌てて、鞄を持ち制服のジャケットを取って追いかける。
 「待ってよ!」
エレベーターに乗り地下の駐車場へ。
その合間も、エレベーターに今だなれないクラウドは少し気持ち悪くなっていた。
 「くしょん!」
外の空気が入り込む駐車場は、ひんやりとしていた。セフィロスはそう言えば、クラウドは此処に来て初めての冬を迎える事に気づいた。
 「クラウド、コートは?」
 「えっ?」
鼻の頭が少し赤い。
 「このくらいなら大丈夫だよ」
セフィロスはおもむろに自分のコートをクラウドに放り渡す。
 「着ていろ」
 「大丈夫だよ。それにーー

 セフィロスのじゃでかすぎるって…
 身長差、どのくらいあると思ってんだよー
 あーあ、俺ちっさいなぁ…

ぶつぶつ言いながら、羽織ってみたが裾は完璧に引き摺っている。セフィロスは、じっとその姿を見つめているが頬が引き攣っているのが判る。
 「笑えば?」
 「そう怒るな」
クラウドは、冷え切った車内の助手席に座りシートベルトをする。コートは、皺にすると嫌なので軽くたたみ膝の上に乗せている。
 「で、こんなに早く上がってどうするの?」
 「冬の服でも買いに行くか」
クラウドは、首をかしげる。セフィロスは、エンジンをかけながら不思議そうなクラウドの顔を見て笑う。アクセルを踏み駐車場を後にする。
運転しながら、ああザックスを連れて来ればよかったか?と思う。カジュアルな服なんてセフィロスにはわからない。腕の時計に暗号を打ち込み始める。これで来るだろう。助手席のクラウドは、移ろい行く車窓の風景を見ている。
 「旦那!」
ウィンドウを開けた途端
 「緊急コードで呼び出し…」
 「付き合え」
クラウドは、訳が判らずきょとんとして運転席を見ている。
ザックスはにかっと笑ってセフィロスの車の後ろにつく。
 「なぁ、何処行くんだ?」
 「付けば、判るさ」
クラウドは、口をとんがらかせて窓の外を見る。
陽の落ちた街並みに色とりどりのイルミネーションがまるで星の欠片の様に瞬いている。沿道に並ぶ並木に縁取られた幾つもの小さな灯りが幻想的に瞬き光のトンネルを作っている。セフィロスが車を止めたのは一番街にあるショッピング街。クラウドにとっては、来た事もない場所。高級ブランドショップが軒を連ね、ショウウインドウには各ショップの服が飾られている。ザックスがバイクを止め走り寄って来る。
 「旦那、緊急コードで呼び出しておいてショッピングか?」
 「いや、冬の服を買おうと思ったのだが俺では判らんからな」
クラウドは、へっ?とセフィロスを見た。
 「そう言う事かい」



 「此処だ、此処」
ザックスが案内したのは、小さい店だがさっぱりとした感じでショウウインドウに飾られている服も、いたってシンプルなカジュアルな服だ。
 「此処のデザインはシンプルだしユニセックスだから、気に入ると思う」
三人は、ザックスを先頭に手動式の扉を押して入った。
 「よっ♪」
 「あら、ザックスじゃない」
中にいた女性の店員は、ザックスを見るなりにこやかに笑いその背後にいる英雄を見て「あら」という顔をしてその背後に隠れている、金髪に目をとめた。
 「アン、知っていると思うけどセフィロスに―――」
 「ほら、クラウド。隠れるな」
セフィロスは、手を後ろに回しクラウドの後ろ襟を掴み引き釣り出す。
 「ちょっとばかし、人見知り激しくてな。こいつが俺達の弟のクラウドだ」
 「かわいい」
 「で、この店のオーナーのアンだ」
 「いらっしゃい、よろしくね」
クラウドは、ザックスの知り合いって女性ばかりのような気がするような気がした。アンに見つめられて、顔を真っ赤にしながらしどろもどろで名前を言う。
 「しかし、あんたってやっぱりソルジャーだったのねぇ」
 「えっひでぇな。信じてなかったのかよ」
アンがクスクス笑い出す。
 「今日ようやく判ったわよ。それで、今日は?」
 「ああ、そうそう。こいつの服、揃えるの見立ててくれよ」
アンは、こいつと言うのがすぐ連れてきている少年の事だと判った。
 「判ったわ。どんなのがいいのかしら」
クラウドは、目の前でどんどん話が進んでいくのに追いついていなかった。何でこんな事になっているのか、そもそも誰の服を買いに来たのか。それに、こんな綺麗な店初めてで落ち着かないし。つい、セフィロスのジャケットを強く握り締めていた。そんな様子をザックスとアンはくすくす笑いながら服を色々と取り出してきている。
 「あいつの顔の広さには驚くな」
 「うん」
 「どうせ、なんぱでもしたうちの一人だろうが」
セフィロスは、飾られている服を手に取ったりしてみている。
 「なぁ、誰の服を買いに来たんだ?」
この段階になって、まだ気づいていないとは――
 「おーい、クラウド。こっち」
 「何?」
クラウドは、とことことザックスのところに行くととっとと捕獲されてしまい、服と一緒に試着室に放り込まれてしまった。ザックスは、扉が開かないように体ごとよりかかってしまう。
 「何すんだよぅ!ザックス」
 「ともかく、その服に着替えてみろって」
しばらく、出せとか喚いていたが大人しくなりザックスは扉を開けと覗いてみた。
 「おっ、いいじゃん」
 「…………」
ザックスに、引っ張られるようにして出てきたクラウド。
クラウドの着ているのは、サックス色のコーデュロイのストレートのジーンズに白地の紺色のボーダーのタートルのカットソーに濃紺の七部袖のTシャツを重ね着している。
 「ジャケットは、こんなのいいかしら」
アンが持ってきたのは、白のジャケットコート。
襟とフードの淵と裾と袖口にファーがついている。
 「おっ、それいいね」
 「軽いし、中もきちんと熱が逃げないようになっているから見た目より暖かいわよ」
ザックスは、一歩引いたクラウドの身体を無理やり捕まえそそくさと着せてしまう。もう、ほとんど着せ替え人形のような状態になっていた。アンは、そっと店の看板をクローズにしてしまった。他のお客様が入ってきてはこの少年が落ち着いて服も選べないだろうし、目の前に英雄がいたらどんな騒ぎになるか。
 「もう、脱いでもいいだろ」
 「待てって、旦那どう?」
 「似合うぞ、クラウド」
ザックスは、次の服も渡しクラウドを試着室に放り込む。
そんな事が何だかんだと続いて、クラウドはへとへとになっていた。
 「はい、お疲れ様」
アンは、三人に珈琲を差し出す。
 「すまないな」
 「いいえ」
クラウドは、カップを持ったまま小さな息を吐く。
 「俺を着せ替え人形にしてどうするつもりなんだよ」
 「全く、お前は…」
セフィロスが、苦笑いをかみ締める。
 「お前の服を買いに決まっているではないか」
 「はっ?」
クラウドは、セフィロスを見上げたままである。
 「おっ、俺、いらないよ」
 「クラウド」
 「だって…」
ザックスが、頭に手を置きくしゃくしゃにする。
 「買って貰えって」
 「でも…」
何だかんだクラウドがごねたのをザックスが言いくるめて買ってもらう事に。
クラウドは、クラウドでふと目にしたプライスを見て固まっていた。
 (何なんだよ、この金額・…いいのかな…でも)
クラウドは、あり白いコートだけ買ってもらおうと思っていたところ――
 「試着したの、全部貰おう」
セフィロスの一言――
 (ええっーー)
クラウドは、ついセフィロスのシャツにしがみつき、口をパクパクしている。
 「どうした、クラウド」
 「えっ、えっだって…だって…」
言葉になっていないクラウドの顔は、蒼い瞳が大きく見開かれていてセフィロスをじっと見ている。ザックスは、そっとアンに耳打ちしてカウンターに向かい服をたたみ始めている。
 「ああ、すまない。コートの方はすぐ着るから」
 「かしこまりました」
丁寧にはさみでプライスを切り、クラウドのところへ持ってくる。
 「よく、似合っていたわよ」
クラウドの顔が、真っ赤に染まっている。
支払いを済ませ、服の入ったお店のロゴが入った紙袋を車に詰め込むとセフィロスは、クラウドの靴を買おうと言い出した。
 「もっもう、いいよ。だってあんなに…」
 「クラウド、こうなったら靴も買って貰え」
ザックスが、げらげら笑いながらクラウドの頭をくしゃくしゃにしている。その横で
 「店閉めさせてしまって悪かったな」
 「いいのよ、気にしないで頂戴。ゆっくり買い物が出来ればいいのだから」
 「アン、どうせだからクラウドの靴も見立ててくれよ」
 「私で、いいのかしら?」
 「そうしてくれると、ありがたいのだが」
アンは、ちょっと待ててと店の中に入っていき上着を取ってきて店にかぎをかけてしまう。アンが連れて行った店でも結局試した靴を全て買いクラウドは、へとへとになっていた。
お礼に食事に誘い四人でイタリアンレストランに入り楽しく食事を取り車でアンを自宅近くまで送り届けた。
 「今日は、ありがとうございました。また、よかったら声かけてくださいね」
 「アン、ありがとな」
 「助かった。何かあったら此処にDM送ってくれ」
 「判ったわ。それじゃね、クラウド君」
 「あっ、ありがとうございました」
真っ赤になってクラウドが助手席からぺこりと頭を下げる。


 「疲れたか?」
ソファーに座りぼんやりとしているクラウド。
 「訓練より、疲れた」
ザックスは、キッチンに珈琲入れに消えている。セフィロスが、肩を揺らして笑っているがもう既にクラウドの瞼はくっつきそうだ。ザックスが、珈琲を入れリビングにきた頃にはソファーで横になって小さな寝息を立てて眠ってしまっているクラウドだった。
 「寝ちまったのかよ」
 「疲れたらしいな」
セフィロスが立ち上がり、クラウドの細い肩を揺さぶってみる。
 「クラウド、眠いのならベッドで寝ろ」
 「んん〜……」
クラウドの眉間に皺がより身体を丸めてしまう。
 「クラウド」
ぼんやりと瞼が開いて、ゆっくり起き上がるとしばらくセフィロスの顔を見つめてふらりと立ち上がるが、精神的には寝ているのであろう。おぼつかない足取りでふらふらと部屋に向かおうとしているのだろうが、壁に向かっている。セフィロスが止める間もなく、壁におでこをぶつけているがしばらくそこに立ったままで壁に手をついて撫でまくっている。ザックスは、腹を抱えてソファーで笑い転げている。セフィロスは、クラウドを抱えあげ部屋に連れて行きベッドの中に放り込む。離れようとした途端引っ張られる感触。クラウドがセフィロスの髪の先を一握り掴んでいるせいだ。
 「どうした?」
セフィロスは、手をついてクラウドを覗き込む。
 「……ありがとう…」
その一言を言うとクラウドは、すとんと眠りについてしまった。ベッドの端に座り、クラウドの髪を撫でかけ布団を肩までかけてやる。灯りを消し部屋をそっと出て行きパタンと扉を静かに閉める。
 「寝たのか?」
 「ああ」
残りの珈琲を飲み干し、髪をかき上げる。
 「これから、忙しくなるな」
 「ああ」
イベントの多い時季に入れば、馬鹿な奴らが出てくる。本来なら、警察の範囲だがテロとなると話は別になりソルジャー部隊にも話は回ってくる。タークスからの資料も幾つか回されてきてはいるが、クリスマスが終わるまでこの忙しさは終わらないだろう。その後は新年も同じだ。警備もかねてクリスマスパーティに引っ張り出されるのは毎年の事だ。警備だけのが、まだましだ。だが、あいつら二人、クラウドを引っ張り出そうと躍起になっているからな。