この空の下で
『わくわくランド』
だなんて、子供騙しにもなりきれてない二色刷りのショボイ看板の前で俺とクラウドは直立姿勢。
お偉いさんが見たら、新羅のソルジャーにあるまじきとか言って顔真っ赤にすんだろうけど、
あいにくとお忙しいお偉いさんの目がこんな辺境の土地にまで届くはずもなく。
「無駄遣いとしか思えない…。」
呆れたように言うクラウドの言葉に見え隠れしてる棘には目をつぶる事にする。
こんなチャンスは滅多に無いことだからへそを曲げてもらっちゃ困るし。
気付けば肌寒い風が肌を刺すようになっていた。
ついこないだまでは暑さに顔を顰めて、長袖なんてとんでもないと思ってた俺も
厚手のセーターをしっかり着込んで外界の寒さを遮断してる。
昨日の台風の後、更に冷え込んだもんで、冬物の中から慌てて引っ張りだしたって代モンだ。
それにしても、秋の風物詩とはいえ今年は台風が来すぎな気がする。
台風だから休みになる、なんていう生易しいルールはもちろん軍隊みたいに物騒なトコには適用されないから
ハッキリ言ってあんまありがたいものではない。雨はきついわ風はきついわで、体力消耗度合いが全く違う。
まぁ、それはともかくとして今の状況の話だ。
台風が去った翌日偶々休みが重なって、部屋の中に篭ってんのも勿体無いくらいの天気だったから
外に出ようって話になって。
あんだけすごい風吹いてたんだから栗でも拾いに行こうかという話が出た。
憎憎しい台風をとことん利用してやろうって腹だ。
栗さえありゃ秋らしい飯にもありつけることだし。
思い立ったら即行動の俺は愛用のバイクで片道1時間の『わくわくランド』っつーショボイ公園に来た。
ショボイっつっても一応レジャー施設なわけで、アスレチックやキャンプ場なんかはあったりして、
簡単なアウトドアが楽しめる仕組みになってる。
そんな適度なアウトドア感は親子連れには割りと受けがいいらしくって、
ちらほらアスレチックしてる親子連れの姿は見かける。
ただ日常生活サバイバルが多い俺らにとってはその公園の目玉は、豊かな自然の恵み、それのみってわけだ。
栗を袋一杯詰め込んだ帰り道。
『わくわくランド』の入り口に待ち構えるは、小金稼ぎのお兄サン。
よくあるヤツさ。記念写真撮りますとか言って、普通よりちょいとだけいい写真を高値で売る商売。
記念に写真でも撮りませんかって声かけられて、俺はすっかり乗り気になった。
俺はこいつと付き合い長いっていうのに一枚もこいつの写真持ってないからだ。
やっぱオトモダチとの写真って一枚ぐらい欲しいだろ?
「男二人で写真なんかとったって何もおもしろくないだろ」
なんて文句をたらたら言うクラウドを無視して撮って下さいと金を払う。
金払っちまったらこっちのもん。
「栗ご飯作ってやるから」
なーんていう強硬手段を使って、漸く二人でカメラの前へって状況。
背が低いクラウドのためにそっと後ろに回って来るべき時を待ち受ける。
ちらりとクラウドの顔を覗きこんで見ると、予想はしていたが重度の仏頂面。
「ちゃんと笑えよ」
「無理。」
即答。取り付く島も無い。こうなると何だかムキになってくる。
「無理でもやるの!」
「無理なものは無理だって!スマイル0円のあんたにはわかんないよ!!」
「あぁ!?俺のスマイルそんな安くねぇよ!」
「あ、あの、いいでしょうか?」
困ったような声に我に帰り、二人して顔を見合わせた。
そんでもって叱られた生徒みたいに直立姿勢。
そのままの姿勢で来るべき瞬間を待つ。
「はい、じゃ、いきますよー。」
カメラマン特有の明るい声。
不意に
クラウドの髪がふわりと風に靡いて、見た目よりもずっと柔らかい金糸が頬を掠った。
その瞬間、そう、ほんの一瞬だけ鼻腔にクラウドの匂いが掠める。
たったそれだけのこと。
けれど気持ちを掻き立てるには十分で。
だから
そっと背後から腕を回して
抱きしめた
カシャ
写真を撮影する短い音。
と同時にクラウドの肘が俺の腹筋にクリティカルヒットして俺は無様に尻餅をついた。
「おま…っ!!何すんだよ!俺もうガキじゃないんだからな!!」
この攻撃は予想の範疇だったし、別に持ちこたえる事だってできたけれど、ここはポーズも必要ってことで。
握りこぶしを作りながら怒鳴るクラウド。
『俺もうガキじゃないんだからな』?
はいはいわかっていますとも。
だからそのおつもりで扱ったんですけどね。
やっぱお前ってまだまだガキじゃん?
そんな事俺が思ってるなんて知る由も無いクラウドは
草むらに手をついた俺を振り向きもせずにずんずん歩を進める。
ある程度の距離を置いたところで漸く俺は小さな苦笑を漏らす。
「あ、あの…いいんですかね?」
完全に世界から弾き出されていた写真屋サンが狼狽した様子で俺を除き込む
それに「大丈夫大丈夫照れてるだけだから」なんて満面の笑みで答えると、
何かオレンジ色の物体が前方からものすごいスピードで飛んできた。
当たったら昇天しそうな勢いのソレを紙一重で避ける。先程飲んでたオレンジジュースの缶だった。
写真屋サンは地面にめり込んだ缶と、俺の顔を呆気にとられた顔で見比べていたが、
「が、頑張って下さいね。じゃ、これ。」
結局そのスピードに怖気づいたのか、ちょっとばかし上ずった声で言うと、俺の手に紙を握らせた。
さっき撮ったばかりのポラロイド。
まだはっきりとは解らないけれど、その写真に薄っすら見えるクラウドの表情は全く持って予想外。
(なーんだ、笑ってくれてるじゃん。)
何だか拍子抜けすると同時に小さく笑ってしまった。
あれだけ嫌がっていたからどんなに不機嫌な顔してるかと思ってたけれど。
本物には当然敵わない。だが、形になって残る笑顔が嬉しくて俺は上機嫌になる。
あぁ、クラウドは写真の前でも笑ってくれるようになったんだななんて思ったら胸が一杯になった。
クラウドは出会った当初全く他人を寄せつけようとはしなかった。
冷たい視線と態度で徹底して他人と線を引き、いつも一人で過ごしていた。
普通そういう人間には多少の無理が感じられるものだが、
彼は一人でいる事に慣れているのか無理をしているようには感じなかったし、
彼が一人でいる様子は妙にしっくりしているように見えた。
確かに世の中には一人でいる事を好む人間はいる。
一人で居ることにのみ安らぎを感じ、他者をるような人種が。
彼がその人種でないという証拠など何処にもない。
だから放っておいてもいいはずだった。
ただ、俺には一つだけ気になる事があったんだ。
彼は、笑顔を見せなかった。
まるで表情筋という物が存在していないかのように、彼は軽く口元を持ち上げる事さえしない。
それだけ、と言えばただそれだけ。
見ていたと言ってもソルジャーと一般兵だ。一日中見ている訳ではない。
もしかしたら自分の見ていない所では笑顔を見せているって可能性も否定できない。
ただ、やたら綺麗な顔をしているから、笑ったらさぞ可愛いんだろうな、なんて思って。
見てみたいな
だなんて思ってしまって。
だからそこから先の行動は全部自分の我が儘だった。
付き纏って、馬鹿やって、お節介焼いて。
作戦のほとんどは失敗に終わったけれど、ただ一度だけ、ふと表情が緩んだ時があって。
いつもはきつい印象しか与えない氷のような瞳が、暖かい空色だってことに初めて気付いた。
その時俺はなんて壮絶に綺麗に微笑む人間だろうなんて思ったんだ。
今思えばそれが第一歩だったのかもしれない。
こんな写真結局貰ったことがバレたら即没収、抹消されるってわかっていたから
これから面倒な栗ご飯つっー物を作ってやる訳だし、この位の役得は構わないだろう。
立ち上がる前、滅多につかない尻餅なんぞのついでに空を仰いでみる。
台風が去った後というのは本当に空が綺麗だ。
絵の具を溶かし込んだ水よりなお鮮やかで、信じられない程透明度が高い青。
遮る物のない真っ青な空から、全ての色彩を含む眩い陽光が降り注ぐ。
目を細めて、そして思う。
一つずつ積み重ねていければいい。
時には失敗してもいいから、ただこれからも一緒に歩いていけたら。
限りない未来を一緒に紡いでいけたら。
そしてこの青い空の下で、曇りのない笑顔をずっと見ていられたら…
それが自分の心からの望み。
「…お前いつまで座ってるんだよ。」
思い切り殴った俺のことが今更ながら心配になったらしいクラウドのぶっきら棒な問いかけ。
素直じゃない態度に小さく笑う。
「お前が優しく手を差し伸べてくれるのをずっと待ってたんだけどな〜」
なんて哀れっぽい声を上げれば返ってくるのは案の定
「自業自得のくせに何言ってんだ」っつーお言葉。
優しくなくて、素直じゃなくて、可愛くなくて
客観的な欠点なんていくらでも挙げられるけど、
俺から見りゃ全てが長所の塊みたいなクラウドが俺のために待ってくれてる。
青い空気を胸一杯吸い込んで、ゆっくりと立ち上がった。
揺れる金の髪が太陽の光りを反射してキラキラと輝く。
空色の瞳がはっきりと自分を映していて、そして柔らかい笑顔を向けてくれている。
そんな幸せな午後。
〜〜オマケ〜〜
立ち上がると、笑顔のクラウドに俺も笑顔で答えて、足を向けた。
その途端とんでもない事が起こった。
「おいで」
クラウドは見たことも無い位優しい笑みで手を差し伸べたのだ。
どきり、とした。心臓が激しく脈打つ。
驚いて、夢ではないことを頬を抓って確かめて。
そしてクラウドに近づこうとした瞬間。
「にゃーん」
俺の背後から一匹の猫が飛び出したかと思うとクラウドに飛びついた。
「はは、くすぐったいよ」
そう言って笑うクラウドはとんでもなく可愛い。
釣られて伸ばした手は空中で静止。俺は完璧視界の外。
俺を映していると思ってた空色の瞳は実は背後の可愛いニャンコに向けられていたらしいことを唐突に理解。
一つずつ積み重ねていければいい。
けれど一歩ずつ積み重ねていくその一歩はどうやら動物以下の所から始めなければならないらしい。
畜生以下から這い上がるのにはどれだけかかんのかなって考えたら、栗を剥く気力も萎えてきて。
栗ご飯は明日にしようなんて急遽晩飯の予定が変更になったことなんてクラウドは知る由も無い。
別名『夕飯は何故変わったか』(笑)
あんな素晴らしい絵にこんなくだらない副題がつくような小説をつけて申し訳ありません(土下座)
っていうか、お題のはずの秋が全く目立ってないし。。。
elricさん、ホントホントすいませんでした!!