7、友情の有効期限(SideK) 『僕は好きだよ』 そう言われたことがある。 けれど、その後に一言付け足されたことをはっきり覚えている。 『いい友達だもの。そして僕は友達思いなんだ』 と。 それってつまりそう言うことだ。 それ以下の意味もないが、それ以上の意味もない。 『ねぇ、玄冬。僕、本当に玄冬が好きだよ。…本当に。』 祭りの夜に言われた言葉だって、そういう意味に違いない。 …そして。 『…僕は君と一緒に居たい…ずっと、友達で、いたいんだ。』 花白にとって自分は、いつまで経っても友達で、その域を出ることはないのだ。 「その人の事が好きなのに決まってるじゃないですか。」 そうはっきりと口にされて、驚いた。 「…俺が、花白のことを、好き?」 「ええ。傍から聞いてる私が聞いてもね。」 「そう、なのか…?」 「ええ。」 「…そうだな。」 抗う気もなかった。何故なら、その言葉は驚く程すんなりと自分の胸に落ちてきたからだ。 それで漸く理由が解った。 花白が自分から離れていくかもしれないと思った時、あれだけ焦燥感を覚えた理由。 あれ程唇が気になった理由が。 「…だが、あいつは俺のことを友達だと思ってる。」 「そんなの解らないじゃないですか?これから変わっていくかもしれないですよ?」 私たちみたいにね、ともう一度付け足すと、またもや大きな栗色の瞳をした娘の顔が真っ赤に染まった。 …何となく二人の立場が解ったような気がした。 「だが」 「そんなだがだがって言ってないで、行動に移したらどうですか?」 「行動?」 「ええ、変えていくための行動」 そう言ってその美女はにっこりと微笑んだ。 「さっさと、告白した方がいいと思いますよ?」 そう言われて、薬を貰い、部屋に戻れば、花白は起き上がっていて。 さんざからかわれたものの、あの女性の言葉にも一理あったから、行動に迷っていたのだが。 何だか会話が不穏な方向、予想もしない方向に飛躍しだした。 人を殺したから嫌いになったか、だとか、嫌わないでくれ、だとか。 訳が解らない、と思った。 確かに人を殺したことは許せない事だ。 だが、それでも花白と共に居たいから、自分は『来いよ』と言ったのだ。 今更それで嫌うなどあるはずもないというのに。 しかしながら、それについて述べる前に、花白は今一番言われたくない言葉を発した。 『…僕は君と一緒に居たい…ずっと、友達で、いたいんだ。』 『ずっと、友達で』 その言葉に、激しく胸を抉られてしまった。 『俺たちは、友達か?』 自分達はずっと、友達なのかと。そこから変わることはないのかと、そういう意味を込めた問いに、花白は突然飛び出していった。 何故出て行ったのかは解らない。けれど追いかけた方がいいに決まっている。 だが、花白が出て行った扉を見詰めながら、玄冬は動けず呆然と立ち尽くしていた。 はっきりと言い渡された友情宣言、その重さに途方に暮れてしまったからだ。 友情に有効期限があればいいのに。 もし、有効期限があるならば、友情の期限が切れた瞬間、もう一度友情を更新するのではなく、 代わりの資格を取ろうとするのだって簡単なのに。 そう、友情の代わりの資格。 『恋人』 口に出すのも気恥ずかしい関係だが。 …だが、そこでふと思った。 自分は、今だ嘗て花白との関係に名前をつけたことがあるだろうか? 花白は、付き合ってきても解る様に、非常に直情型で、はっきりとその名を口にする。 そして、自分の感情もその時々に応じてちゃんと口にしていた気がする。 『玄冬といると安心する』 『玄冬はおもしろいし』 『玄冬が好きだよ』 だが、自分はそう言った感情を口にしたことがあっただろうか? あの頃。 『玄冬』だった頃の自分は、いつも脅えていた。 大切なものができるのが怖くて、生に執着する理由ができるのが怖くて仕方がなかった。 だから。いつも笑いかけてくる優しい存在との関係に。 何かしら世話を焼かなくてはならない面倒な存在との関係に。 生きる事の喜びを教えてくれた存在との関係に。 名前なんてつけなかった。いや、怖くてつけられなかったのだ。 辛うじて、自分の頭の中に刻み付けた名前は、『玄冬』と救世主という関係だけだ。 だが、それも自分達二人が笑いあっていた時にはまた余り意味をなさなかったように思う。 だって、自分は心の何処かで、花白が自分に抱いていた感情、もしかするとそれ以上の感情を花白に対して抱いていたのだから。 好きなものを好きと言えなかった。好きになりたいものを認められなかった。 けれど、もう今は違うのではなかったか。 自分は玄冬ではないし、花白ももはや救世主ではない。 時は確実に流れ、状況は大きく変わったのだ。 世界は滅びず、季節は繰り返し、花白も大人になっていく。 そしていつか、花白は自分ではない他の誰かと一生を共にしたいと思ってしまうのだろう。 …それは、嫌だ。 自分は花白と一緒に居ると楽しいし、笑っていて欲しいし、側にいたいと思う。 自分は、花白のことが好きなのだから。 だから、あの女性にも相談したというのに。 時間が経って漸く冷静な思考が戻ってくる。出鼻を挫かれたくらいでなんだというのだ。 受け入れてもらえないかもしれない。失望されるのかもしれない。 それでも、追いかけよう。そう思った。 好きになりたいものを好きになれず、みすみす見逃してしまうのはもう嫌だった。 あんな想いは、『玄冬』だった頃だけで十分だ。 思い立ったら即行動と、鍵を持ち、ふと、椅子の背に目をやってぎょっとした。 「…っあの馬鹿…あんな薄着で」 そう、椅子の背には、花白がいつも羽織っている白いコートがあったのだ。 慌てて、コートを掴む。そのまま、ふと窓の外に目をやって。 息を呑んだ。 「……」 自分達の始まり。 何重にも自分達を結びつけていた鎖。 空からふる白いもの。 それが、降り出していた。 |