9、もう戻れない場所を想う(SideK)



「花白」

「………玄、冬…」

空間転移した瞬間、呆気に取られた様子の花白が目に入ってほっとした。
あれから殆ど空間転移を使うことはなかったので、うまくいく自信がなかったのだ。
だが、一段落ついて落ち着いている玄冬とは対照的に、花白はなにやら慌てた様子で駆け寄ってくる。

「玄冬ってば、何こんな町の真ん中で転移装置使ってるんだよ!誰かに見られたらどうするんだ!」

「……」


確かに、と思う。
だが、あの時は早く早くとそればかりで、そこまで頭が回らなかったのだ。
黙り込む玄冬に、花白は苦笑する。

「…まぁ、玄冬がこの町歩いたら迷っちゃうだろうから、しょうがないとは思うけどさ。」

「……」

全く持ってその通りで、返す言葉もない。
実際転移を使わなければ、日が暮れる頃になっても自分は花白を見つけられなかったばかりか、
宿屋にも帰りつかないという救いようのない状態になっていたに違いない。
だが、やはり方向音痴を指摘されて気分が良いはずもなく、軽く眉根を寄せると

「…でも、僕が飛び出して行ったのが悪いんだしね。」

花白がそう言って自虐的に笑い、玄冬は慌てて顔を上げた。

「…あのな、花白、さっきは」

「さっきはごめん。僕、何だか焼きもちやいちゃったみたいだ。」

謝ろうとした所を、逆に先に謝られ、しかも予想だにしない発言が飛び出して、首を傾げる。

「…焼き、もち?」

思わず問い返せば、花白は決まり悪そうに笑った。

「…うん。なんていうか、玄冬が生身の女の子と仲良くいい雰囲気にあってるの初めて見たからさ。
なんか取られちゃったみたいな感じがして。でも、よく考えたら、友情と恋愛なんて比べるのもどうかって感じだよね。」

いつも以上によく喋る花白の言葉に、何だか不穏な流れになってきたのを肌で感じ取る。
言われずとも次の言葉が解るような気がした。

「僕は君のこと友達だと思ってるから、ちゃんと応援…」

案の定。

「…その話は後で聞く。とりあえず帰るぞ。」

そう、案の定、最も聞きたくない話をし出したため、話をぶった切った。

「…こんな所に長くいたら、風邪をひく。」

話を切られて不満そうな花白に、補足説明をしてやると、花白は渋々といった様子で頷いた。

駄目だ、と思った。

何やら激しく勘違いされている。
それだけならまだしも、トラウマワード『友達』を言われるは、応援するだの言われるわ。
余りにも幸先が暗い。これは、もう少し日を改める必要があるのではと意気地のないことを考えていると。
ふ、と気付いた。振り返れば、花白は数歩遅れてついてきている。横に並べばいいものを、と思う。
…というか、いつものように横に並んで欲しいと思った。
だから。

「…え?」

手を徐に掴んだ。
驚いたのだろう。見上げてくる気配がしたけれど、気にしなかった。
暫く黙って握り、歩き始めると、恐る恐る握り返してくるのがわかって、こっそり微笑んだ。
それからは、黙って、雪の中、二人手を繋いで歩く。
…昔も、こんな事があった。
玄冬と救世主という身分を互いに隠し、薄い氷の上で穏やかな日々を過ごしていた頃。
あの頃は、手を繋ぎ歩くことが自然だった。他に何の他意もなかった
何も考えなくてよかった。自分には未来に繋がる思考など何もなかったから。
それは、ある意味とても心地よいものだった。
もう戻れない場所。それを想う。

だが、今は。

時は確実に流れ、状況は大きく変わった。
世界は滅びず、季節は繰り返し、花白も大人になっていく。
…それでも側に居たいと思うのならば。
花白の体温を手のひらに感じながら、玄冬は決意を固めた。









「あーもう、それにしても玄冬も本当隅に置けないよねー。言ってくれれば、僕はちゃんと応援したのにー。」

部屋に入った途端に、花白はそんな事をべらべらとしゃべりだした。
本当に、幸先は暗い。
それって全く持って恋愛対称だと思っていないという事ではないか。
告白しようと思っていた。
正直、気が進まない。気持ちも暗い。見込みもない。
だが、自分が動かなければ、この先もずっと状況は変わらないだろうということは解っていた。
というか、ひょっとすると変わらない所か、悪いほうに傾いてしまうかもしれない。
…だから、自分のすべきことは決まっている。
喋り続ける花白に腕を伸ばす。腕を掴み、引き寄せた。

「…くろ、と?」

腕の中で怪訝そうな声が聞こえる。当たり前だ。脈絡がないのだから。
だがそんなものに気を回す余裕は自分にはなかった。


「花白、俺は……」

時は確実に流れ、状況は大きく変わった。
世界は滅びず、季節は繰り返し、花白も大人になっていく。
それでも側に居たいと。隣で笑っていて欲しいと。
そう、思うのならば。


「…お前が、好きだ。」