「なぁ!おっさんまだ見つかんねぇの!?」
勢い良く木製の扉が開いて、壁に激突した。
ついでに扉に付けられた鈴が騒がしく音をたてる。
「何度言ったらわかる!!扉はもっと優しく開けんか!」
このやり取りは近頃恒例の行事となっている。
必要条件
カウンターの向こうで心底残念そうにしている男の名はザックス=リスト
世に轟く大企業新羅カンパニーの特別戦闘兵器、ソルジャーである。
ソルジャーと言えば相当に身分が高く、威張り散らしているイメージがあるが、
目の前のこの男は微塵もそんな様子を見せない。ただ毎日ここに通いつめているおかしな男だ。
扉を開けた早々の第一声はいつも同じ。
来る日も来る日もこれである。来れない日は必ず電話をかけてくる。
そんな生活が早くも二週間は続いている。
性質の悪いストーカーにでもあっているようだと店主もそろそろ疲れを覚えてきた。
このとんでもない男との付き合いは5ヶ月前に始まる。
彼は一度この店で、高額なペンダントを買った。
売れるはずはないだろうと思いながら半分趣味のつもりで購入したペンダント。
それに思いもよらず買い手がついた。
何となく手放しがたいような気もしたが、いかんせんこちらだって商売だ。
手放さない訳にはいかない。しぶしぶながら売りに出した。
だが驚くのはそれからだ。
男はそのペンダントを改造してピアスにしてくれとまでのたまった。
無茶な注文をする客だとは思ったが、珍しいこともあるものだとその場はご要望にお答えした。
こんな無茶な注文をする客とはもう二度と会うことはないだろうと思った。
しかしながらこの度も珍しい客は無茶な注文を押し付けてきたのだ。
今度はペンダントに使われていた石と同じ石を指輪につけて欲しいという。
アンティークだからそうそう簡単に見つからないし、必ず見つかるという保証もないと言ったのだが、男はしつこく食い下がり、結局こちらが折れたという形だ。
「おまえな、毎日毎日それを言いに来るな!早々簡単なもんではないと言っただろう!」
思い切り怒鳴り散らしてやれば、ザックスは子供のように脹れた。
「だって待ちきれねーんだよ。」
言っていることもまるで幼児並みだ。店主は深い溜め息をついた。
「何もそんな急ぐこともなかろうに。誕生日プレゼントというわけでもないのだろう?」
「あぁ、でも期限は一応あるんだ。」
「期限?」
「あぁ、一週間後」
「一週間後!?間に合うかどうかなどわからんぞ!?」
「あぁ、でもおっさんなら何とかなると信じてる!」
ザックスは親指を立てて笑った。その笑顔が余りにも悪びれないので店主は毒気を抜かれた。
「まぁ、努力はするがなぁ…そもそも何故一週間後なんじゃ?」
仕入先の情報から目を上げて理由を問うた。
老人を労働基準法違反に追いやるだけの理由を聞かなければやる気がでるものも出ない。
ザックスは一瞬言葉につまり、続いて照れたように頬を掻いた。
「あいつの実家に行くから。」
「…あいつ、というと?」
「こないだペンダント見に来たとき一緒に来たやつだよ。」
「あぁ、あの金髪の別嬪さんな。ふむ、それで何で指輪が?」
「家行く前ににプロポーズしたいなって思ってんだよ。」
ザックスは照れくさそうに笑ったが、店主には全くもって予想外の発言だった。
「こないだの別嬪さんは男だと言ってなかったか!?」
ピアスの注文を請け負った時、女物の凝ったデサインにしようとしたら、
「あいつ一応男だから」
と言われて非常に驚いたことを思い出す。
「あぁ、でもあいつだからいいんだよ。」
「あいつだから良いとは言ってもだな…」
目を白黒させている店主を見て、ザックスは柔らかく微笑んだ。
「俺はきっとあいつが男だろうが女だろうが変わらず好きになってたし、下手したら俺の妹だと言われても好きになってたと思う。男とか女とか関係なしであいつという存在が好きなんだ。」
眩しい位の笑顔で自信に満ちた発言をする。
余りにも自信に満ち溢れていたから何だか自分の価値観が馬鹿らしく思えてきた。
不意に悪戯心が湧く。
「断られたら?」
ザックスは一瞬きょとんとしたがすぐに不適に笑った。
「一生待つさ。」
ザックスは器用に片目をつぶった。
「無駄になんかしないから安心しろよ。俺はあいつ以外考えられないから」
そう言って窓の外の青空に目を向けたザックスはひどく優しい瞳をしていた。
「わしは約束守っておるのにのう…」
あの日と同じ澄み渡った青空を窓から見上げたら、ついつい昔の記憶が甦った。
もうあれから3年も経つ。
「あの馬鹿はいつ来るのやら。」
背もたれに凭れ掛かりながら引き出しを開いた。
忘れ去られたように引き出しの奥に納まっている小箱に目をやった。
持ち主の到着を待つ箱にはうっすらと埃が被っている。
それを軽く吹き払いながら溜め息を落とした。
だがそれでも必ずこの指輪は渡るべき人の元に渡ると疑わない。
あの男の輝かしい笑顔を見たからには疑うことなどできるはずもない。
ただ、今日も来なかったことが残念だった。
「さて、今日はもう閉店にするか」
小さく呟いて立ち上がる。
アンティークショップの店主はゆっくりとclosedの看板をかけた。