言えない言葉 ベットの上で横になりながら教科書を読んでいるクラウド。
さっきから溜息ばかり吐いている。
それどころか時々泣きそうな顔して唇を噛み締めているのが目に入る。
何かあった。それは一目瞭然。
クラウドがこうなってしまう理由はいつも決まっている。
気丈で、プライドが高く、感情を表に出す事の少ないこいつの心をこんなにも強く揺さぶり、
傷つける事が出来るのは、あいつしか、いない。
ザックスは、目を瞑る。自分が大丈夫な事を確認して、もう一度目を開けた。
「うっわ!何すんだ!?」
クラウドが突然声を上げた原因は俺。
先程から全く内容が頭に入っていないであろう教科書を取り上げてやって、にっこり。
「いいじゃん。どうせこんな時に本開いてたって集中できないだろ?」
「こんな時って!」
「お前今日何あった?」
ザックスの手から本を取り返そうと躍起になっていたクラウドの手がぴたりと止まる。
「……え?」
「さっきから、お前溜息ばっかり吐いてる。」
クラウドは絶句したようだった。
自分のそんな様子にすら気付く余裕もない程思い詰めていたと言うことか。
「言えよ。言ったらちょっとは楽になるぜ?」
人を油断させる笑み。無条件に信頼させるような、そんな笑みをクラウドに向けてやる。
クラウドの瞳の色は初め、ザックスを見詰めたまま酷く迷うように揺れていたが、
不意にすっと伏せられた。口にするのを躊躇うように何度か唇を動かした後、
そっと口を開いた。
「今日…セフィロスと喧嘩したんだ。」
言われる前から解っていた答え。
俺はクラウドに気付かれない位に小さく溜息を吐く。
「セフィロスと?そりゃまた、何で。」
聞きたくない続きを促して、俺は親友らしく神妙な顔をする。
クラウドはそんな俺の気持ちに気付くことなく俯いて。
そっと、先を続ける。
「きっかけは、くだらない事…なんだと思う。今なら。
俺達の関係上、しょうがないことって言うか…どうしようもない事っていうか…
だけど何か、その時は、すごいカッとして…気付いたら気まずい雰囲気になってた。
だから、俺、思わず、飛び出してきたんだ。」
小さく、抑揚のない声で語るクラウド。
けれどそれ故に、クラウドの痛いほどの想いが伝わってきた。
「何で俺、こんなんなんだろう…。」
ぽつりと漏れた、独り言のようなその言葉。
そして声に出されない、その言葉の続き。
『こんなに、好きなのに。』
音として形にはした訳ではなかったけれど、そう言ったのは解った。
胸が、痛くて。
もう本当にどうしようもない位に胸が痛くて。
思わず
手を伸ばしてた。
「……ザックス?」
腕の中から聞こえる不思議そうな声。
思わず抱きしめてしまった俺の気持ちなど全く推し量る術もないクラウド。
そう、本当に解っていない。全く見当もついていないような。その、声。
構わず、クラウドの髪に、そっと顔を埋めた。
鼻腔に広がるクラウドの匂い。
暖かい体温。とくとくと伝わってくる心臓の鼓動。
こんなに、近くに居る。
望めば、こうして抱きしめる事も、その髪に触れる事も許容してくれる。
それでも。
こいつは、俺の物じゃないんだ。
再度怪訝そうに俺の名前を呼んでくるクラウドに、ザックスはそっと腕から力を抜いた。
あっけないほど簡単に腕の中から抜け出して、俺を不思議そうに見るクラウドに。
「ごめんごめん、ちょっと人肌が恋しくてサ。
…に、してもお前華奢だなぁ。女の子みてー。」
「…るっさい!そういう体質なんだよ!!気にしてる事言うな!」
冗談めかして言う俺を、クラウドが思いっきり睨みつけてくる。
「…大体ザックスはベタベタし過ぎなんだ。
あんた女に不足なんてしないんだから、さっさと彼女作ればいいだろ!?」
一瞬、顔が強張りそうになった。
お前が、それを言うのか。
それ程残酷な言葉を、そうと知らぬが故に吐くのか。
俺は
お前が誰より大切で。
お前が誰より一番で。
お前が誰より愛しくて。
お前以外なんて欲しいとも思わない。
そんな俺に、お前は言うのか。
心は酷く冷めているのに、俺の声は酷く明るい。
「んーまぁ、暫くはいいわ。お前の世話でいっぱいいっぱい。」
「っな!俺がいつお前に迷惑かけたんだよ!」
「今とかー、今とかー、今とか?」
「…っ…」
反論の余地も無く黙り込むクラウドに、唇を笑みの形にする。
「行って来いよ。仲直りは早いほうがいいぜ?」
自分の声をまるで他人の物のように聞きながら。
だって、しょうがないだろ?
こいつは、セフィロスの事が好きで。
セフィロスだってこいつの事が好きで。
俺の入る余地なんて微塵も残されちゃいないんだから。
そんな俺に出来る事なんてたかが知れてるじゃねーか。
嫌われたくない。
困らせたくない。
その信頼を失いたくない。
ならば
この無条件の信頼を守り続ける。それが俺に出来る唯一の事。
そう、あいつ…セフィロスには逆立ちしても不可能な、
クラウドの相談役って地位をひたすら守る、それのみだ。
ある意味俺だけの特別席。
でもそれはちっぽけな優越感だって事、解ってる。
酷く惨めな優越感で
慰めにもなりきれない自己満足だなんて事、ちゃんと解ってるんだ。
でも、それでも、
それに縋らざるを得ない惨めな俺。
クラウドは暫く逡巡していたが、不意にゆっくりと顔を上げる。
「まだ…大丈夫なのかな…?」
「あぁ、大丈夫だ。お前ら二人の親友である俺が保障する。」
にっと笑って、親指なんて立ててみたりして。
クラウドが俺に話をした時点で、一番欲しかったであろう答え。
それを、俺は理性とか筋肉だとかを酷使して言ってやる。
それでもクラウドは暫く逡巡していたが、
次にこちらを見た瞬間には瞳に強い光が宿っていた。
「夜間外出届け……頼んでも…いいかな?」
申し訳なさそうに言うクラウド。
ここは腐っても寮な訳で、勿論寮則なんて物が存在する。
その中には、夜間外出は禁止などというものがある。
新羅に所属する兵である限り、寮則も絶対厳守が義務。
ただ、それにも抜け穴がある。
ソルジャーである俺が外泊届けを出すのならば大目に見られるのだ。
この手を使って俺は何度もクラウドとセフィロスの逢瀬の手伝いをした事がある。
そしてその度に覚えるのは
胸を刺す酷い痛み。
文字通りの空虚感。
耐え難い焦燥感。
それでも。
「あぁ、当たり前だろ?今更何遠慮してんだ。」
笑えていることは、解っていた。
クラウドが、心底安心したように笑える位は、屈託無く。
クラウドは漸く決心したのか、重い腰を上げた。
椅子にかかっていた、薄手のシャツを引っ掛けて、玄関へ。
俺ではなく他の男の部屋へと繋がる扉に向かう。
俺はと言えば、空虚な気持ちを持て余しながら玄関へクラウドを見送りに行くために足を運んだ。
使い古したスニーカーに足を突っ込んで、真っ黒に変色した紐に手をかけて結んでいるクラウドを、ただ、見ている。
止めるなら今しかない。そう思っていても、俺の体はピクリとも動かない。
心と体はいつだってバラバラだ。
クラウドは玄関のノブに手を掛けて、ふと動きを止める、怪訝に思って首を傾げていると、
徐にこちらを振り返った。
向けられる空色の瞳。その目は少し躊躇うように泳ぎ。
「…俺、あんたにはいつも、感謝してる。」
真っ直ぐにザックスに向けられた。
クラウドは自分の紡いだ言葉が照れくさいのだろう。
直ぐに俯いてしまう。
「たぶん、俺一人だったら、意地張ったり、勇気が出なかったりで、ちゃんと仲直りとか、出来ないと思うんだ…。
…だから、あんたには本当にいつも感謝してる。」
クラウドは、そうぽつり、ぽつりと漏らした。
顔が真っ赤に染まっているであろう事は、
俯いていても目に入る、そのほんのり色付いた耳から判った。
好きだと、そう言ったらどうなるのだろう。
唐突にそんな事を思った。
いつも、想像の域を出ないその事をふと考える。
驚くだろう。戸惑うだろう。困惑するだろう。
それが解っているから踏み出せない。
見上げても、天辺が見えない壁の前で
俺はただ、いつまでも立ち尽くしている。
「なーに改まってんだよ。らしくねぇなぁ。
お前は気にせず、ラブラブしてくりゃいーんだよ。」
「っな!ラブラブって何だよ!ラブラブって!俺はただ謝りに行くだけだ!」
顔を真っ赤にして怒鳴るクラウド。
笑え、と脳から送られるシグナル。
それに反応して頬の筋肉が持ち上がる。
俺の喉の奥から滑り出す、高らかな笑い声。
バンと、少し大きな音を立てて扉が閉まった。
小さな足音が遠くなる。遠くなる。遠くなる。
聞こえなく、なる。
ガン!
壁に拳を叩きつけた。
コンクリートの壁にピシリと小さなひびが入る。
唇を噛んだ。
壁に押し付けた拳を、掌に爪が食い込むまで握り締める。
「行くなよ、クラウド。」
それは懇願。
「俺の傍に、居ろよ…。」
やっと紡いだその言葉は、伝えるべき相手には、決して届くことはなく。
ただの空気の振動として拡散するのを、止める術さえなかった。
えー…ザックラ?
ザックラしかないHPにしようと思ったのに、唐突にやっちゃいました。
唐突に、セフィクラです。
何が書きたかったって、セフィクラが書きたかった訳じゃなくて、良い人ザックスが書きたかった訳です。
てか、書いていて、ザックスの余りの片思い似合いすぎに、ただ愕然(笑)
突然のセフィクラにお付き合い頂いて、ありがとうございましたv
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