「…は?」

 

顔を顰めるクラウドにザックスは一瞬挫けそうになった。

 





いつも一緒に

 




ここは何の変哲もない一般兵の寮の一室。だがザックスからすれば二人きりの生活を営める夢のマイホーム。

いつものように帰ってきて、いつものように「おかえり」を貰い、いつものようにリビングルームに足を踏み入れる。

そう、そこまではいつも通り。全く持っていつも通りの日常風景。

だがその先のザックスの一言、それが今の不穏な空気を生み出したのであった。



「いや、だからさ、これつけてて欲しいんだ。」


頭を掻きながら言い募るザックスの顔と手のひらをクラウドは胡散臭そうに見比べる。

ザックスの手のひらに乗せられているのは、シンプルな青色のピアス。
帰って来て早々、ザックスはそれをつけてくれないかとクラウドに頼んだのだった。

あまりにも突然のお願い。クラウドの反応は当然と言えば当然の反応であるといえた。

クラウドは考えられないとでも言うように頭を振る。

「あんたっていつもやることなすこと突然だよな。もうちょっとなんか流れってものないわけ?」

心底呆れたように言うクラウド。
さすがに今回は唐突過ぎたかなという自覚があるだけに一瞬怯んだが、それでも引く気はなかった。

「俺が理路整然と生きてたらホラーだろ?」

そう悪びれず笑ってやれば、クラウドは諦めたように溜息をつく。

「…てか俺穴ないんだけど。」


「あぁ、だから消毒液も用意した。」


待ってましたとばかりに手につり下げていた紙袋から消毒液を取り出した。

それを見てますます顔を顰めるクラウドに、ザックスは決まり悪そうに笑う。

返事も貰う前からここまで用意していたのだからそれも道理といえる。
ザックスは気まずい雰囲気を振り払うために一つ咳払いをした。


「あんな、俺とさ、お揃いだから。」


左側の耳を、手で髪を掻き上げて見せる。

嵌まっているのは先日したばかりの青いピアス。
クラウドは驚いたようで一瞬言葉に詰まっていたが、すぐに頬が赤く染まった。


「…恥ずかしい奴」


クラウドはそうぼそっと呟くと背を向けた。


「お、おい」


去って行かれるのかと思い、慌てて声をかけた.。
だが、クラウドは背を向けただけで動く気配はない。
ただ背を向けたままの格好で立ち尽くしている。


「…やるなら早くしろよ。」


続いて発せられたのはそんな言葉。
ザックスは思わず頬が緩むのを感じた。



 

 

 

 

そもそもザックスがこのような計画を立てたのには理由がある。

あれはつい先日二人で入り用の物を買いに来ていた時のことだった。

大方買い物を済ませてたまには違う道でも通って帰ろうかという話がでて、いつもは通らない少し裏道めいた道を通っていた時のこと。
突然クラウドが立ち止まった。

なんだと振り返ってみれば、クラウドはショーウィンドウの中の商品に目を向けているようだった。
踵を返してクラウドの元に歩み寄る。


「…どした?何か気になるもんでもあった?」


クラウドごしにショーウィンドウに目をやれば、そこには指輪だのペンダントだのの装飾品の類が綺麗に陳列してあった。

だがそれらは一目見て女物と解るものばかり。特別クラウドが気にかける物があるようには見えない。


「何だ?おふくろさんにプレゼントでもするのか?」


この年頃の男には珍しくクラウドは母親思いな面を持ち合わせている。
彼は一人息子を案ずる母親のために定期的に手紙を書いたり、仕送りをしたりしているのだ。
そんなクラウドだったから、母親の誕生日にでも送るつもりなのかと思った訳である。

だが、クラウドは目線はウィンドウに固定したまま軽く首を振って否の返事を返す。


「いや、そういうのじゃないけど。」


「…ないけど?」

では何だとと問い返せば、クラウドは並べられている装飾品の中央に指先を向けた。


「これ、なかなか見ない色だからさ。」


そう言って指されたのは女物のペンダント。デザインは至ってシンプル。
金の鎖に、青い石のペンダントトップがかかったものだった。

その石はサファイアよりは鮮やかな青色で、海の色を連想させる透明感のある石だった。


「ふーん…確かに見ねぇな。何の石だろな。」


「うん、何の石だろ。なんか俺この色好きだな。」


ショーウィンドウに張り付いているクラウドを横目で見ると、随分と熱心にその石を御覧になっていらっしゃった。

「じゃ、聞いてみるか。」


そう言うとザックスはつかつかと店に足を踏み入れた。

元より気になったら即行動というタイプの人間だ。気になれば聞くのが手っ取り早い。




中に入った時一番先に感じたのは埃の臭いだった。

薄暗い店内にはガラスケースが両脇にあり、その中に一風変わったデザインの装飾品が並べられている。

どうやらアンティーク物のアクセサリーを扱っている店のようだ。
店の奥に、これまた年代を感じさせる独特の眼鏡をかけた老人が腰掛けているのが見える。恐らく店主だろう。


「いらっしゃい」


店主の嗄れてはいるが優しい声はこの店の雰囲気には妙に馴染む。


「なぁ、ショーケースに飾ってあるペンダントの石って何だ?」


「ちょ、ザックス!いいって!」


ザックスより後に入ってきたクラウドがザックスの服の袖を掴む。


「だって気になるだろ?」


「まぁそりゃそうだけど…」

そこで一瞬クラウドは逡巡の意を見せたが、すぐに消えた。

「でも買うわけじゃないし…」


ぼそぼそと言うクラウドの声が聞こえたようで、店主は柔らかく微笑んだ。


「かまわんよ。アンティークに若いもんが興味持ってくれるだけでも嬉しいからの。ペンダントの石?どれのことだね。」


ザックスはクラウドが恐縮そうに頭を下げるのを横目で見ながら入り口のショーケースを指さした。


「ありがとな。あの真ん中の青い石なんだけどよ。」


店主が眼鏡を押し上げながらこちらに歩いてくる。ショーケースの前で立ち止まると、眼鏡を一度取り、

手にしていた布で一拭きする。綺麗に埃を拭われた眼鏡を再度かけた。


「あぁ、」

店主の瞳が輝く。

「それは青の涙と呼ばれる商品だそうだ。わしも鉱物名はようわからんのだが、南のほうで取れる鉱物でな、ほんのわずかに魔光の光を受けたものらしい。

地平線の彼方でも決して結ばれることのない空と海が互いに涙を流してそれが結晶化した物だと伝えられておる。
この石を持っておると互いに結ばれない自分たちの代わりに持ち主と恋人を結びつけてくれるのじゃと。

要は縁結びの石だの。」


「…ふーん」


(あんま参考になんねぇなぁ)

ザックスは内心そう思ったが、顔に出すわけにもいかず深く頷いて見せた。

ザックスが知りたかったのはその唯一解らない鉱物名であって、それにまつわるエピソードではない。

しかもそのあまりにも使い古されたようなネタでは感動が沸くものも沸かない。

だが、アンティークを売る者としてはそのストーリー自体に惹かれて購入したのだろう。

店主のロマンチックな一面を垣間見たような気がした。

ふとクラウドの方に目をやる。こちらは鉱物名がわからなかった瞬間に説明を聞くのを放棄したのか、

ただペンダントの石を見つめている。よぽど気に入ったようなのが目にとれた。割りと物欲の乏しいクラウドにしては珍しい。


「なぁ、じゃさこの石で他にアクセサリーねぇかな。こいつにやりたいんだけど。」


ザックスの言葉を聞いてクラウドが慌てて顔を上げた。何言ってんだと顔に書いてあるが気にしなかった。

たまにはプレセントだってしてやりたい。だが店主は即座に首を振って見せた。


「いや、なんせアンティークだからのう。あれ一品じゃ。すまんの、お客さん。」


クラウドは安心したような顔をしたが、わずかに残念そうに見える。よっぽどあの石にご執心だったらしい。
ザックスにしても滅多に物を欲しがらない恋人へのプレゼントの機会を逃して残念だった。

(鉱物名がわかればそれと同じ石のもん送れたんだけどな)

ザックスは心の中で小さく溜め息をついた。

 



その後店主に丁寧に礼を言うと二人は店を後にした。

他愛ない話をしながら歩いていたが、どうにもクラウドの様子がおかしい事に気付く。

何やら沈黙がちで、上の空な様子なのだ。


「…どうした?」


心配で思わずクラウドの瞳を覗き込めば、そのまま見つめ返された。

大きな空色の瞳が真っ直ぐにこちらを射ている。心拍数が上がるのを感じた。

知り合ってばかりの頃には冷たい光しか宿していなかった瞳が今では穏やかな光を宿している。

(やっぱこの方が断然好きだな)

そんな事をザックスは思った。


「あ、そっか。」


突然クラウドから発せられた声に驚く。


「何だ?」


「なんかあの色見たことあると思ったら、あれあんたの瞳の色に似てたんだな。」


思わず言葉に詰まったのは、先ほどのクラウドの言葉を思い出したから。

『なんか俺この色好きだな。』

これはひょっとかすると、そうひょっとするとだが…


「あぁ、だから」


そこでクラウドは口を噤んでしまった。そのまま決まり悪そうに瞳を反らす。
クラウドの態度のあまりにも突然の変化に、続きは聞かなくても想像がついた。

『だから好きなのかも。』

そう言いそうになったのだろう。
思わず頬が緩んだ。


「だから何だよ。」


「別に。」


クラウドは歩調をわずかに速める。それを追いながら再度問う。

「何だよ言えよ、気になるだろ。」


「しつこいな。何でもないって言ってるだろ。」


続きが聞きたくて促しても絶対に口を開こうとしない。それは聞く前からわかっていたことだが。

それでもしつこく食い下がって、クラウドに思いっきり睨まれたが、ザックスは思わず笑ってしまった。

ザックスが煩いほど好きだと言うのとは対照的に、クラウドは好きだという言葉を言わない。

告白の返事にもクラウドは嫌いじゃないと答えただけで好きだとは言ってくれなかった。

それが今日という日に未遂ではあったが言ってくれようとしたのだ。

(案外あの石効くのかな)

照れたクラウドをからかいながら、何としてでも手に入れないと気がすまなくなってきたザックスであった。

 

 

    


 

「お前って結構恥ずかしいことする奴なんだな。いつもこんな事してたのか?」


青い石が埋まった耳元を鏡で何度も覗き込みながらクラウドはそんなことを言った。

消毒液の置き場を考えていたザックスは思わず苦笑する。

クラウドの言う今までとは今までの女性遍歴のことを意味しているのだと気づいたからだった。


「…別にいつもこんなことしてたわけじゃないぜ?」


「そうなのか?」


疑い半分で見てくるクラウドにザックスは信用ないなぁと笑った。


「だってさ、そういうのって重いだろ?」


「…重い?」


「あぁ。」


結局冷蔵庫の上に置くことにして、ザックスはクラウドの座っている横に腰を下ろした。


「ん〜まぁ俺は確かに女好きだったけど真面目に付き合ってたわけじゃなかったってことかな。

だからこんなにマジになってる今こういうことしたいんだと思う。」


不思議そうな顔をしてザックスを覗き込んでいたクラウドの顔がすっ不機嫌になる。
なんだと顔を覗き込めば瞳を逸らされた。
明らかに冷たい態度。

「何だよ。」

そんな態度をとられる理由など思い当たらなくて、思わず問えば、返されるのは凍てつくような声音。


「お前そういう風に女口説いてたわけか。」



「…は?」



突然の話題の転換についていけず思わず声を上げたザックスに、クラウドは冷たい視線を向けるだけ。

「誰にでも言ってたんだろ、そういうこと。」


クラウドはそういい捨てると、ソファから立ち上がろうとする気配を見せたので慌てて腕を掴んで食い止める。
どうやらあの笑みを別の意味に取られたようだ。


「違ぇーよ。んなことないって。信用してくれよ。」


クラウドはその手をすげなく振りほどく。必死の弁解も「どうだか」と一蹴り。
ただ背を向けられた。

 

クラウドはいつもザックスの言う台詞をあまり信用してくれない。

ザックスの台詞を、全て今までの経験則から作成した女性口説き台詞集の一端として扱うのだ。

その理由としてクラウドは、「あんたの今までの素行が悪いからだろ。」と述べている。

だがザックスが思うに一番大きな理由は、クラウドが自分自身に自信が持てないからだろうと思う。

ザックスが誠意を込めて言った言葉も、真摯な響きで語った告白も、それを受ける価値を自分に見出せないクラウドには

薄っぺらな御託にしか聞こえないのだろう。

それはいつもなんとなく感じてきた事だったが、こうやって目にするたび堪らない切なさがこみ上げる。


好きなのに。どうしようもなく好きなのに。


「おい、待てよ」


ザックスは咄嗟に立ち上がってクラウドを後ろから抱きすくめた。

途端にクラウドは腕の中で激しくもがく。腕を滅多矢鱈に動かそうとするが、所詮は一般兵とソルジャーだ。力の差は歴然としている。
ザックスに離す気がないのであれば逃れることなどできるはずもない。それに気付いたのだろう、クラウドは大人しくなった。

だが、だからといって誤解が解けたわけでは全くない。クラウドは腕の中でザックスを鋭い視線で睨んできた。


「離せよ。」


冷たい声音。

どうしたら信じてくれるのだろう?どう言えば信じてもらえるのだろう?

今まで楽しむことばかりを考えて真剣に女性と向き合った事のなかった自分が本命だけうまくいかせようなど甘い考えなのかもしれない。
でもそれでも。

ザックスは言葉を選ぶように唇を軽く湿らせた。


「違うって。俺こんな事言うの初めてだ。お前だけだよ。」


クラウドの視線は変わらず冷たいままだった。それでも続ける。


「お揃いのアクセサリーってさ身につけてるだけで重いだろ?

それをつけてることによっていやおうなく思い出されるんだからさ。なんてーか鎖につながれてる気分っていうか。」


デートの時はお互いを見て、甘い時間を楽しんで、それ以外は自由気ままにやる。

それで十分だった。お揃いのアクセサリーを身につけたがるという女の子らしい考えは可愛いとは思うが、

正直自分がやるのは簡便して欲しいと思っていた。


「それが嫌だったから俺は今まで一方的にやるだけだったんだよ。お揃いの指輪とかペンダントだなんて冗談じゃないと思ってた。」


「…じゃあ何でいきなりこんなことしだすんだよ?」


クラウドは腕の中で納得がいかないとでもいうようにザックスの顔を見上げた。

その目をザックスは真っ直ぐに見据える。嘘偽りのない真剣な気持ちだったから、目を逸らさず真っ直ぐ言える。


「お前が心底好きだから。お前以上に好きになれる奴なんていないと思ったから。

お前にだけは俺のことちゃんと想って欲しいって思ったから。」


一気にそれだけ言う。小さく息をついた。


「だからして欲しかった。」


クラウドは驚いたように瞳を見開いていたが、不意に眼に見えて頬が赤く染まった。

その後照れ隠しなのか顔を逸らす。顔を動かした反動でふわりとクラウドの髪の匂いがする。

そんな何気ないことで、たまらなく好きだと実感する。

背を向けたままなのがもどかしくて肩を掴んでこちらを向かせた。俯いたままの顔を上げさせて触れるだけのキスをする


「お前がどーしようもなく好きだ」


それだけいうともう一度、今度は正面から抱きしめた。

これが自分の本当の本当の気持ち。

愛しくて愛しくてたまらない。

だから、どうか信じて欲しい。

 


どれ位時間が経ったのだろう。
時間にしては短いのだろうが、ザックスには長く感じた時間の後
初めただ自重のままに下ろされていたクラウドの腕が、ふと背中に触れるのを感じた。

言葉はなかった。

でもそれがクラウドの精一杯の感情表現なのだと感じた。
嬉しくて抱きしめる腕に自然と力がこもる。


「…馬鹿力。」

強く抱きしめたとは言えどももちろん加減はしているから、明らかに照れ隠しのための言葉。
それが解っていたからその言葉は聴かなかった事にする。


「あ、」


不意に腕の中で聞こえる声。


「…ん?」


抱きしめたままで聞くつもりだったが、喋りにくいのかクラウドに体を押し返される。

しぶしぶザックスは腕を解いた。クラウドはザックスの耳元を見ている。


「なんかさ、このピアスあの時の石に似てるな。あの、裏道で入ったアンティークショップの。」

「あぁ、あの時の石だからな。」


ザックスの言葉にクラウドは目を丸くする。

そういえば言っていなかったかと今更ながらに気付いた。

「え、わざわざ探したのか?」


「ん〜、いや探したんだけどさ、何処にもなかったからあのペンダント買って細工してピアスにしてもらった。」


「っていくらかかったんだ!?払う!」


言われると思ったが本当に予想と同じ言葉が返ってきて思わずザックスは笑ってしまった。


「ん〜まぁ気にすんな。」


「気にすんなって…」


「この色は俺の瞳の色に似てるって言ってたから俺の一番大事な奴に持っててもらいたかったの。

これは俺の我侭だからお前が払う必要なし。」


そう言って額に軽くキスするとクラウドは絶句したようだった。

いつもデートに行く度、割り勘にこだわるクラウドが、こういうプレゼントを受け取るはずもないと思い、

わざわざ言い訳を考えておいたのだった。そもそも一般兵の給料で買えるものでは到底なかったし。

暫く難しい顔をしていたクラウドは理論の穴を見つけられなかったらしく、諦めたように笑った。


「じゃあ、お前が俺の他に好きな奴ができたらこれ返却するから安心しろよ。」


「お前なあ…」


さっきの話聞いていなかったのかと続けようとした。その先を遮られる。


「それまではせいぜい大事にしてやるよ。」


そう言って微笑んだ顔がとても綺麗で。捻くれた返事だったが、想いは伝わったらしいことはわかった。

悔しいやら嬉しいやらのどっちつかずの思いにザックスは苦笑した。

何だか振り回されっぱなしだ。でもそれさえも楽しいと思えるのだから重症。

ザックスは小さく笑うとクラウドの耳元に唇を近づけた。そして低く甘い声で囁く。


「じゃあ、一生大事にしろよ。」


その台詞の裏に含ませたのは、一生他の誰でもなくクラウドを好きでいるとの誓い。

クラウドは一瞬きょとんとしたが、すぐに擽ったそうな顔をした。
この瞬間がたまらなく愛しい。


「言ってろ、馬鹿。」


言葉の割りに声が甘かったのでザックスは遠慮なく抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

               fin