「おーい、クラウド。今日は御馳走だぞ〜。」
木に持たれかかって雨を凌いでいるクラウドに向かって、先程捕獲したばかりのウサギを満面の笑みで掲げて見せる。
ここ1週間ばかりろくな飯にありつけていなかったから、喜びもまた格別だ。
そう言いながら近づいてもクラウドはこちらを見ようともしない。ただ俯いて身を木の幹に持たせかけている。
――――解ってはいたことだけど。
今日という日に
「うまかったな。肉なんて久々だもんな。」
クラウドの口元を拭ってやりながらザックスは一方通行の会話を続ける。
クラウドが言葉を返す可能性がほとんどないことは十分に承知している。
けれどザックスはクラウドに話かける努力を惜しまない。
それが僅かばかりの可能性のためなのか、
ただ黙っていることのやりきれなさを紛らわせるためなのかはザックスにも解らなくなってきていたが。
「に、しても寒いな。」
葉の間を縫って降り込んでくる雨の冷たさにザックスは思わず身震いした。
今日は朝からずっと雨だ。しかも相当な大降り。
気温が相当低いためだろう、雹らしきものも混じっている。
いっそのこと雪になってしまえばカマクラでも作って待避するのだが、こう中途半端な雨ではどうにもならない。
息の白さを目で追いながら、クラウドをそっと抱きしめる。冷たい感触がする。
すっかり冷え込んでいる腕をさすってやりながら、ふと昔のことを思い出した。
この中途半端な雨には以前も出くわしたことがある。そう、あれはクリスマスの日だった。
何故ホワイトクリスマスにならないのだとごねながら過ごしたクリスマス。
色々騒動もあったが、最後は甘い甘い時間を過ごした。
「楽しかったよな…」
呟いた自分の声がやけに遠く聞こえて思わず苦笑した。
もうあの日から長い年月が経ってしまった。
けれど、自分の記憶に深く、そして真新しく刻まれている。
あの時封印して今なお伝えられていない言葉と共に。
「やっぱあん時言っとけばよかったかな」
あの時には妙な体裁が働いて、次の機会にしようと見送った言葉。
もっと言うに相応しい時期があるだろうと思ったから。
そう、その時は次の機会があることを疑ってなかった。
今となってはなんて甘い考えだったのだとは思うけれど、あの時は大きな戦も勃発する雰囲気はなかった。
それで気が緩んだ。
その瞬間瞬間が大事で次はないかもしれないという教訓がボロを見せた瞬間だった。
言っておけばよかった。
こんな事になるのならば。
クラウドは相変わらず焦点の合わない瞳で虚空を見つめている。
それとも今言ってしまうか?
いつくたばるかもしれない身の上だからこそ保険をかけて?
ごくりと唾を飲み込んだ。
そっと唇を耳元に近づける。
「あの、さ、クラウド…俺…」
(いや、駄目だ。)
大きく首を振った。
今言うことは己の弱気を露呈することになる。
生きて帰れないための準備それを今正に行うことになる。
それに…
ザックスは奥歯をきつくかみ締めた。
もし、万が一、いやそちらの可能性の方が高い事は重々承知はしているのだが。
もし、自分が生き残れなかった時
あれはクラウドを苦しめる材料にしかならない。
死人に縛り付けておいて苦しめるなどしたくなかった。
クラウドの笑った顔が好きだから。
誰よりも彼の事が好きだから。
もし、万が一自分が生き残れなくても、彼には幸せになって欲しいと思う。
何か生きがいを見つけて、親しい友人と充実した日々をすごして、
…そして自分以外の誰かと幸せになって欲しいと思う。
真にそれを願っている。
でも嘘だ。
本当は縛りたい。
忘れられたくない。
自分以外の人間に触れさせたくなどない。
愛おしいから。
本当に本当に愛しいから。
二つの感情が揺れてたまらなく切ない。
「あ、あぁぁ…」
クラウドの呻き声が聞こえた。まるで続きを催促するように。
深刻な物思いに耽っていたザックスは現実に引き戻される。
なんてらしくないことを考えていたのだと苦笑した。
雨の夜はどうしても感傷的になっていけない。
そうだ、全ては生き残れば良いだけの話。
二人そろってミッドガルで何でも屋をやろうと言ったのは自分自身なのだから。
クラウドの金髪が揺れて、頬に当たる。
くすぐったさに顔を綻ばせて微笑んだ。
「いや、なんでもない。ミッドガルに着いたら話すな。」
そうだ、クラウドが元に戻ったら、そうしたら…
fin