あの日も今日と同じような雨の日だった。
 
 
 
 
Act 1   遠い日と同じ雨
 
 
雨音が聞こえる。
雲行きが怪しいとは思っていたがついに降ってきたらしい。
聴覚によっても視覚によってもかなりの降りである事が解る。
あの日もこんな雨だった。
心を抉り取られるようなあの日も。

「5年、か…」

ぽつりと呟いた声は無情な雨音に掻き消された。
クラウドはカウンターごしに外の風景をぼんやりと見やる。
甦るのは5年前のあの日。自分を守って彼が死んだ日。
空から無情なまでに大粒の雨が降り続く中、彼は最後まで微笑んでいた。
微笑んで「お前が好きだ」と言ってくれた。
恨み言一つ言わず、ただそれだけを言って去って行った。
自分を連れての逃亡はとんでもなく辛かっただろうに。
自分を連れてなど行かなければきっと己だけは助かっていただろうに。
そして、それも解っていただろうに。
それでも、何一つ言わずに。
本当に優しい奴だった。本当に馬鹿がつくぐらいにお人よしな奴だった。
そして、本当に自分の事を愛してくれていた。
もうあの日から5年も経つのに、記憶は薄れることはない。
一度は忘れた記憶なのに。いや、それ故になのか。
きっと一生薄れることはないのだと思う。
辛いことだが、それを自分が望んでいるのだから仕方ない。
彼と過ごした日々、様々な言葉、表情、ぬくもり
もう何一つ忘れたくはない。
何一つ、失くしたくはない。
視線を窓の外から左手の薬指に移動させる。
そこに嵌った白金のリングに唇を落とした。
 
 
 
クラウドは今「なんでも屋」を開業している。
5年前自分を守って死んだ男の意思を引き継ぐ形となる。
メテオから星を救い、その後に発生した様々な問題にも対処し、
もう自分なしでも大丈夫であると判断した後、たった一人で開業した。
仲間達が心配して、皆でやろうという話も出たが、
これは誰の手も借りずにやりたい事であったので、謹んで辞退させていただいた。
それから3年。
初めからうまくいった訳ではなかったが、徐々に軌道に乗ってきて、依頼もそこそこ来るようになってきた。
今ではミッドガルの何でも屋と言えばそこそこ名の通る店となっている。
 
 
 
 
強い横風が雨を靡かせ、ガラス戸に叩きつけるようにして降っている。
それらを見るとどうしても感傷的になってしまう。
ふ、と思った。
(あいつの墓にもこんな風に雨が打ち付けてんだろうな。)
冷たい風に晒されて、大粒の雨に打ち付けられて、ただ一人。
そう思うと居ても立っても居られなかった。
墓と言っても、遺体は埋まっていない。ミッドガルの見える丘の上にバスターソードを刺しただけの簡易な墓。
遺体は見つからなかったから。
せめて骨の一部だけでもと思い、付近の住民に聞いてみたのだが全くもって手がかりなし。
風化したのか、獣に引きずられたのか、はたまた自分の聞ききれなかった人々によって埋葬されたのか。
それはわからないけれど、クラウドにとってはミッドガルの見える丘、あそここそがザックスの墓だった。
だからどうしても、行きたい。
また冷たい雨の下に彼を晒すのは嫌だった。
骨も埋まっていない地に感傷を抱くなんて滑稽なことなのかもしれない。けれど、どうしても傘をさしてやりたかった。
そう、どうしても。
こんな気分で仕事に手を付けられない。
それに
(こんな天気じゃ客も来ないだろ。)
そう勝手な予測をたてて、ちらりと時計に目をやる。
アナログ時計は6時を示していた。
(まだ早いけど今日は閉店にするか)
そう思って玄関に向かう。



外に出れば、こちらに歩み寄って、手前で足を止める気配を感じた。
立ち去るでなく、こちらをじっと見ている。
客かもしれない。
けれどどうせ今日はやる気など起きないのだから、と営業者にあるまじき姿勢を貫き通す。。
開店閉店を知らせる方法はいとも簡単で、単に扉に掛けられた木の看板を裏返してclosedにするだけ。
怠惰なクラウドにはうってつけの品である。
クラウドは振り向きもせず、ただ逸る心で看板に手をかけた。

瞬間。
 
 
「もう閉店か?」
 
 
 
声を聞いた途端、思わず手が止まった。
止まったのは手だけでない。全身が金縛りにあったように動けなくなった。
(この、声は…)
 
「依頼があんだけどさ。」
 
 
底抜けに明るい、人懐っこそうな、この声。
間違いない。聞き間違いなどするはずがない。
あの男の声を。
けれど間違いでないはずがない。
クラウドは停止した体をゆっくりとそちらの方に向けた。
そう、ゆっくりと。
 
「あとちょっとだけ待ってくんねーかな?」
 
視線の先には困ったように頭を掻くその人物。
それは。
 
「ザッ…クス…」
もう二度と発することはないと思っていた言葉。
手にした看板が乾いた音を立てて落下した。