Act 10 訪問者
「あの、道に迷っちゃったみたいなんですけど…」 取っ手に手をかけたまま問えば、少年のような高いトーンの声が聞こえた。 こんな辺鄙な場所に人が訪れる理由なんて、それ以外には考えられなかったから
予想通りの返答と言える。
「あの、こんな遅くにお邪魔するってことが失礼だって事はわかってます。
でももうヘロヘロなんですよ。どうか休ませて頂けませんか?」 扉の向こうから聞こえるのはなんとも情けない声。心底困っていることが察せられて同情心が沸き起こった。 ちらりとザードを見る。
いくらこちらが入れてやりたいと思ったとしても、依頼主が納得しなければ入れるわけにはいかないためだ。
幸いザードも同じ気持ちだったのか、小さく頷いてくれた。
「うわ〜…ありがとうございます!!」 扉を開けた途端そう言って転がりこんできたのは、柔らかいミルクティー色の髪にそれと同じ色の瞳をした、小柄な男。
見た所、18位だろうか。くりくりとした瞳が印象的な可愛らしい青年だ。
「もうホントにホントにありがとうございます!仲間と逸れちゃってホント困ってたんですよ〜…!!
捜そうとうろちょろしてたら暗くなっちゃうし、雨は降ってくるしでもう最悪。
なんか一人でいたらいつもは気にならない物音とかも気になりだしちゃうでしょ?
だからちょっと草が揺れただけでも変なことばっか考えちゃうんですよ!
雨の夜ほどお化けが出てきそうなシュチュエーションってないし!僕お化けとかホント駄目なんですよ!
しかもしかもこの辺って盗賊が出るらしいですし、もう怖くて怖くてたまんなくて!」
相当精神的に追い詰められていたらしく、発する言葉はものすごいスピード。 目の回るようなテンポに呆気にとられていると、男は漸くすっきりしたのか盛大に息をついた。
「ホント、人が居てくれて、よかったぁ〜。」
男は気の抜け切った声を出して、ふにゃふにゃとその場に座り込む。
何だか笑みを誘われて、苦笑すると、男はこちらを見上げてきた。
その瞬間。
「え…」
青年の目が大きく見開かれた。
ただでさえ大きい瞳が、零れ落ちそうな程見開かれて。呆けたような顔をしている。
予想外の反応にこちらも驚き見つめあった。
何故こんな反応を返すのかその理由を考えたが、こんな知り合いはいないし、
別に驚かれるような行動を取った覚えはないという自覚があったので、僅かに眉を顰める。
「…何か?」
首を傾げて問えば、男ははっと意識を取り戻して大きく首を振った。 「え?いえ。何でも。」
「でも」
言い募るクラウドに、男は首を更に激しく振って俯いた。
「何でもないです。ただ、珍しい瞳の色だなって思って。」
「……」
成程、と思った。
ソルジャーの瞳、それは人工的には絶対にありえない色彩をしている。
この鮮やかで、僅かに光る瞳は警戒の対象になってもおかしくはない。人間の物とは余りにかけ離れているからだ。
その事について深くは突っ込まれたくはなかったから、目をそらして「よく言われます。」とだけ言っておいた。
「にしてもお前災難だったな。」
思ったより近くから聞こえた声の方に目を向ければ
いつの間にやらザードが、玄関近くのソファにそっと腰をかけるのが目に入った。
「そうなんですよ。僕っていっつもトロくって、仲間とはぐれるのも一度や二度じゃなくっていっつも仲間に馬鹿にされるんです!
それが悔しくって悔しくって!もうホントにどうしたらこのぼーっとした癖治ると思います?」
未だ覚めやらぬ興奮を解消するかのような勢いで一気に捲くし立てる様をザードはおもしろそうに見ている。
「そりゃ、集中力がないからじゃねぇの?」
「ですよね、だから僕集中力をつけるためにも神経衰弱をやろうと思って!」
何故に神経衰弱。他にも有効な手段はあるだろうに。
そうは思ったが、突込みを入れる隙もなく、男はクラウドたちを期待に満ちた瞳で見回した。
「付き合ってくれませんか?」
「ん〜…別に神経衰弱は嫌いじゃねぇけど。」
「ホントですか!?」
「けど、名前も知らない奴とあんまやりたくねぇかな。」
ザードと男の会話を黙って聞いていたクラウドは、そこでやっと彼の名前を知らない事に気付いた。
何だかこの場の雰囲気に馴染みすぎてしまって、勝手に名前を聞いたような気分になっていた。
男は一瞬きょとんとした後、かぁ、と顔を赤くした。
「ってご挨拶もせずにすいません!!人様の家にお邪魔してる癖して!!
うわぁもう何てお詫びしたらいいか!すいませんすいませんすいませんすいません!!」
「いや、構わねぇけど名前は?」
ザードが、放って置いたらいつまでも続きそうなすいません攻撃に苦笑しながら先を促すと、漸く男は顔を上げた。
「すいません、そうですよね。本当にすいません。
僕、アラン・デュクレーって言います。布を売る店をやってて、仕入れを終えてジュノンに帰るとこだったんですよ。」
そう言ってアランと名乗った少年はしゅんと項垂れた。
店をやっている、と聞いてクラウドは驚いた。これだけ騙し易そうで、
これだけ腰が低い人間が店なんてやっていけているのだろうかと、しなくていい心配をしてしまう。
まぁ、仕事を持つと性格が変わるなんていう人間は巷に溢れていると聞くから、彼もそんな人種なのかもしれない。
それにしても、彼はこんなんでジュノンに着くことができるのだろうかという疑問がちらと頭を掠める。
何だか話を聞いている分には、彼がジュノンに着ける可能性は限りなくゼロに近いような気がしてならないのだが。
(こんだけ困ってるし、こいつも同行させたいけど…)
そう思ってちらりとザードに目をやると、目が合った。
一瞬、そうほんの一瞬だけザードの瞳に何かしらの感情が過ぎった。
その感情が何なのか、突き止める間もなくザードは瞳を逸らす。
「じゃ、俺らと来たらいいんじゃねぇか?」
「え…?」
明るい声でされたザードの提案にアランははじかれたように顔を上げる。
「え…」
クラウドがいいのか?という意味を込めて言った言葉にザードは頷いた。
「俺は別にこいつが同行したってかまわねぇよ。騒がしくなっていいかもしんねぇ。」
ザードは先ほどのアランの狼狽ぶりを思い出したのかくくくと笑った。
「あ、ただこいつに金があるかによるだろうけどな。」
意外とシビアな所をつくなとは思ったが、まぁ確かにアランの金までザードが払う義務はないし、
迷ったとはいえ自分の方だけ金を出すというのは納得がいかないのだろう。
「え、同行って、え?いいんですか!?ってでもお金って、え?」
状況が理解できないまま進む会話にアランは当惑気味だ。
「あぁ、俺ら今何でも屋の客なんだよ。」
「何でも屋って、え?」
そう言ってアランが指を刺したのは間違いなくザード。どうやらこいつもクラウドのことを何でも屋だとは思ってくれないようだ。
慣れてはいたが、こいつ人の話聞いてなかったのかよと一瞬苛立ちを煽られる。
「何でも屋は俺です。」
どうしても低い声になってしまうのは仕方がない事だろう。
この目の丸くし具合がまた苛立つ。そりゃ自分が女顔で、華奢な体をしてるってことは重々承知だ。
でもここまで露骨にこの人が?みたいな顔をせずともいいのではないだろうか。
まぁ、ザードのように「受付嬢じゃねぇの」と言わないだけマシと言えばマシだが。
口をぽかんと開けたまま黙り込むアランに痺れを切らして、「嫌なら別に…」といいかけた瞬間。
「払います払います払います!!!だから連れてってください!僕一人じゃ絶対絶対ジュノンなんか着けないです!」
とものすごい勢いで叫ばれた。勢い余って、座り込んでいた床にばんと両手を叩きつけて、痛そうに顔を顰める。
その勢いにはこちらが気おされてしまった。大体そんなに自信満々に言われても自慢になどならないし。
小さく苦笑して、クラウドは荷物の中から一枚の羊皮紙を取り出した。
いつも契約書として使用しているものだ。
依頼内容と、依頼者とクラウドのサインを書く欄がある。
「…じゃぁ、ここにサインをして貰えますか?」
そう言って下の方の欄を示すと、アランはまるで何かに追われているような勢いでペンを取り出して、
物凄い勢いでそこに氏名を記入した。勢い余って青いインクが糸を引く。
「やったぁ…これで着ける…」
アランは恍惚とした表情でペンを床に置いた。
ことりという音が、まるで感情のたがが外れる音のようだと思うのは気のせいだろうか。
「良かったな。本当に。」
心底安心しきった表情に、ザードがそう言って、頷いた瞬間。
「…どうしたの?」
柔らかい声が上から降ってくる。
声の方に顔を向けると、フェリスが階段から降りてくる所だった。
眠っていたのだろう。気だるげに降りてきて、どこか覚束ない足取りに古い階段が軋む。
「あぁ、起こしちまったか。」
「…だってものすごく騒いでいるんですもの。目が覚めない人いないと思うわ。」
暗に非難を含んだ口調に、ザードは苦笑する。
「すまない。いやな、なんか道に迷ったやつがいるらしくってさ。一緒に行こうって話になったんだ。
ほら、こいつ。」
指先を向けられたアランは、挨拶もしなかった。ただ、穴が開くほどフェリスを見ている。
それに気付いたザードは顔を顰めた。
「どうした?」
「…運命って、本当にあるんですね…」
「は?」 返ってきた、返事にもなりきっていない三流映画の台詞みたいな言葉を聞いて、ザードもクラウドも顔を顰める。
アランははっと我に返ると、ごほんと咳払いを一つした。続いてきりっと音がしそうな程にしっかりとした顔をする。
「初めまして。えと、僕の名前はアラン=デュクレーって言います。で、いきなりなんですが…」 さっきまでの情けなさが嘘のような、真摯な瞳でフェリスを見つめ、言ったこと。それは。
「僕、貴女に一目ぼれしたみたい、です。」
「…え?」
フェリスが小さく声を上げて固まった。勿論クラウドたちも然り。
突如訪れる沈黙。
時計の止まったこの家では、物音を放出する物など何一つとしてなく、ただ静寂がその場を支配した。
たっぷり30秒の後、ザードが声を上げた。
「……は?おま、何言ってんの?」
「本気です。僕、本気なんです。僕と結婚してくれませんか?」
ザードを無視して話を進めるアランに、呆れるやら感心するやら。
でも一番感じるのははらはらとした気持ち。
ザードは一つ咳払いをすると、そっとフェリスとアランの間に割って入る。
「あのな。フェリスは俺の女なの。俺から奪い録ろうだなんて100年早いって。…大体お前いくつだよ?マセガキ。」
「何を失礼な。僕の事ガキ扱いできるんですか?見た所あなたの方が年下じゃないですか」 「あのなぁ、よく人を見ろよ。お前せいぜい16,7だろ?俺は…」 「僕は31ですよ。」 「……はぁ?」
クラウドも声を上げることはしなかったが、目を丸くした。
思わず耳を疑った。何を言っているのだこの男は。
「え、ちょっと待って、お前、今年齢の話してるんだぞ?別に馬鹿にしないから言えよ。本当はいくつだ?」 ザードも同じなのか、状況を整理するかのように一言一言区切って言った。
そんなザードに、アランはむっとした顔をした。
「だから、僕は」
そこで一端切って言ったこと、それは。
「31ですってば。」
**
「いーなー。ザードさんだけずるいですよね。フェリスさんと同じ部屋だなんて。」
ずるいと言ったって、恋人なのだから普通な気がするのだが、恋に落ちきっているアランにはそのような思考は働かないのか、
不満げに頬を膨らませた。
ここは小屋の一室。契約を済ませ、同行人となったアランは、寝室が二つしかない構造上同じ部屋になった。
ぶつぶつと不平を呟くアランの愚痴を大人しく聞いてやっているのかと言えば答えは否。
クラウドは、未だ体を休ませなければならないザードの代わりにアランに付き合って神経衰弱の真っ最中だった。
31だとか言うから、先程のことは冗談だと思ったのに拘らず、アランは本気でトランプを取り出してきた。
それでもってただいま猫のイラストが絵柄の可愛らしいトランプを前に奮闘中、という訳である。
「くっそー絶対フェリスさんを僕の方に向けてやるんだぁ!」
一枚捲ったカードの数字が3で、もう一枚捲ったカードの数字が12だった事を認めると、アランはそう叫んだ。
この子供っぽい行動。とても31とは思えない。
大体31と言うのなら、大人として相手の幸せを願うべきではないだろうか?
クラウドは溜息をついた。
「…そういうの、止めた方がいいんじゃないかな。」
ぽつりと呟くように言った言葉に、アランはカードに向けていた視線を上げた。
「僕なんかじゃ釣り合わないって言いたいわけですね。」 「いや、そう言うわけじゃ…」
ない、と言おうとして、それもあるのかなと思い直した。
別にそんな事を考えた事もないけれど、言われてみればそうかもしれない。
そんなクラウドの思考を読み取ったのか、アランはぷぅと頬を膨らませた。
「似合うから好きになるわけじゃないでしょう?それだったらクラウドさんとザードさんがくっついてるはずだもの。」
「…は?」 思っても見ない台詞に、手にしていたカードを取り落とす。カードが床に落下する、ぱさりという乾いた音がした。
それを気にした風もなく、アランは並べられたカードから固定した視線を離さずに続けた。
「僕はフェリスさんを見るまでは、クラウドさんとザードさんが付き合ってるんだと思いました。 何ていうか、入り込めない雰囲気みたいな物があって。お二人、とてもよくお似合いですよ。」
『お似合い』その台詞が何だかくすぐったかったが、自分の置かれている状況を冷静に分析して自虐的に笑った。
何馬鹿なことを。
「全然、そんなんじゃないし。俺とあいつは何でも屋とその依頼主って関係でしか、ない。」
自分で言って、自分で傷つく。でもそれが真実なのだから仕方がない。
何だか暗い気分になってしまったクラウドに気付く風もなくアランは
「え、そうなんですか!?」
と顔を上げてひどく驚いた顔をする。そう、心底心の奥底から驚いたという感じで。
そうなのだと頷ければよかったのだが、自分にもう一度止めを刺すのが嫌で咄嗟に頷くことができなかった。
そんなクラウドをどう思ったのか。アランは。
「ふーん。」
と意味ありげな風に呟いた。ちらりと覗いた顔は、何だかひどく嬉しげで。
もしかしてこいつはザードとくっつけて自分はフェリスとくっつこうだなんて考えてるのだろうか。
そんなことできるわけないのに。
何だかとんでもない拾い物をしてしまったな、とこっそり溜息をついた。
猫の絵柄のカードから窓の外に目をやる。
風が強いらしく、木々が大きく左右に揺れて、しがみ付き切れなくなった葉が振り落とされるのが目に入る。
木々と同様、強い風に叩きつけられて、がたがたとなる窓枠が、まるで自分を嘲笑っているかのようだった。
えー…出しちゃいましたオリキャラ。苦手な人とかいますよね。ホントごめんなさい。 やたら濃いですが、元々出す気がなかったキャラです(死) …てかたぶん先読めてる人いますよね…。うぅ…ネタ薄いなぁ自分。。。 これからもお付き合いして頂けると幸いです。 |