Act12 時間外の昼食

 
 
 
「ねー、お腹すきませーん?」
これで一体何度目だろうか。数えるのも嫌になってきていたクラウドは思わず顔を思い切り顰めてしまう。
可愛らしい少年ボイスの30代は、歩いて1時間もしないうちに食事の催促をしてきた。
その時は「まだ1時間しか経ってないんだから我慢しろ」とねじ伏せたが、
そこから先、アランは30分置きにその発言を繰り返す。
歩き始めて3時間経ったので、もうこれで本日5回目になる。
「お前なぁ、いい加減にしたらどうだ?まだ10時だぞ?」
クラウドの気持ちを代弁してくれたザードに心の中で拍手を送る。やはり誰もが思っていた事なのだ。
だがアランは態度を反省する所か露骨に溜息を落とした。
「あーあ、ザードさんたら若いくせに新陳代謝がなってないなぁ。早くも老化ですか?可哀想だなぁー。」
一々突っかかってくるアランに、ザードはこめかみに青筋を浮かべる。
「お前こそ食事した事忘れちまう位ボケてんじゃねぇの?早期アールツハイマーって奴?」
「っ失礼な!!朝食7時に食べたって事位ちゃんと覚えてますよ!!
それに僕ちゃんと朝食のメニュー位空で言えるし!!」
「ほーお、じゃぁ昨日の夕飯は?」
「…っそれは!!…」
(また始まった。)
クラウドは内心げんなりしていた。ザードとアランは朝から口を開けば喧嘩ばかりしている。
しかもどれも心底くだらない事から生じた喧嘩で、一体こいつらいくつなのだと突っ込みを入れたくなる。
ザードも低レベルな喧嘩売りなど無視すればいい物を、一々買うのだから大人気ないというものだ。
クラウドはこっそり溜息を吐いて空を仰いだ。
太陽が正中に来るまではもう少し時間がある。
一人余分なメンバーを加え、ただでさえ食料品を節約しなくてはならないのは確かだが、
このままアランを放置しておくと、余分な体力を使う事になりそうだ。
果てなく続くくだらない応酬に、とうとうクラウドは屈する事にした。
 


 
空き家を出る前から今日の昼食は決まっていた。
アランの強い要望により、本日の昼食はカレーなのである。
勿論旅の最中であるため、米などという贅沢な物はなく、カレーは日持ちのするパンにつけて食べる事にする。
カレー粉等の材料はアランが持っていた。
アランは良くは解らないが、カレーを長期間食べないと、禁断症状が出る位のカレー好きらしく、
仕入れ旅行の際にもカレーの材料は欠かさないそうだ。ただ、抜けているのは鍋を持っていなかったということ。
たまたま空き家に鍋があったから良かったようなものの、もしたまたま空き家に辿り着かなかったり、
辿り着いたとしても家財道具一切がなかったら、カレー粉など役立たず以外の何物でもない。
そうザードが指摘すると、アランは真顔で「その際は、カレー粉そのまま食べるから平気です」とまで言った。
まぁ、そう言うわけで、解った事はとにもかくにもこのアランという男は自分の理解の範疇を超えているということだ。

「なんかデザートも欲しいですよねー。」

その理解の範疇を超えた男がまた何かを言っている。
心底うんざりしながら、アランの方を見やると、彼は楽しげに頬を紅潮させて、鞄の中から水筒を出したりしている。
もう完全なるピクニック気分のようだ。
「アラン、あんた、今の状況解ってるのか?」
呆れたように問えば、アランは一瞬きょとんとしてから、かぁ、と頬を染めた。
かと思えば非常に恐縮そうに頭を下げてくる。
「あ、我侭言ってましたよね。本当にごめんなさい。ちょっとはしゃぎすぎてしまってたみたいです。」
叱られた子犬のように頭を垂れられて、何だかこちらが悪いような気になった。
決まり悪くて、押し黙っていると、ザードがわざとらしく溜息をつく。
「本当にな。ただでさえ一人人数が増えて食料が足りないっていうのに、デザートってお前。
地面からプリンでも生えてくると思ってんのか?」
先程から、散々喧嘩を吹っかけられてきた逆襲のつもりだろうか。それともクラウドに対する助け舟のつもりか。
どちらかは解らないが、吐き出されたたっぷりとした嫌味に、アランは冷たい視線をザードによこした。
「ザードさんには言ってません。」
「あん?」
「それに僕は、この辺りって美味しい果物が生る木があるって聞いたことがあるから、
探してみようと思っただけです。」
「…あのな、何でお前のグルメツアーに付き合わされなきゃいけないんだ。」
「だって、やっぱ好きな人には美味しいもの食べさせてあげたいじゃないですか?」
呆れ果てた様子のザードに、そう言ってアランは小さく頬を膨らませた。
ただ、その動作の滑稽さとは対照的に、瞳は意外と真剣だった。
それに気付いたのだろう。ザードは一瞬口篭ったが、困ったように前髪を掻き揚げ、小さく溜息を落とした。
「それにしたってなぁ。」
「ええ、解ってます。ザードさんに謝るつもりは全く!ないですけど、それは反省してます。」
「てめぇ…」
「でも」
すっとアランの瞳が細められる。
「僕がしている事より、ザードさんがしようとしてる事の方が酷いと思いますけどね。」
ザードは怪訝そうに眉根を寄せた。
「あん?俺が何時何をするって…。」
「好きな人を悲しませるだなんて、男として最低だと思います。」
凛とした態度でそう言うアランに、ザードは一瞬怯んだ。
「…お前…、何、言って…」
 
先の見えない話に、クラウドは首を傾げた。
デザートの話だったはずなのに、どうやら話題が変わってしまったらしい事は解った。
ただ、こんなにも空気が不穏な理由が解らなかった。
出会ったばかりであるはずのこの二人が何の話をしているのか全く解らないなんて。
 
そんな事を考えていると、不意にクラウドの腕に何かが触れた。
驚いて目をやると、フェリスがクラウドの腕に自分の腕を乗せて微笑んでいる。
「ねぇ、クラウド。あそこに見えるのって森よね?」
そう言って、目に入る距離にある森を指差した。
「え、あぁ。」
「あそこだったら、木の実とかあるんじゃないかしら?」
「あ、確かに…。」
「もう少しこの二人かかりそうだし、私木の実でも取ってくるわね。」
そう言って一人で行こうとするフェリスに思わずクラウドは血の気が引いた。
アランの話によれば、この辺りは盗賊が出る。例え近距離でも女性一人で行かせる訳にはいかない。
クラウドは一人で歩き出したフェリスの腕を掴んだ。
「フェリス。ここは危険だ。俺がついて…」
「はい!はい!はい!!僕が行きます!」
クラウドの言葉を遮って大声を上げたのは、言うまでもなくアランだ。両手まで上げて自己をアピールしている。
喧嘩しながらも、会話を聞くという脅威の地獄耳ぶりには驚きだ。
「おいおい、お前じゃいざって時役に立たないだろ」
とザードが呆れたように言うと、アランは可愛らしく頬を膨らませた。
「僕だって男ですよ〜愛する人の一人や二人守ってみせますって。」
外見が14、5なため何だか愛する人などというと滑稽だ。
「あのな、いくらそう言ったって、できる事とできない事があんだよ。
いい年なんだからいい加減悟れよ、この糞オヤジ。」
「な、なんて事言うんですか!年上は敬うものでしょう!?」
先程まで二人の間に流れていた、不穏な空気はさっぱり拭い取られたように消えていた。
自分が聞いていなかったほんの少しの時間で、仲直りのような物は終了したのだろうか。
それにほっとしつつも、また元のうんざりするほどくだらない喧嘩に辟易していると。
「良いわよザード。」
と、二人の言い争いを見守っていたフェリスがくすくすと笑って言った。
「すぐそこを行って帰ってくるだけだし。行きましょう、アラン。」
言うが早いかフェリスは森に向かって歩き出した。アランが慌てて後を追う。
その頼りない背中にザードは叫んだ。
「フェリス!いざとなったらそんな奴放って逃げろよ!微塵の同情も必要ないからな!」
「何ですかそれ〜!」
振り向きながらがなりたてたせいで、フェリスに置いていかれそうになったアランは小走りでフェリスの後を追って行った。
小さな身体が一生懸命女性の後を付いて行く姿は、まるで親子のようで。
本当に31歳なのだろうかと改めて疑ってしまうクラウドだった。



わー…アラン出張っております。すいません。
ザードとアランのやり取りは書いてて楽しいので、つい(死)
つかあんまり進んでなくて申し訳ないです。
ここで切っておかないと、相当長くなってしまいそうだったので。
次がたぶんちょっとだけ長いです。
話の長さに相当ムラがある話ですが、これからもお付き合い下さると幸いです。