Act  2  現在に現れた過去   
 
 
癖のある黒髪に、男らしく精悍な顔つき。
男なら誰もが羨む様な長身に、大きな掌。

「…俺の顔に何かついてる?」

固定されたまま全く動かない視線を不思議に思ったのか男は首を傾ける。
そこでやっとクラウドは我に帰った。
「いえ…」
首を振ったついでに視線を机上のコーヒーカップに移す。
そうでもしない限りいつまでも視線を彼に固定してしまいそうだったから。
見れば見るほどザックスに似ているこの男に。
 
ドッペルゲンガーというものが本当にいるのならば間違いなくザックスのそれはこの男だと思う。
そうでもなければ説明もつかない位にザックスに似ている。
もしかしたら本人なのかもしれない。そう、思わせるほど。
けれどそれは所詮自分の願望でしかない事は誰より自分が知っていた。
 
男の名はザード=イングル
カームを故郷とする彼がここにいるのは、何でも屋の噂を聞いて遠路はるばる来たから、だそうだ。
名前が違う。故郷も違う。ザックスの故郷は遥か南方の地、ゴンガガで、カームなんていう都会じゃない。
説明を受ける度に、ザックスと比べてしまう。
比べながらも何か共通点はないものかと必死で探している自分に気付き苦笑した。
(だから、これはザックスじゃないんだって…)
とにかく気を落ち着けようと暖かいコーヒーを一口啜る。もう一度彼に向き直った。
「それで、ご依頼の方は…?」
「あぁ…」
そこで男は言葉を濁した。先程まではきはきと話していた調子と180度変わり、
男は指先で決まり悪そうにコーヒーカップの表面をなぞり出した。
「俺さー依頼は直にしたいと思ってんだ。」
言い渋っているから何かと思えば。それは依頼者として当然の心境だろう。
それにしてもそんな事を言い出すこの男の意図が読めない。
「…そうでしょうね。そのお気持ち解ります。」
小さく頷いて続きを待っていても、男は黙っていた。
顔を覗き込めば困ったような顔をしている。
「だから俺はこの店の経営者と話をしたいと思ってんだけど…。」
「はい…?」
『けど』何なのかわからず思わず顔を顰める。
再び沈黙。
時計が時を刻む音のみがオフィスの中に響く。
それを聞きながら、いい加減焦れて口を開こうとした瞬間。
男はがばっと顔を上げた。
「もしかしてお前が何でも屋なのか!?」
男が突然声を上げる。大きく目を見開いて、驚きを隠せないとでもいうように。
「………はい、そうですがそれが何か?」
一体何に対して驚かれているのかそれすら解らずに問い返せば。
 
「お前受付嬢じゃねぇの!?」
 
その言葉に、頭のどこかでぶちんと切れる音がした。
相手は客だそんな事は解っている。
ただ、客だろうがなかろうが、人には言って良い事と悪い事があって、
今この男が言った事は間違いなく自分にとって言ってはいけないことなのだ。
クラウドはだん、と勢いよく拳を机に叩き付けた。
その反動でコーヒーカップとソーサーが当たって鋭い音がする。
 
「俺は男だ!二度と間違えるな!!」
 
大声で叫ぶ。それからふと気付いた。
この台詞は何処かで。
そう、遠い昔何処かで。
記憶を検索して該当する記憶を引っ張り出す。
(そうだ、この台詞は初めてザックスに会った時の)
野外学習の指導ソルジャーとして参加していたザックスと初めて出会った時の台詞。
女と間違えられて相手が上司というのも忘れて思わず言った台詞。
けれどその後のザックスの反応は予想外だった。
 
 
そう、ちょうど目の前の男のように。
ザードは一瞬ぽかんとしていた。
だが、すぐに口元を笑みの形にする。
怒るでもなく、逃げるでもなく、ただ面白そうに笑っている。
一瞬、過去に戻ったのかと思った。
その笑顔が切ないくらいにザックスに似ていたから。
いや、本当にザックスそのままだったから。
 
 
「ザッ…!」
 
何もかも忘れて、手を伸ばしそうになった。
 
 
その瞬間
 
 
 
「フェリス!?」


ザードはソファから勢いよく立ち上がった。
伸ばしかけていた腕が行き場を失くす。
一気に現実に引き戻された。
突然立ち上がったザードの、視線の先には美しい女性。
流れるような黒髪に、印象的な鳶色の瞳。
整った顔立ちを更に際立たせるように引かれた口紅は落ち着いた紅で、
彼女のセンスの良さをも物語っている。
その文句なしの美人は今正に入って来たらしい。玄関で傘を畳んでいる。
女性の形の良い唇が笑みの形になる。

「来ちゃった」


ザードはフェリスと呼んだ女性に歩み寄りながら小さくため息をついた。
「お前面倒だからホテルで待ってるって言ってなかったか?」
「だって雨が降ってきたんだもの。ザード傘持ってないでしょ?」
フェリスはそういいながら極自然にザードの腕に自分の腕を絡めた。
まるでそうするのが当然とでもいうように。
「…まぁな」
そう渋々言うザードも彼女の手を振りほどこうとはしない。
金縛りに合ったように動けなかった。
ただ二人の様子を妙に落ち着いて見ている自分がいる。
不意にザードがこちらに視線を向けた。小さく咳払いをする。
「依頼ってのは俺たちをコレルまでボディガードして欲しいってことだ。まだ景気だって悪いし物騒だからな。」
フェリスが小さく頭を下げる。
「宜しくお願いしますね」
そういうフェリスにザードは一瞬目をやり、不意に悪戯っぽく笑った。
 
「俺の女だから手出すなよ。」

不敵に笑うその様に 
思考が妙に冴えた。
ただ
あぁ、そうかと思った。