Act 3 幸せな夢
何て馬鹿な勘違いをしていたのだろう。
…今更ながらそう思った。
出発は依頼日から3日後になった。
コレルと言えば相当な遠出であるため、入用な物を整えるにはそれ位の時間が必要になると判断したからだ。
ルートとしては、ミッドガルからコレルに行くのには最も一般的である、ジュノン経由の方法で行くことにした。
ジュノンには新羅が設立した大きな港がある。新羅の束縛から逃れた後もそれらは正常に機能していて、
食物や物品の運搬、そしてもちろん人々の移動手段としても大きな貢献を果たしている。
それを利用して行こうというわけである。
クラウドはいつも通り、オフィスで顔を突き合わせながら今後の打ち合わせをしていた。
真剣な顔で、説明を受ける二人の前に一枚の地図を置く。
「後は、移動手段の方ですが…」
ミッドガル、ジュノンを順々に指で示す。
「ミッドガルからジュノンまでは、フェリスさんがチョコボを利用することができないということだったので、
徒歩で行くことにします。期間としては2週間は見ておいて下さい。その後、ジュノンで船に乗り…」
指先を海の中に走らせながら、コレルのある大陸へと移す。
「ここからまた徒歩で行きます。ここからコレルまでも2週間程度見ていただければいいと思います。」
「…わかりました」
二人は地図を見ながら頷く。それをちらりと顔を上げて確認した。
「…最後に荷物の話ですが、旅に必要最低限な物はいただいた依頼費を利用してこちらが用意します。
ただ、本当に必要最小限ですので、その他入用な物があったら各自で用意するようにしてください。」
区切りがついたため、地図に手をかける。
「以上で説明は終わりです。何か要望等があればそれに沿いますが?」
「あ、俺から一つ。いいかな?」
ザードは、軽い感じの声のトーンで手を上げた。クラウドは顔を上げて地図を畳む手を止める。
「はい、何でしょうか。」
「それ。」
途端に人差し指の先を向けられて顔を顰めてしまう。
「それ…って…」
「その敬語、やめてくんないかな?俺たち年齢だってそう変わんねぇだろ?
道中ずっと敬語とかって聞いてると疲れちまう。」
「あぁ、確かにそうよね。」
ザードの提案にフェリスも同意の意を示した。
そんなことを言われたのは何でも屋開設以来初めてで、クラウドは戸惑う。
「でも…」
「いいから。あんだけ怒鳴りつけた後で敬語は遅いって。」
ザードがやれやれと言った風に肩を竦めるのを見て、思わず身を乗り出した。
「っ!あれはあんたが!」
「そう、その調子でお願いするぜ。」
にやりと人の悪い笑みを浮かべられて思わず絶句する。何だか嵌められた感じだ。
クラウドは小さく溜息をつくと、体勢を整えた。
「…わかった。宜しく。ザード、フェリス。」
何となくぎこちなかったが、それでもザードは満足そうに頷いた。
**
何となく初めから感じていたことだが、
ザードは人懐っこい人間だった。それにフェリスも。
これから長い旅をするのだからとクラウドと交流を持ちたがり、旅の買い出しも一緒にすることとなった。
よって2日の間、買い出しだけでなくミッドガル観光のようなこともさせられることとなり、
こちらとしては非常に迷惑だったのだが。
行動を共にしていると、必然的に二人の顔を間近で見る機会に恵まれる。
ザードはやはりザックスに非常に酷似していて、違うところと言えば髪型と、瞳の色。それだけだった。
髪型は、自分が覚えているザックス独特の物とはかなり変わっていた。
あの頃よりもずっと短くなって、何処にでもあるような髪型になっていた。それだけでザックスとは雰囲気が違う。
そして何より違うのは瞳の色。
彼の瞳は淡い緑色をしていた。
ソルジャーの青とは似ても似つかないその緑色が、ザックスでないことの唯一の証となっていた。
フェリスは、と言えば間近で見るとやはり美人で、そして何処か独特な雰囲気を纏っていた。
そしてその雰囲気は何処かで感じたことがある物だったが、どうにも思い出せない。
とにかく二人は溜息が出るほどお似合いで、すれ違う人すれ違う人が振り返る。
ただ、人々が振り返るのにはもう一つ理由があった。
どちらかと言えばこちらの方が主な理由かもしれない。
二人はまるで付き合い立ての様にやたらとベタベタしていた。
所構わず抱き合って、時折唇を耳に寄せて内緒話のような仕草を見せたりもする。
それを見かけると、時折囃し立てるような奴らもいたが、殆どはうっとりとその光景を眺めるだけだ。
それほどの魅力が二人にはあった。
クラウドはと言えば、それを見かける度に胸の痛みを覚えていたのだが。
違う人物とはいえ、顔は全く持って同じなのだから条件反射のようなものだ。
だから3人で買出しに行くというのははさながら拷問のようなことだった。
だが、最後の一日。
その日だけはその苦痛から逃れる事ができた。
紙袋を覗き込みながら、今日買った物を頭の中で反復する。
「これ位、かな。手伝ってくれてありがとう。」
「いやいや。つーかごめんな。荷物持ちが一人減っちまって。あいつ、誘ったんだけど疲れたからとか言いやがってさ。」
クラウドは首を振った。
「そんな事気にする方がおかしい。あんた達は客なんだし。」
それに、ザックスと同じ顔で彼女といちゃつく所など見たくはないし。
そんな本音は口には出さないけれど。
「つーか客だなんて遠慮すんなよ。もう俺達友達だろ?」
ザードの言葉に、クラウドは困ったように笑うしかなかった。
彼の言葉が浅ましい自分には痛い。
「雨、降りそうだな。」
それには答えず話題を変えた。ザードは空を仰ぐ。
「確かにな。午前中はあんなに晴れてたのに。ここの天気って変わりやすいよな。」
「あぁ、昔はそんな事なかったんだけどな。」
メテオによって地形が少し変化したせいなのかもしれない。そんな事を考えた。
「あ、やっぱ降ってきた。」
ザードの言葉に思わず顔を上げると、頬に一粒の雫が当たった。
かと思うと突然大粒の雨が降り出し、気付けば大降りになっていた。
あっという間に服に染みができる。
「やべぇな。傘差さねぇと。」
そう言うとザードは慌てて袋の中を弄った。今日は運のいいことに簡易傘を買ったからである。
全身を叩きつけるような激しい雨。
遠い日と同じ雨。
ふと、前思いついたことを思い出した。
「俺、もう少し用事あるから先帰っててくれ。」
「何だ?どっか行くの?」
ザードは漸く傘を探し当てたらしく、傘を開きながら言った。
クラウドは小さく頷く。
「傘、もう一本買いに行こうと思って。」
今日も、雨だから。
遠い日と同じような雨だから。
もし、ザックスの墓に寄った時にも雨が降っていたら、今度こそ差し掛けてやりたいから。
クラウドの様子をザードは不思議そうに見ていたが、ふーんと小さく呟くと、
先に歩きかけていたクラウドの横に並んだ。
「じゃ、付き合うよ。」
一人で行く気満々だったクラウドは驚いて、大きく首を振った。
「いや、いいよ。もう十分付き合って貰ったし、彼女、待ってんだろ?」
「だってそんなん時間かかんないだろ?それに、あいつのあの調子じゃもう寝てるし。」
そう言ってザードは苦笑する。
解り合っている様子。
一瞬、胸が痛んだ。
それには気付かなかった振りをして。
「でも、悪いだろ。荷物だって多いし…」
「いーって。俺、人に物見立てんの好きだし。」
見立てる、という言葉を聴いた瞬間、面白いことを思いついた。
そう、ザックスが好きそうな面白いこと。
同行を断るのはやめにすることにした。
それを感じたのだろう。ザードは開いた傘をクラウドに差しかけながら尋ねた。
「どんなのがいいんだ?」
「…そうだな…」
そう言って悩む振りをして、ちらりとザードの顔を盗み見る。
そして、絶対聞こえないような声で言う。
「あんたに、似合う傘かな。」
「え?」
案の定聞こえなかったようで、聞き返される。クラウドは小さく笑った。
「いや、あんたの好きな傘でいいよ。」
「何?俺にくれんの?」
「んなわけないだろ」
「即答かよ」
なぁ、ザックス。
今な、お前に面白いくらいそっくりな奴と一緒にいるんだ。
そいつにあんたの傘、選んで貰うことになった。
面白い事好きなあんたにぴったりだろ?
「なぁ、これどうだ?」
「…これ日傘だろ。」
「いや、日傘と雨傘兼用らしいぜ。」
「それにしたってこんなヒラヒラレース付きって…」
「気に入らないか?お嬢様っぽくていいと思ったんだけどな…。」
「あんたらの為に買うんじゃないってば。」
「解ってるって。もちろんフェリスじゃなくてお前用。」
「は?」
「今度こそホントに受付嬢になれます傘。」
「…客だって事忘れていい?」
見立ててやると偉そうに言ったくせに、ザードはふざけてばかりでちっとも傘は決まらなくて。
何だかザックスといた時を思い出した。
雨傘を見立ててくれると言った時、無理にでも帰らせなかったのはこんな時間が持ちたかったからかもしれない。
ザックスの傘をザックスそっくりな奴に選ばせるという楽しみのためっていうのはただの建前で。
ただ、ちょっとの間ザードにザックスを重ね合わせて一緒に居たかっただけかもしれない。
ほんの少しの間だけ幸せな夢を見ていたかった。
ただ、それだけかもしれない。