Act 4 ありえない話
あれから悪ふざけは延々と続き、気がつけば10時を回ってしまっていた。
元々他の買い物が終わった時間が遅かった上に、
選ぶのに余分な時間をかけていたから当然と言えば当然なのだが。
結局ザードに選んで貰う事は叶わず、「ごめん、また今度な」とザードは言ったが、
もうこれ以上ミッドガルに留まる予定はなかったため謹んで辞退させていただいた。
定員に睨まれながら閉店間近なその店で買ったのは、ザックスの好きだったとあるブランドの定番商品。
ザックスは特別ブランド志向な訳ではなかったが、そのブランドはロゴが気に入っていたらしく、
よく着ていたのを覚えている。「そんなんつまらない」とザードは言ったが、
そうなった原因は誰なのだと睨みつけてやれば、ザードは悪びれずに笑った。
他愛の無い話を続けながら歩いていると、いつもは長い帰り道も短く感じられるものだ。
気付けばもう、店の前だった。
「じゃ、ご苦労様。本当にありがとな。」
事務所に荷物を運び入れたザードに声をかける。
「いやいや、これからしてもらう事を考えればこん位、な。」
ザードはそう言うと、荷物を床に降ろして擦り合わせるように、ぱんぱんと手を叩いた。
荷物の運びいれ終了、という意味だろう。ザードはふぅと溜息をついた。
「よし。んじゃ、ま、短い旅だけど、これから宜しくな。」
ザードはそう言うと、にかっと笑って手を差し出した。
『宜しくな』
ザックスも昔笑顔でそう言って手を差し出した事を思い出す。
あの時自分は無視して流してしまったけれど。
クラウドはそんな事を思い出しながら、小さく笑ってその手を握る。
「よろしく」
「おう。…じゃ、おやすみ。また明日な」
ザードは離した手をそのまま上に持ち上げて別れの挨拶の代わりにした。背を向けて歩き出す。
それを見送りながら、苦笑した。ザードの行動一つ一つにザックスを重ね合わせている自分に、だ。
こんなに女々しい奴だったかなと思い、いや、でもあそこまでザックスにそっくりだったら仕方がないかと思い直す。
「…もしかしたら本当にザードがザックスだったりして、な。」
そんな思いつきを口にして小さく笑う。
そう、笑ってしまう程にありえない話だったから。
ありえない話、そのはずだったから。
**
出発の日は晴れだった。
視界一杯に広がる透けるような青に、ザードは
「俺らの門出を祝ってくれてるみたいだな」
なんて笑った。
その位綺麗な空だったのに。
予定通に出発し、予定通りの進路をとった。
女性連れの旅であるため、できうる限り歩きやすい道を選んだ。
ザードとフェリアはやはり街中と変わらず、時折抱きついたりなどのスキンシップをしていたが、
そう目に余るほどの過剰なものではなく、遠慮させていて悪いな、とは思ったが何処かで安心する自分も居る。
ザードは変わらず人懐っこく、食事の時なども遠慮するクラウドを押しとどめて3人で食事をした。
3年もの間一人で食事をしていたため、何だか皆で食事をするのは照れくさかったが、
何せ顔だけでなく雰囲気もザックスに似ているザードのことだ。すぐにそれが心地よく感じられるようになった。
また、幸い大したモンスターは現れず(というか殆どの敵はクラウドにとって敵ではないのだが)、
野宿時の寝心地以外はまずまず快適な旅と言えた。
だが旅とは常に快適とはいかないもの。
そして旅の快適さは、天候にも大きく依存する。
徒歩で3日程歩いた頃から天気が悪くなりだした。
低く垂れ込めた雨雲。湿った空気。
今にも降り出しそうな雰囲気に、クラウドは落ち着かなかった。
旅の用意が入った袋の中に軽く手を入れ、先日購入した傘に軽く触れる。
午前中歩き通しで歩き、今は木下で休憩をとっている所だった。
ちらりと空を見上げて、次に休憩している二人を見やれば、ザードと目が合った。
「どした?何か落ち着かねぇな。」
どうやらクラウドの不審な行動は気付かれていたらしい。
クラウドは漸く決心がついた。
「あの、さ、ちょっとだけ時間くれないかな。」
こちらの我侭だから、言い出しにくくて自然と声が少し小さくなる。
「どしたんだ?」
「…ちょっとだけ、行きたい場所があるんだ。」
当然何処だと目で問われた。依頼者としては当然の質問だろう。
クラウドは決まり悪そうに瞳を逸らす。
「ここから歩いて10分位の丘なんだけど…」
「…丘?」
今まで黙って二人の会話を聞いていたフェリスが声を上げた。
顔を向けると、フェリスは瞳を輝かせていた。
「その丘って見晴らしいいの?」
「ええ、まぁ…」
思いもよらぬ質問に、少し考えて答える。一応ミッドガルが見渡せる丘ではあるし。
「私も行きたいわ。せっかくこんな所まで来たんだから少しでも綺麗な風景がみたいし。」
「おい、フェリス。」
咎める様な口調。どうやら遠慮してくれているらしい。
だが。
「わかった。じゃあ、一緒に行こう」
「…いいのか?」
申し訳なさそうな顔で尋ねるザードに笑って答えた。
それに…とクラウドは考える。
依頼者をちょっと連れてきた位ではザックスだって怒りはしないだろう。
歩いているうちにスピードが上がっている事に気付いていなかった。
それに伴い二人との距離が段々と離れていることにも。
ただ、早く着きたかった。それだけを考えて歩いていたから。
そこに着いた時には軽く息が上がっていた。
ミッドガルの見える丘。そこに垂直に突き刺さるバスターソード。
一瞬過去の幻影が見えた。
銃弾を何発も打ち込まれたザックスと、地面に染みこむ大量の血液と。
何度来てもこの息苦しさには慣れない。
軽く息をついて、袋から傘を取り出す。
まだ降っていないにも関わらず傘を広げた。
黒地に、シンプルな模様がついた例の傘。
「クラウド。」
突然聞こえる声。思わず振り返れば、ザードとフェリアが立っていた。
結構な距離が空いていて、今更ながら自分がどれだけ早く歩いてきたかを知った。
「なーにやってんだ?」
どうやら追いついたらしいザードはふざけた調子で、言った。
当然意味もなく(彼から見れば)差された傘のことだろう。
そのままクラウドの元に歩み寄ってくる。
決まり悪そうに前髪を掻き揚げるクラウドに、ザードは軽く笑った。
不意に、クラウドの後ろにある物の存在に気付いたらしい。
ザードは何気なく後ろを覗き込んだ。
そしてそのまま動きが停止した。
悪戯っぽい笑みを浮かべていたザックスの顔色が途端に変わる。
「……ザード?」
急な変化に驚いて呼んだ名前も聞こえているのかいないのか。
ザードは何の反応も返さない。ただ、クラウドの後ろの物、バスターソードに目を奪われている。
暫くそのままでいたが、不意にザードは左手で軽くクラウドを押しのけた。
「あ、おい」
クラウドの呼びかけにも応じず、ザードはゆっくりとバスターソードの元に歩み寄った。
「…これ…。」
バスターソードの前まで来ると、ザードは険しい表情でバスターソードに触れた。
雨風に晒され、僅かに錆が滲む表面を指先で軽く撫でる。
「これ、俺知ってる…」
そう呟くと、ザードは柄の部分を確かめるように何度も握った。
「……え?」
小波が立つように心が揺れた。
そんなクラウドにも気付かず、ザードはもう一度バスターソードの表面をゆっくりと撫でる。
「なんか、懐かしい…。」
そう言ってザードは目を細めた。その視線は親愛の情に満ちている。
まるで機知の友人に向けるような、そんな視線。
暫くその刀身を黙って見つめていたザードが、ふと訝しげな顔をした。
その顔のままクラウドの方に目を向ける。心臓が大きく脈打つ。
ザードは暫く噤んでいた口を漸く開いた。
「なぁ、この剣って…」
「ザード」
咎める様な強い口調だった。声のした方を思わず振り返れば、フェリスが鋭い目つきでザードを見ている。
ピンと糸の張り詰めるような緊迫した空気が流れた。
「こっちに来て。」
有無を言わさぬような強い口調。ザードは言いかけた言葉を放棄して口を噤んだ。
大人しくフェリスの元に足を向ける。ちらりと一度だけバスターソードを振り返ったがそれも一瞬のこと。
ザードが隣まで来ると、フェリスはいきなりザードの首に腕を回した。
「…もういいじゃない。過ぎ去った過去のことなんて。」
抱き合ったままフェリスは言った。切羽詰ったような声だった。
「フェリス…」
「あなたが目覚めた時を思い出してみなさいよ。碌なことなかった。そうでしょう?」
早口に、まるで説き伏せるようにして、フェリスは言葉を紡ぐ。
ザードはふと一瞬空ろな瞳をして、小さく頷いた。
「……そうだな。」