Act 5 真実と幻想と
 
パチパチと火の爆ぜる音が聞こえる。薪が燃えて、二酸化炭素の発生する焦げ臭いにおいがする。
クラウドはその前で一人火に薪をくべながら、膝を抱えて座っていた。
何をしているのかと言えば、野宿のために火の見張りをしているのだ。
男の足で一日中朝から晩まで歩いて十日かかる距離を、
女連れでジュノンまで三日で着けるはずもない。
また、ミッドガルとジュノンの間には立ち寄る町など無いため野宿になるのは仕方が無いことだ。
 
 
火の粉を撒き散らし、揺れる炎を見ながら、クラウドは今日の事をぼんやりと考えていた。
バスターソードを見て、懐かしいといったあの男のことを。
 
 
バスターソードを持てる人間は限られている。
あれだけの大きさと、重量を誇る武器なのだから当然と言えば当然。
使い手に要求されるのは、並ではない剣の腕と力、だ。

世の中は広い。それはメテオから星を救う旅をしてしみじみ実感したこと。
旅をしているうちに、色々な地域に行き、色々な人に出会った。
素晴らしい剣技を使う者もいたし、半端じゃない腕力の者もいた。
だがそれでも、彼らがバスターソードを扱えるかと問われれば否、と答えるしかなかった。
もちろん旅をしたからと言って、全世界全てを周ったわけではないし、全ての人に会ったわけではない。
けれど少なくとも旅をしている間に自分は、新羅のソルジャー以外にそれに該当する人物を見つけられなかった。その事を考え合わせれば、ザードは恐らくソルジャーなのだ。
けれど、そんなソルジャーが果たして存在していただろうか?
自分は14から16まで新羅にいた。2年もの間新羅にいれば、数少ないソルジャーの名前などほぼ覚えてしまう。更に、ザックスと友達(というか恋人までなってしまったのだが)になることによって普通の一般兵なんかよりもずっとソルジャーの内情に詳しかったと思う。
そんな自分が彼の存在を知らないのだ。
それによくよく考えてみれば、自分にそっくりなソルジャーなんかがいたならば、あの口数の多いザックスが喋らないはずがない。
では彼は一体何なのか?
今までずっと無理に抑圧していた疑問が首を擡げてくるのを感じた。
 
ザードは、本当にザックスなんじゃないか?
 
 
そんな事を考え込んでいたため、不意に聞こえた衣擦れの音に心臓が飛び跳ねた。
どうやら起きている者がいるらしい。続いてこちらに歩み寄ってくる音。
音の大きさからして、ザードであろうと見当がつく。
 
「お嬢ーさん、夜中にお一人は危険ですよ。」
 
「だれがお嬢さんだ。」
振り返れば案の定ザードが居た。悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「お前以外に誰がいんの?受付嬢さん。」
「一回死んで来い。」
そう言って、半分本気で殴りつけると、「怖ぇ!」とか言いながら避けられた。
気に喰わない。
「お前ってさ、やたら威勢がいいよな。」
くすくすと笑いながらザードは言う。何だか面白くなくて小さく睨んだ。
「…悪かったな」
「いや、悪かないさ。見てるとなんか面白いし。」
「それ褒め言葉になってない。」
「そうか?」なんて笑う顔が本当にザックスそっくりで。
何だか泣きたくなった。
何故、こんなにも彼はザックスに似ているのか。
見ていられなくなって、思わず顔を逸らす。
 
「隣、いいか?」
 
 
尋ねる前にもうほぼ座る体勢になっているザードに苦笑すると、「どうぞ」と声をかけた。
ザードは「どーも」、と小さく呟くと、ゆっくり腰を下ろす。
そのままザードは口を噤んだ。
ちらりと目を向ければ、ザードは何をするでもなく、ただ揺れる炎に目を向けている。
その瞳には眠気など微塵も感じなかった。
 
「…眠れないのか?」
 
何となく発した言葉に、ザードはゆっくりとこちらに顔を向ける。
「…んーまぁちょっとな。」
ザードは決まり悪そうに頭を掻いた。続いて小さな溜息。
ザードが何か悩んでいるのは明らか。だが彼が口にしたのは別の事だった。
「…つか一人で火の番とかつまんねぇだろ?」
「…別に、慣れてるし。」
それは強がりではなく本当の事だった。
旅をしていた時は、町から町へ移動する前に夜が更けて野宿をする羽目になることは多々あり、
交代制では合ったが、よく一人で火の番をした。
一人で火の番をする理由は簡単。一人でも多くの体力を温存しておいた方がいいからだ。
それは長い旅の間に自然と身についた知恵の一つ。
「そんなもんか?」
とザードは苦笑して、ふと思いついたように顔を上げた。
「あぁ、星救う旅の時もよく見張りとかしてたのか?」
「…え?」
思いもかけないザードの言葉。クラウドは思わず耳を疑った。
「お前、メテオから星を救った英雄の一人なんだろ?」
尋ねるのではなく、確認するような口調。
彼はクラウドが英雄の一人だと確信を得ているようだ。
 
 
クラウドは何でも屋を立ち上げる時に、自分が星を救った人間であるとは決して宣伝しなかった。
そしてそれは仲間達も賛成したことだ。
理由は簡単。厄介ごとに巻き込まれないように。ただそれだけのこと。
人間は今の状況に何らかの不満を感じるようにできている。
メテオから星を救ったとはいえ、それに対して不満を感じる者も現れるものだ。例えば、星を救うためにも我々人類は死ぬべきだったという宗教まがいな事をいう者。星が滅んでも自分だけは生き残れるとでも思っているのか知らないが、そういう者たちが現れ盛んに英雄たち(と呼ばれるのは嬉しいものでもないが)を非難し、仲間たちが手を焼いていたのを知っている。そんな奴らが群れをなしてやってきて、たった一人でやっている何でも屋なんぞに来ては大変な迷惑だ。
だからクラウドはは、自分が星を救ったその人であることを伏せていた。
そのため、初めの頃実力の割りに経済状態が苦しかったという逸話がつく訳だが。

それはともかくとして、何故一介の客であるザードが知っているのか。
不審げな様子に気付いたのだろう。ザードは悪戯っぽく微笑んだ。
「人の口に戸は立てられねぇってね。噂なんてすぐ広がるもんさ。それが真実なら尚更な。」
「……。」
 
噂話。ありえることだ。自分達は色々な所を旅した訳であるし、
そんな噂が上るのは仕方が無いだろう。
まぁ、もう星が救われて年月がたち、大分ほとぼりも冷めてきたことだ。
無理矢理隠し通すような事でもない。
 
「しっかし、何で何でも屋なんて不安定な職に就こうと思ったんだ?お前なら政府のお役人にもなれたはずだろ?」
 
権力捨てるなんて信じられないというような口調に、思わず小さく笑ってしまった。
「俺はそういうのに向いてないよ。それに…」
 
それに。
 
役人になるよりももっとやらなければならない事が自分にはあったから。
どう考えても足手まといにしかならない魔光中毒者を見捨てず、
最後まで好きだと言ってくれたあの男の示してくれた道を自分は歩みたかったから。
 
クラウドは微笑んだ。
「何でも屋はどうしてもやりたかったんだ。」
「…ふーん」
そこで会話が途切れる。
辺りは重くは無い、心地よい沈黙で満たされていた。
そう、まるでザックスと居た時のような安心感のような。
こんな小さな事にもザックスを連想してしまう自分に苦笑する。
そして、先程の思考が甦った。
 
ザードはザックスかもしれない
 
考察だけでは始まらない。聞いてみたい、とそう思った。
ちらりとザードの方に目をやれば、焚き火にちょうど木をくべている所だった。
「…なぁ、俺も一つ聞いていいかな」
「んー?」
焚き火に木を入れ込みながらザードは答える。クラウドは唾を飲み込んだ。
 
「あんたさ、あの剣について何を知ってるんだ?」
 
ザードの動きがぴたりと止まる。
「…あの剣?」
「昼間見たあの馬鹿でかい剣のことだよ」
「…あぁ…」
そう言うとザードは目を逸らし、ふと考え込むような顔をした。そして小さく呟く。
「言っていいんかな」
「…え?」
小さすぎて聞き取れなかった。
余り聞こえなかったからもう一度言ってくれと言えば、ザードは小さく首を振る。
「いや、何でもない。」
そういうと、押し黙った。ただ黙って火が爆ぜるのを見つめている。
ザードは随分長く黙っていて、言いたくないなら構わないと今正に言おうとした瞬間
漸くザードは口を開いた。
「俺、さ」
大きく伸びをして、火の方に向けていた顔をこちらに向けた。
赤い炎を反射して、彼の顔も赤く染まっている。
 
「記憶が、ないんだ。」
 
「……………え?」
 
心臓が大きく脈打った。心の何処かで小波が立つ。
まさか。
先程炎を見つめながら考えたのは、ただの仮説のはずだった。
そう、本当に仮説のはずだったのに。
ザードは小さくため息をつくと、顔に掛かっていた前髪を左手で掻き上げた。
 
「ここ数十年の記憶が、全く無ねーんだ。正真正銘の記憶ソーシツってやつ。情けねーよな。」
 
ふざけた口調で同意を求められたが、クラウドはピクリとも反応できなかった。
そんなクラウドを見てどう思ったのか、ザードは小さく笑うと、再度揺らめく炎に目をやった。
パチパチと火の爆ぜる音が辺りに響く。
 
「…目が覚めたら記憶が無くて、あいつ、フェリスの家に居た。全身傷だらけで包帯ぐるぐる巻きでさ…ちょっと動くだけでマジ痛ーし、焦ったね。」
その時の事を思い出したのか、ザードは眉根を寄せた。
「…あいつの話によるとさ、俺銃に撃たれて穴だらけで、ほぼ死にかけだったらしい。本当なら助かる見込みとかなかったらしいんだけど」
そこで言葉を切る。ザードは何か考え込んだように押し黙り、続いて自虐的に笑った。
だが、ザードのそんな仕草に注意を払う余裕など、今のクラウドにはなかった。
ただ自分の考えで頭が一杯だったから。
全身銃で撃たれて、倒れていた青年。
そんなのそうそうある話じゃない。
「まぁ、何とか助かって今の俺がいるってわけだ。」
その話はこれで終わりとでも言うように、がらりと口調を変えて言った。ひどくあっけらかんとした様子だ。
「だからさ、悪ぃけど、何であの剣が懐かしいか俺にはわかんねぇんだ。自分のの名前も年齢も全くわかってねぇ始末だし。」
名前がわかっていない。それならば今の名前は何なのか。
それ以上に以前の名前は何なのか。
「…じゃぁ、ザードって名前は?」
「あぁ、もちろん偽名。初めから身に付けてたタグに文字が彫ってあってさ。そこから俺が勝手につけた。」
タグ、という言葉に、電流を受けたかのような衝撃が走った。
タグを持っているなんて、兵士以外にはありえない。
そして、以前兵士を大量に飼っていたのは、新羅カンパニー、それ以外にあるだろうか?
ゆっくりと、だが確実にパズルのピースが嵌っていく。
最後のピースを埋めるためにクラウドは口を開いた。
 
「…そのタグ…見せてもらって構わないか?」
「ん?あぁ、いいけど。」
ザードは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに胸元から手を差し入れると
タグのかかったチェーンを引っ張り出した。
「ん」
そう言って首から鎖を外した。
恐る恐るそれに目をやる。
案の定、それは今では所有者のほとんどいない新羅のタグだった。
銀色に鈍く光っている板には成程文字が彫りこまれている。
震える手でタグを受け取り、その表面に目を走らせる。そこに掘り込まれていたのは。
『S001ー02  Z』
アルファベットと数字の羅列。
この記号の解読の仕方は一番初めの授業で、タグを渡された時に教わった。
 
その意味は
 
『ソルジャー1st 認識番号02  イニシャルZ』
 
 
息を飲んだ。
ばっと顔を上げて、このタグの持ち主を見る。
ザードは不思議そうな顔をしていた。
そう、彼そのままの表情で。
 
 
 
 
 
全ての符号が揃った。
これが与えられているのはこの世でたった一人。
あいつしかいない。
 
 
 
 
 
眩暈が、した。












…やっとバレました…。長かった〜…。
これからやっと本格的になっていきますんで、もし宜しければお付き合いください。
つかこんな勝手な設定だけど読んでくれてる人大感謝です!(てかいるのかな←不安)