Act 6    許されざる者
 
翌日からザードは何事もなかったかのようにクラウドに接してきた。
それはそうだろう。ザードには変わらなければならない理由など何もない。
あるのは過去の記憶を持つ自分だけ。
クラウドは、ザードに対する態度が不自然なものへと変わってしまったのに自分でも気付いていた。物思いに耽りながら、態度だけはいつものようにしようと努めて歩く日々が続く。
クラウドの様子がおかしいことに気付いたのか、ザードは前ほど構ってこなくなった。
ただ、時折見せるさり気無い優しさから、ザードが心配をしてくれていることを肌で感じる。
依頼主を心配させるなんてサービス業失格だと思った。
 
ザックスが生きていた。
あの銃弾を受けてなお、その鼓動を刻んでいてくれている。
この世に存在していてくれている。
それは本当に本当に嬉しい事だったし、ザックスと同じく無神論者であるクラウドでさえ、
神に感謝したいと思った。
けれど、クラウドにはそれだけではすまない理由がある。
そう、それだけではすまないのだ。
今までずっと避け続けてきた問題に向かい合わなくてはならない瞬間が近づいているのを感じた。ただその瞬間を延ばしたいと思う自分も確かにいて、その日はずるずると引き伸ばされていたのだが。

 
 
「おい、あんた大丈夫か?」
ザードの血の気の引いた顔に気付いて思わず声をかける。ザードは力ない笑顔で頷いた。
朝からザードは調子がおかしかった。
いや、正確に言えばバスターソードを見たあの日から
ザードは少しずつ不調を見せるようになってきていた。
初めは軽い立ちくらみが1日に2回ほどという程度だったのだが、
日が経つに従ってその頻度は増し、
しまいには顔を辛そうに歪めて、
こめかみを押さえるというような仕草を見せるようになってきていた。
大丈夫かと声をかけたが、ザードは気にすんなの一点張り。
休めと言っても聞かないため、渋々旅を進めてきたのだが、とうとう限界がきたらしい。
先程から足元は覚束なく、時折吐き気を抑えるような動作をみせる。
どう考えても今日はこれ以上は無理だ。
 
「無理するなよ。少し休憩しよう。」
「いい。いつもの事だ。俺よくあるんだよこういうこと。こんなん気にしてたらコレルになんて着きゃしねぇ。」
ザードはそう軽愚痴を叩く。
だが、いくらいつものこととはいえ、体調が悪いなどということに慣れるはずない。
それにいくら軽く言った所で顔色がああでは説得力の欠片もない。
休憩できる場所はないかと辺りを見回すと、ふと視界の端に民家が移った。
草原の真ん中にぽつんと建った家。
世の中は広い。けれど、どこにでも変わり者はいるものだ。
町から外れて生活しようとする者だって一人はいる。
そのような人間の家だろうと推察できた。
「あそこ。」
クラウドはその家に人差し指の先を向けた。ザードが緩慢な動作で顔を上げるのを確認する。
「あそこでちょっとだけ休憩させてもらおう。倒れられたらこっちが迷惑だ。」
何とも可愛げのない台詞だが、そうでも言わない限りザードは承知しないだろう。
思ったとおり、ザードは渋々と言った様子で頷いた。
それでもどこかほっとしているように見えるのは気のせいではないはず。
 
 
**
 
 
「すいません!」
扉を叩いての第一声。それに対する返事は無かった。
もう一度、今度は少し大きめの声で言うが返事は無い。
恐る恐る扉に手をかけると簡単に開いた。
中は全くがらんとしていて、人の気配が感じられない。
ふと上を見上げれば、蜘蛛の巣がかかっていて、この家が長らく放置されていることが解った。
「空家みたいだ。ちょうどよかった。」
そう言って安堵した瞬間、ごんと鈍い音がした。
驚いて振り向けば、ザードは立っていられなくなったのか、膝をついているのが目に入る。
「ちょ、おい大丈夫か!?」
思わず叫んだが返事はない。ただ額に手の甲を乗せて顔を歪めている。
ここまで悪化していたことに気付かなかった自分に歯噛みする。
駆け寄って体を支えようとした瞬間気付いた。
 
熱い。
 
本当に驚くほどに熱かった。
ザードの体の熱が皮膚を通してこちらに伝わってくる。
「お前、熱が…」
頭痛を訴えだした頃から、熱の可能性も考慮して測ってみたのだが
ザードの体温は全くもって正常だった。
今朝測った時だって正常だったのに。
本当に突然の発熱。もしかしたら、妙な伝染病の類かもしれない。
そんな考えが頭に浮かび、背筋に冷たいものが過ぎった。
昔ニブルヘイムを伝染病がを襲ったことがある。
ある日突然村の一人が倒れ、それが引き金だったかのように次々と村人が倒れた。
それは突然の激しい頭痛と突然の発熱が特徴で、死者をも出したという。
本当に幼い時にあったことだから、自分はその症状をよくは知らない。
けれど、それについては詳しく聞かされたことがある。
その時の症状と似ていると思うのは気のせいだろうか?
 
 
そう思ったら、居ても立ってもいられなくなった。
 
熱ではせっかくの回復マテリアも効かない。
自分にできることはただ一つだ。
 
「ジュノンまで行って医者呼んで来る。」
フェリスが驚いたように目を見開く。
「何言ってるの。大丈夫よ。いつものことだもの。」
「それでもこんな苦しんでるんだ。放っておけない。」
いつもの事だろうが何だろうが、熱がこんなに出ていて苦しくないはずはない。辛くないはずはない。
それならば、少しでも何かしてやりたい。それが当然だろう。
言うが早いか、クラウドは背を向けた。
が。
その瞬間背後に違和感を覚えた。
服を何処かに引っ掛けたような感触。驚いて後を振り返れば、ザードが服の裾を掴んでいた。
「いい、フェリスの言う通りだ。本当にいつもの事なんだ。」
「…っでも!」
「すぐ、治るから。医者はやめてくれ。」
硬い声。
一番苦しいであろう当の本人にそう言われてはクラウドも首を縦に振るしかなかった。

**
 
 
 
家の中にあまり物はなかったが、幸いベッドはいくつか残されていた。
その残されたベットのうち、一番綺麗なベッドを軽く叩いてザードを寝かせた。
あれだけ休むことに躊躇を見せていたザードが、さすがに大人しく眠っている。
苦しげに歪められていた顔が、今は安らかな表情になっていてほっとする。
塗れたタオルを絞って、起こさないよう最大の注意を払って額にのせると、
ベッドサイドに置いた椅子に腰掛けた。
膝に肘を乗せてザードの横顔をみつめる。
精悍な顔立ちに、癖のある黒髪。
いつもはころころ動く瞳は閉じられていて、あの緑が見えない。
何故瞳の色が変わったのかは解らない。
ただ、ジェノバ細胞とか魔光とか、
得体の知れない物に関わった人間だから何が起きてもおかしくはないのだろうとは思う。
けれど、あの海の色に酷似した瞳が大好きだったクラウドには悲しかった。
失われた記憶と同様にもう二度と戻って来ないあの蒼。
左耳のピアスにそっと触れる。冷たい感触が、何だか無性にやりきれなかった。
本当に、本当に好きだったのに。
変わってしまった。何もかも。
 
 
そしてもう一つ変わったこと。
 
 
安らかな寝息を聞きながら先程の会話を思い出す。
ザードをベッドに寝かせつけてからしたフェリスとの会話。
 
 
 
 
『…ザードはいつからこんなふうに?』
 
『そうねぇ…私と会ったころにはもうすでにこんな状態だったかしら。』
 
フェリスは一瞬考える素振りを見せた後にそう答えた。
自分の記憶のなかのザックスは、
一度だってあんな奇妙な頭痛に悩まされていたりはしなかった。
ならば考えられる理由は一つしかない。
 
『理由は解らないの。でも昔彼大怪我したことがあるからそのせいなのかもしれないわね』
 
『……』
 
 
 
『かも』ではない。
『かも』であるはずがない。
だって他に理由なんてある訳がないのだから。
 
 
フェリスは堪え切れなかったのか、小さく欠伸をした。
疲れているのだろう。当然と言えば当然だ。今日もかなりの距離を歩いたのだから。
目が合うと、フェリスは恥ずかしそうに笑った。
 
『ごめんなさい。私寝るわね。クラウドも早く寝たほうがいいんじゃない?明日早いし。』
 
『でも、ザードが…』
 
『大丈夫よ。あれは明日になればけろりと治るの。』
 
そう言って、フェリスはもう一度欠伸をした。
 
『おやすみなさい』
フェリスは背を向けると、そのまま部屋を出て行った。
何だか妙にあっさりとした態度だった。
長年連れ添った恋人がそういうののだから、本当に大したこと無いのかもしれない。
けれど、自分はどうしてもその場を立ち去れなくて。
 
 
 
 
 
 
小さい声が聞こえて我に帰る。
慌てて顔を覗き込むと、ザードは顔を僅かに顰めていた。
苦しいのだろう。あれだけ熱があったのだから当然だ。
 
「…ごめん。」
 
思わず呟いた。
聞こえていないのは解っている。
でもそれでも言わずにはいられなかったのだ。
 
「ごめん、ザックス…」
 
許されないとわかっていても。
 
 
今までずっと逃げてきた問題に立ち向かわなくてはならない。
それが許されざるものの宿命だから。



なんか微妙な終わり方ですいません…
先長そうですが、どうぞお付き合い下さい。