「調子、悪いみたいだな。肩貸そうか?」
そう言って、クラウドの肩の下に肩を潜らせようとすると、素気無く払いのけられた。
「大丈夫。別に、一人で歩ける。」
ザックスは、振り払われた手を見て苦笑しつつ、覚束ない足取りで部屋に向かうクラウドの後を追った。
寝室に入ると、クラウドは勢い良く自分のベッドに突っ伏せる。
備え付けの古いベッドだけあって、スプリングの軋む音が自棄に大きい。
大きく息を吐いて、酷く気だるげに手足を伸ばしている様子に、不意に嫌な予感が過ぎった。
「…お前、ちゃんと何か食ったんだろうな?」
ぴくん、と背中の辺りが小さく身動ぎする。
決して言葉で返事をした訳ではないが、反応がそれでは返事も解ろうってものだ。
「お前、まーた食ってねぇの?」
思わず呆れたような口調になってしまうのも仕方がない事だろう。
「お前なぁ、何度も言ってるだろ。無茶な自主練してきたなら余計に食うものは食えって。」
うつ伏せに転がって、相変わらず返事もしないクラウドに、ザックスは小さく溜息を吐いた。
クラウドは、時折無茶苦茶な自主練習をしてくる事がある。
強くなりたいと言う焦りの現われなのだろうが、それにしても限度って物があるだろうという位に我武者羅にやるのがクラウドだ。
自分もそういう時期がない訳ではなかったし、止める権利があるとは思えない。
それでも、やはり心配で、無理はするな等と自分の事のを棚に上げた発言を何度したものか。
しかも、クラウドときたら、無茶な演習をした後は何も食べないのだから性質が悪い。
疲れすぎていると、食欲がなくなるのは自然の事だが、無茶苦茶身体を酷使した後に栄養を身体に補給しない事が身体に言いわけがない。
それにも関わらず、クラウドは、夕飯を取ろうとしない。それどころか、夕飯を食べない分、お金が浮いてこれ幸いと思っている所が尚悪い。
確かに夕飯は、昼食に比べれば割高になってしまう。
そんな金がある位だったら、教科書を一冊でも多く買いたいだとか、母親に仕送りしたいだとかいう向上心孝行心は泣かせる物があるが、
その前に自分が身体を壊していては意味がないというのに。本当にもう、何度言っても聞かないのだこの馬鹿は。
「粥位なら食えるだろ?直ぐ作ってやるから待って…」
「……い…」
「…あん?」
枕に顔を埋もれさせているため、くぐもった感じになっている言葉を聞き逃して、クラウドの転がっているベッドに近寄れば。
クラウドは緩慢な動作で顔を上げた。
「…煩いって言ったんだ。あんたは俺の母親かよ。
体調くらい自分で何とかするし、別にあんたに迷惑かけない。大体あんたに関係ない。」
抑揚のない声。無表情に、冴えて冷たい瞳。
そして極め付けが、全く可愛げの一欠けらもない言葉の数々。
言葉もないとは正にこの事で。
かっと頭に血が上った。
「…ああ、そーかよ。」
自分でも、酷く冷めた声だという自覚はあった。
一瞬クラウドの顔が強張ったような気がしたが、そんな事構ってなんかいられない。
ベッドからすっくと立ち上がると、さっさと上着を引っ掛けて、部屋から出て行った。
ガンッと、自分の苛立ちを代弁するかのように、後ろで鳴り響く扉の音は騒音だろうが、それさえ気にする余裕もなかった。
可愛くない。可愛くない。可愛くない。
そればかりが頭を駆け巡って、もうどうしようもない。
疲れているのは解っている。食欲がないということも。
そして、人に甘えると言う事を、クラウドが酷く苦手としていると言う事も。
だが、何もあんな言い方をすることはないではないかと思う。
あんな、人の行為を真正面から拒絶するようなあんな言い方。
態度も、言葉も、視線も。
全てが腹立たしくて仕方がないが、
中でも、一番腹立たしいのは、足がコンビニに向いている自分。
そして、コンビニに入った途端に、レトルトの粥コーナーなんかに足を運んでいる自分だ。
しかも、数あるレトルトの中でもどれが一番少量で栄養があるのかまで吟味までしている。
自分で自分が信じられない。
あの捻くれ者のためにどうして自分がここまでしてやっているのか。
全く持って理解不可解。自分の行動解読不能。
コンビニで粥やら、流動食やらを買い込んで、部屋の前で溜息一つ。
ポケットから取り出したキーで、鍵を開け、中に踏み込んだ。
瞬間。
「…あ…」
目を真ん丸く見開いたクラウドと鉢合わせ。
いかにも取り合えず羽織りましたという感じに引っ掛けたシャツに、紐を結ぶ手間も惜しみましたといった感じに足を突っ込んだスニーカー。
寝転がったにも関わらず、手櫛さえも通していないらしい、寝癖のついた髪。
とりあえず気ばかり焦って、追いかけようとはしたものの、玄関先で鉢合わせてしまってどうしようと思っているという所だろう。
すぐさま謝ってしまうには、素直さだとかが足りなくて。それでも自分が悪い事は解っていて。謝らなきゃと思っていて。
それでも何て言えばいいのか解らなくてどうしようと思っている。
そんな事が全くもってありありと解る表情。
なんか、もう。
固まったまま、ザックスを見上げているクラウドに。
昔だったら、気にはなってはいても、追いかける事さえしなかったであろうクラウドの
世界で一番苦手であろう謝罪の言葉を言いたくて、そのために、身嗜みだの、体裁だのに構っていられなかったであろうクラウドの
そして、普段クールビューティーだの言われているクラウドの
そんな焦った顔見せられて。
そんな動揺した顔見せられて。
なんだかもうすっかり溜飲が下がってしまった。
ザックスの小さな反逆に、クラウドは小さく俯いて。
そして。
「…ごめん…。」
それだけで、もう。
なんか、解った気がする。
そう、解ってしまった。
悟ってしまった。
どれだけ冷たく突き放されても、どれだけ邪険に扱われても、どれだけ理不尽な事を言われても、
それでも、こんな風にここに戻ってきてしまうのは。
ふと口元に浮かぶ笑み。
気付いてしまうと、どうしようもなくおかしくて。
「何だよ…」
照れ臭いのか少しぶっきらぼうな口調ののクラウドに、一言。
「好きだよ。」
と。
途端首筋まで真っ赤になるクラウドに
思わず笑ってしまった。
『好きだよ』
ただ、それだけの事なのだ。