08 夢の話
 
 
「なぁ、クラウド。この世にはさ、楽園って呼ばれる島があるんだって。」
遠征から帰って来るなり、ザックスはそんな事を言い出した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
扉の開く音がして、ソファで何とはなしに雑誌に目をやっていたクラウドは、唯一インターフォンを鳴らさずにこの部屋へ入ってくることの出来る男を出迎えに向かった。
酷い物だった。ザックスは、血と硝煙に塗れたソルジャーの服を身に纏っていて、尚且つ腕からだらだらと血を流し続けている。全身血まみれの状態だ。
予想もしていなかった姿に、クラウドは思わず息を呑んだ。ザックスは、いつも新羅の施設で怪我やら着替えやらは済ましてきていたから、
クラウドがこう言う姿を見るのは初めてとは言わないまでも、滅多にないと言っても良かったのだ。
クラウドは、放っておくと漏れ出てきそうな叫びをぐっと喉の奥で押し留めて、怪我をしていない方の腕を引いた。
ザックスは大人しく付いて来る。
決して長くはない廊下を横切って、ザックスを二人がけのソファに座らせると、救急セットを引き出しの奥から持ってきた。
クラウドが周りとうまく馴染めなくて、喧嘩ばかりをしていた頃、ザックスがよく苦笑しながら持ってきた物だ。
クラウドは、その中の袋から、真っ白で一点の染みもない包帯を取り出した。
自他共に認める不器用ではあっても、度重なる訓練による負傷でいつしか手馴れたものへと変わった手付きで、ザックスの腕に丁寧に包帯を巻きつけていく。
ザックスは相変わらず、何を言うでもなく、黙ってされるがままにしていた。普段は酷くお喋りで、黙れと言っても喋っているこの男にしては珍しい。
クラウドにしても、別段かける言葉を見つけられず、黙って腕の傷の手当に没頭する。
手当てをしていて気付いたのだが、ザックスの肌を汚している血は、殆どザックス自信の物ではなかった。
他人の血。ザックスが切った人間の返り血が殆どだった。
それに安堵する自分もどうなのだとは思うが、それはもう人間の構造上仕方がない事だと思う。
大方の手当てを終えて、ふと頬にも小さな傷を見つけてそちらの方も手当てをしようとガーゼを押し当てたとき、ザックスは冒頭の言葉を呟いたのだ。
 
 
突然発するには全く適さない言葉にクラウドは眉を顰めて見せるが、ザックスは別段気にした様子はない。
何処か空ろな瞳は、何も映し出してはいないブラウン管の方に向けられていたが、別段何かを見ている訳でもなさそうだ。
ザックスは独り言めいた口調で続ける。
 
「その島はさ、小さい島だから、贅沢な食事も、高価な衣服も、快適な生活を約束する家も、何もない。
ただ、それらがなければ、不幸なことだなんて言う尺度さえ、そこには存在しないんだ」
ぽつり、ぽつりと抑揚のない声で語られる理想郷。
 
ザックスが何を言いたいのか解らなかった。
 
言っている言葉は解る。
ザックスはゴンガガなんて田舎町出身の癖して、その地方の訛りなど欠片も覗かせないミッドガルの標準的イントネーションで、自分と同じ言語を話しているし、
低いとはいえ、軍隊を総轄する事の出来る、良く通る声で喋っているのだから。
ただ、クラウドが解らないのは、その意図。
理想ばかり詰め込まれた、決して存在すらしていないようなその島について語る、その、意図が解らなかった。
不意に、クラウドに視線が向けられる、蒼いく、鈍く輝いたソルジャーの瞳。
 
「…そこにさ、恋人同士が二人で暮らしてるんだ。本当に何もない島だから、やる事も本当に何もなくて、
でもお互いが居るだけで優しい気持ちになれて、満足できるから、本当に何もやることがないなって笑いながら過ごしてる。」
 
聞けば聞くほど馬鹿らしくなるような理想郷を、現実主義に限りなく近いザックスが吐く事に、酷く違和感を覚えるが、ただそれだけだ。
ザックスの言葉に、特にそこに住む恋人達の話を始めた時向けられた視線に、その真摯な瞳に違和感は感じるものの、未だザックスが理想郷を語る意図はまるで掴めない。
 
「何が、言いたいんだ…?」
 
本気で解らなくてクラウドがそう問えば、ザックスは瞳を細めて、寂しげに笑った。
胸を突かれる位に切なげな瞳で。
 
 
「…なんでもねーよ。」
 
と、呟く。
それでも瞳を逸らせずにいると、ザックスは苦笑して。そしてゆっくりと窓の方に視線をやった。
 
「…ただ」
 
 
釣られて見上げた窓の向こうに広がる空は、かの楽園を彷彿とさせるほどに澄んでいる。
 
 
 
「夢の、話」
 

 
 

…アイタタタタ…!すいません。弱気なザックス苦手な方、読み飛ばして下さい。。。