Act 14 裏切り 「無理だ!絶対無理だ!お前本気で何考えてるんだ!!っていうか何も考えてないだろっ!馬鹿じゃないのか!?っていうか馬鹿だろ!!」 「…そうキャンキャン吠えずにさぁ、キリキリ歩けよ。お前今の自分の立場わかってんのか?」
「解ってるから言ってるんだろっ!この馬鹿っ!能無しっ!考えなしっ!」
「よくもまぁ、そうポンポンと…」
苦笑を落とされつつも、罵詈雑言はやめられない。
非常識だとは思っていたが、ここまでくるともう非常識のレベルも超えている。
非常識だなんて高等な言葉を使ってやることさえ勿体無い。こいつはただの馬鹿なのだ。
ザックス曰く、キャンキャンな叫び声を上げているクラウドの今の状況はと言えば、
後ろでに両手を一纏めにした状態で、がっしりとザックスの腕に掴まれつつ、ナイフの切っ先を押し付けられているという状態。
人質が喚き過ぎ、犯人との会話が余りにも親しげである事を除けば、所謂典型的な人質と犯人風景だ。
「俺はただの手駒なんだ!必要とあればいつでも殺される!人質としての価値すらないんだよ!だからさっさと置いていけって!!」
懸命に訴えかけるクラウドにも、ザックスは首を傾げるだけだ。
「んー…俺はそうは思わないんだけど…。」
「〜っ!お前がそうは思わなくても実際そうなんだ!何度言ったと思ってるんだ!いい加減人の話を聞けっ!!」
「はいはーい、聞いてますよー。」
さっきからこれと似たような問答が続くだけでちっとも先に進まない。
いい加減にしろと殴りつけたい気分だが、ナイフの切っ先を背中にぴったりと突きつけられた状態ではなす術もない。
このままではザックスと一緒に、レッツ自殺。不本意まるけの無理心中だ。
死への恐怖などという感情は持ち合わせてはいないものの、こんな馬鹿らしい死に方だけは御免被りたい。
げんなりとした気持ちでザックスと歩き、腕を振りほどこうと抗う気力も失せた頃。
「いたぞっ!!こっちだ!!」
突然鋭い叫び声が聞こえて、クラウドはびくりと肩を震わせた。
ザックスはと言えば、「おー見つかった見つかった」などと呑気極まりない口調で追っ手を待ち受ける。
「おい、本気で俺はっ!!」
叫び声を上げようとした所で、曲がり角の向こうから追っ手がわらわらと現れた。誰もかれも見知った顔で、皆一様に銃を構えている。
「貴様、Zだな!?」
「ひゃっほーい、こりゃお手柄だぜ!!」
皆報酬に考えを及ばせているのか、しまりの無い顔をしている。クラウドの事など目にも入っていない様子だ。
沼の底の様に真っ黒な銃口は自分達に向かって真っ直ぐ向けられていて、もう逃げ場も無い。
あぁ、自分の命もここまでかと諦めの境地に入った瞬間、銃声が響き渡った。
連続して3発。
…撃たれた。
はずだった。
だが耳を劈く轟音の後に訪れるはずの痛みだとか、衝撃はいつまで立っても全く感じない。
ただ余りの音に、振動に揺られた鼓膜が痛みを覚えただけだ。
怪訝に思い、反射的に瞑っていたらしい目を恐る恐るこじ開ければ、眼前には信じられない光景が広がっていた。
目の前に散らばる人、人、人。うつ伏せになって腹を押さえている者、太腿を抱えて転げまわっている者、はっきりと絶命しているのがわかる者。
それらは全て先程まで自分達に自信にと期待に満ちた目を向けていた男達で、自分に死の制裁を加えるはずの男達だった。
「…お前、本気で人質として使えねぇんだな…」
呆気に取られて目の前の光景を見ているクラウドの耳元に、呆れたような声が振ってくる。
それがザックスの声だと気付き、反射的に顔を上げた。
ザックスはといえば、先程までナイフを握っていたのと逆の手に小振りな銃をぶら下げて、不満そうにぶらぶらと振っていた。
「…あんた…いつの間に…」
「口ではあぁ言ってたけど、まさかあそこまで露骨に無視するとは思わなかったぜ。腐ってんなこの組織。」
クラウドの頗る当然な疑問は軽くスルーして、ザックスはそんな事をぶつぶつと呟いている。
「〜っ!だから何度も言っただろうが!!」
本日何度目か数える気力も消えうせる位の叫び声を上げて、ザックスの手を振りほどこうともがいた。
「俺はただの手駒なんだ!しかも組織の方針は『迅速で速やかなターゲットの暗殺』で、
俺達の中には結束力だとか仲間意識なんて物はないんだ!だから人質なんて意味の無い事はやめろっ!!さっさと俺を離せ!!」
一気に捲くし立てると、ザックスは小さく肩を竦めてみせた。
「…解った、解った。じゃ、とりあえず離してやるからさ……えーと…」
最後の妙に歯切れの悪い口調を怪訝に思う。
「…何だよ」
言った途端緩められた腕の力に、すかさず逃げを打ちながら振り返った。
追求に、何処か決まり悪そうな顔をしつつ、ザックスは腕を差し出してきた。 手の平を上に向けた、何かを要求するような腕の動作。
「………」
意図が解らず、じっとザックスの手のひらを見ているクラウドに、ザックスは「アレ、」と呟いた。
「…何だよ。」
「あれ、返せよ。」
そこまで言われても何の事だか解らなかったクラウドは、眉根を寄せた。
「…あれ?」
ザックスはやはり何処か決まり悪そうに、そしてもどかしそうに掌をより近づけてくる。
「だから…その、前、お前に預けた…」
そこまで言われて漸くザックスの要求している物が解った。何処か決まり悪そうなのもこれで合点がいく。
「あぁ、ロケットペンダントだな。」
ザックスが小さく頷いたのを確認してからポケットに手を入れる。先程牢屋でも触れた冷たさが、指先に触れる。
そこで、ふと思ってしまった。
(まさか…)
「どうした、まさか失くしたとか言わないよな。」
ポケットに手を突っ込んだまま突然動きを止めたクラウドを怪訝に思ったのだろう。ザックスは不安そうな声を上げた。
その余りに不安げな様子に、自分の推測の正しさを後押しされた気分になる。
「あんた、……まさかとは思うが、組織に乗り込んだ理由ってそれなんじゃないだろうな…」
「……え?」
「仕事っていうのは嘘で、実はこれを取りに来たってだけなんじゃないだろうな。」
こちらとしても半信半疑だったので、窺うように上目で見やれば、ザックスはぴたりと固まった。
「え、いや、まぁ、その……」
不自然な程の沈黙を置いてから、歯切れ悪い言葉を並びたてる。それだけで答えも解ろうってものだ。
呆れて物も言えないクラウドに、ザックスは言い訳がましく続けた。
「いや、勿論それだけじゃねぇよ?他に用がある…ような、ない、ような…」
「…ないんだな。」
誤魔化そうとしたつもりが裏目に出ている。ザックスは苦笑しつつ頭を掻いた。
「あんた、ほんとに正真正銘の馬鹿だな。」
「…うるせーな。人生多少馬鹿の方が楽しいだろ。」
「……大体、そんな大事な物、人に預けるな。」
しかも自分を狙う暗殺者なんかに。考えれば考えるほどこの男の行動の奇妙さが際立ってきたが、それを勘繰るのは余りに今更な気もする。
この男が奇妙なのは出会った瞬間からの事だ。クラウドの言葉に、暫く押し黙っていたザックスは、ふいにぽつりと呟いた。
「大事な物だから、だろ。」
「…………は?」
余りにも辻褄が合わなくて、聞き間違えたかと思い、聞き返したがザックスは小さく首を振った。
「それより、お前中見たか?」
「…見てない。見るわけ無い。」
話を逸らされた事に不満を感じたものの、これ以上追求しても仕方のない雰囲気を感じて、自分も会話を続けた。
クラウドの返答に、ザックスはふと小さく笑いを漏らした。
「だろうと思った。」
「……」
お前はどうせそうだろなという言い方をされ、どうやら見透かされていたらしいのが解り、少し悔しい。
こんな事ならば律儀に見ないようにせず、見ておけばよかったと後悔する。
剥れながらも、もう一度ポケットの中に手を突っ込むと、指先に心地よい程度の鉄の冷気が伝わった。
先程の乱暴な扱いにも関わらず、ザックスの見込んだポケットからロケットペンダントは滑り落ちる事無く中に納まっていたのに今更ながら感謝する。
ポケットから引っ張り出すと、シャラリと涼しげな音がして、鎖が手のひらから滑り出た。それをザックスに差し出す。
きっと引っ手繰る勢いで奪い返すんだろうなと思うと、少し面白かった。
…だが。
「……?」
予想に反して、ザックスは一向に受け取る気配も無い。あれだけ執着心を見せていたにも関わらず、だ。
焦って引っ手繰って奪い返す位の事はすると思っていたのに。
ザックスは、先程まで差し出していた手を自重のままに下ろし、クラウドが差し出したロケットペンダントを涼しげな笑みを浮かべて見ている。
自分の予想が違えたのと、妙に余裕な態度が妙に癪に障って、眉を顰めつつ、更にずいっと勢いよくそのペンダントを近づけた。
「早く取れよ。」
「あぁ、もうちょっとだけ待ってくれ。あと、少しだから。」
「あと少しって、何が…」
こんな所でじっとしていては、直ぐに見つかってしまう。早く移動した方がいいに決まっているのに、一体何を待っているというのだ。この馬鹿は。
待機しているらしい心強い仲間がここで待っていれば来てくれるというのか?
焦燥感を募らせていくクラウドとは対照的にザックスは全くの平然とした態度でその場に突っ立っていた。
焦れて、さっさとザックスの手に押し付けてしまおうとした瞬間。
角の向こうから足音が聞こえた。
反射的に顔をそちらに向けて、愕然とする。
角の向こうから現れたのは、2人組の男。
一人はこげ茶色の髪に、萌黄色の瞳の童顔で可愛らしい顔立ちをした男、クルーエル。
そしてもう一人。クルーエルの押す車椅子に乗った男。白髪の目立つ黒髪に、黒い瞳をした男。
殆どその顔を目にする機会すらなかったが、知っていた。この男はデリーグの全てを統べ、幹部すらも束ねる男だ。
名は誰も知らない。通称『ボス』と呼ばれる人物がそこには居た。画面越しに姿を見た事はあったものの、車椅子の男だとはしらなかった。
思いもかけない突然の来訪者に激しく動揺し、固まってしまったクラウドだったが、それは向こうも同じようだ。
ボスも、零れんばかりに目を見開いたまま、固まっていた。
暫くは呼吸すら感じないような静寂に満たされていたが、不意に低い男の声でそれは壊された。
「…呼び出されて来てみれば、そう言うことか。」
殆ど耳にした事のないような、ボスの重々しい声。
「クラウド、貴様、寝返っていたとはな。」
ボスの言葉に思わず耳を疑った。その位現実味のない内容だった。全く持って予想だにしないその言葉。
「……寝返…って……?」
思わず鸚鵡返しにボスの言葉を繰り返した瞬間、ザックスが、
今まで頑なに受け取ろうとしなかったのが嘘のように優雅な動作でロケットペンダントを受け取った。 ザックスの掌に納まったロケットペンダントがまたシャラリと涼やかに音を立てる。
「ま、そーいう事。クラウド君は俺に組織の機密データを渡してくれる位に俺と仲がいいって事だ。」
ザックスがいつものように軽愚痴に乗せて言った言葉を理解するのには、数十秒かかった。
(機密…データー…?)
何度もその台詞を頭の中で反復した後、反射的にザックスに目をやると、器用に片目を瞑ってみせた。
(まさか、こいつ…)
呆気に取られているクラウドの前で、ザックスはロケットペンダントを軽い調子で開けてみせる。
中から現れたのは、家族や、友人や、ましてや恋人の写真でもなく、
-----電子コードが僅かに覗く、指先ほどの大きさのマイクロチップだった。
「あんたっ……」
嵌められた。
その事実を悟り、全身の血の気が一気に引いた。
「どうりでクラウドだけ殺されない訳だ…その時点で気付くべきだったのに、私もまだまだ甘いようだ…」
全てを悟ったような口調のボスに、クラウドは焦燥のままに声を上げた。
「っ!ボス、誤解です!!俺はっ!」
「今更見苦しいぞ、クラウド!!」
弁解しようと上げた声は厳しい口調で遮られた。
ボスの声音は怒りのためか、酷く震え、かっと見開かれた瞳は血走っていた。
もう何を言っても無駄なのだと、唐突に悟った。
全てはクラウドが悟る前に巧妙に仕組まれていて、それが順調に進行してしまった。今更覆しようのない事実なのだ。
「…だが、お前、頭は弱いようだな。飛んで火に居る夏の虫とはこの事だ。
データを持ったままここに来てくれたばかりでなく、自分の身も持って来てくれたとは。
これで、データーもお前の身柄も確保できて私は万々歳という事だ。」
予想もつかなかった事態に、激しく混乱している間にも話は進み、ボスが口の端に勝ち誇った笑みを浮かべつつ言うのが耳に入って来た。
混乱した頭で、そうか、と思った。漸く今更ながら悟る。
デリーグが長年高額の懸賞をかけて、ザックスの暗殺を推し進めてきた理由、それはあの機密データをザックスが持っていたからなのだ。
そして、その機密データはこの組織の存続に関わるほどに重大なデータなのだろうと、容易に想像できた。
そうだ、だとすればザックスの行動は馬鹿以外の何物でもない。
何のためにこんなに敵様に好都合な状況を作り出しているのか。
だが、
ザックスは、挑発的な笑みを唇に乗せてみせた。
「……頭弱いのはお前じゃねーの?」
より嘲笑的で、より小馬鹿にした言い方に、ボスの顔が怒りにさっと赤くなった。
それをやはり小馬鹿にしたような瞳で見つめながら。
「あのさ、俺がどれだけの期間あのデータ持ってたと思うんだ?俺がコピー作らねぇ程、馬鹿だと思うか?」
澄ました顔は、とても端整で、そしてとても挑発的だった。
ボスの顔がまたさっと青くなった。
「貴様っ…」
瞬間、轟音が轟いた。
「な、」
轟音ばかりではなく、激しく地面が振動し、クラウドは真っ直ぐ立っていられなくなってよろめいた。
何が起こっているのか全く解らない。
「あーあー、来たみたいだな。新羅の兵隊さんが。」
ただ一人状況を理解しているザックスが頗る呑気な口調でそう言った瞬間、ボスの顔が可哀想な位に歪んだ。
「貴様、まさかあのデーターを新羅に!?」
「ま、あれだけの事やっといてさ、無事でいようってのが間違ってんだよな。」
激しくうろたえるボスにも、ザックスは優雅とも言える笑みを浮かべて見せる。
「新羅組織お抱えの暗殺組織があんな事してたなんて知ったら、そりゃ消しにかかるよな。
裏切り者には死を。それって鉄則なんじゃねぇ?」
「…貴様っ!」
「あー、やる気か?俺は逃げた方が懸命だと思うけどな。」
ザックスの言葉に、今にも殴りかかって来そうだったボスの動きが止まった。
唇はきつく噛み締められ、怒りのためか恐怖のためか、顔色は蒼を通り越して真っ白だ。
不意に、今まで後ろに黙って控えていたクルーエルがすっと前へ進み出てきた。
こんな状況だと言うのに、顔色一つ変えず、口元には笑みさえ浮かべている。
「お兄さん、失礼だね。お年よりは大切にしなきゃって習わなかった?」
まるで、小学校低学年の子供を叱り付ける様な口調で、声音もそれと同じで酷く優しかったが、
全身からは感じた事もない程の殺気を感じた。肌がビリビリするような殺気を全身から放っている。
強い、と感じた。こんなにも強かったのかと、改めて思った。それ程強烈な殺気だった。
だが。
「やめろっ!!」
ボスの悲痛な声がそれを制した。余りの剣幕に、クラウドも思わずびくりと肩を竦めた。
制止を掛けられたクルーエルはゆっくりと振り返る。
「でも…この人たち…」
「でもではないっ!お前がここで勝負を挑んでどうなる!!?新羅が来るのだ!!私を捨てる気か!?」
クルーエルの顔に不自然な程可愛らしい笑顔以外の表情が浮かぶのは初めて見た。
それは感情を伴った表情。困惑、だった。
「頼む、私を捨てないでくれ!!私を守ってくれ!!」
取り縋られて、クルーエルの瞳が揺れる。不意に、何かに耐えるように目を細めた後、瞳を閉じた。
そして次に瞳を開いた時にはいつもの彼に戻っていた。
「そうですね。じゃ、今回は大人しく逃げましょうか。」
にっこりと相変わらず可愛らしい笑顔をボスに向ける。その瞬間ボスはあからさまにほっとした表情をした。
目の前に広がる光景に、クラウドは困惑した。こんな男が率いていたのか。
こんなくだらない男のために自分は働いてきたのか。
それは悔しさと言うよりは、拍子抜けするような、そんな事実だった。
「じゃ、そうと決まったら僕らは退散するね。」
クルーエルは、遊び先から家に帰るような軽い口調でそう言う。だが、次の瞬間その瞳に鋭い物が過ぎった。
「…でも、何でもうまく行くと思ったら大間違いだから。気をつけてね。」
氷のようなとはこの事を言うのだろうか。いつものような大袈裟な抑揚は全て消え去り、瞳には鋭い刃が宿っていた。
だがそれも一瞬の事で、クルーエルが子供のように手を振ったかと思うと、直ぐに見えなくなった。
後に残されたのは絶え間ない轟音と、立ち尽くす二人ばかり。
この騒ぎに乗じて、きっとクルーエルは見事に逃げ切るだろう。ぼんやりとそう思う。
あいつはそれだけの事は出来る男だ。
だが、自分は…。
「……どうして、くれるんだ…」
ポツリと漏らしたその声に、ザックスが振り返る気配を感じる。
「…何がだ?」
何も解っていない無責任な台詞だったが、もう怒る気力すら残っていなかった。
もうただ只管に疲れていた。
今まで守ってきた物だとか、自分の所属する場所だとか、命の保障だとか。
それら全てが一瞬で粉々に砕かれて、酷く無気力な気分に支配されている。本当に、もう疲れていた。
「…これで、俺は正式に裏切り者だ。組織の人間から一生命を狙われ続ける事になる。」
責めるような口調ではない。責める気もない。そんな気力すら自分にはなかった。
「あんたは…そうしたかったのか?俺を、潰したかったのか?…そんなくだらない事が、目的だったのか?」
ただもう本当に疲れていて、何となく口にした疑問。それにザックスは勢いよく首を振った。
「んな訳ねーだろ。」
「……じゃぁ…」
「何度も言ってるだろ?俺は、お前が気に入ったんだ。」
無気力なクラウドにザックスはそう言って、笑ってみせる。その瞳は何処までも無邪気で、何の悪意も感じられず、何処か不思議な気分になる。
何の反応を返す訳でもなく、ただぼんやりとその瞳を見上げていると、不意にザックスはすっと双眸を細めた。
「もし…組織に狙われて、お前だけじゃどうしようもない時は一緒に戦ってやる。守ってやる。…だから」
ゆっくりと手を差し出された。伸ばされる指先。いつかと同じよう真っ直ぐに。
「俺と、来てよ…。」
ひどく優しい瞳で。本当に柔らかく微笑みながら。
…ただ、そこには以前と違って、まるで泣き出しそうな子供のような懸命さがあるのに気付いた。
拒まれる事を恐れて、強く出る事ができない。だから必死で手を取られる事を願っている。
何処までも純粋に、直向に、縋るように。
何故なのかは解らない。
だが、そんな不器用で傷つきやすい少年が一瞬見えた気が、した。
『俺と来てよ』
以前も言われたその台詞。
何処に、とは言わない。
詳しい事も、何も。
だが、内容は容易く想像がつく。
『何でも屋』
不意に、思い出す。
牢屋に入れられて、もう少し違う生き方をしていれば、そう考えた時の事を。
もし、違う生き方をしたのであれば自分はあの男と一緒に行ったのだろうかと。
もっと自由で、規則に縛られる存在ではなく、自分で生き方を選ぶ事が出来る人間であったなら
自分はあの男と生きる道を選んだのだろうかと。
今でも思う。
きっとろくでもない生活なのだろうと。
落ち着いた生活など決して望めない。命の保障もきっとない。
振り回されて、走り回って、とんでもない事に巻き込まれて。
うんざりするような事のはずだ。どうしようもなく疲れるような事のはずだ。
…けれどそれは。
自分のやってみたい事では、なかっただろうか。
「いたぞ!!あそこだ!!」
ぼんやりと、差し出された手を見ているうちに結構な時間が経っていたのだろう。
未だ状況を理解していない下っ端共が走って来る音が聞こえた。
きっとボスもクルーエルも幹部には連絡しただろうが、下っ端クラスには手が回らなかったのだろう。
切り捨てられたとも知らない哀れな部下達が、次々と現れる。
我に帰って、腰にかかったアーミーナイフに手をやった瞬間。
背中に、何かが当たった。
ザックスの背中だと、背後を見ずとも判った。
温かくて広い、逞しい背中。隆々とした筋肉を秘めているその背中。
背中を預けあう。背後を守りあう。
心臓がどくんと小さく跳ねた。
続々と現れる組織の男達。向けられる銃口、ナイフ、殺気の塊。
それでも。
…大丈夫だと、思った。
この人数に囲まれていても全く怖くは無い。
だって、きっと本当にこいつはどうにもならなくなったら助けてくれる。
そう、根拠の無い確信をしていた。
飛び交う銃声、怒声。交錯する刃。だがそれらは決して背後から襲ってくることは無い。
一人じゃない。
背中を預けても大丈夫。
それがこんなにも安心する事なのだと、今まで認めようとしなかった事実を突きつけられる。
目を逸らし続けていた事が見えてきて、まるで霧が晴れたようで、その余りの見通しの良さに、眩暈すら覚える。
曇り空から差し込む一筋の陽光のように眩しい現実。
裏切り者にされて。自分の味方だった奴らに囲まれて。本気の殺し合いをしていて。
本当にどうしようもない事態のはずなのに。
心は何処か晴れ晴れとしていた。
よっしゃーーー!!とりあえず、一段落つきましたーーーーっっ!!!!頑張ったー!自分ーーーーっ!!(笑)
この話を書き出した時に、前編の中では一番書きたかったシーン、クラウド、ザックスに騙される、の巻です。
基本この話のザックスは激黒なので、全部ザックスの計画的犯行でした(笑)
はぁ、よかったここまで来れて…。これでやっと、ラブな過程に突入できます(笑)
ちなみに前編は後、4話で終了予定です。
後もう一山来ます。
宜しければお付き合いくださると幸いですvv
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