Act 15 逆ベクトル ボスや、クルーエルの指令がない分、追っ手たちは非常に混乱しており、掻い潜ることは比較的簡単だった。 完全であるはずの封鎖体勢も、先程の爆発で、通信系等が駄目になったらしく、 混乱が混乱を来たし、内部は無茶苦茶だった。 だが、腐っても『デリーグ』だ。降り注ぐ銃声やら何やらは絶えることなく、 逃れるためには、只管に走り続ける必要があった。 走り続けながら、自分は何をしているのだろうと、我に帰る瞬間もあったが、もう余りにも今更だ。 それに、ここrの何処かで、もう腹を括っている自分がいた。 右と左の足を交互に出し続け、アジトの出口で警備を固めていた連中をのした頃には、流石のクラウドも息が切れていた。 アジトは、入るときと同じで、出るためにも『鍵』が必要だ。 クラウドは、赤いピアスを慣れた手付きで外し、認識機の中に放り込もうとして。 はた、と動きを止めた。 肝心な事を思い出したのだ。 「……なぁ、ここから、出ても大丈夫なのか?」 弾む息を抑えながら問えば、ザックスはきょとんとした顔をする。 「ああ。勿論。デリーグは基本的に、地上には追っ手は置かないんだろ?なら、大丈夫だに決まってんじゃねーのか?」 寧ろ、何故そんな事を聞くのかという態度をとられて、思わず眉を顰めてしまう。 そう、確かに、デリーグは基本的に、地上には追っ手は置かないと言ったのは自分だ。 無用心に思われるかもしれないが、それは、この無法地帯である組織の中での数少ないルールなのだ。 これは、基地の場所を特定されないようにするための予防線である。 何も無い廃墟に、見張り役とはいえ、怪しい風体の男が何人も居れば、怪しまれるのは必至だからだ。 だから、通信系等が破壊され、この出口の追っ手をのした以上は、地上には追っ手の姿があるはずがない。 つまりは、自分達は今後後ろから来る追っ手の存在にだけ注意を払えばいい。それは確かにザックスに説明した通りだ。 だから、そちらの心配をしているのではない。 「…新羅が、いるんじゃないのか?」 意図を汲まないザックスに、苛立ちながらそう問うた。 そう、詳しい事は解らないものの、先程確かにザックスは、ボスとクルーエルを、新羅をネタにすることで脅したはずだ。 そして、新羅の兵隊が来たみたいだ、とも確かに言った。 ならば自分達にも危険はあるのではないかと。こんな解りやすい出口から出てもよいのかと、そういう意味を込めたのだ。 だが、ザックスは、今、気付いたとでも言うように手を打ち合わせ、「ああ」などと、呑気にのたまった。 しかも、最後には。 「大丈夫じゃねぇ?」 などと一言。疑問系。完璧もって疑問系。しかも最強に無責任。 苛立ちに煽られて、身を乗り出した瞬間。 ザックスは、自然な手付きで、未だクラウドの手のひらに乗せられていたピアスを取り、 なんとも無造作に識別機に放り込んでいた。 血の気が引くとはまさにこのことだ。 ピーと、聞きなれた電子音がして、咄嗟に剣に手をかける。 これで正面玄関に見張りがいないという、絶望的な低確率に賭けるしかなくなってしまったのだ。 扉の開く時間は永遠にも感じられた。 ゆっくりと開く出口。覗いた空は、果てしなく青く、眩暈を覚える程に明るい。 …ただ、それだけだった。 地下牢に閉じ込められていた期間が長いせいか、初めは僅かに瞳に痛みを覚えたものの、直ぐに慣れる。 だがそれでも、そこには予想していた居並ぶ銃口も、軍の殺気も、何もなかった。 恐れ知らずの男、ザックスが、勢いよく階段を駆け上るのに釣られて、恐る恐る外に出てみる。 だが、眼前に広がるのは、張り詰めていた自分とは対照的、 かつ先程までの殺伐とした光景が嘘のような、至極真っ当で、のどかな風景だった。 まぁ、元々アジトは、崩れたビルの瓦礫下であるため、のどかとは言えど、寂れた風景ではあるのだが。 「………なっ…?」 予想とは遥かに異なる穏やかさに、反射的にザックスの方に目をやれば、またもや例の笑みを浮かべていた。 悪びれない、こざっぱりとした、確信犯的な。 「な?大丈夫だったろ?」 その余りに恣意的な笑み。クラウドは瞬間的に悟った。 「……嘘、だったのか…」 そう、新羅にデータを渡した云々くだり全てが。 「ああ、嘘。ただ、アジトの上に小型な爆弾仕掛けただけだ。でもなかなか臨場感溢れる爆発の仕方だったろ? 通信系等も駄目にできたし。」 言われてみれば、確かにいつもは見かけない穴が一つ地面にぽっかりと穴を開けている。 だがそれにしても、余りにお粗末と言えばお粗末な仕掛けだ。 もう、怒る気力もなかった。 今まで気を張り詰めていた分、どっと力が抜け、その場に座り込みたいような衝動に駆られる。 「あんた…こんなんでバレたらどうする気だったんだ…?」 「そんなん、バレないって。俺の言葉を疑うには、あいつらは悪どいことし過ぎてるからな。」 自慢げなザックスにげんなりしながら問えば、悪びれない笑顔を向けられる。 それにしてもとは思うのだが、ザックスは、全くもってほんの僅かも悪びれる様子がない。 この際全身の脱力感に身を任せてしまおうかと、甘い誘惑に乗りかける。 ザックスは、組織の出口には俺の仲間が居ると言った。 だから、そいつと合流さえできれば確実にその場を潜り抜けられる、とも。 ならば、ザックスと背中を合わせて戦う役目はここで交代のはずだ。多少気を抜いたとしても許されるのではないか。 だが、そこではたと気付いた。 慌てて辺りを見渡す。 『俺が生きて家に帰るためには、俺がこの組織から出るまでは組織が俺のことを殺せないようにしとけばいいんだ。 ‘‘組織の出口には俺の仲間が居るはず‘‘だから、そいつと合流さえできれば確実にその場を潜り抜けられる…』 ―――…組織の出口には俺の仲間が居るはず ザックスは確かにそう言ったはずなのに。 「…………仲間は…?」 「うん?」 振り向くザックスにもう一度。 「出口に居るって、あんた、言ってただろ…?」 解っていた。これを問わないほうがいい方がいいと。善良なる虫の知らせが教えてくれていたのに。 それでも恐る恐る問うてしまったのは、疲れていたとしか思えない。 案の定帰ってきた答えは…。 「そんなん、お前に決まってんじゃん?」 にっこりと、本当に悪びれず笑う男に、今度こそクラウドは二の句がつげなくなった。 「一緒に協力して地上に着いたってんなら仲間だろ? お前程、頼りになる仲間はいないからな。いやいや来てくれてよかった。」 手を組みながら、演技がかった調子で大きく一人頷くザックスには、もう、溜息すらも出ない。 「あんた…俺が、行かなかったらどうするつもりだったんだ?」 思わず心底呆れ果てたまま問いかけてしまっても責められはしないだろう。 あの場で、自分がやはり組織側に付くことを選べば、いや、そこまではいかなくとも、 共に背中を守りつつ進む事を選ばなければ、一人であれだけの追っ手を掻い潜らなければならなくなる。 そうすれば、必ず必要以上の時間が掛かり、偽装だと気付いたクルーエルが戻ってくる時間を与える事になってしまう。 クルーエルが戻ってくれば、組織の動きは確実に系統だったものになる。 内部が混乱状態で、かつ二人で援護をしつつで、漸くここまで来れたのだ。 一人でそれを掻い潜るのは、流石にザックスと言えど辛かったはずだ。 「そんな仮定論を今更話してどうすんだ。お前は来た、それだけで十分だろ?」 真面目な問いだったのに、ザックスはあっけらかんとした調子で、そう言った。 帰って来た答えは、けれど質問の答えにはなっていない。 悔しかった。 勿論ザックスの思い通りになってしまったことに対してもそうだが、はぐらかされているような気がしたからだ。 不意と視線を逸らすと、「そんな剥れるんなよ」と笑う声がした。 「…それでも来なかったら、まぁ、その時はその時だと思ってただけだ。」 ザックスは笑ってそう言った。 呆れる所だ。呆れて、何をしているんだと怒鳴る所だ。今まではずっとそうしてきた。 だが、今回ばかりはそうも言っていられなかった。 初めから男の行動はおかしかった。自分を狙う暗殺者を雇おうと、ゴールドカードを渡したり、 その暗殺者と共に組織に捕まってみたり。 常識という観点からすれば、誰から見てもおかしい。 だが、それでも、今までは全て自らの命には別状のない行動だった。 自分を狙う暗殺者にゴールドカードを渡し、多少おちょくった所で、 相手は自分よりも弱い相手(悔しい事だが)なのだ。自分の命の危機に繋がる訳でもない。 ラストリアに捕まった時でも、ラストリアの狙いはクラウドだったのだから、ザックスに被害が及ぶ確率は限りなく低い。 それに、ラストリアからの脱出は、案外楽に済んだ。つまりはそれだけの組織という事で、 ザックスは本人曰く「俺、何でも屋だから」で済むような、情報ルートによって知っていたのだろう。 だから、今までは愉快犯で済んできた。 だが、今回ばかりは、そうも言っていられない。常識と言う枠に捕らわれない生き方だとか、そういうレベルではないのだ。 その口調に騙されてしまいそうだが、内容は、人間の生存本能を考えれば、全く正反対に向いたベクトルだ。 余りにリスクが高過ぎる。 それを敢えてするという事は、余程の… 「…馬鹿なのか?」 「…は?…」 突然浴びせられた、雑言に、ザックスは一瞬呆気に取られたようだが、直ぐに笑いながら抵抗の言葉を口にしようとする。 だが、それを最後まで聞く事はなく、言葉が口をついて出た。 「そうでないなら……何故、そんな快楽的な生き方をするんだ?」 問うた瞬間、ザックスの顔から、すっと笑みが消えた。まるで拭い去ったかのようにとはこの事を言うのだろう。 向けられたのは、見た事もない無表情で、一瞬、身が竦んだ。 触れてはいけない事だったのだと、今更気付く。 零れ出たのは純粋な疑問だった。決して鎌をかけようとした訳ではない。 だが結果的はそうなってしまったのだと、悟った。 …それでも。 「俺が行かなきゃ、下手したらあんたも死んでたかもしれないんだぞ。 そんな博打をするなんて…もっと自分の命を大事にしようとは考えないのか?」 引く事が出来ないのは何故なのか。 自分がこんな事を言うのはおかしいという自覚はある。 相手が距離を作れば、自分もその距離を守る。お互いに不可侵。それが自分のスタンスだったはずだ。 他人には知られたくない事の一つや二つはあって当たり前。それを問い詰めるのは、野暮というもの。 それなのに、問わずにはいられなくて、そんな自分に、自分で困惑していた。 ザックスは、暫く無言でこちらをみていたが、徐に肩を竦めて悪戯っぽく笑った。 「……んー確かにそうだな。多分、本気で馬鹿なんだわ、俺。」 にっこりと、悪びれない笑顔を向ける。 それが、誤魔化す時のポーズだというのは、付き合いの浅いクラウドにだって解った。 苛立った。けれど、唐突に悟った。 何故、今こんなに苛立つのか。何故、問い詰めずにはいられないのか。その、理由を。 ザックスは、今までずっとクラウドの疑問をいつも軽愚痴で誤魔化していて、自分はそれに気付きつつも流されていた。 相手が距離を作れば、自分もその距離を守る。お互いに不可侵。それがスタンスだった。 いつも、それで終わりだった。 何故なら、自分達は敵同志で、永遠に平行線のはずだったのだから。交わるはずなどなかったのだから。 だが、それは無理矢理捻じ曲げられた。 巧妙な手口で、自分さえ気付かぬうちに、逃げ場をなくさせ、無理な力で平行線を曲げて、交わるようにしたのはザックスだ。 それなのに、こいつは都合のいい時だけ、再び平行線に戻そうとする。 だから、苛立つのだ。その、余りの一方的さに。自分勝手さに。 そう、ただ、好きにされるのは我慢がならない。 クラウドは何処か壁を感じる薄っぺらい笑みを睨みつけた。 「俺には、あんたが、口に出しているまんまの馬鹿には見えない。」 それは小さな反逆だった。 今まで踏み込もうとしなかった一線、それを越える言葉を紡いでしまったのは。 クラウドの発言は予想外だったのだろう。ザックスは目を丸くした。 「…あんたは、本当は一体何がしたいんだ?」 「……」 「答えろよ。」 鋭く言い放つと、ザックスは押し黙り、、頑ななクラウドに呆れたように、肩を竦めた。 クラウドが話を逸らさせる気がないのに気付いたのだろう。 笑顔は再びなりを潜め、代わりに瞳に諦念めいた物が覗く。 「……別に、俺が、自分の思った通りに生きたいと思ったら、俺にはそれしか思いつかなかったし、 それが俺には向いてると思っただけだ。」 その答えさえ、何処か漠然としていて、答えにはなりきれていない。 もどかしさに押されて、クラウドは再度口を開く。 「…………じゃあ、あんたは本当は俺に何を求めてるんだ?」 口に出してから初めて、それが一番問いたかった事であることに気付いた。 自分は、手を伸ばされた瞬間、確かに自分の道を決めた。 それしか道は残されていなかったし、それで構わないとあの瞬間確かに思ったからだ。 もう、これから先は何でも屋になるしかないとの腹は括っている。 けれど、それでも、ただ、一方的に好きにされるのは我慢がならない。 利用したいならすればいい。だが、その裏の意図を知っている状態でいたい。 それが、一方的に振り回された自分に残された最後の自由だからだ。 ザックスは一瞬、呆気に取られたような顔をしたが、直ぐに笑った。 「だから、何度も言ってるだろ、俺はお前が気に入ったんだ。 俺と一緒に何でも屋をやってくれればそれで…」 そのままザックスは押し黙った。クラウドの視線の鋭さに気付いたのだろう。 ザックスも口にしている通り、何度も聞かされた言葉だ。信じる気は毛頭なかった。 それこそが、ザックスを快楽主義者に見せている根源なのだから。 互いに視線が交錯し、探り合うような緊迫した雰囲気が流れる。 息も詰まりそうな沈黙の後、先に折れたのはザックスだった。小さな溜息が聞こえた。 「オーケー。やっぱ、信じられねぇか。」 そう言って、笑う。ただ、いつもとは違い、ほんの少し自嘲気味な笑みだった。 不敵な笑い顔しか見た事がなかったクラウドは驚いてしまった。 失礼なことだが、こいつでもこんな風に笑うことがあるのかと、そう思ったのだ。 ザックスは徐に大きく伸びをして、手のひらで頬をぱんぱん、と叩いた。 呆気に取られているクラウドに、小さく笑いかける。 「解った、降参!!話す!話します!……けど、その前に無事に逃げ切るって作業に全力になろうぜ?」 その瞬間、出口から再度怒声が聞こえてきた。 話し込んでいるうちに、大分引き離した追っ手が追いついてきたらしい。 今のやり取りで緊張感は消えうせたものの、自分達は追っ手を撒き切れた訳ではないのだということを唐突に思い出す。 クラウドは、再度戦闘態勢に入るために、剣に手をかけた。 そう、まだ、第二ラウンドが残っている。 振り回されたまま、終わりたくはない。 |