Act16  何もない部屋





ザックスが、捕まりにくかった理由の一つに、住居が定まっていない、というものがあった。
突然ふらりと何処かに現れて、そこに住み、また消えて、を繰り返す生活。それでは尻尾の掴みようがない。
だから、何でも屋になる以上は、自分もそのような生活をしなければならないのだと思っていた。
一所に落ち着かず、常に身を隠し、渡り歩く、そういう暮らし方を。
だから、ザックスは、「じゃ、一先ず我が家にでも帰りますか」とは言ったものの、仮初の我が家だと思っていたのだが。
その考えは、ザックスの向かう先を把握した瞬間一変した。ザックスは、プレートの下、スラム街の一角に向かっていた。
正直、驚いた。そんな情報は、デリーグには全く入っていなかったのだ。
いつも姿を現すのは、プレートの上だったから、そこに何処か秘密の居住地があるのだとデリーグは疑っていなかったのだ。
これでは、尻尾を掴みきれないのも無理はない。
プレートの上に住んでいると思わせるような姿のくらまし方をするザックスには、クラウドは内心舌を巻いた。



着いた先は、一応2階建てではあるものの、スラムに相応しく、
今にも潰れてしまうのではないかという位に小汚い小屋だった。
薄汚れたコンクリート作りの壁には、縦横無尽にひびが入っており、
まるで蜘蛛の巣か何かのように、不気味な文様となって壁を覆っている。
だが、その建物の一階と二階の間には、どう考えても不釣合いな物が一つ取り付けられていた。

『Flower Shop Romance』

オフホワイトで塗られた木の板の上に、優しいピンク色ででかでかと書かれたその文字に、クラウドは思わず放心してしまった。
だって、Flower Shopだ。花屋さんだ。しかもこんな不気味な建物で、このネーミングセンスだ。
一体何がどうなって、自分がこんな所にいるのか全くもって理解出来ない。

「…あんた、花屋に用があるのか。」

「…ん、あぁ。」

「何も、こんな不気味な所で買わなくても…」

「ここじゃねーと駄目なんだよ。」

行きたくない。壮絶に行きたくない。それだけが感情の全てになっているというのに、
背中に手を添えられ、「んじゃ、行こうぜ」と先に進むように促され、
泣きたくなるというのはこういうことかと真面目に考えてしまった。


木で編みこまれ、小さなドライローズが添えられたリースの掛けられた、
これまた可愛らしい扉を開けると、むせ返るような緑の匂いがした。
外見を裏切らない、可愛いらしい内装の店には、これまた可愛らしい色とりどりの花達が、和を乱すことなく並んでいた。
その美しさに目を奪われながら、店内を見回すと、奥のカウンターに立っていた男と目が合った。
緑味がかった黒髪に、それと同じ色の瞳をした、仏頂面の男で、黙り込んだまま真っ直ぐにこちらを見てくる。
その視線の強さに、思わず警戒心を煽られた、が。

「………………いらっしゃいませ。」

微妙な間の後に、やる気のない声が掛けられた。
いや、やる気がないというのは語弊があるのかもしれない。彼はその後ご丁寧にも緩慢な動作で頭を下げたのだから。
呆気に取られているクラウドを他所に、ザックスはにこやかに男の元に歩み寄る。

「よ、ロデス。最近景気はどうだ。」

「…そうだな。まぁまぁだ。」

やはり、何処かやる気を感じさせない口調で、ロデスと呼ばれた男はそう返したが、
自分達以外、人っ子一人居ないこの状況ではまぁまぁなのだろうか、などと考えてしまう。
だが、ザックスは気にした様子もなく、変わらず気さくに話しかける。

「そっか、そりゃいいことだ。じゃあ、いつもの頼むな。」

「…いつもの?」

「ああ、ウインターグラジオラスだ。」

その瞬間、初めてロデスは口元に笑みを刻んだ。

「ああ。おかえり、ザックス。」

そう言いながら、一輪のピンクの花と、カードを差し出した。
余りに予想外の展開に、呆気に取られていると、ザックスが振り返って笑った。

「これ、覚えとけよ。」

「…は?」

「このやり取りがないと、ロデスは鍵をくれない。……俺達の事務所はこの上だ。」

言うが早いか、ザックスはカウンター横の階段を上がり始めた。
呆然とその背を見ていると、カウンターの方から視線を感じた。
ロデスが、じっとこちらを見ている。その気迫に負けて、咄嗟に視線をそちらに向けると

「今日のあんたは、カンガルーポーだ。」

そう言って、見た事もないような赤く花を差し出された。

「……は…?」

余りに唐突な行動に、思わず奇声を上げてしまったが、ロデスは気にしていないようだ。
無言で、花を更に近づけてくる。

「花言葉は『不思議、驚き』」

「………」

余りに適した言葉に、思わずクラウドが受け取ると、ロデスは唇を笑みの形にした。

「今日のあんたのパスワードだ。外出して帰ってくる場合は、そう言ってくれ。」

そこで初めて、クラウドはこのシステムの仕組みを理解した。
入る度に変更され、本人にしか知らされないパスワード。実に実用的な仕組みだ。
ただ、花が一々渡される事を除いては、だが。
突然とは言えど、折角貰った花をつき返す訳にもいかず、手に抱えたままザックスの後を追う。
階段を2、3段上りかけ、そこでふと思いついて振り返る。
すると、何やらブーケ作りを始めようとしていたロデスが顔を上げてくれた。

「…ウインターグラジオラスの花言葉は…?」

「用意周到。」

脊髄反射のように答えられた、これまたぴったりフィットな言葉に、小さく溜息を吐いて、階段を駆け上がった。
階段を上がって、いくつかの扉が並ぶ廊下の一番奥の扉の前でザックスが待っているのが目に入る。

「…あんた、何で花屋の上なんてロマンチックな所に住んでるんだよ。」

ゆっくりと歩み寄りながら、思わずそう問う。
…しかもあんなロマンチックな男が家主である所なんかの、と付け足しそうになったが、それはやめておいた。
それは流石に失礼な気がしたからだ。ザックスは一瞬きょとんとしたものの、直ぐに非常に真面目な顔に戻る。

「そんなん、俺ほど花の似合う男はいないからだろ?」

いけしゃあしゃあと言ってのける、変人男。
どの口でそれを言うのかという、クラウドの冷めた視線に気付いたのだろう。ザックスは、小さく笑った。

「ってのは勿論冗談。ここは隠れ蓑なんだよ。
お前がさっき心の中でつっこんだ通り、俺に花は似合わねぇだろ?

やはり心は読まれていたらしい。読まれるくらいあからさまな顔をしていたはずだから、当然と言えば当然なのだが。

「だからさ、あいつと契約結んだんだ。ほら、あいつ、花にかける情熱は誰にも負けないけど、どうも無愛想だろ?
当然花とか売れなくて、でも続けたくてって感じだったからさ、俺が話を持ちかけた訳だ。
家賃は十分に払うから、ここに住ませてくれってな。つまりは、アイツの収入の殆どは俺からの家賃なんだよ。
花屋は完璧に趣味。面白いだろ?」

「…はぁ…」

そんな、はいともいいえともつかないような返事をして思うことはただ一つ。
変人の周りには変人が集まる。似た物同志が集まるというのは本当らしいと、しみじみ実感した瞬間だった。
そんな事を考えているクラウドに気付かないのか、気付いても気にしていないのか、
ザックスは、カードキーを差し込んだ。ピーと無機質な音がして、扉が開く。


----入った瞬間覚えたのは、妙な違和感だった。



入って直ぐ目に入る、グレーのソファ。綺麗に並べられた、ベージュのクッション。洒落た木製のテーブル。
それらが、大きめに取られた窓から注ぐ白い光によって照らし出され、清潔感と快適さを訴えかけてくる。
ありふれた光景。本当に何処にでもある、綺麗なマンションの一室。
だが、それでも。


「……この部屋、何もないな。」

思わず、そう呟いてしまった。

「おいおい!風呂もトイレも洗濯機も水道も冷暖房機器も全て揃ってる部屋にそれは失礼だろ。」

ザックスが笑ってそう言って、それも確かにそうだと初めて気付く。
その通りだ。生活に必要な物は全て揃っている。ゆとりを与えるソファだってクッションだってある。
なのに、何故そのような事を言ってしまったのか。
視覚によってではない。もっと何か本能的で、感覚的な物がそう言わせたのだと思う。
一体何が足りないのか。己の感覚に従って、辺りを見回す。
色調も、配置も、完璧だ。人が済みやすいようにコーディネートされた部屋。
モデルルームになりそうなほど完璧、そのままの…。

「…この部屋、生活臭が、しないんだ…。」

そう、口に出して、初めて気付いた。この部屋は完璧過ぎるのだ。
どんな部屋でも、一番初めは、綺麗なものだ。だが、徐々に徐々にそれは形を変えていく。
傍目には美しくなくても、それぞれの形態に見合った形に。住み易さを求めた末に。
だが、この部屋は余りに綺麗過ぎた。まるで、初めから何も変化していないかのように。
どれ程神経質な人間であっても、ここまで綺麗になるのはおかしい。
ザックスは、一瞬目を丸くしたが、直ぐに苦笑を落とす。

「まぁ、男の家にしては綺麗に片付けてる方だからな。」

ザックスはそう言うが、果たして本当にそのせいなのだろうか。そんな事を思い、クラウドは思わず勢いよく首を振った。
組織を出てからというもの、ザックスの言葉を疑ってばかりだ。別に人を疑う自分が嫌なのではない。
ただ、一々全てを深く考える自分が嫌なのだ。
だが、それも仕方ない事かと思い直す。元はと言えば、そう思われるだけの行動をするザックスが悪いのだ。
言葉を信用させようという熱意の欠片も感じないこの男が。
クラウドは半ば八つ当たり的な思考に走り、ザックスを睨みつけた。

「…それで?」

「…あん?」

「あんたが俺に何を求めているか、だ。」

早速切り出した本題に、ザックスは小さく溜息を吐く。
漸く観念したかと思ったのも束の間。

「……………お前、せっかちだなぁ。」

「……はぁ?」

そう呆れたように言われて思わず声を上げてしまう。

「引越してきて早々その話かー?なんかもうちょっとこう、さぁ、
『引越してきたなー俺』とかいう感動みたいなものに浸ろうとか思わないのか?」

「っ!感慨だとか、そう言うものに浸れるような引越し理由じゃないだろうがっ!!」

そう、自分で望んで越してきたならまだしも、自分は半ば強制的に連れてこられたのだ。
感慨など湧くものか。

「はいはい、解りましたよ。解ったからそんな大きな声出すなよ。下の階に響くだろ。」

「…っ…」

言われて押し黙る。確かにザックスを問い詰めたいとの思いはあるが、ロデスを困らせたい訳ではない。
…しかし、自分を激高させたのは、この男の一挙一動ではないかと思えば、怒りはまた猛烈なスピードで降り積もっていく。
殺気に気付いたのだろう。ザックスがどうどうとばかりに、手を上下させる。

「怒んな怒んな。そんな詰め寄らなくても、話すって。…けど、その前に」

まだ何かあるのかと、堪忍袋の緒が折れそうに軋んだ、が。

「何か、飲み物でもいる?」

内容が内容で、非常に普通だったため、毒気を抜かれた。
確かに、自分達は追われて追われて追われ続けて走りづめだったのだ。
今までは緊張のためか、喉の渇きなど気にならなかったが、こうして一旦落ちついてみれば何か喉が渇いた気がする。
沈黙を肯定ととったのだろう。ザックスは、キッチンの奥の冷蔵庫の方に向かった。
暫く冷蔵庫を漁るごそごそと言う音を聞くとはなしに聞いていたが。

「…あ、やべ」

突然上げられた声に、一体何だと、キッチンの方に目を向けると、ザックスが申し訳なさそうな顔をしていた。

「あー…悪い。そいや水、切らしてんだわ。」

「は?」

「んー俺は大丈夫なんだけど、お前、水道水は無理だろ?」

「………」

ザックスの言葉に、思わず苦い顔をする。
スラムの水道設備は、整っている場所と整っていない場所の格差が激しい。
しかも、整っている地域においても格差があるのだ。
整っている地域では基本的に蛇口があれば、水は出る。
別段濁っているだとか、泥が混じっているだとかそういう訳ではなく透明な水が。
だが、その水は、基本的に熱を加えないと、腹に異常をきたしてしまうのだ。
つまりは、そのままで水が飲める地域は非常に限られてくる。自分の家に、処理施設がある所位だろう。
まぁ、しかしながら熱を加えれば飲めるため、料理などの際は全く気にしないのだが、
こういう普段何気なく水を飲む場合は、ミネラルウォーターがないと少し辛い。

「っていうか…あんたは、大丈夫なのか?」

「ん、ああ。俺、腹丈夫だから。」

「………」

そう言う問題だろうかとも思ったが、何でもない事のように言われたので、そう思うことにする。
大体ザックスは存在自体が普通ではないのだ、などという失礼な事を思っていると、
もう一度、冷蔵庫を漁る音が聞こえ出す。

「んー…ビールならあるんだけど…」

冷蔵庫に手を突っ込みながら、ちらりと、こちらに視線をやられたが、首を振った。
別段ビールが嫌いな訳ではない。だが、今から深刻な話をしようって時に、初めから酔っ払っている訳にはいかない。

「んー…あとはなぁ…」

了解と、再び冷蔵庫探索をしていたザックスがぴたりと動きを止め、またもやちらりとこちらを向いた。
今度は何だと視線で促せば。

「お前……ココアとか、飲む?」

予想外の言葉が来て、目を丸くする。

「…………ココア?」

ココア。
カカオの木の種子をいって粉末にしたもの。チョコレートの原料とする。また、これにミルク・砂糖などを加えて煮溶かした飲み物。
つまりは甘い。ついでに言うと、非常に非常に子供向き。

「…あんた、ココアとか、常備して、飲んでんのか。」

「…まぁ、嗜み程度には。」

ココアに嗜みも糞もあったもんだろうかとは思うが、敢えて言わなかった。
黙り込んだクラウドをどう思ったのか、ザックスは決まり悪そうに笑い、立ち上がった。

「あー、まぁ、水の方がいいよな。俺、買って…」

「いい。」

冷蔵庫からリビングに戻ってきて、再び出て行こうとするザックスの腕を、クラウドは反射的に引き止めていた。
その素早さに、我ながら驚いてしまう。ザックスも、掴まれた腕をみて、首を傾げている。
クラウドの次の言葉を待っている沈黙。
これは、この状況は、説明をしなければならないのだろうか。
頬が自然と熱くなるのを自覚する。

「…その、飲みたい。ココア。…その…、水より…好きだ。」

気恥ずかしさに言葉を詰まらせつつ言うと、ザックスは一瞬驚いたような顔をしたものの、直ぐにふわりと微笑んだ。
ついでとばかりに、頭にぽんと手をのせられる。

「了解。」

子供扱いされたのが解ったたため、クラウドは勢いよくその手を振りほどくと、ザックスはあははと笑って、背を向けた。
何がそんなに楽しいのか、ザックスは鼻歌を歌いながら冷蔵庫に戻っていく。
そして、缶のココアと、ビールを一本ずつ持ってきた。
クラウドの前にココアを置き、自分はビールを持ったまま、クラウドの向かい側に腰を下ろす。
ココアとビールだ。余りに対極的な構図に、やはり言わなければよかったと後悔ばかりが押し寄せる。
不機嫌さが募るクラウドとは対照的に、ザックスは上機嫌でビールのプルトップを上げた。


「それで…?」

うまそうに喉を鳴らしながら、クラウドを眺めている男に剣呑な声で問いかけてやる。

「ん?」

「しらばっくれるな。いい加減話せよ。」

「…ああ。」

本当にそう言えばそうだったという顔をして、ザックスはビールを一気に仰いだ。
底が見える程、持ち上げられた缶から、最後の一滴まで飲み干したらしいザックスは、
からんと乾いた音を立てて、テーブルの上に缶を置いた。

「んー…お前を気に入ってるからって理由じゃ納得できないっつったよな?」

「ああ、当たり前だろ。」

「んとじゃぁ、こういうのはどうだ?
今月の占いに、今日の敵は明日の味方。恐れず話しかけ、仲間になって貰いましょうと書いてあった。」

「…あんた、真面目に答える気あんのか?」

ふざけた解答ばかりを返されて、いい加減苛立ちが募り、睨みつけると、ザックスは悪びれもせず、
「やっぱ無理かー…」などと笑う。それだけならいざ知らず、「じゃぁどうしよっかなー」などとも言い出す始末。

「……そんなに言いたくないのか。」

自然と、声が沈んでいくのを止められなかった。
一方的に好きにされるのは我慢がならないと思った。
利用したいならすればいい。だが、その裏の意図を知っている状態でいたいと思った。
それが、一方的に振り回された自分に残された最後の自由だから。だが、それさえもザックスは許さないつもりなのか。
しかし、それでも自分には他に選択肢はない。立場的にどう考えてもザックスの方が強いのだ。
クラウドは小さく溜息を落とす。

「そうか…それなら…」

「あー!!!解った、解りました!それ以上深刻に考えるのはナシ!」

「………」

沈み込んでいるクラウドに、ザックスは勢いよく捲くし立てた。
顔には、決まり悪そうな表情がべったりと張り付いている。
そして、言いにくそうに切りだした。

「…えとさ、やっぱ、一人で出来ることってのはたかが知れてるわけだ。」

「…は?」

「だから、見ての通り、俺は今まで一人で何でも屋をやってきた。
でも、一人で出来る仕事ってのは限られてくるわけだ。勿論、仕事の報酬もな。」

成程、と思った。そして、その先が読めてきたクラウドだ。

「で、俺は考えた訳だ。どう考えても二人居たほうが、出来る仕事の幅も広がるし、入ってくる報酬も跳ね上がる。
だけどさ、生半可な奴じゃぁすぐくたばるのは目に見えてる。お前も知っての通り、俺はあらゆる組織に狙われてるし、
その相棒となれば、当然同じだけのリスクを背負う。で、どうしよっかなーと考えてた俺の前に現れた。
飛んで火に居る夏の虫。強気だわ、物怖じはしないは、本当に強いわで、こりゃこいつしかないわと思った訳だ。
そいつと一緒に何でも屋やれたら絶対楽しいと思ったし…」

「金か。」

放っておいたら、まだ続きそうな言葉を一刀両断してやると、ザックスは鼻白んだ。

「…お前、今のちゃんと聞いてたか?他にも色々…」

「だが、平たく言えば金だろ?」

「……………まぁ、平たく、非常に薄型に言えばな。」

「解った。」

説明されてみれば、非常に単純明快な事実には、すとんと心の中に落ちてきた。
こんな簡単で、解りやすいことならば、もっと早くに言ってくれればよかったのにと思った。
寧ろ、何故今までこんなに言い渋っていたのかも解らない。
謎が全て解決され、非常に爽やかな気持ちになってココアを啜っているクラウドの前で、ザックスは突然項垂れた。


「…あーーーー!!!だから言いたくなかったんだよな。」

どう考えても大袈裟な程のリアクションを前に、呆気に取られていたクラウドは、その言葉で更に驚きを深めてしまう。

「なんつーの?せっかく正義のヒーローぶろうと思ってたのに、結局それかとか思われるのが、嫌なんだよなぁ、もう。」

非常に悩ましい言い方をして、地より深い溜息を吐いているが、注目すべきポイントは、
その前に、自分が正義のヒーローぶれていたと思っていたことだ。
究極の勘違いに驚きだ。どう考えても悪役だろうに。
自己嫌悪に陥っているらしいザックスを、思わず冷めた目で見てしまうクラウドだ。
暫くぶつぶつと何やら言っていたが、不意に吹っ切れたように顔を上げた。

「ま、いっか。……でも、そんなに質問してくれるってことは、何でも屋の相棒になってくれる気満々ってことだしな。」

「…は?」

「一応まだ返事貰ってないんだけど、そんな風に聞いてくれるって事は、もう入りたくて入りたくて仕方がないって事だよな。
いやーあんだけ嫌がってたのは、焦らしテクだったのかー。高度なことしやがって。まんまと騙されたぜ。」

「な、違っ!俺は、あんたに無理矢理選ばされただけで…」

「いやー…嬉しいなー父さん感激だ」

「…っ!誰がとうさんだっ!」

それから先は、余りにくだらな過ぎる言葉の応酬だった。
飛び交う罵声。
散らかった缶。
あれ程感じていた違和感が消えていた。