Act17 証






「なぁ、お前の中のイメージカラーとか、決まってたりするー?」

「……」

「てか、文字だけじゃつまらないと思うか?」

「……」

「でも、人形とか付けるのもなんかクールさがガタ落ちだよなぁ…」

「……」

「あー…もう、老若男女全てに受けるようなデザインってどんなんなんだろうな。
一口に看板っつっても、奥が深いよなぁ…」

返事が返ってくる訳でもないのに、質問を投げ続け、
挙句の果てにはしみじみと呟くザックスに、クラウドは思わず溜息を落とす。
殆ど人の目に触れない看板なんかに、イメージカラーだの、
奥も深さだのなんて要るものかと呆れてしまったのだ。
話をした翌日、ザックスは何を思ったか、何でも屋の看板を作ろうと言い出した。
何度も身に染みて体験している通りに、ザックスは様々な組織に狙われている。
だからこそ、スラムの花屋の上(しかも妙な店主付き)という微妙な場所に、目立たぬよう住んでいる。
そして、仕事の依頼は殆どが携帯電話からで、一見さんは来れないようになっているそうだ。
つまりは、看板など付けようものなら、住居を狙い打ちにされてしまうという事で、看板の必要性などまるでない。
だから、看板は家の中に置く事になっていた。
「気分の問題なんだよ」とザックスは言ったが、わざわざ自分達しか見えない看板を部屋の中に置く理由がわからない。
部屋がかさばるだけだし、本当に自己満足に過ぎない。
当然、そんな無駄な看板製作になど加わる気もないクラウドは、
遠巻きに、非常に冷たい視線で第三者的にザックスを見ていたのだが。
一人でぶつぶつと言っていたザックスが、徐に立ち上がって言った一言でそうもいかなくなった。

「っし!…じゃぁ、今日は買出しに行くか!」

「…買出し?」

「おう。デザイン性溢れる看板のために、ペンキやら板やらの買出し。勿論お前も来いよ?
『業務に関わること』だからな?」

「あんたっ…それ…」

「ん?」

にっこりと。だが、無言の圧力を感じる笑みに、クラウドは渋々腰を浮かした。
先日判子を押した、就業規則書の、第3項を思い出しながら。
クラウドは、『何でも屋』というものに所属はしているものの、そこは元はといえば、ザックス一人の事務所なため、
共同経営者、というよりは、雇われた、という形なった。
「やっぱ初めのうちはな…」というザックスは、
クラウドが長く働いた場合は共同経営者に格上げする気だという事を匂わせてはいたが。
雇われ、という形とは言えども、条件は決して悪くはない。
報酬は、事務所の維持費を除いて、きっちり4割はもらえるのだ。
働き口としては申し分ないし、きっちり目に通した労働条件も、デリーグとは天と地の差だ。
そう言えば、裏ではない職業はこんなにもしっかりした労働条件に守られているのだなと、妙な関心をしてしまったものだ。
ただ、まさかあの就業規則がこんな風に使われるとは思ってなかったクラウドだ。
少し早まってしまったかなと、反省すれども遅かった。



**



向かった先は、歩きで1時間半程行った先にある、3階立ての、これまた不思議な店だった。
雑然と並べられた商品は、日用品から、生活雑貨、はては、武器やアクセサリーまで。
正に何でもアリの世界だ。ある意味の何でも屋と言ってもいい。
ただ、それら全ては、普通のデパートなどに売っているものとはメーカーやらデザインやらがまた微妙に違い、
恐らく店主は相当な変わり者で、その趣味の集大成なのだろうと思う。
スラムの中でも割と奥まった所に位置すると言うだけでも、それは窺えるのだが。
そして、そこの日曜大工コーナーの棚の前で、先程からザックスは行ったり来たりを繰り返していた。

「うーん…どうせなら派手な看板にしたいよなぁ。と、なると…」

何やらぶつぶつ言いながら、まるで動物園の檻に入れられた動物のようにうろうろしているザックス。
初めは、自分もその辺りの棚を物色して、物珍しさを堪能していたのだが、
いい加減1時間もその場を動かずでは、飽きてくる。

「…俺、ちょっと奥も見てくるから。」

そう言うクラウドの声も聞こえているのかいないのか。気にせず、クラウドは店の奥に入って行った。
入り口近くの棚に置いてあるもののかなり妙だったが、奥はさらにすごい。
売り物なのか、そうでないのかすら判別しがたいテトラポットだとか、浮き玉だとかが所狭しと並べられており、
壁には銛がかけてある。どうやら奥は、海をイメージした売り場のようだ。本当に趣味に走った店だなと思う。
だが、見ているのは思いの他、楽しかった。
こんなにも、じっくりと時間をかけて物を見たのは初めてだというのも大きいだろう。
『デリーグ』にいた頃は、買い物になど全く興味はなかった。
いつ死ぬか判らないから、物に執着するだなんて、考え付きもしなかったのだ。
毎日血を浴び、手を汚して、洗い流す。それを繰り返すだけの日々だった。
何も欲しいとは思わなかったし、何にも興味はなかった。そして、何をしていても楽しいとは思わなかった。
必要最低限の物があれば、それでよかった。ただ、生きているだけだった。
だから、こんな風に店の中をじっくり見るだなんて事はなかったのだ。
非常に貴重な経験だなと思いつつ、暫く適当にそこを見て回り、
部屋と部屋を仕切ってある布を捲ると、アクセサリー売り場へと辿り着いた。
恐らく宝石の輝きを目立たせるためであろう、薄暗いライトで彩られた店内には、ガラスケースが両脇に並び、
やはり、一風変わったデザインの装飾品が並べられている。
聞いた事もないデザイナー達が作った、奇抜なアクセサリーを目で追いつつ、進んでいくと、
奥に行けば行くほど、値段が跳ね上がっていく事に気付いた。恐らく、奥の方ほど警報機が多く設置されているのだろう。
そんなどうでもいい事を考えながら歩んでいたが、とあるショーケースの前でふと、立ち止まってしまう。
ケースに収められているのは、様々なデザインのピアスだった。
小さな一つ石が付いているもの、シルバーのクロスのもの、長いチェーン状のもの。
デザインから考えて、男物と思われるものがずらりと並んでいる。
今まで、ピアスは、『デリーグ』から支給された物しか見た事がなかったクラウドは、物珍しさにまじまじと見てしまう。
『デリーグ』から貰ったピアスは、先日粉々にして捨てた。
あれがある限りは、デリーグの生き残りに、場所が割れてしまうからだ。
つまりは、今はピアスホールだけがぽっかり耳に開いている状態で、
穴を維持するためには、他のピアスを入れる必要がある。
だが、支給された物意外をするのも、何だか慣れない。けれど、穴を塞ぐのも勿体無い。
そんなループに嵌まり込んでしまった。
だからだと思う。いきなり腕を掴まれるまで、気配に気付かなかったのは。

「…何だよ。」

いきなり腕を掴まれた為、少なからず驚いたクラウドは、思わず不機嫌そうな声を出してしまう。
ザックスは、何だか呆けたような顔をしていたが、直ぐに困ったように頬を掻いた。

「…悪い。」

クラウドが睨みつけると、決まり悪そうな顔で、手を放した。
ザックスらしくない態度に、不思議に思って顔を覗きこむと、いつものように笑った。

「何、お前、アクセサリーとか欲しいの?」

言うが早いか、ザックスは同じようにショーケースを覗き込んできた。

「ここの、結構いいだろ。どういうのが好きなんだ?何なら、就職祝いに買ってやろうか?」

「いや、別にいい。」

断っているというのに、目が真剣な様子のザックスに、クラウドは慌てて付け足す。

「支給品じゃないものするのは、何か慣れないんだ。だから本当にいい。」

そうか?とかザックスは口にするものの、中々ショーウィンドウから離れようとはしない。
就職祝いとして、買ってくれる気満々なようだ。どうやらとことんイベント好きな奴らしい。

「てか、お前、そう言えばデリーグってアクセサリーなんか支給してくれたのか…?」

一泊遅れて、クラウドの言葉を拾ったザックスが、漸く顔を上げてくれてほっとする。

「…ピアス。組織の鍵の。」

クラウドの言葉で、ザックスが納得したように頷いた。
そして、ふと考えるような顔をして、「ピアスか…」と呟くとショーウィンドウに背を向けた。

「ピアスは買わなくていいわ。」

よく解らない理屈だが、とにもかくにも背を向けてくれたた事にほっとしたのも束の間。

「もう買ってあるし。」

「……はぁ!?」

信じられない台詞におもわず耳を疑う。

「お前のピアス、もうちゃんと買ってあるから。」

悪戯っぽく笑うザックスに、クラウドは開いた口が塞がらなくなった。

「なんかさ、お前と会った頃位に、ちょうどいい奴見つけてさ。買っちまったんだ。
青いのなんだけど、似合いそうだったから。デリーグの鍵がピアスって事知ってたし、
何でも屋になってくれたら、ピアスに困るだろうなと思ったからさ、就職祝いに、と思って。」

笑顔で言うザックス。
デリーグの鍵がピアスだという事を知っていた情報網にも驚きだが、勿論より驚いたのは別のことだ。

「…何度も言うが、あんた、俺が何でも屋になるってことにならなかったらどうする気だったんだ…?」

「いや、俺の中でもう確定事項だったし。」

呆れたように問うたのに、全力の笑顔で返される。
脱力とは正にこのことだ。この男は世界は自分を中心に回っていると勘違いをしているのではないだろうか。
「帰ったら渡すな」などと上機嫌で歩き出すザックスに、クラウドはもう溜息を落とすしかなかった。




**




結局、そんなに買った所で使いきれるのかという程のペンキやら板やら工具やらを買い込んで帰途の道へとつく。
ついでに買った食料品やら日用品を持つのはクラウドの方で、荷物が多すぎて前が見えない。

「大量だな。」

「買いすぎだ。」

「満足だな。」

「当たり前だ。」

不毛な会話を繰り返している自分達の横を、人が通り過ぎ、その度目を見張られるのが恥ずかしくてしょうがない。

「…あんた、何で人の目に触れないような看板に、そんなに力を入れるんだ。」

「は?」

「そんなの作ったってしょうがないだろう。」

八つ当たり的にそう言えば、自分と同等かそれ以上の荷物を抱えたザックスが小さく笑った。

「しょうがないってことはない。俺的には意味があるからさ」

「自己満足以外の何物でもないだろ。」

「ひでぇな。これは証なんだぜ?」

「…証?」

「あぁ、なんていうかさ、実感が湧くわけだ。看板があると。俺は、何でも屋をやってるってさ。」

「…そういうもんか?」

「ああ、そういうもん。」

しみじみというザックスに、何だか騙されてるような気がしないでもない。
だから、ふと問いかけてみた。

「じゃぁ、何で今までは作らなかったんだ?」

「…あ?」

「だから、実感が欲しいなら、何で今まで作らなかったんだ?って。」

探るようなクラウドの言葉に、ザックスは小さく笑った。

「ああ、いや、なんかゴロ悪いと思ってさ。『ザックスの何でも屋』って。
それに比べて、『ザックス&クラウドの何でも屋』ってゴロいいだろ?」

よくわからない理屈だ。まぁ、理解しようとする方が間違っているのかもしれない。
漸くそう言う結論に達したクラウドだ。
自分とは違って、機嫌のよいザックスは、本日の夜ご飯のメニューを復唱し出した。
イベント好きらしいこの男は、今日は就職パーティーと名を打って、ご馳走を作るらしい。
聞いた事もないような名前のメニューの羅列に、多少の不安を覚えるが、
何でも器用にこなしそうな男なだけに、きっとうまく作るのだろう。
そんな平和な事を考えながら、歩いていたが、不意に身体が強張った。
戦いに長く身を置くものの、本能的な勘だったのだと思う。
反射的に、屈みこんだ。それと同時に、自分の身体が元あった場所を銃弾が通り過ぎて行った。

「…っ」

咄嗟に食料品の入った紙袋を下ろし、転がると、またもや先程自分が屈みこんだ場所に、銃弾が打ち込まれた。
体勢を立て直し、腰に下げていた銃を引き抜く。五感を研ぎ澄まし、気配を探る。
再度の銃声と共に飛んで来た弾を、数歩動いて避け、地面に打ち込まれた銃弾を見やる。
反射角。それさえ判れば、敵の位置の判別はつく。
銃口を上に掲げ、目に入ったビルの屋上に発砲した。血飛沫が上がったのが、遠めにも判る。
身体を射抜いた銃弾に、バランスを崩したのだろう。ビルの屋上から、そいつが落ちてきた。
頭から落下した男は、まるで石榴のように脳の中身をぶちまける。何度かビクビクと身体を跳ねさせ、男は果てた。

「…不意打ちだな。大丈夫か?」

険しい顔をするザックスに、軽く頷くと、クラウドは今さっき落下してきた男に歩み寄った。
脳の奥でガンガンと音がする。
落下地点にぶちまけられた脳髄。血液。脊髄液。それらは目もくれず、クラウドは、未だ形の残る耳元に目をやった。
完全にクラウド個人を狙ってきた、暗殺者。
その男の耳元には、赤いピアスが光っていた。