Act 4 決戦
道の両脇に立ち並ぶ色鮮やかな露店と、威勢のよい掛け声。所狭しと並べられる商品に足を止める客たち。 スラムで一番大きなこの通りは活気に満ち溢れていた。
普段では想像出来ないほどの人ごみに、クラウドは初めて今日が市の日であることに思い当たる。
ここ、スラムで開かれる市は大通りで毎月7日に催されており、様々な地域から雑種多様な人種が集う。
大体は硬貨で商品交換されるが、時折物々交換も可能な店もありどちらも大変な賑わいだ。
見た事もない果物や、異国の民芸品など、物珍しい商品に一瞬目を奪われ、クラウドは慌てて逸らす。
考えてみれば、クラウドは日々の生活品を全てデリーグから支給されており、市に訪れたことなど数えるほどしかない。
そのため、そうなるのも止むを得ないと言えばそうなのだが、そんなものに気を散らされるわけにはいかない。
これから自分は『仕事』に向かわなければならないのだ。。
クラウドは顔ごと逸らした視線を、布を売っている露天の隣に移した。ふとしたら見逃してしまいそうな細い道。
そこに足を向ける。
この町で商業の中心となる大通り、そこを少しはずれれば様子は全く変わる。
奥に進めば進む程に鼻につく腐敗臭。
生ごみのせいなのか、はたまた放置された死体のせいなのか、この道には口元を覆いたくなるような臭が漂っている。
だが、それでも整備される事がないのは、ここがまともな世界の住人なら通ることがない道だからた。
通るのは薬の密売人、銃の不法取引者、娼婦という全くもっての裏世界の住人のみ。
通りを5分ほど歩くと、Zが越してきたという廃屋があった。
何年前に建てられたのか想像もつかない程に古びた廃屋。
まともに形を留めている扉は殆どなく、窓硝子は派手に割れている。 今では人が住んでいる形跡は感じられないが、元は娼館だったのだろう。
どぎつい看板が、かろうじて廃屋にかかっており、それだけがこの建物がかつて人の住んでいた建物なのだと証明してくれる。
乾いた唇を湿らせた。剣の柄を握る。
嘗てない程の集中力が身体を支配した。
これ程の集中力が出たのは、今回負ければ、自分は殺されるであろうと考えているからかもしれない。
前回は良くわからないうちに見逃されたが、今回もそうなると言う保障は全くない。
寧ろ先日見逃されたのは単なる気紛れで、今度こそ殺されるに違いないと考えていた。
(負けられない。)
心の中で呟いた。
どちらにせよこれが、最後のチャンスである事は変わりがない。
唇を噛んで、中の気配に神経を集中させた。
瞬間。
「よぉ、来たのか」 妙に暢気な声が聞こえた。その余りに呑気極まりない声に一瞬力が抜ける。家を間違えたのかと思った。
だが、続いて出てきた笑顔の男を確認して、気を張り詰めた。
男はまるで散歩であるかのようにゆっくりとした歩調で出てきて、
事もあろうか、軽く手をあげるという挨拶のような仕草を見せた。 まるで友人を家に迎えたかのような態度。
自分の立場を解っているのかいないのか。恐らく後者なのだろうが、その妙に暢気な態度に苛立ちを煽られた。
その感情のままに地を蹴り、一気に間合いを詰める。右からのうち下ろし。
甲高い金属音が耳につく。だが悪魔でも金属音であって、肉を断つ音はない。
完全に不意を衝いたはずのその攻撃も、難なく受け止められている。
剣を挟んで睨みつければ、「お前挨拶ぐらいしろよな」などと場違いな台詞が飛び出してますます苛立つ。
だが場違いな台詞に似合わず、男は強い力を交錯した剣に力を掛けて来た。鋭い金属音と共に、剣を弾き返される。
ずんと来るような重い一撃だが、それで剣を手放すような馬鹿な真似はもうしない。
弾かれた剣の勢いを利用して、間髪居れず背後に飛んだ。
滞空時間をかけないように、出来るだけ低い高さで飛んで、距離を取る。 もう二度と同じ間違いをする気はない。
相手を休ませる気はなく、クラウドは体勢を整えるとすぐさまもう一度飛び掛った。
一度大きく打ち下ろし、続いて連打。
息を吐く間もなく繰り出す剣撃は、男の衣服の端を切り裂くには至るものの、傷一つけられない。 金属のぶつかり合う鋭い音が、途切れることなく響いていたが、それは意識外での出来事だ。
クラウドは全神経を戦いに投じていた。だが、その攻撃にも効果は感じられず、クラウドは一旦引いた。
相手の剣を弾き返してもう一度距離を取る。
剣を正面に構えて、足を大きく開き、真っ直ぐに敵を見据えた。完全なる臨戦態勢。
だがそんなクラウドとは対照的に、男はだらしなく腕を下げて、楽しそうな笑みを浮かべていた。
剣を構えたまま睨みつける。
「…余裕のつもりか。」
低く落とした声でそう問うても、男は不敵に笑うのみ。
言葉はないが、それが答えのようなものだ。頭に血が上る。
勢いのままに切りかかろうとしたが、寸での所で押し止まった。挑発に乗っては駄目だ。
そう自分に言い聞かせる。
前回ゴールドカードを押し付けられた時も思ったが、この男は相手を自分のペースに乗せるのがうまい。 それを戦闘にまで持ち込もうとしているのだ。そこまで考えて、改めて相手の様子を窺う。
男は、いい加減な型を取っているが、隙は感じられない。相手の戦闘能力は並ではないようだ。
油断させて、かつ相手を挑発して相手の冷静さを欠こうとしていたのだろうか。
大きく深呼吸をして、気を落ち着かせる。感情のままに切りかかっては駄目だ。隙を窺うしかない。
暫く無言の探り合いが続いたが、不意に男がだらりと下げられていた腕をちょっとだけ上げた。
「…来ないのか?」
男は不敵に笑った。空気が一瞬にして張り詰める。
「じゃぁ、こっちから行かせて貰うぜ?」
だらしなく下げられていた手が動く。
風を切る音が聞こえたと思ったら、すぐ前に男が居た。
だが、それは予想の範疇だ。
初めは目で追うのがやっとだった動きも、今では目が慣れてきたのかしっかりと動きが見える。 相手は左下から切り上げてくる。そんな気配がした。ならば、己が取るべき剣の進路は右上からの振り下ろし。
相手をしっかり見据えて、タイミングを見計らう。一気に、振り下ろした。
が。
相手の剣と交錯して金属音を放つはずの剣が、気付けばガンと地面に叩きつけられていた。
何が起こったか解らなかった。
ただ解るのは、刀身に浴びせられた一撃が酷く重く、腕にまで痺れが伝わっていると言う事だけ。
剣を取り落としそうになり、慌てて腕に力を入れようとするが、相手の再度の一撃がそれを許さなかった。
二度に渡る、重い剣撃に、腕が言う事をきかない。止むを得ず、剣を放棄して背後に飛ぼうとしたが。
「勝負あり、かな。」
喉元ぴったりに突きつけられた剣の切っ先に、動きを封じられた。男は刀身の向こうで不敵に笑っている。
クラウドは唇をきつく噛んだ。
二度目だ。そう、再度の機会を与えられたにも関わらず、男にかすり傷も追わせられない自分が酷く悔しかった。
そして、このまま先ほどの動きの種も解らぬまま、殺されるのもとても。
クラウドは唇を噛み締めたまま男の次の動きを待った。
今度は押し倒すわけでもなく、剣を突きつけている。やはり、殺す気のようだ。
自分を殺すためには、ほんの少し力を込めるだけでいいこの状況。
一度は気紛れで見逃されたが、次はないと初めから予想していた。
死ぬのは別段怖くはない。ならばせめて、最後まで毅然としていたい。
その瞬間が訪れるのを無言で待っていた。 が、男は、逆に剣の切っ先を突き出すこともなければ、引くこともなかった。
不審な瞳を向けるクラウドにそのまま笑いかける。 「お前やっぱ強いな。」
その、台詞に。クラウドにいとも簡単に二度も勝った男とは思えない台詞に、クラウドは血の気が上った。
「同情のつもりか。」
「…あん?」
「同情なんてまっぴらだ。さっさと」
「信じてないのか?」
殺せと言おうとした先をよく解らない台詞で遮られて、顔を顰める。
「お前、本当にいい腕してるぜ?じゃなきゃゴールドカードまで渡して雇いやしねぇだろ。」
「だから」
「お前さ、なんか力使いこなせてない気がすんだよね。
まぁ、お前ほどの強さの奴だ。
今まで互角に戦える奴なんてそうそういなかっただろうから仕方がないっちゃ仕方がないけど、 お前自分の能力の使い方全然解ってねぇ。」
相変わらず喉元に切っ先を向けたまま剣術について語りだすこの男に、クラウドは眩暈を覚えた。
何処の世界に自分を殺す教育を施す男が居るというのだろう。
冥土の土産には物騒すぎる話だったが、男の顔も声音も真剣そのものだったので、思わず耳を傾けてしまう。
「お前さ、切りつけるタイミングは合ってる。でも、お前、自分が思ってるより速いんだよ。
だから、折角斬りつけるタイミングを理解してても、剣だけが先に行っちまう。
結果ああいう風に叩き付けられる羽目になる。なんか見てて勿体無いなーって思った。」
自分でも解らなかった、先ほどの状況の理由をいとも簡単に説明されて、拍子抜けした。
信じるべき相手ではない事は解っている。それでも、男の言ってる事には一理あった。
自分の思っている速さと、実際振り下ろすスピードが違っており、
それに気付いていなければ、動作には微かな違和感と隙ができるはず。 そこを読み取り、振り下ろした剣を自分の剣に当てずにスルーさせれば、床に叩き付けるのは容易な事だ。
己の攻撃の弱点を知った衝撃に、半ば呆然としてしまう。
それをどう思ったのか、男はクスリと笑みを零した。
「そーいやお前、名前何てーの?」
かと思えば、がらりと口調を変えて聞いてきて、反射的に顔を上げる。
男はにこにこと非常に人懐っこい笑みを浮かべていた。 行き成り過ぎる話題の転換に眉を顰めると、男はどうやら別の意味に取ったらしい。
軽く剣を握って居ない方の手を振った。 「あぁ、すまんすまん。名乗るときは自分から、だよな。俺の名前はザックス=リスト。改めまして宜しくな。」
向けられるのは限りなく無邪気で人好きのする笑み。
再三いうが、男はクラウドの首元に剣を突きつけている。
ついでに言うと、というかこれが一番大事な事だが、自分達は片やプロの殺し屋。片やそのターゲットなのだ。
どう考えてもこの図はおかしい。
何故殺さない?
何故こんな風に普通の会話をしなければならない?
「…あんた何考えてるんだ…?」
警戒心をむき出しにして問いかければ、理解の範疇を超えた男は一瞬きょとんとした顔をする。
だが、直ぐに口元に笑みを貼り付けた。 「何ってお前の名前が知りたいなって考えてるんだけど?」
不敵な笑み。何を考えているのか解らない。
迂闊な事を口にする気はなく、口を噤んだクラウドに、ザックスと名乗った男はつまらなそうに溜息を吐いた。
「教えてくれる気ないってか。人から名前を聞いたときは自分も名乗るもんだぜ?」
聞いてもいないのに自分から名乗っておいて、何を言っているんだとは思ったが、敢えて口にはしない。
暫く無言の見詰め合いが続く。
だんまりを決め込むクラウドにザックスは焦れたのか、小さく溜息を吐いた。
「呼び名がないじゃこれから困るんだけどなー。」
『これから』という言葉に自虐的な気分を隠せなかった。『これから』などないのだ。
そう、もし万が一見逃された場合。それでも、クラウドはZの暗殺から手を引かなくてならない。
何故なら、今度失敗すれば、自分はこの任からはずされるのは確実だからだ。
ボスも甘い人間ではない。デリーグの方針は、迅速なる、ターゲットの始末だ。
何度も失敗した人間をいつまでもその役において置くなどという無駄な事はしないだろう。
そして任をはずされた上でも狙い続けるのは立派な命令違反だ。もう、狙い続けることはできなくなる。
そんな事など知らないであろうザックスは、何かを考えていたようだが、不意に何か思いついたようだ。
悪戯っぽく笑っている。 「じゃ、俺が名前決めようか?」
ザックスの突拍子もない提案に、思わず顔を顰めてしまった。
反応が返って来たことに満足したらしい。ザックスはにっこりと笑う。 「お前が名乗らないのが悪いんだからな?」
そう言うと、ザックスは「うーん」とわざとらしく唸り始めた。
言葉だけは悩んでる素振りを見せるものの、その実何も考えていなさそうなその様子に呆れを滲ませたのも一瞬。
「クラウド」
ザックスの言葉に、勢い良く顔を上げる。
「………え?」
思わず大きく目を見開いてザックスの顔を凝視した。
ザックスの口から出てきた言葉。聞き間違いかと思い、聞き返せば。
「クラウド=ストライフ…で、どう?」
ザックスは、一字一句異ならず、知らないはずの己の名を呼ぶ。
驚きに目を見開けば、ザックスはお得意の不敵な笑みを浮かべた。
ザックスの剣術講座。恐らく意味不明ですよね。申し訳ないです。えと、雰囲気だけでも汲んでくださったら嬉しいです。
|