Act 5 招かれざる客人
クラウドは驚きのあまり声なかった。
ただただ瞳を見開いて、ザックスの顔を見詰めるクラウドに、ザックスは「じゃぁこれで決定な」などと不敵に笑うだけ。
「何、で…俺の名前、知って…」
掠れた言葉をザックスは耳ざとく聞きつけたようで
「えぇ!?お前の名前クラウドなのか!?うわ、俺って運いい〜。」
大袈裟な程の驚きと、わざとらしさが目に見える口調。その余りに芝居がかった様に、思わず眉を顰めてしまう。
勝手に名前を決め付ける等という、不審極まりない行動で、
一文字ならまだしも、全ての文字が一致する可能性など如何程なのだろうか。 計算などするまでもない。それは無に近い可能性。その果てしなく無に近い可能性をザックスは主張して譲らない。
クラウドが探るような視線を向けると、ザックスはすっと表情を改めた。極端に芝居がかった様から、いつもの不敵な表情へ。
「なーんて…、な。」
そう言って笑う。
「ま、そんなこたあるわきゃねーのは解るよな。」
無言で先を促せば、ザックスは軽く肩を竦めた。
「ご察しの通り、お前の名前調べさせて貰った。やっぱさ、雇った人間の名前も知らないってのはどうかと思ってさ。
組織のコンピューターにハッキングかけてみた。」
簡単にそう言って笑ってみせるが、その実それは大変な技術を要する作業だ。
大体にして扱っている物が人の生死なのだから、そう簡単に組織のデーターベースへの進入が許されるはずがない。
その不審さが顔に出ていたのだろう。ザックスは小さく笑った。
「まぁ、俺職業が職業だからさ。雇った奴の名前調べるなんてお手の物ってワケだ。」
「…あんた、何やってるんだ?」
組織のコンピューターにハッキングを掛けられるほどの腕前を要求される職業。
想像もできなくて、思わずぽろりと疑問が口を吐いてしまう。
今まで碌な会話もしようとしなかったクラウドの、珍しく自発的な質問に、ザックスは一瞬驚いたようだったが。直ぐに
「気になる?」
などと悪戯っぽく言ってくる。焦らすようなその物言いに、苛立ちを煽られる。
「やっぱり別に…」
「俺、何でも屋やってんだ。」
『いい』と言おうとした先を思いも掛けない言葉で遮られ、反射的に顔を上げた。
「…何でも屋!?」
ザックスはにっこりと笑い空いた手で力瘤を作ってみせる。
「似合うだろー?」
との言葉にクラウドは即座に首を横に振った。
クラウドの何でも屋のイメージと言えば、何かしらの買い物を代行したり、赤ん坊の面倒を見たり、
ペットの面倒をみたりなどとという頗る平和なイメージだ。
どれもこれもこのおかしい程の剣の腕の持ち主には似合いそうもない。
露骨な否定にザックスは小さく笑った。
「そう思い切り首振るなよ。水道工事や子供の面倒見るのとかなんて意外と力仕事なんだぜ?」
水道管を持ち上げるこの男をを想像して、漸く何でも屋として働く図を思い描く事ができた。
だがそれでは…
「じゃぁ、あのカードは何処で手に入れたんだ?」
そのようなちまちました仕事であれだけ高額の金を借りられる権利が与えられるとは思えない。
ザックスは「あぁ、」と小さく呟くと。
「あれは昔取った杵柄ってやつだ。」
「…杵柄…?」
「あぁ、俺昔ソルジャーだったんだわ。」
クラウドは思わず勢い良く顔を上げてしまった。そのまま、ザックスの瞳を真っ直ぐに見詰める。
深くて蒼い瞳。自然の物とは思えない、何処か違和感を感じさせる程のその色彩。
息を呑んだ。戦闘している時にはそんな物を見る余裕などなかったから。
今の今まで気付かなかった。けれどそれは確かにソルジャーの瞳だった。
スラムに暮らすクラウドには、噂位しか耳に入らない、地上最強の人間兵器、ソルジャーの。
まじまじと眺めるクラウドにザックスは苦笑した。
「あんま見んなよ。俺、この瞳あんま好きじゃねーから。」
「あ…、ごめん。」
慌てて瞳を逸らし、俯いて、思わず自分の行動が馬鹿らしくなった。
何をしているのだと自分に呆れてしまう。
あれだけ、ターゲットのペースに乗せられないようにと誓っていたのがこの様だ。完全に普通の会話を行ってしまっている。
自分達の間に馴れ合いなどあるべきではないのに。立場をはっきりさせようと、クラウドが顔を上げた瞬間。
カランと音を立てて空き缶が転がる音が聞こえた。
反射的に顔を向けると、視線の先にはホームレスらしきぼろぼろの衣服を纏った男。
目が合った。
男は「ひぃぃぃ!」と叫び声を上げて、顔を隠す。続いてみっともなくも尻餅をついた。
その様に、漸く自分達の状況のおかしさを身に染みて感じた。
一人が一人の首元に馬鹿でかい剣を突きつけている。
それは、ここ、スラムではある意味ありふれた光景ではあるが、言いようもない恐怖を覚える光景である事もまた事実だ。
この裏通りでは意味もなく殺人事件がよく起こる。
このザックスがクラウドに剣を突きつけているというこの状況に、危機感を感じているのも頷ける。
恐らく、ザックスは無差別殺人犯かなんかだと思われていて、
クラウドが殺られた後は、自分にそれが回ってくるのではないかと恐れているのだろう。 小刻みに震えながら、しかし腰が抜けて動けなさそうな男を見て、ザックスは苦笑した。ゆっくりとクラウドに突きつけていた剣を下ろす。
剣の切っ先が地面に落とされ、ずんとその剣の重さを思い知らされるような鈍い音がした。
身の危険はなくなったものの、クラウドは再度ザックスに飛び掛ろうとは思わなかった。
あからさまに見逃されて、それで尚勝負を挑むのはプライドが許さない。
緊迫した状況が終わったにも関わらず、ホームレスは動かなかった。いや、正確には動けないのだろう。
蹲ってただひたすら打ち震えている。恐怖に目をきつく瞑っているため、状況が良いほうに傾いた方に気付いていないのかもしれない。
何となく向けた視線はザックスと合い、ザックスが決まり悪そうに頭を掻いた。
瞬間。
ザックスの瞳がすっと瞳を細められた。鋭い視線を辺りに走らせ、一点に視線を固定する。
怪訝に思って自分も辺りを探ると、ザックスの瞳が向けられた場所に、押し殺したような気配を感じた。
それに自分の背後にも。
とても薄いが、間違いなく殺気だった。
(別口か…)
クラウドは心の中で小さく舌打ちした。他にザックスを狙う暗殺者は嫌というほどいると聞かされている。
そう予想はついていたものの、咄嗟にクラウドは、腰元に備え付けていたナイフに手をかけてしまった。
殺気に反応してしまう職業病のような物だ。
それが悪かったのだろうか。次の瞬間には、まるでそれが合図だったかのように背後から人が飛び出してきた。
「…なっ…」
だが、何の間違いかは知らないが、真っ直ぐに自分の方へ向かってきていた。向けられるはっきりとした殺気。
危害を加えるつもりである事を察知したため、振り返る要領で強烈な蹴りを腹に叩き込んだ。
うげ、と呻くような声を上げて男が地面に倒れる。
一人倒したと思えば、周りからばらばらと人が現れた。数にして16。
誰もが剣やら銃を持った人相の悪い男達で、ぱっと見で裏世界の住人だと解る。
「…あんたいくつの組織掛け持ってるんだ?」
呆れたようにそう問えば、ザックスは悪びれずに笑った。
「ま、モテる男は辛いってヤツ?」
「…暗殺者にモテても自慢にならないだろ。」
もう、一々怒る気力も消えうせて、クラウドは力なく呟く。 とにかく。と、クラウドは思う。
とにかくこの状況から脱出しなければならない。
自分だってザックスの命を狙う暗殺者である。ある意味周りの奴らと手を組んでもいいような状況ではある。
だが、自分は一度負けた。負けて、いつ殺されてもおかしくない状況であったのに見逃されたのだ。
今更こいつらと手を組んで、多勢に無勢を武器に戦うだなんて卑怯な手を使って勝とうとは思わない。
だが、ザックスと一緒に戦うなどというのもごめんだ。
大体にして、暗殺者がターゲットを守る道理があるだろうか?
そんな物はない。あるはずがない。常識的に考えておかしい。
ならば、自分の取るべき行動は決まっている。適当なタイミングを見計らってこの場から立ち去る。
それが一番妥当な選択肢だ。
そう、この場から立ち去らなければ確実に、自分も巻き込まれ、ザックスと共に、こいつらを相手にしなければなくなる。
そう思って、地面に落ちていた剣を素早く拾い上げる。
自分達を囲んでいる人間達のうち、突破しやすい人物を探っている、と。
「『デリーグ』のクラウドだな?」
そう言って一人の男が歩み出てきた。灰色身がかった黒髪に、鳶色の瞳をした、50代位の男だ。 顔には深い皺が刻まれているものの、強面のせいか、全く老いと言う物を感じさせない。
ザックスの方には目もくれない。ただ真っ直ぐにクラウドの方に視線を注いでいる。
思わず顔を顰めると、ザックスに「お前みたいだぞ?」と
茶化すように言われる。そんなザックスは一瞥するに留めておいて。 「…そうだけど、何か?」
威嚇するような鋭い視線を男に向ける。ただ、それにも男は怯んだ様子は見せなかった。
「ちょっと我々に付き合って貰おうか」 有無を言わせぬ強い口調。場慣れしている。そう感じた。
ただ、場慣れならクラウドだってしている。暗殺者になってからこっちこのような人種とは腐るほど対峙してきた。
「…嫌だと言ったら?」 声を低くしてそう問えば、解っておいたとでも言うように男は口元を歪めた。
「では、力尽くで来て貰うまで。」 男の言葉とともに、辺りを囲んでいた男たちが一斉に武器を持ち上げる。
「何?お前もモテモテじゃんか。」
ザックスは呑気極まりない声でそんな事を言ってきたが、クラウドは黙殺した。
今はこの能天気な男に構っている場合ではない。
クラウドは剣を握りなおすと辺りをざっと見回した。
構えがなっていない。隙だらけ。それに、この人数の比率に油断している。
どうやらそこそこのレベルの奴しかいないようだ。
だが、それでも16人が一斉にかかって来られるとなると、一人で戦うのは少々閉口ものである。
何とか状況を打破する策を考えてみるが、余り有利なものは見つからなかった。
完全に囲まれたこの陣形。こうなってしまえば、危険を承知で一番手薄な所を突破するしかない。
単純な策だが、状況が状況なだけに、一番妥当な策かと思われた。
だが、それにも大きな難点が残る。手薄な所を狙おうとする際、どうしても背後ががら空きになってしまうのだ。
少々の怪我は覚悟しなければならないだろう。
そう思って、クラウドはマテリアバングルに回復マテリアが嵌っている事を確認した。
不意に、ザックスが動く気配を感じる。続いて背中に何かが当たる感触。視線だけを僅かに向けると、
ザックスは背中合わせの格好で、剣を構えていた。あたかも、クラウドの背中を守るかのように。
ザックスの意図が読めず、クラウドは思わず顔を顰めた。
「早く逃げろよ。こいつらはあんたが言ったように俺目当てみたいだ。」
クラウドも先程この男たちがザックス目当てだったと思っていた時は、さっさとこの場から切り抜けるつもりだった。
何だかよくわからないうちに、長い時間会話などをしてしまったが、実はお互いそれをされて当然な立場だ。
そう言って、軽く肘で背中にいるザックスを小突くと、何がおかしいのか背後から笑っている気配が伝わってくる。
「心配してくれてサンキューな。」
「…なっ!心配なんて」
「でも」
していないと言おうとした先を遮られて言葉に詰まる。
「たぶんもう手遅れだ。俺はもう完全にお前の仲間だと思われてる。」
確かに、と思った。確かに、銃やら剣やらを構えている男たちの殺気はクラウドだけではなくザックスにも向けられている。
まぁ、確かに自分たちは非常に不本意ながら普通の会話をして、長い時間一緒に居たのだ。
そう思われても仕方がないと言えば仕方がない。
「じゃぁ、どうするんだ…」
男が言い出しそうな事を薄々予想はしながらもそう問いかければ案の定。
「とりあえず、共同戦線と行こうぜ?」
などと笑いかけてくる。予想はしていた提案だが、一瞬言葉に詰まった。
ターゲットと共に戦う。一番やりたくなかった事だがやむを得ない。
今回は利害が一致する訳だからと己に言い聞かせる。
ただでさえ、16人を相手にするのは辛いわけで、その上ザックスまで敵に回せば自らの末路は目に見えている。
クラウドが渋々ながら頷くと、ザックスは背中越しににっと笑って見せた。
そのまま。
背後を預けて正面を見据える。
クラウドの気迫に気圧されたのか、男たちは一瞬怯んだが、先程進み出てきた男の一声で、一斉に飛び掛ってきた。
号令をかけた男は戦う気はないようで、腕を組みながら他の男達を見守っている。
つまり目下の相手は15人。周りを満遍なく囲まれていたから、クラウドの受け持ちは7人か8人。
だが、向こうの狙いがクラウドだというのなら、自分の受け持ちはまず間違いなく8人であろう。
側面から響く銃声。
その風を切る音で、軌道を読み、僅かに身を屈めて弾を回避する。
正面から横並びの一列で挑んでくる3人の男達のうち、真ん中の大きく剣を振りかぶった男に目をつける。
その男の刀身が己に届くよりも先に、クラウドは腹に強烈な蹴り飛ばした。
剣で応戦するとばかり思っていたであろうその男は、受身をとる余裕もなく、うげ、と奇声を発してそのまま真後ろに倒れた。
横並びのうち、真ん中の人間を突破した事で、残りの二人の背後に回る事が出来る。
倒れた男を踏みつけて、突然の事でうろたえている男達の背後に回ると、一気に剣を振りかざした。
背後からの攻撃。卑怯は卑怯だが、多勢に無勢ゆえ、それはもう仕方のないことだ。
背中から鮮血を撒き散らして倒れる男達に一瞥をくれる間もなく、浴びさせられる再度の銃声。
クラウドは腰のベルトから小ぶりなナイフを取り出すと、ダーツの要領で銃を手にした男に投げつけた。
そのナイフは真っ直ぐに男の喉下に突き刺さり、男は血飛沫を上げて倒れ込んだ。
クラウドの強さに、恐怖心が勝ったのか、剣を構えたまま固まっている残りの男達から一瞬だけ目を逸らして、
背中を預けたザックスに瞳をやる。
ザックスは心配するまでもなく、淡々と、何の躊躇もなく、始末していっている。
見惚れるほど要領の良い動きと、適切な判断力を駆使した戦い方。
クラウドが2度戦っても決して勝てなかった男に、こんな雑魚どもが相手になるはずがない。
敵に回せば恐ろしい相手だが、味方にすればとんでもなく心強い。
それは身を持って感じていた。
「うおおぉぉぉ!!」
気迫を込めた叫び声に、はっと意識が戦闘に戻される。
正面に2人、左右から一人ずつという陣形でこちらに真っ直ぐ向かってくる。
だが、先程も思ったとおり、隙だらけだ。
クラウドはわざわざ走って相手を出迎えてやる気も失せ、剣を構えた5人が自分の間合いに入るのを待った。
男達は血走った目でこちらの間合いに入って来ると、クラウドを取り囲んで、一斉に剣を大きく振りかぶった。
折角取り囲んだのに、大きく振りかぶれば大きな隙が出来る事に気付かないのだろうか?
その未熟さを哀れに思いながらも、クラウドは低く身を屈める。
取り囲む男達のうち、一人の足を切り付けると、立っていられなくなったのだろう。
男は悲鳴を上げて後ろに倒れた。5人で作り上げていた壁に出口が出来る。
クラウドは素早く、その陣形から滑り出すと、
てっきりクラウドを捉えられたと思っていたであろう残りの4人に太刀を浴びせかけた。
一気に2人が血を吹き倒れ、残りはあと2人かと目算をつけた所で。
完璧なる反射だったと思う。
クラウドは、思わず体を僅かに横に倒した。
一瞬前までは、クラウドの腕があった位置に弾が過ぎるのを目で追い、馬鹿な、と思った。
確かにこの男達は全部で15人だった。
一人腕を組んで戦いの経過を見守っていた男の様子にも気を配っていたが、男はあれから微動だにしていない。
それに、先程の戦いぶりから見ても、ザックスが自分の受け持分の敵の弾を、クラウドの方まで行くまで見過ごすなどありえない。
ならば、一体あの弾は何処から来たのか。
思わず、弾が飛んできた方角に目を向けると、そこには先程のホームレスが居た。
薄汚れた帽子の下、にやりと意地の悪い笑みを浮かべているのが目に入る。
(くそっ!)
どうやらあのホームレスもグルだったようだ。
何はともあれ、突然の反射による行動に、体勢を崩されたクラウドが、体勢を整えようとした、瞬間。
「動くな」
今まで戦いの成り行きを見守っていた男に、剣を突きつけられていた。 どう考えても不覚だった。悔しくて、唇をきつく噛む。
「そっちの男も、だ。」
クラウドに剣を突きつけたまま、顎でザックスの方を指し示す。男の言葉にザックスは動きを止めた。ただ、剣は油断なく構えたままだ。
そんなザックスの様子を見て、男はクラウドの首元に突きつけた剣で、クラウドの首の薄皮を一枚切った。
「仲間の命が欲しけりゃ武器を捨てろ。不信な動きをしてみろ。この位ではすまない。」 仲間という言葉に、純粋な驚きを感じた。誰の事を指しているのか一瞬解らなかった。
ただ、確かによくよく考えてみれば、背中合わせで共に戦った男を仲間と勘違いした所で責められはしない。
それでもクラウドにとっては、その言葉は違和感の塊だった。
ザックスはといえば、男の言葉に、感情の読めない瞳でこちらを見てくる。 向こうも何を言っているんだと思っているに違いない。
確かに一緒に戦いはしたが、元々は敵同士である。
自分の武器を捨てる道理などない、と。
「馬鹿か!こいつは仲間なんかじゃ…」
気付けばクラウドは声を張り上げていた。
…が。
「わかった」 『ない。』そう言おうとした先を遮られた。言葉通りに武器を投げ捨てるザックスに絶句した。 ズンと重い音を立てて、ザックスの武器が落下する。 それを見計らっていたであろう、奴らがバラバラとザックスの後ろに回って、縄で自由を拘束し出した。
それにもザックスは抗う様子は見せず、無感情な顔でやられるに任せていた。
「あんた…何で…」
思わず声を漏らすクラウドに、ザックスはちらりと視線を向けると、小さく笑った。
その笑みの理由を察する間もなく、口元に布のような物を当てられる。
「安心しろ。用が済んだらさっさと返してやる。お友達も一緒にな。」
平坦な抑揚の、感情の読めない声が何処か遠くに感じる。
甘い芳香が香って来たと思った瞬間、意識が深い淵に落ちていった。
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