Act 8 とんだペテン師
 
 
「…なぁ、あんたさっきから何やってんだ?」
 
鍵穴を覗き込んでいたザックスに、クラウドはとうとう声を上げた。
ガルドという男が立ち去ってから軽く1時間は経っている。
それにも関わらず、その間ザックスはと言えば飽きることなくずっと鍵穴を覗き込んでいるのだ。
理由を問いたくもなるものだ。
 
「…んー…?」
 
ザックスは、体勢はそのままで、顔だけをこちらに向けると、小さく微笑みかけてくる。
 
「いや、この扉って開けたら防犯ブザーならないかなと思って見てた。」
 
「…ブザーが鳴ろうがならまいが、扉が開けられないのには変わらないだろ。この、手じゃ。」
 
クラウドはこの手、の所で肩を竦めてみせた。
この手というのは、脱走を懸念してのことだろう、後ろでにきつく縛られた腕の事だ。
肌に食い込むほどにきつく縛られており、そろそろ紫色に変色してるのではないかと心配になってくる。
 
「…この、手…?」
 
ザックスが、軽く首を傾げて見せる。
 
「あぁ。この縛られてる手を何とかしない限り、鍵の構造なんて知ったって、何の役にも立たないだろ。順番考えろよ。」
 
「縛られてる?誰が?」
 
「…あんた…」
 
 
頭でもおかしくなったのかと言おうとして、絶句した。何とザックスは目の前で両手を広げて見せている。
つい先程までザックスの腕を捕らえていた縄は今は逆にザックスに捕らえられており、手の端からだらんとロープの端が垂れ下がっていた。
余りの光景に、クラウドは一瞬言葉を失った。
 
「あんた…どうやって…」
 
「ま、俺何でも屋だしな。」
 
目を丸くしているクラウドに、ザックスはそんな理由になっているようないないような台詞を述べて、にこりと笑った。
 
「で、多忙な何でも屋としましては、一刻も早くこっから出たい訳なんだよな。」
 
ザックスは妙に芝居がかった口調でそういうと、徐に悠々とした動作でポケットからガムを取り出してみせた。
捕らえられた際に、剣や銃等の危険物は残らず取り上げられたが、
この牢屋という殺伐とした場には不釣合いなこの物体だけは見逃されたようだ。
ザックスはガムを紙から取り出すと、口に含む。その余りの不釣合いさに眉を顰めたのも一瞬の事。
ザックスは何を思ったか、2、3回噛んだのち、直ぐに口から取り出した。
眉を顰め、何をする気なのかと見守っていれば、ザックスは再度扉に向き直り、先程口から取り出したガムを鍵穴に詰め込む。
 
「なっ…!あんた…そんな事したら…」
 
「大丈夫大丈夫。見てろって」
 
慌ててザックスの下に向かおうとしたクラウドに、ザックスは器用に片目を瞑ってみせた。
かと思えば、そのガムの詰まった鍵穴に徐に手を翳す。そのままザックスは口の中で何事かを呟き出した。
辺りの空気が変わるのが肌から知覚される。
まるで、空気中の何もかもが全て凍りついたかのように一気に下がる気温。
かと思えば、次の瞬間にはザックスの手から、淡く、冷たい光が広がっていた。
 
(ブリ、ザラ…!?)
 
 
 
初級の冷気系魔法。だがそれでもクラウドがそれを見るのは初めてだった。
自然の力を無理やりに捻じ曲げて、超自然現象を引き起こす、魔法。
それを放つことができるのは、原則としてソルジャーのみだ。
通常考えうることなど不可能なその現象をソルジャーのみが使う事が出来るのは、
恐らく、ソルジャーの身体を製造するという過程も、人間の限界値を遥かに超えるさせるという超自然現象のなせる業故に
それらを可能にさせているのだろうと考えられる。
クラウドが息を詰めてその様子を見守っている中、ガムが詰められていた鍵穴からは真っ直ぐに伸びた氷の棒が生成していく。
その瞬間。漸くクラウドはザックスの意図を悟った。
ザックスはクラウドに向かって恭しく礼をすると、その突き出した氷の棒を掴み、軽く回した。
まるで奇術でも見ているかのようだった。
カチャリ
その瞬間、今の今まで自分達を阻んでいた鋼鉄の壁の鍵が、小気味良いほど軽い音を立てて開く。
呆気に取られている自分を前に、まるで奇術師のように不敵に笑うザックスを見て、
あぁこいつは本当はただのペテン師かもしれないと思った。
 
 
 
 
**
 
 
 
鋼鉄の扉を勢いよく開ければ、そこにはやはり見張りが居て。
そのいかつい男が状況を理解できず、目を見開いている隙に、ザックスは首元に手刀を叩き込む事で、いとも簡単にぶちのめした。
その鮮やかな手並みに関心したのも束の間の事。
ザックスの首元から、何か小さな、銀色の光が落ちてくるのが目に入り、思わずそれを目で追った。
その銀色の光は尾を引きながら、灰色のコンクリートに落下し、カシャンと小さな音を立てる。
 
「おい、何か落とし…」
 
何かと思い、その銀色の物体の落下地点に目をやって。
次の瞬間、思わず吹き出しそうになった。
「…何だ?…って!…」
 
見張りを倒して、一息吐いていたザックスは、クラウドの手から下がっていた物体に気付くと、
見た事もない位に慌てて取り上げた。その余りの慌て様に、クラウドはとうとう吹き出してしまう。
「…っ……あんた…、ロケットペンダントなんか持ってて恥ずかしくないのか?」
そう、ザックスの首元から落下したのは、ロケットペンダントだったのだ。
銀色のチェーンに、何の飾り気もない、少し大きめのロケットがかかっている、だなんていう酷くシンプルなロケットペンダント。
だがこの際デザインどうこうはどうでもいい。そんな事問題ではない。
もう、何がおかしいって全てがおかしい。
この何処かちゃらちゃらした男が、ロケットペンダント何ていう、間違っても男が好まさなそうな物体を付けている所だとか、
どうやら、肌身離さず見につけて、恐らく時々中の写真を見ているのであろう事とか。奪い返す際の、この余りにも速過ぎるスピードだとか。
 
「………お前、笑い過ぎだ。」
 
憮然とした顔のザックスに更に笑いを誘われる。

「だって…、あんたにロケットペンダントって…」
 
似合わな過ぎる。そう言いたかったのに、込み上げてくる笑いのため、言葉が続かない。
 
「…しょうがないだろ。常に身に着けていたいほど大事なモン何だよ。
…つーか、チェーン切れちまったか…。困ったな。」
 
本当に困った、といった様子に、笑っているのも悪いような気がして、必死で笑いを堪えようとするが、中々収まってはくれない。
そんなクラウドを横目に、ザックスは暫く何か考え込んでいたようだが、不意に決まり悪そうな瞳を向けられる。
「…あー…。悪いんだけどさ、これ、お前が持っててくんない?」
「…は…?」
 
漸く笑いが収まってきた所でそんな事を言われ、思わず声を上げてしまう。
「この服ポケット浅いんだわ。で、俺、何も考えずに、普通に動くから、落としそうなんだよな。
お前のポケット深そうだしさ。そこ、入れといてくんない?」
 
そこ、と言うところで、クラウドのボタンで蓋をすることの出来る胸ポケットを指差されて、
クラウドも釣られて視線を下げた。確かに、このポケットなら落とすことはないような気はした。
 
「…あ、でもここ脱出したらちゃんと返してくれよ」
 
最後の方は少し慌てたように付け足すザックスに、クラウドは思わずもう一度吹き出してしまった。
幼い子供が電車の券を、無くしそうだから母親に持っていて貰おうとするのと同じような物言い。
今までとのギャップのせいもあり、クラウドはおかしくてしょうがなかった。
ボス直々に依頼されたターゲット。ザックスという存在はただそれだけの価値しか持たなかった。
仕事を通してしか見なかった。見ようともしてこなかった。
だが、少し視点を変えれば、こんな顔だって眠っていたのだ。
 
こんなチャチなロケットペンダントのために、こんなにも必死になって言い募る。
屈強な大男を一撃で天井を拝ませるような男が。
別人のようだが、これもまた彼の本質なのだろう。
妙な奴だとは思いはしたが、そんな愚直さは別段嫌いではない。
 
人間とはそんなものなのかもしれない。
 
一緒に話して、一緒に時間を過ごして、初めてその人物の本質が見えてくる。
そして、恐らく自分はザックスという男の本質は嫌いではない。そんな気がした。
 
不意に、そんな事を思った自分に気付き、思わずクラウドは勢い良く首を振った。
 
何を、馬鹿な事を。
確かに今自分達は共同戦線を結んでいるが、それは今だけの事だ。
この組織から無事脱出し終わった瞬間には、もう存在しないその協定の元に一緒に居るだけなのだ。
こんな風に馴れ合ってなどいるべきではない。
 
「何、持っててくんないのか?」
 
クラウドが首を振ったのを別の意味に取ったらしく、ザックスは酷く慌てた様子だ。
(流されるな…。)
自分達は、この場限りの関係なのだ。そう自分に言い聞かせる。
クラウドは無言で、ザックスの手に掛けていたペンダントを受け取った。
 
「別に、『ラストリア』を脱出するまでなら構わない。それより今はどうやって脱出するかを考えよう。」
 
少し冷たい銀の感触を、そっとポケットに潜り込ませて、そう言う。
 
「…あぁ、そうだな。」
 
突如変わった雰囲気にザックスも気付いたのだろう。少し堅い声が返ってきた。
 
「つっても、やっぱ強行作戦しかしょうがねーよな。」
 
「あぁ、だが全部を全部強行突破する訳にもいかない。
いくら大した奴が居なくとも人数が違う。それに地の利は向こうにある。
出来る限り見つからないように行く…位しか作戦もないだろうな。」
 
「そうだな。じゃ、とりあえずは共同戦線続行って事でいいよな?」
 
そうふざけた調子で言うザックスに、クラウドは頷く事もせず、続き部屋に足を向けた。
そうでなければ、とんだペテン師のペースに乗せられてしまいそうで怖かった。