(注意書き)
このシリーズはお初物という事で、どうしてもBL系描写が入ります。
今回も例に漏れず、入る訳ですが、この話は他のお話と比べると、少しだけそういう描写が多いです。
非常にヌルイですが、苦手な方は読まないようにして下さい。
あと、ヘタレなザックス苦手な方も読まないほうが懸命です。
そのどちらにも当てはまらない方、許してくださる方のみ以下へお進み下さい。
↓
以下本編
「お嬢さん一人ー?」
「良かったら俺らと遊ばない?」
うんざりするほど聞きなれた台詞に、クラウドは思い切り顔を顰めた。
secound step
「ったく、ふざけんな。」
すっかり伸び切った若い男達の前で、クラウドは両手をパンパンと掌を埃を払うように叩き合わせ、戦闘終了を自分に告げた。
本日の獲物は、鼻ピアスと、パンクヘアの二人組。
そんな一部の特徴だけを挙げずに、他の特徴を挙げてもいいものだが、生憎とその他の特徴を挙げる価値をクラウドは見出せなかった。
久々に町に出たかと思えば、随分不快な思いをさせられたものだとクラウドは溜息を吐いた。
本日は学科が2時間、実技が3時間という、割と楽な授業日程。
いつもならその後更に自主練に励む所だが、今日は、先日入った給料で本を買いに行くと決めていた。
その本というのは、学科の授業の中でも、特に興味深い授業をする教官が出版した物で、
以前図書館で目を通した瞬間から、目をつけていた物だった。
クラウドは基本的に本などは、経済的な理由から、教科書以外は全て図書館で借りて読むタイプの人間だったが、
その本は一度全部隅々まで目を通しても、未だに吸収しきれていない事が多く、どうしても手元に置いておきたくなったのだ。
そういう訳で、クラウドは久々に町に繰り出し、行きつけの本屋で本を購入し、気分良く帰宅の途についていた。
そんな折、冒頭の通り声を掛けられた、という訳である。
不本意ながらその手の台詞をかけられた事が一度や二度ではないクラウドは勿論その台詞を無視して立ち去ろうとしたが、
男達はしつこかった。浴びせかけられる下卑た言葉の数々と、無遠慮に触れてくるその手にクラウドはついにブチ切れて男たちをのしてしまった、という訳である。
地面にだらしなく転がった男達は、脇腹やら頬やらを押さえながらよろよろと立ち上がった。
かと思えば。
「くっそ!この男女!」
「覚えてろー!」
などと、定型どおりの不快で悪役的な台詞と共に走り去る。
その無様な後姿を見送りながら。
『男女』
酷く聞きなれた耳障りな言葉に、クラウドは深い深い溜め息を落とした。
クラウドは町を一人で歩いていると、こういった手合いによく出くわす。
その度、相手をこてんぱんにのして、軍で習った技の良い練習台にしていたが、もういい加減うんざりしていた。
…確かに自分は女顔らしい。
幼い頃から、「母親に似てますね」とは言われた事はあるものの、「父親に似てますね」などと言われた事は一度もないし、
可愛らしいですねとは言われた事はあるものの、男らしいですねなどと言われた覚えは一度もない。
背だって低いし、筋肉のつきは悪いし、華奢と言われても文句が言えないような体躯である事は渋々ながらも承知している。
それにしても、幼い頃ならいざ知らず、未だに女と間違えられるのは頂けないと思う。
自分はどれだけ女らしく見えようと、性別的には男で、男として育てられ、男として育ってきた、身も心も純粋たる男なのだ。
それを何を勘違いしているのか知らないが、男達は時折自分を女扱いしようとしてくる。
いきなり告白してきたりだとか、夜の相手をしろと誘われたりだとか、セクハラされたりだとか。
正直、あんたら目が腐ってるんじゃないかと思う。
確かに、あんなむさ苦しい男達でも、女を求めようとする生理的欲求を持っていることは仕方がないが、
何も自分で発散する必要はないではないか。世の中には何億、何万、何千という女の子達がいる。
自分などを構っている暇があれば、そちらに回ればいいのに、と思う。
(でも、まぁ…)
それが当てはまる最たる人物が自分の現在の恋人であるザックスであるが故に、自分も人の事を言えないのだろうか、と思う。
そう思って。
先日の出来事を思い出し、帰宅の足取りが急に重くなるクラウドだ。
付き合い始めて8ヶ月、そう言った兆候が見られていたにも関わらず、
全く気付いていなかったクラウドは先日ザックスにそーいう関係を迫られて、正直度肝を抜かれた。
自分もそれなりの年を重ねてきたし、健康な男女が寄り添えば何が起こるか知らないわけではない。
そして、それは時として男同士に起こりうる事なのだと言う事も知らなかった訳ではない。
でもそれでも、クラウドはそれらの事は自分とは全く無縁の事だと思っていた。
キスはするし、抱きしめてくるし、少々過剰なスキンシップも自分達の間にはあった。
それでも、ザックスが自分を抱きたがっているとは全く気付いていなかったクラウドだ。
大体にして、そう思う事自体が、常識からはずれているのではないかと思う。
何の因果か知らないが、お互いを好きになってしまったものの、
自分もザックスも完全なるノーマルだし、今もそれは変わらないと思う。
自分と付き合っているにも関わらず、ザックスは相も変わらず過剰なフェミニストだし、それを改める事は不可能そうだ。
だから、まさかまさかそのザックスが、いくら好き合っているとは言え、
自分とそういう関係を持ちたいだなんて思っているとは夢にも思わなかったのだ。
その夢にも思わなかった事を突きつけられて、真摯な瞳で告白されて。
結局は折れてしまった自分の心は今思い出しても計り知れない物がある。
ただ、ザックスに、そう言う関係を持ちたいと言われた時、不思議と嫌悪感だとか、不快感を持たなかった。
それだけが理由だった気がする。
男と身体を重ねるだなんて、とてもではないが昔の自分では考えられなかったのに。
(でも…)
そう、でもと思う。
『女役は嫌だ』それは心の底からの想いだった。それは半分意地のようなものだった。
クラウドは昔から、上記に述べた通りの扱いを受けており、女扱いされることには、それこそ人並み以上の嫌悪感を覚えるのだ。
それを知らないはずはないザックスが、自分を女役であると勝手に決めてしまっていたことは少なからずショックだった。
確かに体格的にも経験的にもザックスの方が男役に向いていることは解っている。
でも、ザックスは、いくら自分が女顔で、華奢だと人に称される身体をしていても、自分を男の友人として対等に扱ってくれたし、
恋人になってからこっちもからかうように可愛いとは言うものの、自分の自尊心を傷つけられるような事はされていない。
それがザックスの優しさであり、自分という人間を認めてくれている事の証だと思えた。
それなのに…
クラウドは唇をきつく噛んだ。
絶対女役などしてやらない。
向こうが完全にその気なら、こっちが押し倒してやる。
そう、決めていた。
**
「…ただいま。」
「おかえりークラウド。」
呟くように言った言葉も決して聞き逃す事はない、特別製の耳を持つ男の声が奥から聞こえた。
今日一日をこなしてきたとは思えない程明るい声。それが心地よく感じられるようになったのは一体いつからだったのか。
細い廊下を横切って、部屋に足を踏み入れて。思わず眉を顰めてしまう。
「…何であんた堂々と人のベッドに居座ってるんだよ。」
そう、ザックスは何を思ったのか知らないが、すぐ傍にある自分のベットではなく、クラウドのベッドの上に腰掛けている。
確かにクラウドのベッドの方がテレビが見易い位置にあるから、テレビが見たい時などに時折利用するのは構わない。
だが、今ザックスはテレビどころかラジオさえもつけていない。
ここに居座る理由など何もないはずだ。
だが、クラウドの抗議にもザックスはびくともしなかった。
「うん。」
などと言って、そこから退こうともしない。
「『うん』じゃない!ったく、あんたはいつもいつも…」
「クラウド」
続く小言を遮られて、クラウドは顔を上げる。
「…何だよ。」
不機嫌な声のトーンで問うたのに、ザックスはめげた様子もなかった。
ただ、こちらを真っ直ぐに見詰めて、手招きをしている。
帰って来て早々の不審行動に、顔一杯に不機嫌を貼り付けながらザックスの元に歩み寄った。
瞬間。
ぐいと腕を引っ張られた。ベッドの端に立っている状態だったクラウドは突然の行動に、あっさりと捕まり、
引き寄せられた。ちょうどベッドに腰掛けているザックスの膝の上に座る形になってしまう。
冷たい視線で睨みつけるクラウドに、ザックスは明るく話しかけてくる。
「明日ってお前訓練休みだよな?」
「…そうだけど。」
「俺もなんだ。」
「…ふーん。」
「だから明日はゆっくり休めるよな」
「………まぁな」
嘗てない程嫌な予感が過ぎった瞬間、ザックスが小さく微笑みかけてくる。
「じゃ、しようぜ」
「………」
今度は何をだなんて問いかけるという馬鹿な愚は犯さなかった。
ベッドの上。かつ膝の上。しかも先日の行動、今回のこの台詞。
これだけの条件が揃っていて、『何を?』と問いかける愚など犯しようがない。
「…ふーん」
随分、抑揚のない声音を出しているなと自分でも思う。
クラウドは冷たい視線のまま続けた。
「…じゃ、あんた女役になる覚悟、できたって訳?」
自分で出来る限界まで、そっけない声音だったと思う。まるで吐き捨てるような。
どうしてこう嫌な事は重なるのだろう。
本日は既に一回女扱いされて、自分の中で精神的疲労が訪れている。
今日は買ってきた本も読みたかったが、二度目の扱いに何だかその気も失せてきた。
まぁ、何にせよ大人しく女扱いなんてさせてやる気はさらさらないし、一発引っ叩いて、さっさと寝てしまおうと思っていた、のだが…。
「あぁ。」
「……え?」
否定を想定した言葉だったのに、思えもかけない返答を受けて、思わず間の抜けた声を出してしまう。
対するザックスは、少しも動揺した様子は見せない。
ただ、真っ直ぐにこちらを見つめてくる。
「お前が抱けよ。俺はそれでも構わねぇ。良く考えたらそれでも、お前と身を分け合えるって事には変わりがないからな。」
言ってる事を理解するのに暫し時間がかかった。
何を言っているのか。
『お前が抱けよ』?
それとはつまりザックスが女役になるわけで、自分が男役になるわけで、それってつまり…。
理解した瞬間、自分でも頬が熱を持つ事が解った。
「お、お前男としてのプライドとか、そういうのないのか!?」
「そりゃーあるけどさ。でも、そんなプライド放り出せる位、お前が欲しい。」
「…なっ!」
ザックスは言うが早いか、自分の服に手をかける。潔く脱ぎ捨てれば、途端に顕になる、筋肉のついた逞しい肢体。
唖然としているうちに、ザックスは衣服を床に放る。ぱさっと乾いた音がしたかと思うと、そのままクラウドの方に瞳を向けた。
どきりとした瞬間には腕を捕まれ、ぐいと引っ張られていた。
途端視界が90度変わり、目の前にはザックスの顔。
というか、よくよく自分の状況を振り返ってみれば、なんと、自分はザックスの上にのしかかったまま、
顔の横に両手を付くという、所謂本当に本当の押し倒しポーズをさせられていた。
余りにも突然の展開に、目を白黒させているのに。
「ほら」
だなんて、無防備に身体を曝したザックスに先を促され、固まってしまう。
頭が酷く混乱していた。
ザックスは今、自分から女役をすると宣言した。
それはつまり自分が男役になるという事で、自分がまるで女を抱くようにザックスを抱かなくてはならない、という事だった。
ザックスが女役を強いてくるなら、押し倒してやろうと思っていた。けれどその先は想像した事はなかった。
そう、想像した事もない。想像だにできなかったそれを行わなくてはならないのだ。
ザックスの上に跨がった、そのままの体制で、ただただ瞬きを繰り返す。
いつまで経っても動く気配を見せないクラウドに焦れたのだろう。
「とりあえず、お前も脱げよ。」
だなんて自らの洋服に手をかけられた。
裾を掴まれ、僅かに持ち上げられる。
瞬間。
思わずその手を振りほどいていた。
驚いたような顔のザックス。
決まり悪さに目を逸らして。
「…お、男なんて、抱いたって、その…な、何も面白くないだろ?ったく、くだらない事、させんな。」
強がりを言ったが、己の中を占めている本当の気持ちは、一刻も早くこの場から逃げ出したいという事だった。
予想外。そう、全く持ってその言葉以外に表現のしようがないザックスの行動に、それ以外の思考は何も浮かばない。
痛い程心臓が激しく脈うち、息が詰まりそうだった。
自分で女役が嫌だとは言ったが、その意味を深く考えた事はなかった。
だが、確かによく考えれば、その行為には、女役が要る訳で、それを自分が拒否したとなれば、ザックスがそれをする他ないのだ。
それは全く持って当たり前な事。至極理論的な事で。
それでもそれを全く想像しなかったのは、まさかまさかザックスがそんな事を言い出すとは思わなかったからだ。
そう、言うはずがないと思っていた。
あれだけ女遊びを繰り返して、男としての動作が身についているだろう男がそんな事を言うはずがないと思っていた。
身体を重ねる事を口では了承した。
でも、ザックスが女役になる事を無条件で了承するはずがないと思っていた。
そして、自分も無条件で了承する気は更々なかった。
つまりは、『女役は嫌だ』という事で、実は心の何処かでその行為を拒否していたのだ。
正直ザックスを見くびっていた。
それを今思い知らされる。
一刻も早くこの場から立ち去りたくて、ザックスの上から身体を退けようとした。
瞬間。
ザックスが小さく身じろぎした。
「…じゃあ」
退けようとした身体は手首を捕まれて縫い止められる。
思わず顔を向ければ、そこのあるのは熱を孕んだ情熱的な瞳。
「俺が、抱いてもいいんだな?」
確認というよりは、まるで宣言するような口調だった。
気付いた時には視界が反転していた。
一瞬何が起こったのか解らなくて、酷く混乱した頭で、上を見上げれば、そこにあるのは真剣な瞳。
金縛りにあったかのように動けなくなる。
そっと手を伸ばされて、髪に触れられる。大きな手。長い指先。
ザックスはその手で、優しく、そしてとても大切そうに、何度か髪を撫で、そのまま頬に手を滑らせてくる。
いつものように、髪を耳に掛けられて、そのまま掠めるようなキス。
いつものキスと何ら変わらない。そう、全く変わらないその仕草。
…ただ、その指先がいつもより、熱く感じるのは気のせいだろうか。
見詰めてくるその瞳が、いつも以上に熱っぽいと感じられるのは。
何度も舌を絡め取られて、続けられる甘く、痺れるようなキス。
ザックスとのキスは、別に嫌いじゃなかった。いつも本当に気持ちの篭ったそれをくれるから。
けれど。
キスに気を取られているうちに、頬にかけられていた手がいつの間にか首筋へと移動していた。
その手は、キスをしながら更に下降し、服の上から身体を撫でられる。
けれど、これは慣れていない。
深い口付けの合間にクラウドは漸く息を吸い込んだ。
「ちょっ!ザックス…!」
ぐっと力を込めて、ザックスの肩を押し返す。
いつもなら、簡単に離れる程の力だ。
けれど。
押し返すその手首はあっさりと捕まれ、顔の横に押し付けられた。
その力に、思わずクラウドは大きく目を見開いた。
『クラ〜ウド』
徐に絡められるその腕。
雑誌に目を向けていたクラウドは、いとも簡単にそれを振り払って。
『あぁ、もう、邪魔!!』
だなんて。
簡単に、振り払う事が、できるのに。
いつもへらへらしているから気付かなかった。
いつも情けない事ばかり言っているから、殊更強く意識したことはなかった。
けれど、ザックスだって、男なのだ。
ぞくり、と震えが走った。
クラウドが戸惑っている間にもザックスの手は進み、徐々に下降していた手が服の裾から潜り込んでくる。
じかに触れる手の平。巧みに肌をなぞられて、感じた事もない感覚が背筋を走る。
首筋に落とされたキスに、更にそれを煽られ、頭が真っ白になる。
手荒い真似なんて何一つされてなんかいない。
いつものキス。
いつもの過剰なスキンシップ。
そう、いつものように優しく触れられているのに。
自然と身体が、震え出していた。
指先から生じたそれは、大した時間も要しずに、自然と身体に広がっていった。
男に組み伏せられて震えるだなんて冗談じゃない。
冗談じゃ、ないのに。
震えが止まらない。
震えが、止まらなかった。
「…クラウド?」
段々と大きくなる震えに、流石のザックスも気付いたのだろう。
ゆっくりと顔を覗き込んでくる。不思議そうな蒼い光彩。
けれど、何処か野生味を帯びた男の瞳。
咄嗟に、弾き飛ばしていた。
瞳の端に映るのはびっくりしたような顔のザックス。
「…あ。」
我に帰った時目に入ったのは、余りに突然の事で、後ろに弾き飛ばされているザックス。
そして、自分はすかさず身を起こしていた。
余りの気まずさに、どうしたらいいのか判らなくなった。
自分は以前その行為をする事を了承した。
そして、男役を拒否した。それなのに、女役まで拒否をした。
それは、完全なる嘘を吐いたということだ。
気まずくて、でもじっとしていられなくて。
一刻も早くこの場から立ち去りたくて。
「……こ、こんな時間から、盛ってんじゃねーよ。」
今は遅くもないが早くもない。そういう行為にベストな時間。しかも明日は訓練が休み。
これ以上ない程ベストなタイミング。
けれど、自分の言葉が矛盾している事に気付く余裕もなかった。
乱れた衣服を整えるのも忘れてそう言い捨て、ベッドから降りる。ザックスの瞳は見なかった。
「あ、俺、教官とこ、行かなきゃ…今日出さなきゃいけないレポートが、あってさ…え、と行って、来る。」
取って付けた様な言い訳を残してクラウドは勢い良く部屋から飛び出した。
注意書きにもめげず読んで下さった方、ありがとうございます。
このシリーズは次で完結です。