Act2 What is our relationsip ?
同情だとか哀れみだとか、そんな言葉嫌いだった。 けれど、持っていたのはきっとそんな身勝手な感情だったんだと思う。 「何で駄目なんだ?全然普通の土民じゃねぇか」 不満気にロンに詰め寄ると、ロンは頭が痛いというようにこめかみを押さえた。 「ですから何度も申し上げたように、あいつはただの土民ではないのです。『穢れ』なんですよ。何度言ったらご理解頂けるんです?」 それは何度も聞いた。けれど、ザックスが言いたいのは全く別の事だ。
例の青年と初めて会ってから3日間。 ザックスはずっと、その『穢れ』と呼ばれる青年も解放するべきだと訴えていた。
青年は、王子と思しき人物を見かけても、何の攻撃もしてこなかった。
つまり、悪魔と契約して得た力(とは言われているがザックスは信じていない)は、攻撃性の物ではないということ。
ならば何の危険性もない。一人だけずっと牢に拘束して置くのは理不尽だと。
だが、それに対するロンの返事は淡々としたものだった。
攻撃性の物ではないにしても、異端な力である事には変わりがなく、その穢れを移される事になってはヒューマンプランテーションの危機である。
それに、土民に対して理不尽などということを考慮する必要はない、と。
完璧なる階級性の元に生まれた差別意識を変える事は不可能だと解っていた。そして、異端を疎外する人間の特質も。
だから解放は諦めざるを得ないという事は解った。ならば。
「じゃ、会いに行く位ならいいだろ?」
そう言って悪びれずに笑う。 余りにもしつこいザックスに、ロンは頭痛を振り切るように深い深い溜息をついた。
「それで気が済むのなら…お好きになさって下さい。」 嫌味を存分に含む言葉だったが、ザックスは無視をした。 それでも会わなくてはいけない。そう思ったから。
初めて会った時、青年は、土民でもしないような表情をしていた。
いや、それを表情とは言わないのかもしれないが。
普通、牢に人が、しかも見るからに王子と解る服装をした男が入って来たのならば多少なりとも表情は変わるものだ。
また同じ事を強要されるかもしれないという不安を顕にする者。過去に経験した『遊戯』を思い出して打ち震える者。
やり場のない怒りの対象口として憎憎しげに睨み付けてくる者と、様々ではあるが多少なりとも反応を返してくる。
なのに、青年はそのどれにも当てはまらなかった。
彼の顔に張り付いているのは全くの無表情。
空色の瞳はまるで宝石のように美しく、そして宝石のように無機質で何の揺らぎもない。
整った顔は、言葉を発した時以外に全く動かず、まるで能面のよう。
泣くでもなく、怯えるでもなく、憎むでもない。
ただ、何も無かったのだ。
『神』は『土民』を人間だとは認めない。けれど、それをザックスはとんでもなく馬鹿らしい事だと思っていた。
土民も、他の人間と同じく四肢を持ち、感情を持ち、家族を持つ。
一体自分達と何が変わるというのか。
それを、土民達と友好を持てば持つほどにザックスは感じる。
だが、彼は『神』が理想として思い描く『土民』そのままだった。
無表情、無感情、そして従順。
彼だって人間だ。当たり前の表情や、感情を持つ事だって可能だろう。
普通に笑う事だって、泣く事だってできるはず。
それでもあそこまで無表情を徹底できるのは、そうする事さえ無駄だったから。
理不尽な暴力を受け、当たり前の生活を奪われてきたから。
同じ人間なのに。そう思うとやりきれなかった。
だから会いたかった。
少しでもいい。笑って欲しかった。
生きる事は、楽しいのだと少しでも知って欲しかったから。
そうでなくては、計画時にどうしようもなくなってしまうとい打算もあった事は否めないが。
デッカーの戯れのために土民が収容されていた牢には、もう彼は居なかった。
青年は以前ロンが言っていたように、特別な牢に収容されている。
そこへの鍵はコンピューターロックで、暗証番号が毎回異なるという複雑怪奇な代物。
だから、毎回の暗証番号は、このヒューマンプランテーションを司るメインコンピューターの所へ行くしか知る手立てはなく、
また、メインコンピューターへ行くにも厳重な鍵がかかっているため、実質そこに辿り着けるのは管理者として選ばれた者、
各王子に付く執事のみとなっていた。
遥々メインコンピューターまで行って、暗証番号を確認して来た執事は、げんなりとした様子で、
青年の収容されている場所への扉の前に立った。
「いいですか?ここのロックは外からしか開けれません。けれど、この扉を開けっぱなしにしておく事は許されません。
だから、2時間後ににお迎えに参ります。それ以上ここに居て穢れをうつされては困りますからね。解りましたか?」
「はいはい、了解です。」
2時間は短いような気がしたが、それで文句を言っては入れてもらえないであろう事は解っていたので大人しく頷いた。
ロンは大きく溜息をつくと、手早くロックを解除した。
音もなく扉が閉まる音を背に聞きながら、ザックスは大きく目を見開いた。
そこは不思議な世界だった。
思ったより広い空間で、天井は丸く、一面に青いペンキで色が塗られていた。
ただ、一箇所だけ丸くその色が欠けて元の天井の色である白が露出してある部分がある。
また、床には2、3本の茶色く細い棒が突き立ててあるが、それは安定が悪く今にも倒れそうだった。
その光景を見て、ふとザックスは思い当たった。
(これ…外の風景を模写してんだ…)
ヒューマンプランテーションの人間は、ここだけが全てと思い、外の世界に興味を持って調べる者など殆ど居ない。だがザックスは別だった。
王子として教えられる事には全く興味がなく、よく講義をすっぽかしていたザックスだが、元は好奇心旺盛で、様々な雑学に通じている。
殊に外の世界には大変興味があり、個人的に色々と調べた事がある。
その風景(文献で見ただけだが)に酷似していると思うのは気のせいではないはず。
部屋の中心で、一人の青年が膝を抱えて座っていた。
プラチナブロンドに、空色の瞳の美しい青年。
ザックスが入ってきたのに気付いていないのか、はたまた無視をしているのかは解らないが、
彼は視線一つ動かさずに虚空を見つめている。
「…よ。」
手を上げて軽く挨拶をしながら青年に歩み寄った。
返事はない。ただ、あの感情のない目をちらりとこちらに向けただけだった。
気にせず隣に腰掛ける。床に直という形だったが気にしなかった。
元々ザックスの性格的に、深く埋もれるようなソファより、硬い床の方が性に合っている。
「久しぶりだな。元気してたか?」
彼が覚えているかどうかは解らないが、とりあえずの挨拶をしてみる。
だが、それにも彼は無反応で、ただゆっくりと膝に顔を埋めた。それでもめげずに話しかける。
「お前面白いトコに住んでんのな。」
ザックスはゆっくりと周りを見回した。
外の世界を模写した、美しいとも言える部屋。
「この部屋さ、外の世界を模写したものなんだぜ?知ってたか?」
変わらずの無反応に、今度は問いかけてみた。
無視されるかと思ったが、予想に反して青年は首を縦に振った。
「知ってたのか。」
ザックスは驚いて目を丸くする。
今のこのプランテーションで、知識はあれども実際にこれがそうなのだと言い切れる人間がいるとは信じがたかったから。
しかも彼は土民だ。それ故知識を身につける段階から難が残る。
思っていることが顔に出ていたのか、青年は部屋の隅に置かれた棚を指差した。
ちらりと表題を見ただけでも、全てが専門書である事が解る分厚い本が、ぎっしりと棚には置いてあった。
不意に、目に止まったのは一冊の本。ずっと前から読みたいと思っていて、図書館を探したが、ずっと貸し出し中になっていたものだ。
ザックスは、左手を支えにして立ち上がると、本棚に歩み寄った。その本を手に取る。
青い表紙の古びた本。それをぱらぱらと捲ると、一枚の写真が目に飛び込んできた。
水飛沫を上げて、海に潜ろうとする鯨の写真。
それを見つめながら、言った。
「外の世界っていいよな。綺麗で、広大で、無限の可能性に満ちてる。」
数字だけでは実感に乏しいが、それでも信じられないくらいに巨大な生き物。
それが、遠い昔外の世界には溢れていたのだ。
「今は『毒』にやられて外に出る事はできないけど。でも、いつか行ってみたい。」
「…やめろよ。」
「え?」
突然聞こえる低く、威嚇するような声。
変貌に驚いて、振り向けば、青年の瞳は怒りに燃えていた。
この部屋の天井のようにのっぺりとした色合いであった瞳が感情を宿し、揺れて、生命の輝きに溢れている。
それはペンキを混ぜ合わせ程度では絶対に創造することができない色合い。
美しさに息を呑んだ。初めて、目にした感情。
「あんた、何しに来たんだ。突然入ってきたと思ったら、くだらない事ばかり。さっさと本題に入ったらどうなんだ。」
吐き捨てるように、憎憎しげに言うと、青年は目を逸らした。ザックスは漸く呪縛が解けたような気分だった。
「…本題?」
本題と言われた所で、自分は特に用があってここに来たわけではない。
純粋に、会話をしにきた。できれば仲良くなりたいと思ってここに来た。
それ以上の本題などあるものか。
だが、そんなザックスの気持ちなど知らぬ青年は、顔を上げて、きっとこちらを睨みつけてきた。
「ヤりに来たんだろ?別に抵抗なんてしない。さっさと済ませて出てけよ。
2時間しかないからって、最後に焦ってヤられるのはこっちにだって負担がかかるんだ」
言うが早いか、青年は自分の服に手をかけて脱ぎ捨てた。
白い肌が顕になり、目に突き刺さる。男の裸体にも拘らず心臓が大きく跳ねる自分に戸惑いを感じながらも慌てて
青年の元に駆け寄る。更にズボンにも手をかけていた青年の腕を掴んだ。
「ちょ、ちょっと待てよ。」
それでも、脱ぎ捨てようとする青年と揉み合ううちに。
「うわ!」
バランスを崩して二人して倒れこんだ。
暴れようとする体を押さえつけ、腕を一つに纏めて拘束すると、ようやく青年は大人しくなった。
暫く、お互い荒い息をつく。
何から言えばいいのか迷った。
自分は青年を抱く気はさらさらないだとか、本当に会話をしに来たんだとか、
言いたい事はたくさんあったが、どれも信じて貰えない気がした。
青年の反応を見て悟った。
この青年は、『穢れ』と侮蔑を込めて言われるこの青年は、全く人間として扱われていなかったのだと。
この様子では、この部屋は娼館と大した差はなかったのだろうと。
きっと『神』が入ってくるなり、何の会話をする間もなく押し倒し、転がし、服を裂き、鳴かせて、暴挙の限りを尽くしたのだろう。
だから、何を言っても信じて貰えないだろうと思った。
だったらどうすればいい?自分は、この哀れな青年にどう言えばいいのか?
何を言おうか散々迷った後
「…初めて会った時、お前、俺がお前のこと何だって言ったら、俺が決める事だっつったよな?」
口にしたのは初めて会ったときに口にした言葉だった。
青年は怪訝そうに眉を顰めて押し黙る。
「言ったよな?」
再度問えば、青年は戸惑いながらも頷いた。
「俺にとってお前が何になるのか、今決めた。」
大きく息を吐いて言った事、それは。
「俺にとってはお前はトモダチ、だ。」
青年は驚いたように目を見開いた。
それには構わず続ける。
「だから、俺はお前を抱かないし、命令もしない。お前も好きなように俺に接してくれて構わない。」
何度か戸惑ったように瞬きをし、口を開いてはまた閉じてを繰り返した青年は、漸く言葉を口にした。
「…それは、命令か?」
驚いて。違うと言おうとして口を噤だ。
今ここで違うと言う事は得策ではない気がした。
命令だろうが命令じゃなかろうが、自分の望むままに接して欲しいと言うのがザックスの望みだったから、
結果オーライというやつだ。小さく笑った。
「あぁ、そうだ。」
言うが早いか、ザックスは馬乗りになっていた体をゆっくりと起こした。
青年は呆然としたまま、天井を見つめていたが、ザックスが自分の上からどいた事を知ると、のろのろと起き上がった。
暫く押し黙って、乱れた髪を掻き揚げていたが、不意に顔を上げた。
「トモダチ、って何するものなんだ?」
心底困ったような顔に、ザックスは苦笑した。
生まれてこの方友人など持ったことがないのだろう青年。
でも、これから覚えて言ってくれればいい。今日も明日も明後日も、まだまだ時間はあるのだから。
しかしながら、改めて友達というものを考えた時に、すぐに答えは出なかった。
大体にして、友達にはっきりとした定義などあるのだろうか。
「あー…とりあえず」
ザックスも困ったように頭を掻きながら考えていたが、不意に言うべき事に思い当たった。
知るべき事と言った方が正しいだろうか。
ちらりと青年の顔を覗きこんで。
「とりあえずさ、名前、教えてよ。」
全てはそこから。
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