Act3 you are strange
時に人は自分の感情にさえ気付かない 早くしろとせっつきたいのを堪えながら、ロンがキーを解除するのを待つ。 露骨な溜息は露骨に無視をして、勢い良く部屋に飛び込んだ。
「クラ〜ウド!」
明るい声で声を掛ければ、いつもの様に部屋の中央で膝を抱えている青年が顔を上げた。
「はよ!元気か?」
質問には答えずに、クラウドは顔を顰める。
「あんた、また来たのか?」
心底呆れるような口調だった。
今日で、初めてここを訪れてから約3週間目になる。
『穢れ』と呼ばれる青年の名前はクラウド。
女のような外見に反して、口の方は決して宜しくない。よく手が出る事もある。
口下手で、感情を表現するのは更に下手。
だから、何にも興味を持たないように見えて、その実、話をすれば、色々な事に興味を持ち、
ザックスが話す話を実は興味深々で聞いていると言うのに気付いたのは大分後になってから。
その中でも特に外の世界についてが気になるらしく、ザックスが最も興味を持っている海の話をすると、
クラウドは普段はあまりしない疑問を口にしてくる。
クラウドの質問はいつだって、いい線をついていて、話すのは楽しい。
また、クラウドは頭が良いらしく、一度教えた事を応用して考える事ができ、
次から次へとレベルアップした新しい質問が浮上してくる。 次第にザックスの知らない事までも聞いてくるようになってきたため、
そんな時は明日までの宿題と言って帰り、翌日にその疑問を解消した。 勿論話すのはそんな小難しい話ばかりではない。
好きな音楽の事、日常の生活の事、育毛剤を必要としているある男の事など話題は様々だ。
一枚のCDを聞かせてやると、何の打ち合わせもないのに必ずザックスが最も好きな音楽を気に入ったと言う。
空色の丸い天井が、最も綺麗に見える場所がここなのだと、いつも真ん中で膝を抱えている理由を教えてくれる。
クラウドと居ると楽しかった。ただひたすらに楽しかった。
こいつを楽しませてやらなきゃいけないだとか、計画進行のために仲良くなっておかなくてはとか、
そんな考えはクラウドと話しているときは全く思い浮かばなかった。
それ位、クラウドと居るのが楽しくて、気が合ったということだ。
ただ、クラウドは一度も笑ってくれた事がなかった。
まるで、笑顔の作り方が解っていないかのように。
今日は何の話をしようかとわくわくしながら、クラウドの隣に腰を下ろす。
いつもの定位置、左側。ふ、とクラウドの顔を覗きこんで異変に気付いた。
クラウドは何だか小難しい顔をしている。眉間に刻まれた皺が深い。
どうしたんだと口を開こうとした瞬間、クラウドがこちらに顔を向けた。
「…俺と居て楽しいのか?」
「あ?」
突然の質問の意味を図りかねて、顔を顰めると、クラウドはそっと目を伏せた。
「俺と…居たってつまらない、だろ?」
「はぁ?」
思わず間の抜けた顔をしてしまったのは、仕方がない事だろう。
全く持って予想外。かつ考えた事もない事を言われたのだから。
冗談かと思ったが、クラウドが目を伏せたまま顔を上げようとしないのを見て、本気で問いかけている事に気付く。
反応に困って、頬を掻いた。
「あのなぁ、お前何言ってんだ。つまんないって思う奴の元にわざわざ遠路はるばる来るわけないだろ。」
クラウドは驚いたように顔を上げる。
「…そう、なのか?」
「あぁ。たりめーだろ。」
それでも納得がいかないような顔をしているクラウドに、今度こそどうしたんだと尋ねると、クラウドは何でもないと首を振った。
ただ、思っただけだと。そう言って、そのまま押し黙る。
(…何なんだ?)
顔を覗きこむと、クラウドはまだ何だか難しい顔をしていた。
何を考えているのかは解らない。
けれど、どうやら自分には予想もつかない事で悩んでいるらしい事は解った。
大人しく、黙って言葉を待っていると、不意にクラウドは顔を上げた。
言葉にするか否かを迷うように視線をを動かした後、漸く口を開いた。
「俺は、さ。つまらない人間だから、毎日来るあんたの気が知れない。
でも、来た以上は何かしなきゃいけないって思う。でも、あんた俺抱かないって言うし、あんたを楽しませてやれてない。
なんかそれが申し訳ない、っていうか…なんか嫌な気分になる」
驚くというより呆れてしまった。
「何言ってんだお前。俺は…」
「大体」
ザックスの台詞の先を遮って、クラウドは呟いた。
「俺にそんなの望むほうが間違ってるんだ。ヤられる位しか俺には価値なんてないのに。」
そう言うと、クラウドは俯いた。
いつまで経っても治らない自虐的な台詞にむっとする。
クラウドが色々な事に関して不器用な事は知ってる。
けれど、自分的に完全に友達と思っているザックスにはその不器用さが苛立たしく感じたのだった。
まぁ、苛立ちというか、何だか悔しい気持ちの方が強かったが。
「お前、前も言ってたな、それ。いい加減にしないと本気で襲うぞ。」
100%悪戯心で押し倒すと、クラウドは体を強張らせた。
拘束した腕に力は全く入れていない。
圧し掛かった体も、体重の半分は床に預けているので、クラウド御用立つの鋭いパンチで、体ごと引っくり返る程。
当然報復を期待したのだが。
なんと、クラウドは微動だにせずに力を抜いた。抜いて、しまった。
全く何をする気もなかったザックスは、却ってうろたえ、次の動作に困った。
「…いいのか?俺達友達なんだけど。」
「いいも何も。ザックスは王子だ。そうする権利がある。」 「なっ!」 目を逸らしたクラウドを見て、そのまま深い溜息を吐いた。
小さく首を振って、そっと戒めていた腕を解く。
左腕で、前髪を掻き揚げた。
「あのさ〜」
目を逸らしたままのクラウドに。
「こんな事しといて説得力ないだろうけどさ、お前はお前なんだよ。わかるか?お前の思うままに行動すりゃいいんだ。」 クラウドは顔を顰めた。 「わからない。」
眉根を寄せて、子供みたいにクラウドは言う。
「俺あんたが何言ってんのか、わかんない。」
ザックスは何だか途方に暮れてしまった。
何かないものだろうか。何も解らないクラウドに。
何も学んでこなかったクラウドに。
自分の言っている意味を解らせる方法。
しかも一番てっとり早い方法は。
(……あ)
不意に、閃いてほくそ笑んだ。
「じゃ、教えてやるよ。」
ザックスがクラウドの腕を一本取り、にっと笑顔を向けた。
「こーいう、事っ!!」
言うが早いか、自分の腹をクラウドの手を持ったまま殴りつけた。
クラウドの踝が、ザックスの力で持って腹に強い衝撃を当てて、息が詰まった。
我ながらやりすぎた、と思った。
クラウドの驚いたような顔を横目に、クラウドの上から後ろに引っくり返る。
勢い余って後頭部をぶつけ、鈍い音がした。
「ちょっ、おい大丈夫か?」
クラウドが慌てて身を起こしザックスの顔を覗きこむ。
真上に映る、驚いたような、困ったような、心配そうな、顔。
「…解ったか?」
「何が?ザックスは自分を殴るのが趣味って事?」
「阿呆か。」
ぶつけた後頭部を押さえながら起き上がると、苦笑した。
これだけやったのに報われなかったらしい。
「俺が言いたいのは、俺がこんな事しようとしたらこんな風に殴っていいってことだよ。」
「……え?」
「ヤられる事は全然当たり前な事じゃねぇの。友達ってのはそう言うもんなの。
だから、押し倒されたら即殴ってよし。」
呆然とザックスを見上げるクラウドの顔を覗きこむ。
「解った?」
無反応。ただ、ザックスを不思議そうに見ているクラウドに再度の念押し。
「解ったら返事。」
険しい顔で言うと、クラウドははっと我に帰って大きく頷いた。
「…あんた、変な奴だな。」
先程打った箇所を氷枕で冷やしていた所でクラウドが突然そんな事を言い出した。
心底不思議そうな顔をして、ザックスを見てくるクラウドに苦笑する。
「おいおい、そりゃないだろ。」
「いや、変だ」
きっぱりと何の躊躇もなく言い切るクラウドに、本気で言っている事を感じ取り、軽く不安になった。
「…何処が?」
ザックスの気弱な問いに、クラウドは一瞬だけ押し黙って、そしてまたもやきっぱりと言った。
「言ってる事、やってる事、全部。」
「ひでぇ!!お前俺の事そんな風に思ってたのか!」
大袈裟な程のリアクションも、クラウドはさらりと流して深く頷いた。
楽しいと思って欲しくて、会話をしに来ているのに、全く報われず、ただの変人だと思われていると少し凹んだ。
何がいけなかったのかと一人頭の中で反省会をしていると、クラウドが顔を上げた。
「でも」
「…でも?」
これ以上何が来るのかと身構えた所で、クラウドは続けた。
「でも、あんたはそれでいいのかもしれない。」
気のせいか。口調が、表情が、この上なく柔らかいと思うのは。
思わず、まじまじとクラウドを見てしまう。
だから、その表情ががふと、緩むのを見逃さなかった。
「この世にたった一人位は、あんたみたいな変わり者が居たって、いいのかもしれない。」
そう言ってクラウドは微笑んだ。
初めて。そう、本当に初めて見た笑顔だった。
それは、いつもの無表情や、不機嫌そうな顔とは比べ物にならない位綺麗で、何の他意もない純粋な笑顔。
ほんの微かだったけれど、ほんの一瞬だったけれどその笑顔は強烈な程に網膜に焼きついた。
笑った顔が嬉しくて。
何かを話してくれるのが嬉しくて。
迎え入れてくれるその態度が嬉しくて。
いつしか、毎日通っている事に気付かない位クラウドの元に行くのが自然になった。
どんなに嫌な事があっても、クラウドに会いに行く事を考えたら、憂鬱な気分も吹っ飛んだ。
疲れていても、今日はクラウドの元に行くのはやめようだなんて思い付きもしなかった。
そして、そんな自分の態度がおかしいだなんて、気付きもしなかった。
出会ってそれ程経った訳でもないのに、クラウドが居る事が自然で、クラウドに会いに行くことが当たり前だったから。
理由なんて求めなかった。きっとその位自分はクラウドを気に入ってるんだ、としか思わなかった。
だから、まだその時は気付いていなかったのだ。
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