Act8 promise



終わった後も何となく離れがたくて、クラウドの頭を肩口に乗せて腕枕をした格好のまま寄り沿っていた。
情事には手馴れた様子を見せていたクラウドだが、優しい愛撫や、キスをしてやると、戸惑ったようにザックスの方を見てくるのが胸が痛かった。
本当に、今までは好き勝手され続けていたのだろう。そう思うとやりきれない気持ちになった。
腕枕をしているのと逆の手で、髪の毛を梳いてやろうとすると、照れたように払いのけられたが、懲りずに何度もトライすると諦めたように大人しくなる。
頬に掛かった髪をさらりと掻き揚げて、柔らかな耳を顕にした所で、突然思い出した。

「そうだ。ずっとごたごたしてて忘れてたけど、俺、いいもん持って来たんだ。」

耳に優しくキスを落とし、その辺に脱ぎ捨ててあった服を手探りで探す。
そして、ポケットから、何度も渡しそびれていた物体を取り出し、クラウドの手の上に乗せた。
王がクラウドの元に来る事になっていた日、渡すはずだったものだった。

「…何、これ。」

「あぁ、ピアス。」

手のひらの上の、小さな物体を見つめて眉根を寄せているクラウドに笑いかけてやる。
そう、ザックスが持ってきたのは、小さな石の付いたピアスだった。
サファイアよりは鮮やかな青色で、透明感のあるその石は、明かりに翳すと、柔らかくて蒼い影を落とす。

「お前にやろうと思って持ってきた。」

物珍しげに手のひらのピアスを見詰めていたクラウドの手がぴたりと止まる。
驚いたように顔を上げた。

「…俺、に?」

「あぁ。これ、海の色なんだ。お前海が好きみたいだったからさ、丁度いいと思って。」

ザックスが好んで話す外の世界の話の中でも、海の話をすると、クラウドは普段はあまりしない疑問を口にしてくることが多かった。
疑問は後から後からと尽きず、時にはザックスが宿題として持ち帰り、調べてくる事もあったほど。
だが、クラウドの瞳は常に輝いていたから、調べてくる事を億劫だと感じる事はなかった。
そう言った経緯から、ザックスはクラウドが海が好きなのだろうとの検討をつけていた。
クラウドは、暫くぼうっとした瞳でそのピアスを見詰めていた。
微動だにしない様子に、思わず首を傾げる。

「…気に入らないか?」

心配になって、そう問えば、クラウドは勢いよく顔を上げた。

「いや!!まさか!!…ただ…」

ぶんぶんと大きく首を振って、そのまま、クラウドは押し黙ってしまった。

「…ただ?」

促すようにその顔を覗きこんでやれば、クラウドはぽつりと呟く。

「俺、こんなの貰う理由がないから…」

そう言って、自虐的に笑うクラウドの、腕にザックスは手を添えた。
5本の指を折り曲げて、手の中のピアスを握らせる。

「…理由ならあるぜ?」

「…え?」

驚いたように顔を上げるクラウドに。

「俺がお前を好きだってこと。それ以上の理由はないだろ?」

そう言って、笑ってやると、クラウドは呆けたような顔をした。

「…そいやさ、まだ俺返事聞いてねぇよな。俺はお前が好きだけど、お前はどうなんだ?」

「………」

「俺の事、ほんのちょっとでも好きって思ってくれるか?」

我ながら、情けない程弱弱しい声音で問えば、クラウドは眉根を寄せて、考え込んでしまった。
そのまま、何時まで待っても返事の返って来なさそうな気配に苦笑する。
今は、まだいい。今はまだ解らなくても、構わない。でも、いつかは。
明日も明後日も一週間だって、まだまだ時間はあるのだから。
だから、いつか答えを貰えればいいと思う。

「に、してもこんな色の水が一杯溜まってる所なんてあんま想像できないよな。資料とか読んでたってさ。」

悩んでいるクラウドを解放してやろうと、ザックスは話題が変わった事を強調するために努めて明るく言った。
やっと顔を上げたクラウドの手にあるピアスを指先で軽く弄ぶ。

「俺さ、外に出れるようになったら真っ先に海を見に行くんだ。
海にはさ、地平線ってのがあって、空と海が交わってんだとさ。見てみたくねぇ?」

「…うん。見てみたい。」

クラウドは柔らかい笑顔を見せた。焦がれるような、遠い目をして。
愛おしさに駆られて、ザックスが頬に手を添えると、ついと視線を上げた。
空色の瞳と目が合う。

「じゃあさ、」

親指でそっと頬を撫でながら微笑む。

「一緒に、見に行こうぜ。」


クラウドは一瞬驚いたように目を見開いた。
それはそうだろう。毒の威力は強大で、太陽が爆発してから軽く300年経った今でも毒は消えていない。
だが、それでもザックスは、最近毒の無毒化装置の開発が進められている。
極秘裏に行われているようだが、王子という権限から情報は入ってきているのだ。
とはいえどもまだ完成した訳ではない。毒の威力が消失するまでこれから先、一体何年かかるのかなど見当もつかない。
全く持って、現実味のない、無謀で、馬鹿馬鹿しい約束。
でも、それでも。


「…うん」


クラウドはふっと表情を緩めた。口元に浮かぶ優しい笑み。それは、透けるような美しい笑顔だった。
ザックスも微笑み返す。



「約束な。」

そういって、小指を絡めるとクラウドはくすぐったそうに笑った。